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神の鳥を探して

5.神の鳥を探して


 山麓の村


 港湾都市から河を越え、西に旅を続けていた。相変わらず木々は生い茂り、温暖な気候は続いていたが、北に大きな山脈が見え始めた頃から、朝晩は気温が下がるようになっていた。その寒暖差と旅の疲れが重なり、カイは体調を崩していた。

 ひと際大きな山脈が見える場所に村があった。カイの体調が回復するまでは、この村に滞在することにした。村では牛や山羊、羊、鶏などの家畜が多く飼育され、北側の高地では酪農や畜産が盛んだった。そのため、栄養価が高い食事には困ることがなく、カイの体調を整えるのには、とても良い環境だった。

 村の人口はそれほど多くなく、治安も悪くないような気がする。村人たちは一様に勤勉で、村の中には、乳や肉を加工する立派な作業場があり、そこで働く村人たちも多くいた。加工された食品は、近隣の集落や村、都市と取引し、野菜や果物などの食料品や、必要な物資を調達しているとのことだった。

 そんな穏やかな村では何もすることがなく、暇を持て余していた。カイの面倒はリュウと一日交代で見ていた。非番の日は、村の中をふらふら歩いたり、店に入っては村民と他愛もない話しをしたりして、一日を過ごしていた。リュウは鍛錬と実益を兼ねて、と山まで出かけ狩りをしていた。獲った獲物は村で貨幣や食料と交換し、村の滞在費用を捻出している。


 村に滞在して10日ほど経ったころ、非番で村を当てもなく歩いていた先で、一人の女性に出会った。彼女はこの村で身寄りの無い子供たちを預かり、一緒に暮らしていると言う。村の人々の協力で何とか暮らしてはいけるが、貧しい生活だと言った。それでも、子供たちの笑顔があれば毎日頑張っていけると、嬉しそうに話していた。

 それを聞き、出来ることがあれば協力させていただく、と申し入れをした。すると彼女は、

躊躇いながら話しを切り出した。

 今から7日後、村を上げて、年に一度のお祭りがある。そのお祭りでは、神の鳥と言われる羽が七色に輝く大型のキジを祭るそうだ。裕福な家の子供たちは、生きている神の鳥を家で祭るそうだが、当然購入する余裕なんかあるわけもなく、今年も子供たちには諦めてもらおうと思っていたとのこと。もし叶うなら、生きている神の鳥を間近で見せてあげたい、協力をして頂けないか、との内容だった。

 その女性は美人であったし、子供たちの為なら、と喜んで引き受けることにした。


 早速滞在している宿に帰り、リュウとカイにそのことを話した。説明をし終えた後、カイが分かりました、と了承し、続けて、念のために確認しますが、と話を続けた。

「召喚人、カの国を出て最初の大きな街に着いた時のことを覚えていますか。リュウさんと一緒に、宝石を貨幣に交換しに行っていただいた時のことです。」

「あぁ、覚えているよ。この世界に早く慣れたくて、あたしからお願いして、大きな商会へ行ったからね。何かあったら困るし、リュウさんに付いてきてもらったかな、確か。商会には一人で入って、リュウさんには外で待っていてもらったような。」

「その後、何がありましたか。」

「いや、あれは確かに失敗したよ。大金を見せびらかすように商会から出てしまって、良くない輩4、5人に路地で囲まれちゃってさ、リュウさんに助けてもらいました。あれ以来、金目の物を持ち歩くときは、注意して歩いていますよ。」

カイはじっとこちらを見ながら話しを続ける。

「良く思い出して下さい、商会を出た後、どうして路地に入ったのですか。」

 記憶を探りながら答える。

「そうだ、商会を出たら美人に話しかけられて、友達が変な男に絡まれているから助けて欲しいと言われて、一緒に路地に入った。

 そうしたら、あの後、輩に囲まれちゃって、美人がいなくなってしまったんだよな。でもあの美人、すらっとしていて、切れ長の目が何とも色気のあるいい女だったなぁ。」

 美人の姿を思い出しながら答える。カイは変わらずこちらを見ている。

「覚えていて良かったです。では次の質問です。密林に入ったばかりのころ、ある集落に一晩の宿を交渉し、何とか泊めていただくことになりましたが、その晩遅くにその集落を追い出されたのですが、覚えていますか。」

