旅のはじまり
2.旅のはじまり
慣れない旅
突然の出発から二日が過ぎた、人目を避けるため街道から外れた獣道を、闇夜の間だけ月夜の明かりを頼りに歩き、日中は休息をとる。リュウとカイは乾燥させた穀物や木の実を食べて飢えを凌いでいる。
食事が取れないのは苦痛ではあるが、空腹の辛さや栄養補給だけを目的とした食事を見ていると、食べる必要がない方がましだと思える。
兵士であるリュウは闇夜の移動、野宿、虚しい食事、全てにおいて慣れていて、全く疲労を感じていないようであった。対照的にカイは疲れの色が顔に出ていた。
「後4日から5日、夜の間移動を繰り替えします。工程が早くも遅れ気味です。移動の速度を上げる必要があるかもしれません、ご理解ください。」
リュウが緊張の表情を浮かべ、身支度を整えながら言った。リュウの態度から現在地がまだ安全ではないことがわかる。ただ、やはりカイが心配なので、リュウに提案をしてみる。
「リュウさん、カイさんが慣れない環境で少し疲れているようです。移動の速度は上げずに進みませんか。」
「召喚人、それは出来ません。ここは安全ではないのです、一刻も早く移動したいのです。」
「それは理解しています、ただカイさんに無理をさせて体調を崩してしまえば、結果的に工程が遅れることになるのではないかと思うのです。移動の速度を落とせないのであれば、せめてカイさんの荷物を私が持ちたいと思います。」
途中からリュウの表情に怒りが見え始め、言い終わるころには疲れた表情に変わっていた。
「召喚人、カイを甘やかさないでください。旅を始めてまだ二日しか経っていません。後四、五日だけ頑張ればしっかりとした休息が取れます。だいたい、昼間の見張りは召喚人にお願いし、十分な休息が取れているはずです。」
「私は疲労も感じず、睡眠や食事も取る必要がありません。ですから昼間の見張りも、荷物を持つことも苦ではありません。ですから、」
リュウが首を横に振りながら話を遮る。
「そんな話しをしているのではありません、これから先は、より厳しい環境、状況に追い込まれることが容易に想像できます。始めたばかりで甘やかす必要はないのです。限界が来た時は私が判断をして、召喚人にお願いするなり、休息を取るなり、対策を考えます。今は私の指示通り動いていただきます、それが3人の命を守ることに繋がります。召喚人、よろしいですね。」
確かに正論だとも思うし、ここまで強い口調で言われてしまうと何も言えなくなる。
「わかりましたリュウさん、あなたの指示に従います。」
会話の途中から申し訳なさそうにこちらを見ていたカイが話しかけてくる。
「召喚人、私のためにありがとうございます。私も自分で限界がきたら言いますので、その時はお手伝い頂けたら助かります。」
まっすぐこちらを見てお辞儀をするカイを見ると、何とも自分が汚い者のように感じる、ま、実際汚いおじさんなのだが。この世界に召喚され、目的もわからない西に旅をすることにならなければ、カイもこんな苦労に巻き込まれず、あの城壁に囲まれた都市の中で安全に暮らせただろう。そう思うと申し訳ない気持ちになる。出来る限りこの好青年を守ってやらなければならないと思った。
狩り
あの会話の後、何とか5日間移動し、リュウの表情から緊張が薄れてきた。朝方に眠り昼に起床した、リュウが周囲を偵察してくるという。カイは環境に慣れてきたせいか、顔色も悪くなく、今もまだ安心して寝ている。
3時間ほどでリュウが戻ってきた。どうやらカの国の勢力圏外に出たらしい。まだまだ油断は出来ないが、昼間の移動に切り替えても良いようだ。また、近くで小さな集落を見つけ、交渉し、寝床の確保と食料を分けてもらうことになったそうだ。早速まだ寝ていたカイを起こし、集落へと向かった。
