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2020年3月18日(水)


 やっちゃった。他にも書こうと思ったことがいっぱいあったはずなのに、昨日は途中で書くのがつらくなって初心表明だけして終わっちゃった。おかげで何を書こうとしてたのか覚えてない。メモだけでも取っておけばよかったなぁ。


 うーん。しょうがないから、思い出したことから順に書いていこう。


 まず、お母さん。もしも私がいなくなったあとにこの手記を見つけても、優星(ゆうせい)くんには何も言わないで下さい。優星くんにだけは、絶対に見せないで下さい。

 ここから私が手記を残そうと思った理由を書いていくけど、読んだら優星くんはきっと傷つく。すごくすごく傷つくと思う。


 だって優星くんは本当に優しい人だから……真相を知れば絶対に自分を責める。

 だけど何をどう考えたって、優星くんはちっとも悪くないんだよ。

 だからこれ以上彼を苦しめたくありません。私から別れようと言った日に、きっと優星くんのこと、取り返しのつかないくらい傷つけてしまったから。


 えっと。それで、私が手記を残そうと思った理由だけど……。

 実は、白女(はくじょ)熊谷(くまがい)先生からストーカー行為を受けています。

 ストーカーって言うとちょっと大袈裟で、今はまだ、ただのセクハラって感じもするけど。でも学校での行動を細かく監視されてたり、演劇部の練習のときも頻繁に体を触られたり……そういうのがどんどんエスカレートしてきてる気がして。

 そうやって最後にはストーカーになって、殺しに来る人のニュースをたくさん見かけるから、もしかしたら私もそうなるかもな、って思ったのがきっかけです。


 熊谷先生について、何か変だなと思うことが増えたのは、去年の文化祭の前後からだったと思う。もともと演劇部には部員と先生が連絡を取り合うためのLINEグループがあったんだけど、そこから急に私個人にメッセージを送ってきて、以来しょっちゅうやりとりするようになった。最初は部の活動やコンクールに関する当たり障りのない話ばかりだったはずなのに、だんだん個人的な話題も振られるようになって、プライベートなことも色々聞かれたりして……。


 それで、ちょっと様子がおかしいな、とは思い始めてたんだけど。

 でもやっぱり顧問の先生だし、大半の白女生から慕われてる人だから、きっと気のせいだって思い込もうとした。

 だけど最近、やっぱり自分の予感は正しかったんじゃないかって思うんだ。

 だって日直や学級委員でもないのに、やたらと呼び出されて授業の準備の手伝いとかさせられるし、部のことも部長や副部長じゃなくて、何故か私に聞いたりするし。授業でもいつも私が当てられるから、クラスのみんなからもちょっと変な目で見られてる。「なんで平城(ひらき)さんばっかり贔屓(ひいき)されてるの?」って。


 何より怖かったのは……先生が、私に付き合ってる人がいるって知ったとき。そのことを知ってから、先生は顔を会わせるたびに相手のことを聞き出そうとしてきた。「どこの誰と付き合ってるんだ?」とか「彼氏とはどこまで進んだんだ?」とか、何度も、何度も、何度も、何度も。


 でも優星くんのことを知られたら清沢(きよさわ)先生にも迷惑がかかるかもしれないと思って、ずっと適当に誤魔化してた。そしたら先生は、今度は私の友達に聞き回ったみたいで……ある日突然、先生とふたりきりになったときに「おまえの彼氏、清沢先生の息子さんなんだってな」って言われた。


 あの瞬間の先生の顔が目に焼きついて離れない。顔は笑ってるのに目はまったく笑ってないって、きっとああいう表情のことを言うんだろうなって思った。

 今でも目を閉じると、ふとしたときに(まぶた)の裏に浮かび上がってきてすごく怖い。

 だけど同時にこう思った。ああ、私、今すぐ優星くんと別れなきゃ、って。


 優星くんには、お別れすることを決めた理由は一切話してません。

 だって、話せば優星くんはきっと私をひとりにはしてくれないでしょ?

 そうなったら先生は優星くんに危害を加えるかもしれない。

 考えすぎかもしれないけど、先生のあの顔を見て私はそう思ったの。もしそんなことになったら耐えられない。私のせいで優星くんに何か大変なことがあったらって……想像しただけで怖くて、怖くて怖くて、今も震えが止まりません。


 だからそんなことになるくらいなら、優星くんとお別れする方がマシだって思った。たとえそのせいで優星くんから一生恨まれることになったとしても、彼が生きてて、幸せになってくれればいい。だって私は優星くんにたくさんたくさん救ってもらったから。だったら次は私の番だ、って。


 もちろん、本当は……お別れなんてしたくなかった。


 この先もずーーーっと、お互いおじいちゃんとおばあちゃんになるまで一緒にいて、優星くんが今よりもっともっとかっこいい男の人になっていくところを隣で見ていたかった。優星くんのお嫁さんになりたかった。


 でも、やっぱりダメだったみたい。私じゃ優星くんを幸せにはできないみたい。

 だけどしょうがないよね。だって私は、自分を生んでくれた本当のお母さんにすら必要とされなかったんだから。そんな人間が当たり前の顔して普通に生きてくなんて、やっぱり無理だったんだなぁって思い知った。


 どうやら私はうぬぼれてたみたい。

 優星くんの隣にいると、自分もやっと「普通」になれたような気がして……いつの間にかそれが当たり前になりすぎて、忘れてたみたい。

 私は全然普通なんかじゃなくて、だから普通には生きられないんだってこと。


 だけど、神様。


 私はもう、誰にも必要とされなくてもいい。今後一生ひとりぼっちのまま、寂しく死んでいく運命だとしても受け入れます。だから、どうか。


 どうか優星くんを守って下さい。


 優星くんを幸せにして下さい。


 優星くんをたくさんたくさん、笑わせてあげて下さい。


 昨日も神明社(しんめいしゃ)に行ってそうお祈りしてきた。

 だって昨日は優星くんと付き合い始めた記念日だったし。

 とっくに別れたくせに何が記念日だって笑われそうだけど……。

 日記をつけようって思い立ったのも、その帰り道でのことだったんだ。

 ああいうのを神様の啓示っていうのかな、なんて思ったりもして。


 でもあそこの天神様なら、きっと叶えてくれると思う。

 だって優星くんと私を引き合わせてくれたのも天神様だもの。

 中学の頃、ずっとずっと「ありのままの私を受け入れて、必要としてくれる人と会いたいです」って祈ってたら、天神様は本当に会わせてくれた。

 だったら今度だって聞き届けてくれるはずだよね。


 神様、どうか優星くんをよろしくお願いします。


 私はもう、本当にどうなったって構わないから。


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