第90話 ただのゴリラ
腹ごしらえが済んだので、ターニャとエリスが食器を洗い始めると、リッカがお茶の準備をし始めた。
リッカ達と別行動をする前までは、食器洗いはいつも俺とターニャの担当だったのだが、食事が終わるとターニャが
「ケビン! あたしとエリスで洗い物をするから休んでて! エリス! 一緒にやろ!」
「うん! やるやる、ケビンさんは休んでいてください」
「ん? 俺も一緒にやるぞ?」
するとエリスが
「私もターニャみたいに普段の生活に魔法を活かしつつ、魔法の修練もしたいので、ケビンさんはゆっくりしていてください」
と言って、ターニャとエリスが食器を片付け洗い始めたので、俺は自分の使った食器を二人に預けると、椅子にもたれてのんびりとすることにした。
そして、食器を片付け奇麗になったテーブルの上では、リッカが優雅にお茶の準備をしていた。
ん~、にしても、目の前にいるこのゴリラが、ゴライアス国の皇太子、タールのおっさんの娘だったとはなあ……
白いワンピースを着たゴリラが、黒くて太い指を奇麗に揃えてティーカップをソーサーの上に置く姿を見て。
でもまあ、リッカはそれなりに良いとこのお嬢様なんだろうなって、普段の言葉使いや立ち振る舞いを見ていれば、自然と察するもんだが、まさか王族だったとはなあ。
手際よく優雅にお茶の準備をしているリッカを目で追い。
ん~、でもやっぱり育ちの良さそうな、ただのゴリラにしか見えないんだよなあ……
などと思っていると
「あ~、ダメダメ! もっと魔力を調整しないとお皿が割れちゃうよ」
「えっ!?」
ターニャが右手から勢いよく水を放出し過ぎて、エリスに注意されていた。
ん~、にしても……
ヘビ娘は、あれでいて、人族領カトゥン国の建国に携わったラミアの末裔なんだよなあ。
「ターニャ、もう少し魔力を抑えて」
「むむむむむ~」
ターニャがエリスに指摘されると、右手からの水の勢いが弱くなった。
「そうそう、そのくらいがちょうど良いかも、さっきのままだと、お皿が欠けるか割れるかして使えなくなっちゃうよ」
「うっし! わかった! こんくらいが良いんだね!」
「うん、そのくらいがちょうど良いと思うよ」
ターニャが魔力操作のコツを掴んだのか、次々と食器を洗い始める。
ん~、そんでクモ娘は、先の大戦で各国の王達に『魔獣族も他種族と共存する事が出来る』って働きかけて、その事を認めさせたニュクスさんの娘なんだよなあ……
「うんうん、ターニャ! 良い感じよ! じゃあ、つぎは洗い終わったお皿を風魔法で乾かすわよ」
「おっけー! ドンドン乾かそ!」
エリスとターニャが食器を魔法で乾かし始める。
そんな二人をチラチラみながら、やけに姿勢の良いゴリラがお茶の準備を進めていると
「やっほ~、遊びに来たよ~」
窓から妖精国の女王ティターニアが飛んで来た。
「大師匠!」
「ティターニア様!」
ターニャとエリスが驚いていると
「あれ? 食器の跡片付けをしてる最中なのかなあ~?」
「はい! 大師匠! なのでチョット待っててください!」
「ちょっと! ターニャ! そこは『申し訳ありませんが、しばらくお待ちください』って言わないとダメでしょ!」
「ん? あっ! そうだった!」
ターニャが目を見開きエリスと見つめ合っていると、ティターニアがターニャの肩にふらりと座り
「あ~、エリスちゃ~ん。ターニャちゃんは私の弟子だから言葉使いは普段通りで問題ないんだよ~」
「えっ? そうなのですか?」
エリスが驚いていると、ターニャが
「あっ! そうだっ! 大師匠からは『砕けた感じで接してくれると嬉しい』って言われたんで、今までずっといつも通りの話し方だった!」
「うんうん、だからターニャちゃんはいつも通りで良いんだよ~」
すると、エリスが
「ですが、やはり女王様に、あまり砕けすぎる接し方をしては……」
申し訳なさそうな顔をしているエリスに、ティターニアが
「あ~、もちろん砕けた感じの話し方が一般的じゃないってのは知ってるよ。でもターニャちゃんはリッカちゃんの弟子で、私の弟子でもあるから全然問題ないんだよ~」
「そ、そうでしたか……。そ、それは大変失礼いたしました」
エリスがティターニアに向かって深く頭を下げると
「あ~、だめだめエリスちゃ~ん、顔を上げてよ~。そんで、そんなに畏まらないでよ~」
「えっ? ですが、ティターニア様は妖精国の女王様でいらっしゃいますし……」