日も傾き始めた頃、集落に到着した。その集落は、簡単な櫓と、木の柱と藁の屋根で作られた簡素な住居が七、八軒ほどで形成され、家畜はおらず、麦を栽培し暮らしているようだった。住居の一軒が空き家とのことで、自由に使って良いとのことだった。床は地面をならしてあるだけで、その上に藁を敷いて寝るらしい。風と雨がしのげるだけでとてもありがたいと、満面の笑みでカイが言っていた。
リュウが旅の準備を整えつつ、ここに2、3日滞在する予定だと伝えてきた。慌ただしくカの国を離れ、足早な旅であったため、リュウやカイとまともに話しが出来ていない。リュウとは3日目の出発時にカイのことで話しをしたきり気まずい雰囲気だし、折角なので、この滞在を利用して、話しをして距離を縮めてみようかと思う。
カイは分けてもらった麦と、良く分からない野菜を鍋で煮込んだものを塩で味付けし食べていた。久しぶりに温かい食事はありがたいと、また、感謝の言葉を口にしながら、美味しそうに食べていた。
リュウはこれでは栄養が足りないとぼやきながら口にしている。明日は保存食用の塩漬け肉を作るため、動物を狩りに山へ入ると言う。リュウと話しをする良い機会だと思い、同行して山に入ることにした。
翌朝、集落で借りた弓矢を背負い、日の出とともに山へ入った。道なき道を進み、獣が使う道を探していく。1時間ほど山を登りながら探したところ、運よく鹿の足跡、通り道を見つけることが出来、その道を辿り、鹿の水飲み場まで発見することが出来た。その水飲み場を見渡せる高台に登り、鹿が来るのを待つ。二日現れなかったら諦めましょう、とリュウが言った。
見張りは任せてもらい、リュウには緊張を解いて、いざ鹿が来た時の為に、体力と集中力を温存してもらう。この獲物を待っている間に会話をしようと思っていたのだが、見張りに集中し過ぎて会話をすっかり忘れていた。
日も傾き始め、今日はここまでかと思った矢先に鹿が数頭現れた。リュウも気が付いたらしく、弓を持つとあっという間に音もなく鹿に近づいていった。鹿はまだ危険に気が付いていない。リュウが矢をつがえ、慎重に狙いを定めているのが見える。何とか当たって欲しいと祈りながら見ていると、鋭い音とともに一瞬で、大きな鹿が一頭倒れる。
他の鹿はあっという間に見えなくなった。リュウは倒れている鹿に急いで近づき、剣で喉を切り裂いた。リュウが大声で呼んでいるので、慌てて降りていく。
リュウに頼まれるまま、鹿を運ぶ。鹿は絶命してはおらず、血がどんどん流れ出ている。血が流れ出ることと、呼応するように真っ黒な瞳からも生気がぬけていく。
生物は他の生き物の命を食らわなければ生きていくことが出来ない。食べる為、生きていく為であれば、他者の命を奪うことは致し方がないこと、当たり前のことだ。だがこの自然の摂理、このシステムには、どうにも慣れないなと思う。散々肉や魚を口にしてきた人間が言うこと、思うことではないが。ただ今は、旅の仲間のために犠牲になってくれた鹿に、感謝を示すことで、自分の気持ちを誤魔化すしかなかった。
血が流れ切ったところで、内臓を取り出す。リュウが石を磨いて作ったナイフで胸から腹を奇麗に裂き、臓器を取り出していく。肝臓は生でも大丈夫だと、美味しそうに口にするリュウの姿に少し怖さを感じながら、手伝っていた。
一通り作業が終わると、辺りは暗くなり始めていた。このままここで一晩明かしたいところだが、鹿の血の匂いで肉食獣が寄ってくる可能性があり、鹿を奪われるか、命を奪われるか、危険な状態と判断し、暗闇の中、鹿を担いで集落まで戻ると決めた。
鹿の運搬は疲労も重さも感じないので全く問題ないが、担ぐまでの腕力に問題があった。血も内臓も抜いており、重くても100kg程度だと思うのだが、これが一人では担ぐことが出来なかった。この加齢による体力、筋力の衰え、若いころには出来たことが出来なくなることをふと感じる瞬間が、とても嫌だった。
何とか暗闇の中、山を下り、時間はかかったが集落までたどり着いた。借りている住居に戻るとカイが安心した顔でお帰りなさいと言ってくれた。リュウは休む間もなく、鹿の解体に取り掛かる。皮をはぎ、塩漬けにする部位を選び切り裂いては塩をまぶし、土器に詰めていく。
