第88話 魔族領 ゴライアス国 皇太子殿下の娘
「ところで、リッカはゴライアスの皇太子って、どんな人物か知ってるか?」
ゴリラがピクッと眉を上げたが、そのまま話しを続ける。
「いや、タールって魔族のおっさんに会ったんだが、エリスがおっさんはゴライアスの皇太子だって教えてくれてな。そんで獣人国の王族のレオとラピもおっさんとは知り合いみたいで普通に話してたんだが、どうも俺にはおっさんがそんなに偉い人には見えなかったんだよなあ」
なぜか、目を伏せながら俺の話しに耳を傾けてるゴリラに
「んで、魔族のリッカなら自国の皇太子の事を知ってるかも? って思って聞いてみたんだが、実際のところおっさんって凄い人なのか?」
ゴリラが 紅茶を一口飲んでゆっくりとカップをソーサーに置くと
「ケビンは人族領のカトゥン国の皇太子がどんな人物かって知ってる?」
「ん? そう言われてみると……、俺は自国の皇太子の名前も顔も知らないな……」
「じゃあ、カトゥン国の王女たちは?」
「ん~、何人か王女がいるってのは知ってるが、皇太子と一緒で顔も名前も知らないな……」
すると、ゴリラが
「お城で働いてる人や、王都に住んでる人達だったら自然と王様だったり王族については知ってるかもしれないけど、普段から王族とあまり関わりのない生活を送ってる人達からしたら、ケビンみたいに自国の王族に関心すら持たないんじゃないかしら?」
「あ~、そう言われてみると、そうかもしれないな……」
ゴリラに言われて改めて納得していると
「ね、それと一緒でゴライアスの皇太子に関しても、王族に関わりのある人達からしたら良く知る人物だけど、そうじゃない人達からしたら、街で見かけても『ちょっと高貴な人』って感じだと思うわよ?」
若干ゴリラの笑顔が引きつっているように見えるのは、気のせいか?
などと思いながらも、山登りの休憩中に出会ったタールのおっさんを思い浮かべ
「ん~、俺的には『ちょっと高貴な人』っていうよりかは『やけに人当たりの良さそうなおっさん』って感じだったなあ……」
眉をピクッと動かすゴリラに
「あっ! それと、やけに気取った感じの仕草で話しをしてたな……」
なぜかゴリラが目を細めて口をへの字にするが
「んで、話しながらチョイチョイ歯をキラリと光らせたりもしてたんだが、なぜかおっさんなのに不思議とイヤな感じがしなかったんだよなあ……」
すると、なぜか口をへの字にしたまま目を閉じてしまったゴリラに
「でも、そんな仕草をするおっさんを違和感なく受け入れられたのって、やっぱおっさんがゴライアスの皇太子、つまり『高貴なお方』だったからなのかな?」
などと、おっさんについて色々と考えを巡らしていると、ゴリラがゆっくりと目を開けて
「ちなみに、ゴライアスの皇太子と関わりのある人達からは『素早く物事の本質を見抜く力を持っている』とか『相手が何を言いたいか汲み取ることへの理解力が高い』だとか『いつも客観的に周囲を冷静に観察していて、洞察力にも優れて尚且つ行動力もある』って言われてるわね……」
「へ~、そうなんだあ……」
俺との会話の最中に、唇を尖らせて子供みたいな仕草をしていたおっさんの姿を思い出す。
ん~、実はあのおっさんが、周りから色々と称賛されてるってのが、いまいちピンとこないな……
などと思ってると、ゴリラがカップに入った紅茶を見つめながら
「それと、国王が迷宮探索するようになってからは、王の抑止力が弱まったからなのか、国内で色々と悪さを働こうとしていた連中が不穏な動きをし始めたんだけど、皇太子が裏で動いて連中の計画をことごとく潰してくれたんで、色んな悪事を未然に防げたりもしてたわね……」
あれ? ゴライアスの国王って、病気で床に臥せてるんじゃなかったっけ? などと思いながらも
「へ~、なにげにおっさんってお国の為に色々と活躍してたんだな?」
ゴリラが目線を手元のカップから俺に向けると
「ええ、皇太子を知る人達からは『稀代の天才策士』って言われているし、他にも『絶対に敵に回したくない人物だ』とも言われてて、国内だけではなく国外からも皇太子の手腕はそれなりに恐れられているわね……」
そう言えば、ラピがおっさんにそんなようなことを言ったら、素性がバレるだろっておっさんに突っ込まれてたな……