エリスがティターニアとどう接したらよいのか困惑していると
「あ~、そっか! ドワーフ国でエリスちゃんが自己紹介してくれた時に、チャンと話しとけばよかったね~」
エリスが首を傾げると
「ニュクスちゃんは私の友達だから、その娘であるエリスちゃんも私の友達になるんだよ~」
「えっ!? ティターニア様は母と知り合いだったのですか!」
「うん、私とニュクスちゃんは仲の良い友達だよ~」
「で、ですが、だからって私が女王様と友達だなんて……」
エリスが下半身の蜘蛛の脚を縮めて、見るからに委縮してると
「え~、エリスちゃんは私と友達になるのがイヤなの~?」
ティターニアがちょっと意地悪そうな顔でそう言うと
「いえいえ、そんな事はございません!!」
エリスが顔の前で手をブンブン振って否定すると
「じゃあ、エリスちゃんは私と友達なんだから、そんなに畏まらないでターニャちゃんみたいにしてもらえると、嬉しいんだけどなあ~」
すると、エリスが若干顔を引きつらせながらも笑顔で
「わ、わかりました。よ、よろしくお願いいたします」
と言って頭を下げた。
「ん~、まだまだ固いかなあ。もっとターニャちゃんみたいに砕けた感じでよろしくね~」
「ぜ、善処いたします……」
「あははは~、エリスちゃんは真面目なんだね~♪」
ターニャの肩に座って嬉しそうに笑うティターニアを見て、そうだった、この妖精は女王様だったんだ……
などと思っていると、勢いよく部屋の扉が開かれ
「俺様登場!!」
「あっ! ヤマさんだ!」
「おう! 俺様だ! んっ? なんだあ、ターニャとエリスは片付け中なのか?」
「はい! 食器を洗ってます!」
ターニャが元気よく答えると
「へ~、魔法で食器を洗ってるのか、いいね! 頑張れ!」
「はい! 頑張ります!」
すると、ヤマさんの後ろから
「こんばんわ」
カケさんが部屋に入って来ると
「おや? リッカ君はお茶の準備をしてるのかな?」
「はい、食器の片づけが終わったらみんなで飲もうと思いまして、良ければ皆さんの分もお淹れいたしますよ?」
「おっ! じゃあ、俺にも淹れてくれ!」
「僕も頂こうかな」
「リッカちゃ~ん、私も飲みたいな~」
「わかりました、皆さんの分も淹れますので、お掛けになってお待ちください」
「おう! わりいな! 頂くぜ!」
ヤマさんが嬉しそうに椅子に腰掛けると、カケさんも
「ありがとう、リッカ君のお茶は美味しいからね」
と言って、椅子に腰掛ける。
すると、ターニャの肩に座っていたティターニアがふわりと浮いて
「やった~、よ~し! ターニャちゃんエリスちゃん、早いとこ食器を片付けちゃお~」
「はーい!」
「はい」
ターニャとエリスが早速食器洗いを再開する。
「あ~、ダメダメ! もっと魔力を調整しないとお皿が割れちゃうよ」
「むむむむむ~」
ターニャが右手から勢いよく風を起こして、皿を乾かそうとしているが、魔力操作が上手くいっていないようで、エリスがターニャを注意する。
それを見ていた、ヤマさんが
「おう! 頑張れターニャ!」
「はい! 頑張ります!!」
ターニャが意気込み皿に向かって風を送り始めると、ティターニアが
「あ~、ターニャちゃ~ん。そんなに頑張ったらお皿が割れちゃうよ~」
手足をバタバタさせながら皿の近くを飛び回る
「むむむむむ~」
ターニャの起こす風が弱くなるのを見たエリスが
「そう、そのくらいがちょうど良いよ」
「うっし! わかった! こんくらいだね!」
「うんうん」
エリスが笑顔で頷き、ターニャと一緒に風魔法で濡れた皿を乾かし始めた。
そんなヘビ娘とクモ娘のやり取りを見て、カケさんが顔をほころばせる。
ん~、カケさんって先の大戦を終わらせた功労者なんだよなあ……
「おっ! ターニャ! 良い感じじゃねえか! その調子で頑張れ!」
そんで、ヤマさんは俺達が使ってる共通語を創った人物なんだよなあ……
それと、リッカの従妹であるローズはカトゥン国の第二王女だって話しだし、獣人国の王女のレオ、それと付き人のラピが実は、リッカの幼い頃からの友達だって、ターニャとエリスがマグロに村の案内をされてる間に話してたしなあ……
ん~、なんか最近知り合った人達みんな、王族だったり物凄い功績を残した人達ばかりなんだよなあ……
ゴリラがケルトのお湯をティーポットに注ぐと、魔道具でケルトのお湯をさらに加熱し始める。
ん~、やっぱリッカが王族だから、自然と関わる人達がみんな凄い人になっちゃうのかなあ?