毛皮と持ちきれない肉は弓矢を返すついでに、集落で分けて欲しいと渡してきた。ひと段落する頃にはすっかり夜が更け、本来の目的であるリュウとの距離を縮めることが出来ないまま、狩りは終了してしまった。
好青年
翌日は自由に過ごしてよいとリュウが言うので、食べ物の一つでも獲得してやろうと思い、集落の周りを探索でもしようかとうろうろしていた。と、そこに子供達に囲まれるカイを見つけた。
カイは子供たちと遊びながら、命の大切さ、必要以上の欲を持ってはいけないことなど、子供たちにわかりやすい様に話しをしていた。感心しながら子供と一緒になって聞いていると、話に飽きてきた子供たちが、仮面のおじさん遊ぼうと手を引っ張る。仮面のおじさんの意味が分からなかったが、眼鏡が仮面に変換されていることに気が付いた。
要求に応え、遊び相手になってみる。鬼ごっこをしたいと言うので、鬼役を引き受ける。瞬発力に自信はないが、疲れを知らないこの体は鬼ごっこでは無敵だ。子供たちはなかなか手強かったが、なるべく喜ぶように焦らしながら、疲れたところで捕まえることを繰り返し、相手をしていた。
しばらく時間が経ったところで、もう終わりだと告げる。それを聞くと、まだ遊び足りないのか子供たちはどこかへ駆けていく。その後姿を見送っていると、先ほどから座って鬼ごっこの様子を見ていたカイが、笑顔で話しかけてきた。
「子供お好きなのですね。」
「まぁそうですね、好きですね、子供と遊ぶと楽しいですよ。カイさんも一緒に遊べばよかったのに。」
本当にそう思ったので、笑いながら返答する。
「いや、私は幼いころ体が弱く、外で遊ぶことが無かったので体を使った遊びは苦手なのです。子供たちに話しをしたりするのは得意なのですが。」
自虐的にも聞こえる話し方に、この好青年も今までの人生で色々苦労はあったのだろうと思える。いい機会なので、カイのことについて尋ねてみようと思う。
「カイさん、改まって何だが、これから旅をしていく上で、多少お互いを知った方が良いと思う、どうだろうか、自己紹介をし合うのは。」
「はい、わかりました。であればリュウさんも入れて今晩三人で話しをするのはどうでしょうか。私はリュウさんのことも知りたいと思います。」
真面目な顔をしてカイが言った。
「それもそうだね、じゃぁ、そうしよう。リュウさんにはあたしから伝えておくから。」
カイは頷きながら、少し不思議そうに尋ねてきた。
「くだけた話し方は私も賛成なのですが“あたし”の表現は女性が使うものかと思います。」
そんなところまで翻訳出来るとは、AIの優秀さに感動しながら答える。
「この“あたし”の表現は癖なので、気にしないでください。今後カイさんやリュウさんの前ではあたしの表現を使うと思いますので、よろしくお願いします。」
「わかりました、私も出来るだけくだけた話し方で、お二人と仲良くなりたいと思います。」
嬉しそうな顔で話すカイを見ると、こちらまで嬉しくなってくる。人に好印象を与える態度、真面目な性格、頭の良さ、それに加えイケメンときている。体力がない、少し頼りなさ、幼さを感じる部分もあるが、まさに好青年。この旅で色々な経験を積み、自分の中の自信を深め、ブレない芯が出来たら、良い大人になるだろうと思う。
自己紹介
借りている住居に戻った後、リュウにお互いを知りたいので、3人で自己紹介をし合うことにしたことを伝える。そんな事は無駄です、と言われると思って、色々説得材料を考えていたが、あっさりと了解が得られた。
カイが昨日仕留めた鹿の肉と野菜を煮込んだ汁を作り、分けてもらった果実酒を飲みながら、3人で自己紹介をすることにした。昨日の穀物と野菜を煮たものは食べたいと思わなかったが、鹿肉が入っているだけでとても美味しそうだ。せめて一口食べたいと思うが、それはかなわない。恨めしそうな目で食べ物を見ていると、カイが覚ったのか、口火を切って話しを進めてくれた。
