港湾都市の商人
4.港湾都市の商人
潜入捜査
巨人の集落を後にしてからも密林の移動は続いた。集落から集落へ渡り、肉食獣の脅威から身を守りながら旅を続けていた。西へ移動するにつれ、物質的な文明度は高まり、人々の生活は密林の東側に比べ豊かであった。そのおかげか人口も多いように見える。
人が増えると決まって、富を独占し他者を支配したがる者や、暴力により他者を支配したがる者が増えてくる。なるべく関わり合いを持たない様にするが、行き過ぎた暴力を行う集団には、同じ暴力で制裁を与えてきた。
カイはそれでは何も解決しないと、話し合いによる解決、天の教えによる解決を目指していたが、結果は思う様にならなかったし、その都度、中立のリュウを挟んで対立した。決してお互いを認め合っていない訳ではないので、関係が悪化することもなく、今後もその心配はない。
ただ、人々の平和を願い行動している点は同じだが、どちらの手段も決定的に解決につながるはずもなく、単なる自己満足と一時しのぎにしか過ぎなかった。それを分かっていながら、解決策を導き出せないストレスを抱え、旅を続けていた。
やがて密林地帯の終わりを告げる都市に辿りついた。ここは入り江にあり、浪や風をさえぎることが出来る大きな港が特徴だ。東西の陸路の拠点として、また、海路の拠点として様々な人種が行き交う、様々な文化が入り混じる、独特な雰囲気のする都市だった。
都市の面積はカの国に匹敵し、人口はカの国よりも多い。東西の珍しい物資、食料が流通し、この地の貨幣も流通している。宿も食事も金さえあれば、とても快適に過ごすことが出来る、とても豊かな都市だった。
この都市の西には大きな河が流れており、ここを渡るのには船が必要だ。しかし、雨季には危険があり船を出さないとのことだった。雨季が開けるまでには一月ほどあり、その間はここに留まることにした。
幸い金に不自由することは無い。旅の資金としてエンより預かった宝石類が十分に残っている。それにカイが石を柔らかくして作る装飾品は驚くほどの高値で買い取ってもらえる。材料費がかからず、カイが暇つぶしに製作している物、たった一つで、この都市で真面目に一年間働いた賃金よりもはるかに高い。
だが、それにより別の問題が発生した。この都市に入ってから宝石を貨幣に交換し、商人にカイの石をいくつか売却したが、その合計金額はこの都市で豪邸が購入できる程の額になってしまい、あっという間に謎の大金持ちの旅人として都市内で噂にされてしまったのだ。
当然金には良くない輩が寄ってきてしまうものだ。この都市に滞在している間は、大きなトラブルに巻き込まれない様、十分に注意をしなければならない。特にカイは暴力から身を守る術を知らない、カイの単独行動は絶対に避けなければならないと考えていた。
出発までの一月、カイの護衛はリュウに任せ、トラブルを避けるためにも可能な限り、店や酒場に出入りして情報収集に努めた。
その情報収集の中で分かったことは、この都市では一番大きな商会、チャンドラ商会が行政を取り仕切っており、店を出す者から都市の安全を守る目的で資金を集め、独自の兵団を組織したり、共有である港の設備の維持管理を行ったりしている。
この商会には、これと言って悪い噂はないが、集めた資金は相当な金額になり、当然発生した利権を使い、私腹を肥やしている者もいる事は想像に難くない。また、兵団は流れ者も多く在籍しており、他の街や集落で悪事に手を染め、居場所がなくなり、ここまで流れてきた者も多いとの話もあった。
都市内の治安維持については、商人や職人の組合連合で自警団が組織され、都市内の巡回や、犯罪行為の取り締まりをしている。この自警団に捕縛され、罪を認めてしまえば、明確な法律がない為、罪の重さは計られることなく、鎖に繋がれ、港で一生逃れられない強制労働が待っている。但し、大金を払い、罪をあがなえばその限りではない。この組織にも当然二面性があり、自警団の地位を利用し、犯罪に手を染めている者もいると聞く。
色々闇の部分もあるが、ここでの一般的な暮らし、適度に働き、働いた金で衣食住を確保している分には犯罪に巻き込まれることはほとんど無いようだ。そういう意味では、物資にも恵まれ、働く場所も多く、真面目な人間にとっては、とても住みやすい都市だと言える。
真夜中になると目立たないように外出し、都市の構造を把握することに努めた。怪しい場所へは忍び込み、未然に防げる犯罪があれば対処した。密林での経験で気配を消す技術は確実に向上した。今ではどれほど警備が厳しい場所であっても、潜入する自信があった。