などと思っていると、ヤマさんが
「なあ、リッカ」
「はい?」
ゴリラがヤマさんに顔を向けると
「今のその姿って、身元を隠せるから都合が良いってんで、その姿なんだよな?」
「はい? そうですが?」
ゴリラが首を傾げると、ヤマさんがチラチラと俺を見ているので
「あっ! さっきリッカから色々と話しは聞きましたんで、リッカの素性に関しては俺に気を使わなくても大丈夫です」
「おっ! そっかなら良かった」
ヤマさがホッとした顔をすると
「んで、リッカはこれからも当分その姿でいるつもりなのか?」
「ええ、そうのつもりですが?」
「う~ん、そっかあ……」
ヤマさんが何か言いずらそうな顔をしてカケさんに目を向けると
「リッカ君は獣人国へはあまり行ってなかったんだっけ?」
「いいえ? ここ、人族領のカトゥン国と比べると訪問回数は少なくなりますが、それでも獣人国へはそれなりの回数は訪問していますよ?」
首を傾げるゴリラにカケさんが
「じゃあ、魔族領の迷宮で生計を立ててる、獣人族とかって今まであまり目にしてなかったのかな?」
「いいえ? 自国の迷宮には何度も行っていますので、獣人国の方々は何度も目にしておりますよ?」
目をパチパチさせてるゴリラに向かって、ヤマさんが
「なあ、リッカ。今までゴリラの獣人族って見たことあったか?」
顎に手を当て首を傾げるリッカ。
あ~、そう言われてみると……
俺も今までゴリラの獣人族って、リッカ以外に見た事がなかったかもしれないなあ……
などと思っていると、カケさんが
「リッカ君は素性を隠すために、獣人族として今まで過ごしていたみたいなんだけど……」
「はい、この姿でしたら、誰が見ても私のことは獣人族だと思いますからね」
胸を張り笑顔で答えるリッカ。
それを見たカケさんが、とても複雑そうな顔をして
「リッカ君……」
「はい?」
「……獣人族にゴリラはいないんだよ」
「えっ?」
ゴリラが大きく目を見開き、何度も
「えっ? えっ?」
と言って、物凄い速さで目をパチパチしている。
それを見て、カケさんが
「リッカ君もう一度言うよ」
物凄い速さでしていた瞬きをリッカが止めると
「獣人族にゴリラはいないからね」
リッカがパチ、パチ、パチっとゆっくりと瞬きをして
「えええーーーっ! そうだったんですかっ!!」
珍しく大きな声を上げたリッカに、カケさんがゆっくりと頷く。
「じゃあ……」
口に手を当て
「私は……」
戸惑いの色を隠せないリッカに向かってヤマさんが
「なんかスッゲー勘違いしてるみてーだけど、今のリッカは種族的にみても、ただのゴリラだからな」
と言って、とどめを刺した。
すると、たぶん血の気が引いて青い顔になっていそうなリッカだが、今はゴリラなので黒い顔のリッカが
「ゴリラ……。ゴリラ……。私はゴリラ……」
膝から崩れて床に手を着くと、消え入りそうな声でずっとゴリラと呟いていた。