「そりゃ覚えているよ、片言で交渉して苦労したもの。集落の長老が中々頑固で、よそ者を入れるのは嫌だと言っていたけど、とにかく誠心誠意お願いしたら、やっと入れてくれたよね。お金を積んでも頑として聞かないから、信頼して欲しいと頭を下げ続けたら、分かってくれて、言葉は通じなくとも人の真心は伝わるんだよね、やっぱり。」

 相変わらず視線をそらさず、こちらを見たままのカイが話を続ける。

「それで、どうして集落を追い出されたのかは覚えていますか。」

「うん、あれは悪かった。集落にいた可愛い女性が色々世話してくれて、話ししてくれるものだから、いい雰囲気になっちゃって。二人きりになったら、突然旦那を名乗る男が現れて、人の女に手を出しやがって、痛い目見たくないなら金を出せって言うから。面倒だし、抱えて放り投げたら騒ぎが大きくなっちゃって、そしたら長老が頼むから出て行ってくれと。」

「その時、長老が言っていた言葉は覚えていますか。」

「確か、金は人を悪者、魔物かな、に変えてしまうとか何とか。だからよそ者は入れたくなかったと言っていたと思うよ。面倒だからと言って暴力で解決しようとしたことは反省しているよ。あの後は気を付けて行動しているつもり。

 しかし、あの可愛い女性、小柄で目がぱっちりしていて本当に可愛かったなぁ。」

 可愛い女性の姿を思い出しながら答える。ようやくカイは視線を外し、全部覚えていて良かったです、と言った。そして最後の質問ですと言った。

 「今日、召喚人が会ったその女性は、どんな女性でしたか。」

 「そうね、ふくよかな感じで、笑顔がなんというか、そう、母性溢れる感じで、子供を守る女神みたいな感じ。貧しいって言ったけど、そんなことを感じさせないように小奇麗にしていたし、いや、ほんとあれは女神だわ。」

 今日会った女神の姿を思い出しながら答えた。しばらくカイが黙っているので、今度はこちらか話しかけた。

 「カイさん、この世界であたしが会った美人について聞いて、どの人が一番美人でした、みたいな質問なの。そうだったら、3人が3人ともそれぞれの良さがある美人だから、選ぶとか順位とかはつけられないから。」

 するとカイは急に笑顔になり、神の鳥探し頑張って来て下さいと言った。祭りまでには戻ることを伝え、準備し早速出かけることとした。


 召喚人が出て行った部屋で、リュウとカイが話しをしている。

「カイ、このまま行かせて良いのか。俺はことの顛末が気になるから、召喚人には精々頑張って神の鳥を捕まえてきて欲しいと思うが。」

 リュウが苦笑しながら話す。カイは考えながらリュウに答える。

「リュウさんは召喚人を説得できますか、私には無理です。良い意味でも、悪い意味で純粋すぎるのです、彼は。ですので、この程度のことは好きにしてもらえば良いかと思います。ただ、リュウさんが心配している通り、私も気になります。調べてもらえますか。」

 リュウは真顔に戻って、もちろんだと答えた。


神の鳥を探せ


 村で神の鳥捕獲用の被せ網と、運搬用の籠を買い、背負って山を目指した。買った店の店主によると、目的のキジは、目の前にそびえる大きな山の中腹より山頂側に生息しているらしい。基本的には単独で行動しているので、見つけづらく、7日山に入っても見つけられないかもしれないぞ、と言われた。

 また“あんたも一攫千金狙っているのかい”と聞かれた。どうやら今年は捕獲数が少なく、例年に比べ相当値が上がっているようだ。であれば、2羽でも3羽でも捕まえて、祭り用の1羽を残して売却し、子供たちの生活費の足しにしてもらうと意気込んだ。

 疲れることのない、酸素を必要としないこの体は、山だろうが高地だろうが活動の制限はない。常人より、はるかに早く登山が可能だ。更には、睡眠も食事も必要ない。天気が良く、月明かりが望めれば夜も休むことなく探索が可能だ。この能力で、後7日の内に見つけられないことはないはずだと思った。


 山の中腹までは、樹高の低い針葉樹林地帯となっている。今まで歩いてきた、密林地帯と生態系は異なるが、大型の肉食獣、熊や虎は生息しており、無駄に足止めを食らわないよう、刺激しないに進まざるを得ない。また、足場も良くなく、慣れない山歩きは思ったよりも移動速度は上がらなかった。