一度は調査の為、この都市で最も警備の厳しいと思われるチャンドラ商会の代表の家に誰にも気付かれることなく潜入することが出来た。噂通り、特に怪しむようなものは見当たらなかった。
他にも兵団や自警団の拠点に潜りこみ、犯罪にかかわる物がないか調べたが、特に組織として大掛かりに犯罪に手を染めるようなことはしていない様だった。
この都市で最も深い闇はスラム街なのかもしれない。働かない大人か、身寄りの無い子供が、ごみの中で極貧の暮らしをしている。犯罪者もここに紛れ潜伏しているので、子供を良いように使い、犯罪の手助けをさせている。
カイ先生
カイはこのスラムの現状を知ると、翌日から毎日、食べ物を調達してからスラム街へ向かい、食べ物が欲しい子供達を集め、勉強を教えるようになった。読み書きと四則演算を教え、真面目に取り組む子供には食べ物を与え、理解が出来るまで根気よく教えていた。
この貧困から抜け出すためには、定職につかなければならない。この都市は商人の街であり、四則演算が出来ると出来ないでは働き口が変わってくる。
ただ、人間、得意不得意はどうしてもある、勉強が苦手な子に対してはリュウが武術を教えていた。リュウが体の基本的な使い方を教えた子供たちは、自警団か兵団に入り暮らしていけるだろう。
当然、両方とも苦手な子供も多くいる。その子供たちは何に興味を示し、何が得意なのかを調べ、手先が器用であれば、職人の家を回り、ただ働きで構わないので、先ずは仕事を、技術を教えてもらえないか交渉して回った。
どれも合わない子や、人付き合いが苦手な子には掃除、洗濯、食事の支度を教え、勉強する子、働いてくる子のサポートをさせた。
全ての子供たち、21名の役割が決まったころ、カイから子供たちが住む家を買いたいと提案があった。資金はカイが作った石細工を売って得たものであり、反対する理由もなく、リュウも同意した。
翌日にはどうやって探したのか、都市の外れにある、古いが立派な大きな石造りの家を見つけてきた。カイが言うには都市の外れにあり、不便な割に無駄に広い敷地と、大きさで買い手が中々つかず、やがてはよからぬ者たちが不法占拠しているとのことで、ただ同然で手に入れてきたらしい。
早速、家に入り不法占拠している者たちと、リュウと二人で交渉に入る。先ずは話し合いで解決を目指そうとリュウに伝えた。家に入ると中はゴミが散乱していて、汚い。家の奥から人の笑い声が聞こえるので、そこを目指し進む。やがて居間と思われる場所で10代と思われる若い男女5人、酒を飲みながら談笑していた。
一人の男がこちらに気付き、睨みを利かせながら太い声で誰だと言った。その声に応え、丁寧な説明をしようと心がけながら、話しを始める。
「突然すみません、本日この屋敷を購入した者です。早速ここを片付けて入居の準備をしたいのですが、急ぎここから退去していただけませんでしょうか。」
睨みを利かせた男は、今度は笑いながらそれに答える
「いや、ここは俺たちの場所、俺たちの物だ。俺たちは出ていかねぇ。」
するとリュウが落ちている木の棒を拾い、男が話し終わるタイミングで無造作に男の左腕に振り下ろす。男の腕は本来曲がらない箇所から体の外側に折れ曲がった。それを見た男の隣に座っていた女が、男と同時に悲鳴を上げた。次にリュウは悲鳴を上げた女の脳天に棒を振り下ろす。女は動かなくなった。
いったい何があったのか分からず恐怖に凍り付く残りの3人に、リュウが無機質な声で短く告げる。
「次に声を出したやつに棒を振り下ろす。」
いやいやリュウよ、話し合いで解決と言ったのだけどな。ま、リュウの判断が正しいとは思うが、どう見ても若気の至りで少しやんちゃしちゃった系の子たちだと思う。変な逆恨みだけは買いたくないのだけれど、こうなっては仕方がない。
リュウに向かって首を横に振り、もうやめるように合図する。あらためて残った三人に話しかける。
「いやー、驚かしてしまった様で、すみません。私はなるべく穏便な形でことを済ませたいと思っています。あらためてもう一度お願いさせて頂きますが、今すぐここを退去していただけますか。」
それを聞いた男女は必死に首を上下に振っている。
「では、そこのお二人ともどもご退去をお願いします。あ、ちなみに仕返しをお考えであればお止めになった方が良いと思います。今、あなた方に棒を振った男ですが、この都市の兵団の力を持ってしても止めることは出来ませんよ。それからこの男よりも私の方が強いですからその点もお忘れなく。では、ごきげんよう。」
話を聞いた若者は仲間を引きずりながら、慌てて出ていった。念のため、馬鹿でも理解できるように脅しをかけておいたが、真正の金持ちお馬鹿さんであった場合、この手の脅しは効かないので警戒が必要だと思う。