「召喚人、リュウさん、今晩は話しをたくさんして、お互いを理解して、今後も旅が楽しく続けられるようにしましょう。では、私から話しをさせていただきます。
私はカの国の王宮で生まれ育ちました、生まれて20年間、王宮の外にほとんど出たことなく暮らしてきました。ただ、外の世界への興味は大きく、王宮に保管されている資料を読み、旅人の話しを聞き、国の外の景色や暮らしている人々を想像しながら、外の世界への憧れを大きくしていました。
今回、お二人と旅に出ることが出来て本当にうれしく思います。この旅で、今まで資料の上でしか知らなかった世界を自分の目で確かめ、色々な知識を吸収し、人として成長したいと思っています。
その為にはお二人に助けて頂くことも多いと思いますが、私も今まで得られた知識で旅が順調に進むように努力したいと思っています。これからもよろしくお願いします。私に対して何か質問はありますでしょうか。」
淀みなく、堂々と話す姿に感心しながら質問を考える。リュウから質問が出るとは思えない。と思っているところにリュウが質問をした。
「食べ物は何が好きだ、酒は飲むのか。」
「魚や肉が好きです、酒はあまり得意ではありません、飲めないことはありませんが。」
「そうか、今後の食料調達の参考になる。体を動かすことは苦手だと聞いているが、手先は器用か、道具作りは出来るのか。」
「それほど器用ではありませんが、道具作りは教えて頂ければ出来ると思います。」
「わかった、狩猟用や旅に必要な道具はカイに作ってもらうことにしよう。」
「はい、わかりました。よろしくお願いいたします。」
確かに聞いておくべき質問をしたリュウに驚いた。そういえばこの世界に来た時に、心配そうな顔で声を掛け続けてくれていたのはリュウだった。一度カイのことで意見が合わなかっただけで、大分誤解をしていたようだ。
勝手に苦手意識を持ってしまっていた自分に恥ずかしさを覚えながら、その後も旅を続ける上で必要な確認事項や、好きなことを話す二人のやり取りを聞いていた。すると気を使ってか、カイが話しかけてきた。
「召喚人は私に質問ありますか。」
慌てて用意していた質問をしてみる。
「あ、えっと、カイさんは天に仕えるのがお仕事だと聞いたのですが、なぜそのお仕事を選んだのですか。」
「私にはなりたいものは無かったのです、ですから成人の際、母から天に仕えなさいと役割を与えられたとき、黙って受けました。色々と天について学び、祭事に携わることは面白かったですし、やっている内にやりがいもありました。特に子供たちに自然の中で生きていくこと、自然の大切さを教えるのは自分で言うのも何ですが、向いているのだと思います。だから続けられたのかとも思います。」
やりたいことが無かったが、与えられたものに興味が湧いて続けられる。異世界であっても人はそんなものなのだろうなと漠然と思った。
カイは自分の番は終わったと判断したのか、次はリュウだと言って、自己紹介を促した。
「俺は元カの国の兵士リュウだ。二十八歳で、人生のほとんどを戦場で過ごしてきた。あまり自分から話すことは得意ではないので、質問をしてくれ、出来るだけ答えるようにする。」
いや、その見た目、貫禄、四十超えているだろう。またもリュウのギャップに驚き、自分との共通点は全くないのに、何だか不思議と親近感が湧いてくる。
「ではリュウさん、食べ物は何がお好きですか。」
カイが笑顔でリュウに話しかける。リュウは淡々とそれに答えていく。
「食べ物に好き嫌いはないな、食べられるものであれば何でも。敵陣に入り込んだ場合、補給があるとは限らないから食べられるものは何でも食べる。体を動かす為には出来れば肉や魚、あと虫だな。」
「そうですか、何でも食べられるのですね。お酒は飲まれるのですか。」
「酒は好きだが、判断を遅らせたり誤らせたりするから、量は飲まん。」
「さすが親衛隊所属ですね。」