 山の中腹と思われる地点に到着した時、すでに日は暮れ始めていた。天気が悪いわけではないが、雲が多く月明かりが乏しい。夜の探索を諦め、岩場の陰で夜行性の肉食獣に見つからないように朝を待った。


 二日目、日の出とともに活動を開始する。幸い天気も良く、視界は良好だ。今日は山の中腹から、山頂に向け、登りながらの探索を行う。この辺りから木は少なくなり、景色は草地や岩場に変わって行った。岩場には毛深いタイプや、立派な角を持ったタイプの、複数種のヤギが活動し、器用に岩場から岩場に飛び移り、高山草を食べていた。

 また、げっ歯類も多く見られ、草地には色々な種類の小動物が活動していた。残念なことに、ヤギにもげっ歯類も知識がなく、種類が不明で、どんな生態や特徴を持っているのかはわからなかった。

密林とは違い、生き物が暮らしていくのには厳しい環境に見えるが、思いのほか豊かな生態系が認められる。当然、草食動物の数が多いと、それを狙う肉食獣が現れる。さすがに大型の肉食獣は見かけないが、オオカミやヒョウと思われる姿は、遠目でも確認が出来た。

 慣れない斜面や岩場を登り、山頂に向かいながらキジを探す。大分移動したつもりだが、全く見当たらなかった。ひょっとしたら、足場に気を取られ過ぎて、見えていないのかも知れない。とにかく諦めず探したが、見つからないまま日没を迎えた。

 夜も活動しようと思ったが、月明かりだけでは、斜面での活動は難しく、断念するほかなかった。


 三日目、昨日と同じく日の出とともに活動を再開する。村までの移動の工程を考えると、余裕を持って今日明日で捕獲したい。今いる地点より高所を目指すのは、時間がかかるので、山を回る形で西側に向かう。とは言っても、登るよりはマシな程度で、急斜面が続いたり、大きな岩が出現したりと、移動に時間が取られることには変わりなかった。

 時間がかかりながらも移動していると、昼頃、比較的緩やかな傾斜の広い草地まで出た。多少の期待を持って、全体が見渡せる高い位置まで登る。一つの岩場に陣取り、草地を見渡す。げっ歯類と思われる小さな影が、あちらこちらで草を揺らしている。

 キジの特徴は全長が70cm程度でがっしりとした体つき、その羽は七色で金属光沢のあるとても豪華な羽をしていると聞いた。そんな目立つ姿であれば、この草地に現れた場合、この場所から見落とすはずはない。

 注意深く、草地を隅から隅まで見渡すと、50m程先に光るものが動いている。その動きは、げっ歯類の様な動きではない。期待を持って、気配を殺し近づいてみる。10m程度近づくと、その姿がはっきりと確認できた。がっしりとした体型、光沢のある羽、間違いなく探しているキジだった。

 キジは嘴と頑丈そうな足で地面を掘り、虫や木の根などを探して食べているようだった。そのキジの近くには同じ体型だが、羽の色が褐色の地味なキジもいた。これは雌だと思われる。この2羽はつがいで、近くに巣があるに違いない。

 捕獲のタイミングとしてはキジが寝た頃を狙い、気付かれない様、最大限に近づき、被せ網をかけるのが確実だと思われた。

 深夜まで待つために草地を見渡せる岩場まで戻った。弓で射殺すのであれば簡単に思えるが、生け捕りとなると少し自信がなくなってきた。キジは飛ぶことは得意ではないが、足は速い。気付かれ、走って逃げられてしまえば、この斜面、岩場では追いつくことが出来ない。更に、飛ぶことが得意でないが、飛べない訳ではなく、気付かれて、飛んで木に登られてしまえば、捕獲は困難だ。

 罠でも張れれば良いのだろうが、時間が制限されている以上難しい。色々なパターンをシミュレーションし、対応策を考えているとすっかり日は落ちていた。


ヒョウとの格闘


 時間になり、キジ捕獲作成を開始しようと、立ち上がった時、何かと目が合った。目が合った刹那、それは飛び掛かってきた。前足で捕まえるように抱き着かれ、首元に牙を突きつけられ、地面に仰向けで倒されていた。この体でなければ、もう命は無かったかもしれない。