ふと横を見るとリュウが怒っている。リュウさん何ですか、と聞いてみる。
「召喚人、私があなたより弱いとはどういう意味ですか。私は武術であなたに負けた覚えは一度もありませんが。」
あぁ、この男、真っすぐに見えるが存外面倒くさい。リュウがこれ以上気分を害さないように、説明をする。
「リュウさん、あの場合は脅しの表現です、誇張して相手に伝えることで効果を得ようとしたのであって、他意はありません。」
「そんなことは分かっています。誇張の表現でも他にいくらでもあったはずです。」
「リュウさん、すみませんでした。今後は気を付けますので。」
そんなやり取りをしているとカイが部屋に入ってきた。
「想像以上に汚れていますね、早急に片付け掃除をしないと。リュウさん急いで子供達を迎えに行きましょう、召喚人はここに残って掃除をお願いします。」
そう言うとカイはリュウを連れて出ていった。カイは部屋の外で会話を聞いていて助けに入ってくれたのだろう。その行動に感謝しつつ、部屋の掃除に取り掛かる。
先ずは大型のゴミ、家具であったであろう木の残骸などを家の外に運び出し一か所にまとめる。その作業が終わったころにカイたちが戻ってきた。早速子供達と掃除を始める、さすが子供でも21人いればアッと言う間にゴミは片付いた。
汚れている部分の細かい掃除や家具の調達は明日以降にし、食事番の子供たちと食材の調達に向かう。23人分ともなれば相当な量になる、子供たちと騒ぎながら屋敷に戻ってくると来客が待っていた。
チャンドラ商会
チャンドラ商会から来たというその紳士は、商会の本社までカイに来て欲しい、用件は出向いた先で、代表のチャンドラ氏から説明すると言う。この都市に着いて約一月、大金を手に入れたこと、スラムから子供達を引き上げたこと、派手な活動だと言えば派手であり、カイがこの都市を牛耳る商会に目に着けられることは不自然なことではない。
子供達だけでここに置いて行くわけにも行かず、相談の結果、リュウは留守番となり、カイと二人でチャンドラ商会へ向かうことになった。
屋敷の外には馬車が待っていた。これに乗って向かうとのこと。カイが興奮しながら、馬が引く乗り物に初めて乗りましたと言うので、私もですよと応えた。
目的地には10分ほどで到着した。立派な商会の建物に入り、VIP用であろうと思われる、見たこともないような調度品に囲まれた部屋でチャンドラ氏が待っていた。
その紳士は、今までの民族とは異なり、密林に住む者たちよりも黒い肌をしており、大きな目と長い手足が目立っていた。恰幅が良く、口ひげを生やしたその紳士は、真っ白な衣服をまとい、手の指や首には金で出来ていると思われる豪華な装飾品をいくつも身に着けていた。
促され、カイと二人で三人掛けの椅子に腰かける。お茶を出され、カイが良い香りですねと言った。するとチャンドラは想像するよりも高い声で話しかけてきた。
「カイさんは高貴なお生まれの様ですが、どこのご出身ですか。」
「ここより大分東の方になります。」
カイはわざと濁した回答をする。
「なるほど、訳ありの旅ですか。」
「ご察し頂き、感謝申し上げます。」
「では早速、本題に入りましょう。何故貧民街の子供達に教育を行うのですか。子供たちを洗脳し、自分の手駒として、利用するためですか。」
当然の疑問だ、カイのやっていることは慈善事業だが、この世界でそれが理解されるとは思えない。
「いえ、違います。子供たちが自立し、貧困生活から抜け出せるようにするためです。生まれの違いによって、教育の機会が与えられないのは間違っています。どんな生まれであろうと教育を受け、社会の一員として労働を行い、その対価を得て、その社会での平均的な生活は保障される。それが人間社会のあるべき姿だと思っています。」
真っ当な考えだ、だがこの世界では先進的ではないか。元いた世界でも表面上はカイの言う通りだが、実際はいくら平等を叫ぼうとも、誰もが平等をうたいながらも、実際は生まれでしかその後の人生は保障されない。生まれが悪く、勉強が得意でなければ、運動が出来なければ、人付き合いが出来なければ、あっという間に社会から切り捨てられる世界だった。
「素晴らしい理想論をお持ちですね。それをこの都市で実践されたと言うのですね。」
少し馬鹿にしたようにチャンドラが言った。
「今後はこの都市だけではなく、旅を続けながら、その先で出会った貧困層の子供たちの自立の支援を継続して行っていくつもりです。この都市ではチャンドラさんのご支援も頂きたと思っています。」
更に馬鹿にしたようにチャンドラは続ける。