「んじゃ、国外でもそれなりに名が知れてて、恐れられてるタールのおっさんがゴライアスの次期国王なんだから、これから先もリッカの国は安泰だな?」
すると、ゴリラが深いため息を吐いて
「でもね、本人は『国王になんかなりたくない』って言って、頻繁に城を抜け出すの……」
肩を落として項垂れてるゴリラに
「ああ、そう言えば……、レオとラピがタールのおっさんとそんな話をしていたなあ」
「えっ!? そんな話しもしていたの!」
ゴリラが驚いて顔を上げたので
「ああ、でもおっさんは『城に居ると裏でコソコソ悪事を働こうとしている奴らが動きづらいだろうから、なるべく外出するようにしてるんだ』って言ってたぞ?」
するとゴリラが
「そのせいで、お婆様とお母様がどれだけ苦労しているか分かってるのかしら……」
小声で何かブツブツ言ってるが
「それと、タールのおっさんが国王はやりたくないから、ウルって人に代わってくれってずっと言ってるらしいんだけど、その人が頭を縦に振ってくれないってボヤいてもいたな」
「ウル叔父様は軍部を任されてるから無理に決まってるでしょうに……」
ゴリラが小声でブツブツ言ってるが
「あとな、ブラキって人がやる気のないタールのおっさんとウルって人に代わって、次期国王の座を狙ってるって話しもしていたな」
すると、ゴリラがまた驚きながら
「えっ!? そんな事まで話してたの!!」
急に大きな声を出したんで、俺の方がビックリしたわっ!! などと思いながら
「ああ、レオが難しそうな顔をして『以前から兄であるタール殿とは上手くいっていないとは聞いてたが』とかなんとか言ってたぞ?」
ゴリラが眉間に皺を寄せると
「まあ、ブラキ叔父様とは上手くいってないって話しは、既に他国も知ってる事ではあるけれど……」
小声でブツブツ言ってるゴリラに
「他にもラピがブラキって人の事をおっさんに『私たちの事をあまり良く思ってなさそうでしたし、城内にいる魔獣族の事もイヤな目つきで見てましたね』って、言ってたな」
ゴリラがチラッと俺を見ると、また小声で
「戦後、他種族との交流が深まって、良い感じに平和な日々が続いているのに、ブラキ叔父様が国王になったら、また戦前の殺伐としたゴライアスに戻り兼ねないっていつも話してるのに……」
ブツブツと何か言っているが
「なあ、結局のところタールのおっさんってどんな人物なんだ?」
すると、ゴリラがハッとしたような表情をしてこっちを見ると
「そうね、簡単に言うと、世間の常識にとらわれず、自分のしたいように行動する自由奔放な性格で、極度のめんどくさがり屋なうえに物凄く気まぐれな人物よ」
なんか、おっさんを知る人達が話している人物像とはだいぶかけ離れているが、エリスがタールのおっさんはかなり気まぐれだって話してたな……
などと思っていると
「性格はそんな感じだけど、皇太子の身体能力は国王譲りで物凄く高いし、魔力も母親譲りでやはり高いわ。なのに、本人の努力で更に鍛えて身体能力と魔力をかなり底上げしているの。だから、本気になれば魔法を使わないで単独で幾つも迷宮を踏破出来るし、魔法だって全属性の最上位が扱えるほどの人物なのよ……」
「えっ!? おっさんって、見かけによらず物凄く強かったんだな!」
「ええ、ただ……」
「ただ?」
首を傾げる俺に、ゴリラが
「本人が極度のめんどくさがり屋で気まぐれな性格だから、気が乗らないと滅多に本気を出さないから、私は本気で戦ってるあの人の姿をまだ一度も見た事がないの……」
と言って肩を落とした。
ん? なんでリッカがタールのおっさんの本気の戦いを見れなくってションボリしてるんだ?
などと一瞬考えたが、前にローズとドワーフ国のナンチャラ将軍の話しをしていた時に、目をキラキラさせながらセバスに将軍の戦いっぷりを聞いてたな。
やっぱ、リッカは強い人達の戦いっぷりをまじかで見てみたいのかもしれないな?
などと思っていると
「私が子どもの頃からお父様はよく城を抜け出して、個体数が少なく不遇な生活を強いられてる魔獣族を色々と助けていたんだけど……」
はっ? なんで急にお父さん??
そんで、家とか屋敷ではなく、城を抜け出す??