 倒された瞬間は気が動転したが、状況が呑み込めると冷静になれた。どうやら襲ってきているのはヒョウのようだ。顔が近くて良く分からないが、体の斑紋からそうだと判断できる。大きさは1mくらい、体重は40kg程度か。体はそれほど大きくもないが、意外と力が強い。異様に長いしっぽが不規則に、別な生き物のように動いていた。

 持久力はそれほどないだろうから、疲れるまで待ち、諦めたところで、はがしにかかろうかと思う。組み付かれている間、することもないので、間近でヒョウの体を観察してみる。標高の高い場所に生息しているせいか、密林にいたものと比べ、体毛が長い。とても柔らかそうな毛並みだ。直接触れることが可能であれば触って感触を確かめたいと思った。きっと、触り心地はとても良いに違いない。

 そんなことを考えていると、疲れてきたのか、ヒョウの力が弱まった。ゆっくりと立ち上がり、力を入れて前足をはがそうとした瞬間、ヒョウが後ろ足で思いっきり腹部の辺りを蹴ってきた。突然の衝撃でバランスを失い、勢いよく仰向けに倒れる。更に急斜面の地形の効果もあり、そのまま草地を頭から滑り落ちていった。

 このままではどこかの岩場にぶつかるか、更なる急斜面に落下するように落ちていくか、そのどちらかだ。咄嗟に何とか頭だけは守らなければと思ったが、自分の体は守る必要がない。それよりもこのヒョウの体を守らねばと思い、ヒョウの頭に腕を回し、衝撃から守るように抱え込む。

 実際はほんの数秒なのだろうが、随分長く滑落しているように感じられた。やがて、滑落は止まり、何とかヒョウも体は傷つかずに済んだかと思う。頭が下を向いていることと、月明かりしか頼りがなく、今、体がどんな場所にあるのかがわからない。万が一、切り立った崖の上であれば、起き上がり方を間違えると更に落下することになる。

 慎重に体勢を立て直そうとした時、突然ヒョウが暴れ出した。しばらくは大人しくしていてほしかったのだが、ヒョウも自分の身に何が起きたのか理解できないでいるに違いない。本来仕留めたはずの獲物が動き、立ち上がったのだ。その上、斜面を勢いよく落下したのでは、パニックになって当然だった。

 そして、嫌な予感通り、暴れるヒョウに体勢を崩され、ヒョウと共に崖下へ転落してしまった。


 崖は見上げると10m程だった。落ちた先に木は生えているものの、地面には落ち葉やその他の植物が少なく、クッションとなるような物は無かった。いや、クッションがあったとしても、10mの落下にヒョウが耐えられたのかはわからない。残念ながら、ヒョウは絶命していた。

 変な人間に絡んでしまったばかりに、命を落とすことになってしまったヒョウに対し、申し訳ない気持ちになった。確かに襲ってきたのはヒョウだが、それは飢えをしのぐため、命を繋ぐために、仕方のない行動だ。その相手がこの世界のものではなく、攻撃が全く通用しない、不平等な戦いだった。いや、正確に言うと戦いにさえなっていなかった。せめて、この世界で生まれ暮らす者と命をかけて戦い、敗れたなら納得がいっただろうに。

 そんなことを考えると、死んだヒョウをこのままにはしておけず、せめて土に埋めて弔ってやろうと考えた。カイに話したら、死んだヒョウは他の動物の糧になる、そうして土に還る。そのままにしておくことが自然ですよ。と言われそうだが、このままオオカミなどの他の肉食獣に死体を荒らされ、餌になるのは何だか可哀そうな気がしてしまった。

 キジを捕まえ、急いで村に戻らねばならないのに、落ちていた枝を使い、穴を掘り始めた。他の肉食獣に掘り出されない深さまで掘り、丁寧にヒョウを横たえ、埋める。作業を終えた頃には日が昇っていた。


 四日目、今日中にキジを捕獲し、明日は村に向かい移動したい。しかし、被せ網も、籠も草地に置いたままだ。あの草地に戻れば目的のキジもいる、やはり戻るしかない。ただ、崖を10m登ることは出来るだろうか。経験もないし自信もない。登り切れず、再び崖下に落ちた場合のタイムロスを考えると、最短距離ではないが、無難に登れる場所を探すしかない。落ちた時の方向から、初日に山を登った方向を見定めて移動を開始する。