「なんと、この都市だけでなく他の場所でもですか。それは壮大な話ですね。それで、あなた方が去った後、その支援はどうされるのですか。」
「そこがチャンドラさんにご支援を頂きたい点です。我々が旅だった後、あの屋敷の維持管理、新たに親を亡くした、親から放棄された子供達を受け入れ、教育、就業支援を行って頂きたいのです。」
チャンドラは呆れた表情を浮かべながら諭すように言った。
「カイさん、あなたの理想は確かに素晴らしいものだ。でも私は商人です、自分に利が無いことは協力しません。これは私の信念でもあります。あなたに協力することで私に何の利がありますか。」
「子供たちには可能性があります。きっと子供たちの中にはチャンドラさんの役に立つ人材も育つに違いありません。長い目で見れば子供たちは優良な投資先となります。」
チャンドラの表情が曇り始める。
「そんな不確定な話しで私は投資出来ません。もっと確実なものを提示して頂かないと、この話は終わりですな。」
するとカイは声のトーンを一つ落とし、じっとチャンドラを見据え返答する。
「私もあえてあなたの店で、高価な宝石を貨幣に替え、それ以上の貨幣が必要ないにも関わらず、装飾の石を一つだけではなく、複数個お譲りした訳ではありません。」
チャンドラの目が光る。
「やっとお話し頂けますか、えぇ、私が興味を持っているのは、あの装飾の石です。石を欠けることなくあそこまで薄くする技術を我々は知りません、しかもあの美しいデザイン、装飾品としての価値は下手な宝石よりも高いでしょう。」
「では、装飾の石をいくつ用意すればよろしいでしょうか。」
チャンドラの表情が緩む。
「いえ、私が欲しいのは石を加工する技術です。その技術と引き換えに、この街で貧困状態にある子供たちを一人前の大人へと教育する機関を組織し、その後ろ盾となりましょう。」
今まで淡々とチャンドラと話しをしていたカイであったが、笑みを浮かべて答える。
「チャンドラさんそれは欲張りです、欲張りすぎです。あなたがこの都市一番の実力者だと思ったからこそ、装飾の石をお譲りしたのです。とんだ見込み違いでした、この話しは忘れて下さい。
そうですね、別の方、例えばあなたの弟君にお話しさせて頂きましょうか、きっといくつか装飾の石をお渡しすれば、手を打って頂けると思いますよ。」
そういうとカイは席を立つ、慌てて一緒に立ち上がり、退出しようとすると、チャンドラが笑いながら、わかりました、と言った。カイは再び席に着いた。
「では、装飾の石の独占販売権を頂けるというのはどうでしょう。今後あなたは、装飾の石を私にしか売らないと言うことで。」
「わかりました、今後、石はチャンドラさんにしかお譲りしません。」
それを聞くとチャンドラは大きくうなずき満足そうな笑みを浮かべた。最初からそこが落としどころで交渉していたのだろう、お互いに。
但し、もう一つ、お願いがあります、とチャンドラは言った。
「現在、貧民街の子供達を引き上げたことで大きな問題が生じています。貧民街を隠れ蓑に使っていた犯罪組織は子供達を盾に自警団からの追撃を逃れていました。その盾が無くなった今、自警団に対して先制攻撃を仕掛けようと準備を進めています。
早急にこの問題に対処、これを好機と捉え、犯罪組織の壊滅計画を進めたいのですが、犯罪組織と自警団の全面対決では街や住民に被害が拡大する恐れがあります。
そこであなた方に、犯罪組織が動く前に犯罪組織を潰して欲しいのです。」
カイは黙って聞いていたが、質問をさせて欲しいと口を開いた。
「子供たちを貧民街から引き上げたのは我々ですので、犯罪組織が無茶な行動をとる選択をしてしまったことは、我々にも責任の一端はあります。それに犯罪者を野放しにしておくことは本意ではありませんので、協力させて頂くこともやぶさかではありません。しかし、何故我々に白羽の矢が立ったのでしょうか。自警団や、兵団からの選抜でも良いのではないでしょうか。優秀な人材が揃っているとも聞いていますが。」
チャンドラは初めてこちらを見ながら話しを始めた。
「そうですね、自警団や兵団には優秀な人材もいますが、厳重な警備を誇る施設や私邸にコソ泥のように忍び込んで、資料を漁ったり、有無を言わさず、木の棒で人の腕を折れるほど打ち込んだり、卒倒するほどの打撃を女性の頭に打ち込んだり、そんな無茶が出来る人材はいません。犯罪組織に対抗するためにはそういう力が必要だと思ったからです。」
話しの途中から、カイに怒気が溜まっていくのが分かる。夜中の行動はリュウには伝えていたが、カイには話していない。後で怒られよう。カイはこちらに怒りを向けながらチャンドラに返答をする。