などと思っていると、ゴリラが
「まあ、そんなお父様の救済活動を手伝いたいと思って、私も色々と頑張るようになったんだけど……」
リッカが魔獣族の手助けをしてるってのは知ってはいるが、なんで急にお父さんの話しが出て来た?
「ある日、お父様が『俺は魔獣族の国を創る! ゴライアスは俺意外の誰かが頑張って繁栄させてくれ』って言って、益々城を抜け出すようになったの……」
くっ、国を創る?
おっさん……
随分と壮大な夢を掲げたな……
などと思っていると、ゴリラが悲しそうな顔をして
「お爺様が迷宮探索に出掛けて城に戻らなくなった時期くらいから、ちょうど大陸各地で魔獣族に対しての魔核の密猟が頻繁になり始めて……」
ああ、そういえば……
リッカんとこの爺ちゃんは迷宮探索を頑張ってるって話しだったな。
にしても、リッカは自分の家の事を城って言うんだな……
などと思っていると、ゴリラが拳を握り締めて
「そしたら、お父様が『このままだと魔獣族が滅びてしまう、王であるオヤジが好きにやってるんだから、俺も好きにさせてもらうぞ!』って言って、今まで以上に城を抜け出すようになっちゃたの……」
ん? あれ? もしかして? この話って……
「ゴライアスの皇太子タールは、世間的には『稀代の天才策士』だなんてもてはやされているけど、実際は家の事や自国の事を放棄したただのクズよ」
なっ!? リッカの口から『ただのクズ』って言葉が出たんでちょっとビックリしたが……
ん~、こうして拳を握って鼻息を荒くしているゴリラを見ていると、詳しい事はよく分からんが、色々とおっさんに対して相当頭に来てるみたいだな?
などと思っていると、ゴリラが姿勢を正して
「今まで身の上を話さなかったのは、もしもの事があった時にケビンに迷惑を掛けるかもしれないって思ったからなんだけど……」
ゴリラが申し訳なさそうな顔をして
「私が思っていた以上に私の身近な人達と知り合ってしまったのよね……」
「ん? それってレオとラピのことか?」
「ええ、それとローズもね」
「えっ? ローズはリッカの従妹だろ?」
「ええ、彼女は私の従妹でもあるけど、歴としたカトゥン国の第二王女よ」
なっ!? ローズって王女だったのか!!
などと、驚いていると
「ケビンが私達と別れた後に、まさかお父様と会ってしまうただなんて……、エリスから聞いた時は本当にビックリしたわよ……」
ん~、話の流れで、なんとなくそうなんだろうなって察してはいたが、やっぱりそうだったのか……
今迄のリッカの言動や仕草を見ていれば、どう考えたって育ちの良いお嬢様ってのは分かっていたが、まさかそうだったとはなあ……
姿勢を正し、申し訳なさそうな顔をしているゴリラを見て
ん~、だかと言って今更リッカが実はそうでしたって言われても『ふ~ん、そうだったんだあ』って感じで、不思議とそんなにビックリするほどの衝撃は無いんだよなあ……
などと思いながら、リッカを見ていたら心なしかゴリラが小さく見えた。
ん~、もしかして、リッカは変に真面目だから身分を隠してた事に負い目を感じて萎縮しちゃってるのかもしれないな……
とりあえず、気にするなって伝えとくか
「リッカはゴライアス国の王族だったって事を俺に隠していたみたいだが、俺は何とも思ってないから気にすんな」
って言おうと思ったら、ゴリラが意を決したような顔をして
「ケビン。実は私……」
先に話し始めたので、直ぐに
「ああ、リッカはゴ……」
するとゴリラが俺の言葉を遮り
「そう、私はゴライアス国の皇太子タールの娘よ」
「そっかあ、ゴ……」
「ええ、私はゴライアスの王族よ」
おいおい、なんでこのゴリラはことごとく俺の言葉を遮る?
ゴリラを見ると、目をそらさずに真っ直ぐ俺を見つめていた。
ん~、なんでそんなに必死なんだ?
別にリッカが王族だったとしても、俺として『ふ~ん、そうだったんだあ』って感じなんだがなあ……
などと思っていると、リッカが勢いよく頭を下げて
「今まで黙ってて、ごめんなさい!」
と言って来た。
なので『俺は全然気にしてないから気にすんな』って思いも込めて
「ゴリラなのに?」
って言ったら
「ゴリラは関係ないでしょ!!」
物凄い勢いで怒鳴られてしまった……