 登れる場所を探すが、いつまでたっても見つからない。歩き出した方向は間違っていないと思うが、どうやらどこかで方向を見誤ったらしい。こういう時の焦りはより深い間違いを誘いやすい。焦らず、良く地形を見て方向を修正し、進んで行く。

 随分と歩いたが登れる場所は見当たらず、引き返すことも出来ず、村の方向さえも分からなった。完全に迷ってしまったようだ。しばらくあちこちを歩き回り、何とか夕方には太陽の沈む方向から現在地を考え、村から登ったルートにたどり着くことが出来た。

 もう時間がない。一度は登った道だ、夜を通して歩き、今晩中にあの草地へと戻ろうと思う。暗闇の中、足場の悪い斜面と岩場を慎重に歩き、五日目の日の出前には、やっと目的の草地に戻ってくることが出来た。


捕獲


 五日目、今晩キジを捕獲できれば、明日には村へ向かい、明るいうちには危険な場所は抜けられるはずだ。村に近くなれば、闇夜でもそれほどの危険なくたどり着ける。だが失敗し、逃げられてしまえば、もうチャンスはない。絶対に成功させねばならなかった。

 日が傾き始めたら、キジの行動を観察できる距離まで近づき、眠る場所を押さえる。その後、眠りが深くなったと思われる深夜を狙い、寝ているところを被せ網で捕獲する。

 眠る場所が木の上だった場合、近くの木に登り、被せ網を投げるしかない。その場合の成功率は低くなるだろうと不安になる。ただ、今考えても仕方がない。とにかく眠る場所を特定し、対策とシミュレーションを行い、万全の体制で臨むとしよう。


 行動開始までは心を落ち着かせるために、草地を眺めて過ごすことにした。どうやら草地で活動する小動物は複数の種類がいるようだ。ほとんどはネズミの仲間に見えるが、そう見えるだけで本当は違うのかもしれない。比較的大きな個体は50cmほどの大きさで、逆に小さいものは半分ほどの大きさだ。巣穴を地下に造るのか、見えたり見えなくなったりする。多くの種が群れで暮らし、複数の個体が集まって活動していた。食料は草地に生えている植物で、せわしなく植物を食べていた。種類と個体数を数え飽きた頃、日が傾き始めていた。

 予定通りキジに向かって移動する。見えるか見えないかギリギリの距離を保ち、身動きせず行動を監視する。やがて日が沈み、辺りが暗闇に支配されたころ、キジのオスは岩陰に入って行った。

木の上で休まれるよりは難しくはないが、岩陰の出入り口が複数あった場合、逃げられてしまう可能性が高い。何かで出入口に蓋をしようにも、蓋になるようなものは何もない。とにかく、隠れた岩に近づき様子を探る。

 岩場を一周して確認したところ、出入口は一つしか確認できない。出入口に被せ網をセットし、大きな音でパニックに陥らせ、飛び出してきたところを捕まえる作戦で行こう。慎重に出入口を被せ網で覆い、手足でしっかりと押さえる。そして突然大きな声を上げる。


 この数日間の苦労が嘘のように、キジのつがいをあっさり捕まえることが出来た。捕まえたオスのキジを籠に入れ、メスは逃がすことにした。メスのキジは恨めしそうにこちらを見ながら逃げて行った。オスはしばらく高い声で鳴いていたが、いつの間にか大人しくなっていた。このまま朝を待ち夜明けとともに村へ向けて出発しよう。


 六日目、キジを入れた籠を背負い、足場に気を付けながら、斜面と岩場を降りる。ここで足を滑らせ、キジに逃げられるようなことがあっては苦労が水の泡になってしまう。焦る気持ちと戦いながら、時間をかけて下る。

 午後には低い針葉樹林地帯に着いた、このままのペースで行けば夜には村へ入れるだろう。そして七日目の朝、祭りの当日には、子供たちに神の鳥、この虹色の羽を持ったキジを目の前で見せてあげることが出来るだろう。

 この六日間、自然と戦い、ほぼ敗れ続けたような気もするが、最後には目的を達成することが出来良かった。終わりよければ全てよし、帰ったらリュウとカイにヒョウとの格闘や道に迷ったことを面白おかしく聞かせてやろうと思った。