「理由は良く分かりました、その話しお受けします。早速準備に取り掛かりたいと思います、そちらがお持ちの犯罪組織の情報について可能な限り共有をお願いします。」
「わかりました、先ほどここまで案内させた私の執事から、まとめた情報をお届けするようにいたします。」
「では、これにて失礼させて頂きます。」
カイは今度こそ本当に席を立ち、部屋を出ようとした。その背中にチャンドラが、その胆力、知力、実にお父上に似ていらっしゃる、と投げかけた。カイは振り向きもせず、私と父は似ていません、とつぶやき部屋を出た。
チャンドラは獰猛な虎の腹を裂いた異世界人、期待していますよ、とも言った。
新しい弓矢
帰りも馬車で送ってもらう。馬車の中で、カイに勝手な行動をしたことで、依頼を受けざるを得なくなったことを詫びた。カイは召喚人の行動は想定の範囲だから問題ありません、と言った。問題は我々がこの都市に入った時点ですでに目を着けられていた点、それからチャンドラという男の情報収集能力の高さだと言った。幸い、チャンドラは悪人ではないようなので、まぁ、良しとしましょう、と言った。
カイに、チャンドラ商会の情報をどうやって知ったのか、疑問をぶつけてみる。
「カイさんはいつ、どうやって、チャンドラ商会の存在、チャンドラ氏とその弟の確執について知ったのですか。」
「あぁ、それは簡単です。この都市に入る前に立ち寄った集落で色々な話しを聞いていましたので。」
なるほど、言われてみれば確かに簡単な話だ。思えば、立ち寄った集落では必ず集落の代表者とカイが話しこんでいる姿を見たような気がする。普段は本当に幼さを残した無邪気な青年なのだが、極稀にみせる胆力と知力にはいつも驚かされる。
チャンドラ氏が言っていたカイの父とはどんな人物なのだろうか。カイの反応から触れることは憚られるし、それほど興味もないので、このことは忘れようと思った。
屋敷に戻り、リュウにチャンドラとの話しを伝える。情報が届き次第、作戦を立て、早ければ明日の夜、決行することとなった。
リュウがカイに新しい弓と鏃について試してみたいと相談している。この都市に入ってから、リュウが弓を使った訓練と実験をしていると話しを聞いていたが、どんな物を試しているのかは知らなかった。この機会にそれをみせて欲しいとお願いし、明日の実験に立ち会うことになった。そしてその晩は明日に備え早めの就寝となり解散となった。
翌朝、子供たちに屋敷の掃除を指示し、リュウと弓の実験をするために、密林へと向かった。カイは屋敷で使う家具を調達するためにチャンドラ商会の商人達を屋敷に招いていた。チャンドラ商会の人間がいる以上、大きなトラブルに巻き込まれることは無いと判断し、カイを子供たちと屋敷に残した。
道なき密林の奥に進み、人気がない場所まで出た。リュウは袋から弓と鏃を取り出す。その弓は複数の木を組み合わせて造られており、剛性と弾性を合わせ持ち、弦も細いが三層構造で造られ、小型であるにもかかわらず大型の弓に匹敵する飛距離が出るように設計されていた。鏃は鉄で出来ており、三角錐をひねった形をしていた。羽を工夫し矢を放つと回転しながら飛んでいく構造になっており、ひねった三角錐の鏃は対象物により深く刺さる、もしくは貫通するように工夫がされていた。
これは明らかに巨人の集落で得た技術を応用したものだった。リュウに確認する必要もなく、これはカイが考案したもの、カイ自身が加工したものだろうと思う。念のため、リュウに鏃の製作過程を確認するが、砂鉄を集め、溶かし、鍛え上げるのだと言う。
この世界に鍛造の技術はあるが、ここまで細かく、しかも強度を持たせた加工は出来ない。巨人の集落でもその技術は失われてしまったと言っていた。であれば、カイは今までに得た知識、巨人の集落で得た知識をパズルのように組み合わせ、この短期間、一年余りで精密な鍛造技術の確立と、殺傷能力の高い強力な弓矢を設計したことになる。とても受け入れがたい事実だった。
そもそも巨人の集落は、自分たちの技術を武器に応用されたくないが為に、文字や記録に残さなかった。カイの行動はその思いに反する行為だと言える。暴力で物事を解決することを嫌う、カイらしくない。いずれにせよ、この件はカイに問いたださなければならないと思った。
ただ、このような技術は、カイが開発しなかったとしても、近いうちに誰かが開発するであろうとは思う。ひょっとしたら、すでに実用化に成功し、兵に装備させている国があるのかもしれない。
それでも、今はこの技術を出来れば封印し、少しでも、世に広まるのを遅らせるしかない、少しでも、人の命が簡単に奪われないようにする必要があるのではないかと思う。