リュウは兵士として優秀なのだとあらためて思う。旅はまだ始まったばかりだが、移動や休息の判断に迷いがない、鹿狩りで見せた戦闘力、その実力を目の当たりにし、カの国の兵団の規模はわからないが、王直轄の親衛隊に所属していたであれば、兵士としては精鋭中の精鋭なのだろう。
リュウの機嫌も悪そうではないので、以前から気になっていたリュウの装備について質問をしてみる。
「リュウさん、私からも良いですか。いつもリュウさんが佩いている剣を見せて頂きたいのですが。」
「ああ、構わない。」
人に武器を触られるのは嫌だろうに、予想に反しあっけなく、無造作に剣を差し出してきた。その剣を鞘から抜き、眺めてみる。
刀身は三十cmより少し長いくらいで短く、両刃の直剣、黄金色をしている。重さ、色から銅剣だと思われる。柄には木を挟み、リュウが握りやすい太さで紐が巻かれている。特に装飾もなく、実用的に作られたものだとわかる。剣を眺めていると、リュウが剣の由来について話し出した。
「その剣は、前回の御前試合で優勝者に送られた名誉あるものだ。もとは西へ旅した者たちからの王への贈答品だ。まだカの国にはそこまで薄い剣を作る技術はない。軽くて振りやすくとても気に入っている。」
丁重に礼を言って、剣を返し、質問を続ける。
「では、リュウさんが前回の御前試合で優勝されたのですね。」
「そうだ、カの国では俺に対抗できる者はいなかった。ただ、世界は広い、これから旅する西にはきっと俺よりも強い者がいるだろう。俺もまだまだ鍛え、強くならなければならないと思う。ま、強者に興味はあるが、なるべくそんな人間には会いたくはない、相手が自分より強いとわかったら、全力で逃げるに限る。」
苦笑交じりに話す姿に、正直さを感じる。実際、一対一の近接戦闘でリュウより強い人間は大勢いるだろう。ただこれから先、そんな人間と戦闘になるようなことは無いと思う。我々はあくまでも旅人で、戦闘を目的としていないのだから。
ついでに盾も見せてもらう。複数の木をベースに動物の皮が二重に貼られていて、リュウの肘から先の長さに合わせて作られている円盾だ。装飾はなく、色は真っ黒だ。これも実用的に作られている、矢の攻撃は十分に防げそうだ。盾についても剣と同様にリュウが由来を話しだした。
「その盾はカの国で一番の職人が手掛けたものだ。俺の体に合う様に作ってある。矢も防ぐが、刃もはじき返すぞ。本来は装飾もあるのだが、闇夜に紛れ活動するのには不向きで、漆黒にしている。」
盾をリュウに返しながら、顔を見ると機嫌が良いのがわかる。単に興味があり、性能含め確認しようと思っていただけだったのだが、ついでにリュウの機嫌を取ることが出来たのは良かった。
武器に興味はないだろうに、カイは頷きながら、感心しながら話を聞いていた。そろそろ順番かと思い、自己紹介を始めることにした。
「えー、なんだかんだと丁寧な口調で話しをしていましたが、三人打ち解けてきたので、砕けた話し方で話しをしていきたいと思いまぁす。
あたしは、五十一歳になります。妻と息子と娘の家族四人で暮らしていました。仕事は、まぁ説明しづらいので、簡単に言うと、困っている人を助ける何でも屋、みたいな感じの仕事をしていました。
人助けをもっと広げて、世界の平和に貢献したいと思って、転職活動をしていたら異世界に召喚されてしまいました。今は帰る手段が不明なので、この世界で平和に貢献出来ればなぁーと思っています。以上です、何かご質問ありますか。」
出来るだけ軽い感じで話しをしてみた。話しを終え、二人の顔を見ると、とても驚いた顔をしている。何かまずいことを言ったのか、この世界での禁句でも言ってしまったのか、おじさんがノリで話したのはまずかったのか、少し焦ったところにカイが大きな声で、しかも早口で問いかけてきた。
「召喚人は五十一歳なのですか、五十歳を超えているのですか。私の知っている五十歳は老人です、召喚人には皺もシミもほとんど無いではないですか、髪も黒いし、リュウさんと同い年くらいにしか見えませんよ。」