女と子供達


 召喚人が村から山に入ったころ、リュウはカイの依頼通り、子供たちの世話をしている女の身辺を調査すべく、女の家の張り込みや近くの店での聞き込みを行った。それほど調査をすることもなく、女の悪事が明らかになった。

 女は近所で評判が悪く、表向きは身寄りの無い子供を引き取り、一緒に暮らしていることになっているが、その実、子供を労働力としてこき使い、満足な食事や暮らしを与えず、私腹を肥やしている実態が見えてきた。

 リュウは裏付けを取るため、女の家に忍び込み、労働させられている少年少女たちの様子を確認し、聞いた情報に間違いないことの確認を取った。そしてその事実をカイに報告した。


 カイはリュウからの報告を聞き、あまりに予想通りであったことに呆れた。この村だけではないが、親を亡くしたり、親に捨てられたりした子供たちは、何故大人たちに虐げられるのか。子供を教育し、社会に貢献できる人材を育てることが、人間の暮らしを豊かにすることに繋がることが何故わからないのか。

 何故自分の子供だけが可愛いのか、親になったことがないから、気持ちが分からないと言われてしまえば反論は出来ないが、それでも、自分の子だけではなく、他人の子供であっても、可愛がれば良いではないか。

 自分の子供以上とは言わない、同じとも言わない。ただ、虐げることや、最低限の生活をさせないことは悪だと思う。単に生まれた場所、親が悪かっただけで生きる権利が奪われるのは間違っていると思う。

 こんな世界を変えることが出来るだろうか、せめて自分の国だけでも変えることが出来るだろうか。きっと、自分が生きている間は難しいだろう。だからこそ、今、手の届く範囲で子供たちを救い、教育し、その教育を受けた子供たちがその輪を拡げ、やがて世界中に届けばいい。召喚人もリュウも協力してくれる、自分には頼もしい仲間がいる、いつの日か世界が変わることを信じて、今はやれることをやるだけだ。


 カイはリュウに女と話しをしたいので、女の家に出向くと伝えた。リュウに案内され、女の家に着くと、カイは女と対峙した。そして静かに女に問いかけた。

「子供を不当に働かせて暮らしている方がいると聞いて、ここに来ました。それはあなたのことで間違いないでしょうか。」

 挨拶も早々に、自分の不当を咎められ、女は顔を真っ赤にして反論した。

「どこでそんなことを聞かれたのかは知りませんが、私は身寄りに無い子供達を引き取って、一緒に暮らしているのですよ。見ず知らずのあなたに非難をされる覚えはありません。」

 カイは微笑みながら話しを続けた。

「非難をしている訳ではありません、あくまでも確認をしただけです。もう一度お尋ねしますが、子供を不当に働かせてはいないのですね、最低限の生活を保障されているのですね。」

 女は少したじろぎながらも、あくまでもカイと目はそらさず答える。

「先ほども申しましたが、私は非難されるようなことはしておりません。子供たちを保護し、ここで一緒に生活しているだけです。」

 カイは尚も笑顔を崩さず、わかりましたと答え、リュウに子供達をここに連れてくるよう依頼した。女は慌ててリュウを止めようとするが、リュウに敵うはずもなくなく、子供たちはカイの目の前に連れてこられた。

 子供たちは一様におびえた目をし、カイを見ていた。皆頬がこけ、汚れた衣服を身にまとっていた。女はきれい好きのせいか、体も髪も洗わされているのか、異臭はしなかった。

 カイは子供達を一通り見ると、女の方を向き、あくまでも優しく話を続けた。

「子供たちは栄養が足りていない様に見えます、身に着けているものも古い物ばかりですね。この扱いは不当ではありませんか。」

 女はこの期に及んでも認めようとせず、声を荒げ、カイに反論する。

「子供たちに食事は与えています。衣服もそうですが、近隣の方や村からも支援は頂いていますが、収入が少ないので、良い暮らしではありません。それを不当と言われるのは心外です。」

「なるほど、あなたの主張はわかりました。ただ、私が気になるのは、あなたが身に着けている衣服、装飾品は高価なものですよね、それに、あなたは痩せてはいない。子供達の姿を見るとその落差がはっきりと現れていると思うのですが。」