リュウが準備出来たと言うので、早速実験に入る。20mほど離れた木を的に見立て、印をつけてある。リュウは弓を左手に持ち、小型の弓に合わせた短めの矢を矢筒に入れ、背負っている。リュウが呼吸を整え、矢を連続で放つ、一呼吸、約2秒の間に5本の矢を射る。以前に比べ格段に射る速さが増している。矢はいずれも的に命中し、何本かは木を貫通し、後ろの木に刺さっていた。
もともとリュウは弓の扱いが得意ではないと聞いていたが、弓が小型化した分、動作も小さく出来る点、鍛錬を重ねた結果、この速さに到達したのだと思う。木の貫通具合から、木製の盾は簡単に貫くことができることが分かる。多分、銅製の防具でも防ぎきれないであろう。
なんと殺傷能力の高いものを生み出したものだ、感心するとともに、あらためてカイの才能に恐怖を覚えた。
矢を回収し終え、リュウが戻ってきて話しかける。
「どうですか召喚人、この弓と矢の威力は。恐ろしくなりましたか。」
「あぁ、リュウさん、これは相当に恐ろしいよ。今、この技術をどこかの国が持ってしまったら、他国に攻め入り大量虐殺が起きてしまう、そんなことを考えてしまうよ。」
リュウは近くの倒木に腰かけ、こちらをじっと見つめながら話を続けた。
「召喚人のことですからそういう心配をする、そう言うだろうとカイは言っていました。カイもその危険性については十分考え、この技術は誰にも渡すつもりはないでしょう。」
「我々にこの技術は必要ありません、誰にも渡すつもりがないなら、そんな危険な物、作らなければ良いのではないかと思います。リュウさんはどう考えているのですか。」
リュウは少し考えて、こう答えた。
「カイの考えは、俺にはわかりません。ただ、武器は使う人間によって、身を守る道具、他者を殺す道具と性格を変えます。武器を持つ人間が、身を守る道具として使う様に、他者を殺したいとなどの考えを持たない様に、カイは子供の教育に力を入れているだと思います。そして身を守る為には、害をなす相手より、強い武器を持っていることが必要になります。」
「なるほど抑止力の考えですか。一つの側面としては正しいと思います。ただし、納得は出来ませんが。」
リュウは少し微笑みながら言葉を続けた。
「そうですね、何が正しいのか、私にはわかりません。己の欲望で簡単に他者を殺すことを命令する主人に仕え、その命令を淡々と実行し、糧を得てきた私には、平和について語るものは何もありません。ただ、そういう私の様な人種から身を守るためには、より強い武器が必要です。残念ながらこの世界はそういう世界なのです。」
自虐的な話しをするリュウは少し寂しそうに見えた。
「リュウさんわかりました、帰ったらカイさんと話しをしてみます。」
「えぇ、そうしてください。私には難問です。」
その後何度か試し打ちを行い、弓、矢とも微妙な調整を行って、命中精度を高めていった。リュウが満足したところで屋敷に戻った。
屋敷に戻ると早速チャンドラ商会から家具が運び込まれ、カイが設置場所を細かく指示していた。こちらの姿を見つけると、カイが居間で待っていて下さい、と大声で話しかけてきた。カイの指示通り、しばらく居間で待っていると、カイが入ってきた。
「お待たせしてすみません、弓と矢の具合はどうでしたか、調整はうまくいきましたか。」
「あぁ、問題なく完了した。いつでも実戦投入可能だ。」
抑揚の少ない話し方でリュウが答える。
「召喚人、どうでしたか、あの弓矢を見た感想は。」
「カイさん、どうしてあんな殺傷能力の高い物を造ったのですか、我々には必要がないし、そもそも巨人の集落で教えてもらった技術をあんな形で応用するなんて。正直カイさんらしくない。とにかく納得できる理由を教えてください。」
少し非難を含んだ言い方になってしまったが、これが今の正直な気持ちだ。
カイは真っすぐこちらを見て、少し安心した様な表情でその問いに答えた。
「召喚人の反応が予想していた通りで安心しました。そう言われ、止められると思い、あなたには黙って製造し、実験を繰り返していたのです。
では何故造ったのか、ですが、とてもあなたに納得してもらえる理由ではないのですが、思いついてしまったからです。
矢をより遠くに飛ばす工夫、より貫通力を上げる工夫が頭に浮かんでしまったのです。そして、それをどうしても確かめてみたかったのです。自分の考えが正しいのか、巨人の集落で教えてもらった技術が応用出来るのか。」
話の後半、目を輝かせながら話すカイを見て何となくわかった、純粋な好奇心なのだと。自分が造ったものがどのように使われるか、それ以前に、本当に出来るのか、出来た場合の性能はどうなのか、それを知りたかったのだ。多くの発明者と同じだ、その発明は、人々の暮らしを楽にする良い使い方もあれば、人を傷つける悪い使い方もある、その現実が分かっていながらも、自らの好奇心を抑えることが出来ないのだ。