確かに年齢よりは“若く見える”と言われてきたが、さすがに二十代には見えないと思う。せいぜい四十台前半ぐらいだと思うが。
いや、待てよ、リュウは四十過ぎに見えるが、この世界の二十代の見た目はあれが普通なのか、だから、カイやリュウには二十代に見えていたということか。
「あ、うぅん、そうだけど、何かおかしいかな。」
「いや、おかしいですよ、見た目が、絶対におかしいです。」
いつになく、興奮して話すカイに圧倒されながら返答に困っていた。見かねたのか、リュウがあらたまった口調で割って入ってきた。
「召喚人、今までの無礼をお許しください。人間五十ともなれば長老です、今までの経験、得た知識は、貴重なものです。今後とも我々にお力をお貸しください。」
何だかおかしな話になってきたが、致し方が無い。その後もカイは納得出来ず、説明を求めてきたが、異世界から来たからそんなものだと強引に話しを終わらせた。
また、カイから元の世界の暮らしについての質問ももらったが、物質的な発達レベルの差があまりに大きく、うまく説明ができず、カイには申し訳なかった。
明日は早朝に出発するから就寝だとリュウがカイに告げ、場はお開きとなった。
情報の整理
リュウとカイは良く寝ている様だ。集落には夜の見張りがいるので、のんびり横になりながら、今日二人から聞いた情報をまとめてみる。
カイは王宮出身で今までの生活ぶりを聞く限り、良い血筋の生まれだろうと思う。体の弱かったお坊ちゃまがその知識を買われて、大変な旅に付き合わされ申し訳なく思う。ただ、これから向かう西へはカイの知識が必要になる。カイの安全を優先し、カイにとっても良い旅であったと思ってもらえるように気を付けようと思う。
リュウの装備を見る限り、鉄の実用化には至っていないと思われる。ひょっとしたらどこかに専有している国や集団はいるのかもしれない。その場合、リュウの剣では対抗は出来ない、あの盾も鉄の矢は防げないだろう。旅の途中で装備についても調査、整えていく必要があると思う。
リュウの戦闘力はとても高い、これから盗賊などを相手にすることもあるだろうが、問題はなさそうだ。ただ、これから先、着いた国々で正規兵を相手にするのはリュウ一人では何ともできない、当然なのだが、国家は敵に回さず、なるべく穏便にすませて進む必要がある。
年齢の話題から、カの国の男性の平均寿命は五十歳以下だと推測される。栄養状態、衛生環境、戦争の頻度、ストレス、これらを考えると妥当と言えば妥当な数値か。老化も早く進むと思われ、見た目と実年齢の乖離はありそうだ。
元いた世界とは大きく異なり、人が生きていくには厳しい環境だと思う。命の危険も多く、食べ物も効率的に入手が出来ない、それでも人々は天の恵みに感謝し、毎日を精一杯生きている。この貧しそうな集落の子供達でさえ、笑いながら生きている。
この世界で果たして世界を平和にすることが出来るだろうか。この先の旅で待ち受けるものは何なのだろう。この世界に召喚された意味はあるのだろうか。この世界から元の世界に帰る方法はあるのだろうか。早く家族に会いたい。
こんな時は寝てしまえばある程度気持ちがリセットされるのだが、今は眠ることが出来ない。深く考えすぎると不安と焦りが生じてしまう。この二つの感情はうまくコントールしなければ、負のループに落ちていく。
今日遊んだ子供たちの笑顔を一人一人丁寧に、ゆっくりと思い出し、感情がマイナス面に落ちていかないように意識をしながら、日の出を待った。
子供と老人の集落
日の出ともにリュウは起きだし、淡々と支度を始める。昨晩の残りで食事をとり、装備の点検をしている。カイはまだ寝ている、そろそろ起きないとリュウに怒られそうだが、あまりおせっかいしても良くないので、本人が起きるまでほっておこうと思う。