 女は尚も顔を真っ赤にして怒りを内包している様に見えるが、反論はしなかった。それを見てカイは話しを続けた。

「最初に言った通り、私はあなたを非難している訳ではないのです。あくまでも現状の確認です。そこで私から一つ提案があります。ここに宝石があります、あなた一人であれば大きな街に行って、残りの人生遊んで暮らせるほどの価値があります。

 この宝石と、この家と子供達を交換しませんか。あなたにとって悪い話ではないと思いますが。」

 女はその話しを聞いて疑っている様子でこちらを見ているが、やがて話しを受け入れるようで、カイの提案に威勢を張って答えた。

「だましたら承知しないよ。わたしはこれでもあのチャンドラ商会の副代表と知り合いなんだ。もしだましたら傭兵を雇ってあんたたちを始末するからね。」

 カイは満足した様に頷き、それではと言って、女に宝石を手渡した。そして早速荷物をまとめ、家を出る支度をしている女の背中に向かって話しかけた。

「チャンドラ商会と繋がりがあるのですね、それは凄い。では宝石は港湾都市で、チャンドラ商会で貨幣に交換されることをお勧めします。この辺りではその宝石の価値はわからないかも知れません。

 あぁ、そうそう、私たちもチャンドラ商会の副代表は良く知っていますよ。代表の弟君ですね。私たちもお世話になりました。港湾都市でお会いになった際はくれぐれもよろしくお伝えください。」

 

 女が家を出ていくと、カイは子供たちに聞き取りを始めた。子供たちは男女あわせて5人、上は14歳、下は5歳までいた。今までは女の世話と肉体労働を強いられていた。そこでカイは、子供たちに対し、これからは不当な扱い、労働はさせない。但し、正当な労働と勉強はしてもらう。それから身の回りのこと、この家の管理を含め、全て自分たちでやってもらうことを伝えた。

 先ずは子供達全員に基本的な勉強、読み書き、四則演算を教え、その中で、向き不向きを見極め、それぞれに役割を決めていこうと思う。子供たちはいったい何が起こったのか分からないようだが、これからしばらくは、満足な食事にありつけそうだと言う事だけは理解している様だった。

 とにかく今日は皆で満足するまで食事をしよう、そしてゆっくり休み、明日からはこの世界で生きて行けるように勉強をしようとカイは言った。そしてリュウに食事を作るので材料の調達をお願いしたが、カイの料理は不味いからダメだと言われ、皆で店へ食事に出かけた。

 明日には召喚人が戻ってくる予定だ。無事、神の鳥を見つけることが出来ただろうか。話しを聞く限り、それほど簡単に捕獲は出来ないだろう。手ぶらで帰ってきても問題ない。誰も責めない。だが、本人がそれで良いとするかどうか、ほんの少しだけ心配になった。


 帰村


 日も暮れてしまい、何とか村まで自分の方向感覚だけを頼りに進む。後もう少しなのだが、木々が生い茂り、月の位置が分からない。このままでは、また迷うかもしれないと少し不安になる。いっそ夜の移動は諦めて、夜明けとともに走って帰ろう。多分、それほど時間がかからず到着するだろうと思った。

 背負っているキジの入った籠を下ろし、手近な岩に座った。しばらく木々の間から見える夜空を見ていた。この世界に来てからどのくらいたっただろうか、2年か、それとも3年か。随分と旅をしたものだと思う。

 リュウとカイとの3人旅はとても楽しいし、充実している日々だと思う。ただ、未だに自分に与えられた使命、世界の平和に貢献すること、その為に何をすべきか、それが何なのかわからない。

この先も三人で旅を続けた先に果たしてそれは見つかるのだろうか、そしていつの日か元の世界には帰れるだろうか。無性に家族に会いたい気持ちになる。きっと家族は、まだやれることはある、頑張れ、と応援してくれるだろう。そういう家族だった。

 そんな感傷に浸りながら夜空を見続けていた時に、突然キジが大きな声で鳴いた。びっくりして籠を見ると、体長5m以上はある大きな蛇が籠に巻き付き、籠ごとキジを絞め殺そうとしている。慌てて駆け寄り離そうとするが、歯が立たず、その間に籠は割れ、キジは無残にも絞殺されてしまった。

 蛇はキジをゆっくりと飲み込むとその場で動かなくなった。その様子を眺めることしか出来なかった。あと一歩のところで間に合わなかった、これまでの人生のように、あと一歩。いつも最後で気を抜いて結果が出ない。正に自分の人生を表しているような六日間が終わった。