唖然としながらも、ある意味カイらしいとも思えた。とにかく、この技術はリュウ以外には使わせない、誰にも渡さない、それを強く約束させた。
犯罪組織壊滅作戦
チャンドラ商会の執事から犯罪組織の情報は届けられていた。潜伏している人数は15名と想定される。その中には、ここより西の軍事国家の脱走兵もおり、油断できる相手ではないようだ。ありがたいことに、潜伏場所、スラム街の見取り図も用意されており、リュウと共に見取り図を頭へ叩き込んだ。
チャンドラ氏より、港での肉体労働者が不足しているため、可能な限り無傷で捕らえ、強制労働力として使いたいとの無茶な要望が来ている。そこで作戦としては、出来るだけ一人一人順番に無力化し、気づかれない内に全員を捕らえることとした。
潜伏先と思われる場所は三ヶ所、順番を決め攻略していく。もし、気づかれ逃走しようとした場合は、リュウが矢で足を射抜き、逃走を阻止することとした。作戦決行時間は本日の真夜中、それまでは各々が準備をした。
視界を奪う為に使う、ジュートの繊維を編み込んで作った袋と、手足の自由を奪う為の縄を、予備を含め20名分用意する。縄は直ぐに手足にかけられるように、予め投げ縄結びを作っておく。それを袋に入れ、背負う。
時間となり、準備を終えたリュウと二人で出発する。二人とも黒装束で固めていた。スラム街の外には自警団が待機している。自警団に、犯罪者を捕らえた後と、万が一逃走された場合の処理を依頼しスラム街に入る。
早速、最初の潜伏場所に侵入を開始する。リュウは狙撃ポイントで身を潜める。今にも崩れ落ちそうな建物の中に進み、人影を探す。寝ている男を複数名視認し、離れている男から作業に取り掛かる。寝ている男に声が出せない様、布を口に突っ込み、頭から袋を被せ首元で縛る。うつ伏せにし、手足を縄で縛る。一人当たり3秒、淡々と作業を続ける。全員縛り終え、さらに動けない様、それぞれの体を縄で縛りあげる。この建物で6名確保、今のところ大きな音は立てていない。
外に出て、リュウに手振りで次の建屋と合図する。リュウは素早く次の狙撃ポイントに移る。その姿を確認し、同じ手順でさらに6名縛り上げる。残り3名。
最後の建屋に移動する。3名縛り終え、ほっとした瞬間、死角から何かが飛んできた。絶対に当たらないので、よける必要がないが体が反応してしまい、体のバランスを崩し倒れてしまった。それを確認したのか男が外に向かって飛び出す。その姿を目で追いながら、逃げなければ矢に射抜かれ怪我をすることもなかったろうに、と思った。
立ち上がると目の前にナイフを構えた背の高い男が立っていた、異様な殺気だ。この男が西の国からの脱走兵で間違いないだろう。人数の情報が間違っていたのは仕方がないが、よりによって残った男が一番厄介な相手とはついてない。いや、この男は襲撃に気が付いていたのだろう。こうなることは必然だったのだ。
捕縛には手間がかかりそうだ、いっそリュウを助けに呼ぼうかと思ったが、呼んでいる間に逃走されてはまずい。何とか粘って捕縛を試みる。
男はナイフで切りつけてくるが、一向に手ごたえがない、相手がダメージを負っている様子もないことにパニックになっている様だ。しばらく抵抗せず、相手が疲れたところで、すかさず無造作に抱きしめ、体の自由を奪う。なおも、この化け物、と叫びながら抵抗していたが、しばらくすると大人しくなった。相手の手を掴んだまま、何とか袋と縄を取り出し、同じように拘束し、動きを封じる。作業の間中、男は化け物だ、悪魔だと罵ってくれた。ま、強ち間違いではない。
外に出ると、壁に右の太ももと左肩を射抜かれ、壁に磔にされた男がぐったりとしている。矢の傷で動脈が傷つき出血多量になってないことを祈る。リュウに終わったこと合図し、自警団へ後処理をお願いし、屋敷へ戻った。
屋敷に戻ると子供たちが、カイ先生が連れて行かれたと騒いでいた。チャンドラ商会を名乗る人相の悪い男がカイと一緒に出掛けたという。その男は、リュウにこの手紙を渡せと言ったらしい。早速手紙を受け取り開封する。中にはカイを人質として預かった、返してほしければ、指定された場所に一人で来いとの内容だった。
リュウを名指ししてきたこと、手口が姑息なことから、間違いなくここを不法に占拠し、リュウに腕を折られた男、その身内の仕業だろうと想像が出来た。折角忠告してあげたのに、その忠告を素直に聞いていれば、これ以上痛い目に合わなかっただろうに。男の今後を思うと同情した。