カイの準備が終わるまで、散歩しようかと外に出る。集落の老人たちは朝が早い、もう畑仕事や家事をしている。子供達もそれを手伝い、出来ることを頑張っている。何となくその様子を眺めていた。昨日の話しからすると、集落の老人たちは、ひょっとしたら同い年か、年下なのかもしれない。ここの暮らしを思えば、今までの人生で苦労したと思った出来事はたいしたことのない出来事だったに違いない。
だいぶ時間が経ったような気がしたころ、カイが出発すると呼びに来た。自分の荷物を持ち、借りていた家屋を出る。弓矢を借りた家により、御礼を言った。鹿肉を分けてもらい、こちらこそありがたいと歯の抜けた老人が笑いながら話しをしてくれた。
集落を出るときは子供たちが見送りに来てくれた。まだまだ遊んで欲しかったとも言われ、名残惜しかったが出発することにする。
村を出てしばらく歩き振り返ると、子供たちはまだ手を振っていた。こちらも手を大きく振り応える。ふと横を見るとカイも手を振っている。悲しそうな、今にも泣きそうな顔で手を振っている。気になったので、茶化した感じでその理由を尋ねてみる。
「カイさん、泣きそうだけど、大丈夫。そんなに子供たちと別れるのが嫌なの。カイさんは泣き虫だなぁ。」
「あ、召喚人すみません、あの集落が無事にこの冬を越せますよう祈っていますが、子供たちの顔を見ると、不憫でしかたなく。」
言っている間にカイが涙を流し始めてしまった。するとリュウが少し怒りを込めた口調で言い放った。
「変な感傷に溺れるな、そんな集落はどこにでもある。特別なことじゃぁない。」
「わかっています、すみませんでした。行きましょう。」
カイは前を向き、歩き始める。何が何だか良く分からないので、今度は真面目にカイに尋ねてみる。
「カイさん、先ほどは茶化した言い方をしてすみません、集落が無事冬を越せない、子供たちが不憫とはどういう意味ですか。」
カイは歩きながら真っすぐ前を見て答える。
「召喚人、あの集落には不自然な点があったのですが、どこかお分かりになりますか。」
「いや、気づきませんでした。教えて頂けますか。」
「あの集落には子供と老人しかいないのです。大人は男性女性問わず兵役で駆り出され、戻っていないようです。そして多分戻らないでしょう。働き手となるもの、集落を守るものがいない集落は厳しい冬を越すことが出来ません。食べ物が尽きるか、盗賊に襲われるか、場合によっては別の集落に襲われるかもしれません。子供たちは良くて奴隷、多分殺されてしまうでしょう。」
唖然とした、何故気が付かなかったのだろう。集落の中も散策したし、人々の暮らしぶりも目にしたはずだった。今までいた世界では身近になかったことだから気が付けなかったのか、自分の情けなさに愕然とした。異世界では今まで身近に無かったことが簡単に起きる、ここは今まで住んでいたところとは根本的に違うのだと思い知らされた。
歩みを止め考える、出来ることは無いのか懸命に考える。リュウが先を急ごうと言う。それでも動けない、するとリュウが静かに話しかけてきた。
「召喚人のいた世界がどんな世界なのかは知りません。ただ、この世界とは大きく違っているのだと思います。ですから敢えて言います、慣れてください。これから先の旅では、より悲惨なものを目にするかもしれません。この世界では力ある者、その家系に生まれた者の命の重さは重いですが、そうでない者の命の重さは軽いのです。少しの風に影響され、飛んで天に帰るのです。それは決まっていることなのです。」
リュウの話しはわかる、理解出来る。それでも子供たちの笑顔を思い出すとどうにも納得が出来ない。黙ったまま、集落の方に方向を変える。歩き出そうとしたその前にカイが立ち塞がった。先程とは打って変わって冷静な、どちらかというと冷たい表情だった。そして、震えそうな声で、行かないで下さいと言った。