 手ぶらで村に帰ると、カイとリュウが出迎えてくれた。子供たちが住んでいる家を買い取ったので、一緒に戻り祭りの準備をしようと言う。神の鳥は捕まえられなかったが、子供たちが祭りを楽しんでくれるといいなと思う。

 村のあちこちで祭りの準備が進み、楽器の演奏や村民らの踊りが始まっている。広場では村の特産品である肉や乳の加工食品が並べられ、物や貨幣と交換が出来る。一通りの出店を回り、食材や祭り用の衣装を買い、家に戻った。

 子供たちは嬉しそうに祭りの衣装に着替え、踊りに行きたいと騒いでいる。珍しくリュウが、俺が連れて行こうと言い、子供たちを連れて外に出て行った。カイと話しをする時間を作ってくれたのだろう。リュウは意外とそういう気が回る男だ。

 慌てる必要もないが、話は早めに終わらせた方がいい、子供たちが出かけたタイミングでカイに聞いてみる。

「カイさん、あの女性は金でもやって、どこかの街へ追いやりましたか。」

「まぁ、そんなところです。ご不満ですか。」

「いや、不満はないです。カイさんがそう判断したのなら、それが正しかったのでしょう。」

「私が正しいとは限りませんし、正解なんてないと思います。召喚人のように、人には必ず善性があり、正してやれば、更生できると信じて話しをしてあげることが、本来は正しい姿なのかもしれません。」

「そうですね、話せばわかってもらえる、きっと間違いを正し、その後は善行を重ねてくれる。そう思うのですが、甘いのでしょうね、きっと。」

「極端な話しですが、価値観の違いにより、我々が思う善行が他の地域の人にとっては悪行になることもあります。簡単に何が正義か悪かは断じることは出来ません。

だからこそ話し合い、お互いを理解することが必要だと、私も思うのです。頭では理解していても、簡単に自分の正義に当て嵌まらない人物を切り捨ててしまうのは、私の悪行なのかもしれません。」

「まぁ、こんな話はやめにしましょうカイさん。あなたが子供たちを、暗闇から救ったことだけは確かです。それは、私の正義とも合致します。折角の祭りですから、楽しみましょう。」


 お互いうつむき加減で話しをしていたが、それはもう終わりだ。カイを誘って外に出よう、今日は楽しんで、明日からはここの子供たちに何が出来るのかを3人で考えよう。

 カイを誘うと、もちろんですと答えた。だが、少し待ってくださいと別な部屋から何かを持ってきた。それは本物と見間違うほどの虹の羽を持ったキジの木彫りだった。カイはこれで毎年苦労する必要はなくなりますね、と笑顔で言った。

 キジの捕獲に失敗することを見越して、用意していてくれたのだ。キジが用意出来た裕福な家庭に無理を言って見せてもらい、スケッチしたものを木彫りしたのだと言った。さすがカイの器用さは素晴らしい、今にも動き出しそうなそれは、芸術品と言っても過言ではない出来だった。

 その後は外に出かけ、その日は遅くまで子供たちとはしゃいで過ごした。


 翌日、リュウとカイと3人で話し合いを持った。ここの子供達は5人、一番上の男の子が14歳、その下が12歳の女の子だった。この二人は利発であった。男の子は頭も悪くないし、運動神経も悪くなかった。女の子は算数の才能があった。少し教えただけで、直ぐにでも商家で働くことが出来そうだった。

 とは言ってもまだ幼い、まだ下に手のかかる子供達がいる中で、自立するにはまだ早い。港湾都市のように後ろ盾になってくれる様な組織もない。そこで、上の二人に下の子供達を任せても良いと思える日まで、この村に滞在し面倒を見たいとカイが言った。当然反対するわけもなく、即賛成をした。

 その日の内に村長に話しを通し、子供達が自立するまで村に滞在することを告げ、了解をもらい、また、耕作地と牧場に使う土地の使用の許可も得た。カイは子供たちに農業も酪農も畜産も教える気のようだ。


 当面は、この村で子供達と遊びながら、学びながら過ごす。いつかは訪れる旅立ちの日、その別れの日に、決して涙するのではなく、お互いに笑ってそれぞれの道へ進めるように、悔いの無いように、精一杯毎日を過ごそうと思った。

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