リュウは慌てる様子もなく、指定された場所に向かう。一人で来いとの指定だったが、黙ってついて行く。それに対してリュウは何も言わなかった。
指定されたのはチャンドラ商会の倉庫だった。カイを連れて行った男はチャンドラ商会を名乗ったらしいが、どうやら関係者には違いないようだ。薄暗い倉庫に入ると、カイが後ろ手に縛られ、座らされている。その横には腕を折られた男がナイフを持って立っていた。
その奥には、屋敷を不法占拠していた男の仲間四人組がそれぞれ手に武器を持って立ち、その横には見知らぬ中年が立っていた。
リュウの姿を認めると、中年が話しかけてきた。
「先日は私の息子が世話になりました、私をご存じかもしれませんが、チャンドラ商会の副代表をさせて頂いているものです。今日は息子の御礼をしたく、わざわざご足労頂きました。手紙にはお一人でとお願いしていましたが、お仲間をお取れ頂いた様で、お一人では怖かったのですかな。」
終始笑いながら、いやらしく話す姿はまさに三流の悪役そのものだった。次にナイフを持った男が、これまたいかにも三流のセリフでリュウに向かって叫んだ。
「今の聞いたか、俺の親父はチャンドラ商会の代表の弟だ、この都市で俺たち親子に歯向かえる奴はいねぇんだよ。手に持っている弓を捨てろ、捨てないとこいつの命が無いぞ。」
カイの首元にナイフを押し当て凄む。あぁ、もうその辺りにしておいた方がいい、見てられない。当然リュウは身じろぎもしない。
反応がないことに苛立ったのか、さらに大きな声でリュウに向かって叫ぶ。
「本当にコイツの喉を切るぞ、早く弓を捨てろ。」
これ以上は本当に危険だと判断し、割って入ろうとした時、カイが静かに言った。
「リュウさん、お願いします。」
次の瞬間、男の眉間をリュウが放った矢が貫いていた。男は即死、全身の力が一斉に抜け、操り人形のように地面へ倒れた。父親の方も同様だった。
四人組は何が起こったのか理解出来ていない、慌てて四人組に駆け寄り、ここから離れるよう促す。徐々に事態が呑み込めて来たらしく、二人の女はその場に座り込んでしまった。男二人はどうして良いのか分からず、右往左往している。
カイはリュウに縛られていた縄を切ってもらい、自由になっていた。すると、どこからか現れた自警団員達が二人の遺体の回収と四人組の身柄を拘束していった。リュウに形ばかりの事情聴取が行われ、誘拐犯の撃退と捕獲のご協力ありがとうございますといい、あっという間に去って行った。この倉庫に入って10分もたたず、全てが片付いて行った。
カイが帰りましょうと言うので3人で屋敷に帰った。カイに問いただしたい気持ちもあったがやめておく。
カイは子供たちの行く末と一人の若者の命を天秤にかけ、若者の命を捨てたのだ。確かにあの若者は矯正しようがないほどの悪党だったのかもしれない。この都市一番の実力者にとっては邪魔で仕方がない存在だったのかもしれない。
それでも、嵌められ、父親共々殺されてしまうのは何か違う気がする。子供たちの今後をより確実にするために犠牲にされたのは、うまく言えないが違う気がする。
だからと言って、良い代替案があるわけではない。この状況で、選べと言われたら決断力がなく選べないと思う。若者の命を犠牲にする決断をしたカイを責めることは出来ない。
その後しばらくは子供たちへの教育方針のまとめ、チャンドラ氏との調整などを行い、準備が整い次第、西に向かって出発することにした。
渡し船の手配も終わり、いよいよ出発の日を迎えた。カイは子供たち一人一人に、くれぐれも与えられた自分の役割を諦めずこなすこと、皆で一人一人の欠点を補って生きていくこと、自分の命も他人の命も大事にすることを、何度も繰り返し伝えて別れを惜しんでいた。子供たちもカイを慕い、リュウを憧れに持ち、別れたくないと口々に言っていた。
都市の門まで見送りに来た子供たちに、見えなくなるまで手を振った。見えなくなれば、西を向いて、前を向いて、歩きださなければならない。いつかまた、この都市を訪れ、子供たちの成長した姿を見ることを自分自身に約束しながら。
船に乗ったあと、カイが真面目な顔で聞いてきた。
「召喚人、私のことを軽蔑しましたか。」
「いや、私はカイさんを軽蔑出来るほど清廉潔白な人間ではありませんよ。」
出来るだけの笑顔で答える。
「私は私自身を軽蔑しているのかもしれません。心の底から軽蔑している、自分の欲に溺れ、私利私欲だけで行動しているあの男と、結局同じではないのかと。」
そう、うつむき加減で話す姿を見て、心のままにこの青年と話しをし、そして励まそうと思った。これからも続く旅の仲間、かけがえのない仲間のだから。