「私にとっても本意ではありませんが、召喚人があの集落で、食物の確保をして飢えから守り、盗賊や他の集落からの攻撃を撃退すれば、あの集落の子供たちは救われるかもしれません。でも、リュウさんが言う様に、あの様な集落はこの近辺でも何十とあるでしょう。その全部を救うことは可能でしょうか。
いや、召喚人の力を使えば出来るかもしれません、不眠不休で、山の動物を狩り、食べ物を集め、盗賊を討伐すれば。でも範囲から漏れたその他の土地に住むものまでは救うことが出来ません。世界全体を平和にすることにはならないのです。
召喚人がこの世界の平和に貢献するために、この世界に来たのならば、今、召喚人の手の届く範囲ではなく、世界全体を救って欲しいのです。そのための旅だと、その旅が有意義なものだと思ったから私は旅に同行しているのです。
今はあの集落の人々の無事を天に祈り、世界を救う旅に向かいましょう、何卒お願いします。」
そう言ったカイの瞳はとても真っすぐなそして悲しい色でいっぱいだった。難しい顔をしていたリュウもカイの横に並び、出発しましょうと言った。
「召喚人、俺は人が人である限り世界を平和に出来るとは思っていません。人間の欲は果てがないもので、最初の欲望は飢えかもしれませんが、最初の飢えがしのげれば、その後もずっと飢えがしのげる良い土地が欲しくなり、良い土地が手に入れば、そこで働く奴隷が欲しくなり、そのあとも、土地や奴隷を増やす為、永遠に他者から奪い合う生き物だと知っています。そういう世界をずっと見て、その中で欲に溺れた人間たちに仕えて兵士として生きてきました。
そんな一兵士であった俺が言うことではないかも知れませんが、人の命の重さが、出自で決まる、運だけで決まる世界が良いとは思っていません。本当に世界を平和にすることが可能なのか私にはわかりませんが、天からの使命でこの世界に来たのならば、自分の使命を果たしてください。出来る限り世界を平和に、争いのない世界を目指してください。
その為に、今ここで立ち止まるのは正解だと思えません。本当に成すべきことをこの旅で見つけてください、どうかお願いします。私も私の使命を果たしたい、召喚人とカイが無事に目的地までたどり着けるように尽力します。」
カイに続いて頭を下げるリュウに何も反論は出来なかった。リュウが言う通り、人の欲望には際限がない。元いた世界でもそれは同じだった。本当であれば世界の誰もが飢えることのないシステムの中にいながら、実際は飢える人々が大勢いる。力ある家系に生まれた者はより富を集め、力なき家に生まれたものは虐げられている。大きな争いは少ないものの、水面下では常に富の奪い合いを行い、人に親切にしましょう、差別を無くしましょうと表では言っていながら、裏では差別の被害者が誰かを差別し、誰もが常に自分の立ち位置を他人より上に持っていきたくて、足の引っ張り合いをしている。
誰しもそんな厳しい状況を知りながら、目にしながら、見えないふりして目を背け、覆い隠し生きている、そんな世界だ。だからこそ、世界の平和に貢献したかった。カイとリュウの話しを聞いて思い出していた。
何も納得は出来ないし割り切れもしない。でも、自分の無力さを思うと、今あの集落の子供たちを救うことは出来るが、見えていない他の集落の子供たちを救うことは出来ない。果たしてそれで良いのだろうか、これから先も同じような選択を迫られ続けるのだろう。本当に弱い人間だと思う、悩み、選択できず、時間の経過量と同じだけの後悔を心に残していく。
もし、本当に世界を平和にすることが出来るのならば、その方法がどこかにあるならば、それを探さなければならない。いつか、世界中の子供たちが命の危険におびえることなく、笑顔で過ごせる世界を目指さなければならない。
そのために、今は旅を続けよう。リュウとカイとともに、それを探しに西へ向かおう。今はただ、カイの言う通り、あの集落が、子供たちが無事に冬を越えられるように、その後も平和で暮らせるように祈ろう。
何も言わず西へと続く方向に向きを変え、歩き出す。黙ってリュウもカイも後に続き、歩き出していた。