第74話 ドワーフ国の兵士
「大ムカデだ! 大ムカデの群れがこっちに来るぞっ!!」
「なに!? 今度は大ムカデだと!」
「迷宮から出て来たんじゃねえか?」
「くっ……、次から次へと……」
おっ!? 話し声が聞こえるぞ!
でも、なんか緊迫している感じだな……
「おいっ! 見ろ!」
「今度は何だ!! なっ! 光る球体だと!?」
「ん? ありゃあ、転移魔法じゃねえか?」
「なに!? 転移魔法だと!」
「上半身裸だから、ヤマなんじゃねえか?」
「なに!? ヤマだと!」
目をつむっているので状況は見えていないが、やけに騒々しいな?
などと思っていると、別の方向からも声が
「おい! あれって……」
「ヤマだな……」
「他にも誰かいるな……」
「あれは、アラクネの子供か?」
おっ! 俺とエリスのことを話してるみたいだな……
あれ? なんか鉄っぽい臭いがする……
これって!? 血の臭い!!
などと思っていると
「ドワーフども!! 俺様が来たからもう大丈夫だ!!」
おふっ! ヤマさんって普段からあんな感じなのか?
なんか言語学者だってことを忘れちゃいそうだが、とりあえずヤマさんが話してるってことは、もう転移は済んだんだな。
なので、ゆっくりと目を開けてみる。
すると、そこには辺り一面おびただしい数の魔物の死骸が倒れていて、ドワーフ達が魔物の死骸を運んでいた。
うげっ! なにこの状況!!
すっげえな……
さっきまでいた場所とは打って変わって、見るに堪えない凄惨な状況が目の前に広がっていたので呆然としていると、魔物の死骸を運ぶドワーフ達が
「おい、ヤマがなんかほざいてるぞ?」
「あいつ、何しに来たんだ?」
「こっちは魔物との戦いで疲れとるんじゃ~」
「来るならもっと早くきやがれっ!」
「突っ立ってね~で、お前も手伝え!」
「おい! カケはどうした!」
「おめーじゃなくて、カケが来いよ!」
「そーだ、そーだ! お前の筋肉なんて見飽きてんだよ!」
なぜかヤマさんにヤジを飛ばしていた。
すると、ヤマさんが
「うっせー!! ジジイは黙ってろ!!」
「はーっ! 爺とはなんじゃ!!」
「エルフのお前の方が歳は上じゃろがー!」
などと、ドワーフとヤマさんが罵り合っていると、立派な髭を蓄え煌びやかな鎧を着ているドワーフが
「やかましいわ!! とっとと魔物の死骸を片付けろ!!」
小柄な体でよくそんなデカい声が出せるな? ってくらい、物凄く大きな声で怒鳴ると
「う~い」
「へ~い」
「あいよ~」
などと、ドワーフ達が気のない返事をし
「なあ、二人一組で運ばね~か?」
「はあ? こんなもん一人で運べるだろが!」
「寝てねえし疲れてるんだよ~」
「はあ! んなもんみんな同じじゃろが!」
などと、グダグダ言いながらも魔物の死骸を運ぶドワーフ達だったが、よく見ると皆、魔物の返り血でひどく汚れ、ケガもしているようだった。
ん~、魔物の死骸の数よりも圧倒的にドワーフ達の方が少ないよな……
既に終わってはいるが、かなり過酷な戦いだったんじゃないのか?
などと思いながら、死骸を運ぶドワーフ達を見ていると
「おいっ! しっかり持てよっ! こっちが重いだろ!」
「はあ~? ちゃんと持ってるつ~のっ!」
「嘘つけっ! 急にこっちが軽くなったぞ! お前ぜってえ今ラクしてだたろ?」
「うっせー! 俺はちゃんと持ってたつ~の!」
などと、元気よく口喧嘩してるドワーフがいれば
「なあ、片付けが終わったら飯だよなあ?」
「ああ、たぶん飯になるんじゃねえか?」
食事の心配をしているドワーフもいるし
「こいつら意外と良い装備してたんだな」
「はあ? よく見てみろ、結構ガタがきてんぞ?」
「あん? あ~確かにボロボロだ……。ちゃんと手入れしてたら長く使えたのに、勿体ねえなあ」
「だよなあ。あ~、こりゃダメだ。修理したって長く使えそうにねえな」
「んじゃ、こいつは溶かして材料にしちまうべ」
などと、魔物の装備品について話してるドワーフもいたりして、意外とみんな元気そうだった。
これだけの数の魔物と戦った後なのに、ドワーフ達が元気そうだったので内心驚いていると、風に乗って魔物の死骸から強烈な血の臭いが漂って来た。
息を止め、血の臭いがしないように口呼吸に切り替える。
ふと、エリスは大丈夫なのか気になったので見てみると
魔物の死骸や血の臭いを特に気にする様子もはなく、ただキョロキョロと辺りを見回していた。
えっ? なに!? こんな状況なのにエリスは大丈夫なの??
などと思っていると、エリスと目が合い
「どうかされましたか?」
首を傾げたので
「い、いや。魔物の死骸が多いからエリスは大丈夫かな? って思ってな」
「この程度でしたら、母と迷宮に出掛けた時とかによくみる光景ですので、特に問題はありませんよ?」
「そっ、そっか……」
よく見る光景って……、エリスとニュクスさんは普段どんな生活をしてるんだ?
などと思っていると、エリスが心配そうな顔をして
「それよりも、ケガをされてる方もいらっしゃるみたいですので、私たちも手伝った方が良さそうですよね?」
「どうだろ? 手伝いに行って良いのかな?」
どうするべきかヤマさんを見ると
「あん? とりあえず、あいつが来るまでチョット待ってろ」
ヤマさんの視線の先には、立派な髭を蓄え煌びやかな鎧を着ているドワーフが
「装備品は可能な限り回収しとけ!」
死骸を運ぶドワーフ達に怒鳴っていた。
ん~、多分あの声のデカい人がここの現場責任者なんだろうなあ……
などと思いながらヤマさんに
「分かりました」
と答えると、エリスが俺を見て頷き、また辺りを見回し始めたので、俺も辺りを見回してみる。
転移してきた場所はどうやらドワーフの街を囲む防壁の外側らしく、防壁には魔物にやられたのか所々に大きな穴が開いていて、そこから街の中の様子が窺えた。
街の中まで魔物の被害は及んでいないようだが、防壁に大きな穴が開くほど激しい戦いだったみたいだな……
更に辺りを見回してみる。
緑よりも砂地の方が多い平坦な大地がどこまでも続き、その先にはそれなりに高さのある山々が幾つもそびえ立っていた。
ん~、ここはドワーフ国のどの辺りなんだろうか……
などと思っていると、さっき大声で怒鳴っていたドワーフが、髭は蓄えていないが怖い顔をした小柄な人物と一緒に近づいて来た。
そういえば、昔親方が「長くて立派な髭を誉れとする俺達ドワーフと違って、ノームは髭にこだわりがねえから、やつら基本的に髭は生やさねえんだ」って言ってたな。
もしかしたら、あの人はノームなのかもしれないな……
にしても、街で会ったら絶対に道を譲りたくなるような怖い顔をしているので、もしかしたら、あの人がここの現場責任者なのかもしれないな……
などと思っていると、大声で怒鳴っていたドワーフが申し訳なさそうに
「うちの部下どもがすまんな……」
と言うと、ヤマさんがニヤリと口角を上げて
「よう、ヘネシ! 相変わらずお前は真面目だなあ~。あんなの挨拶みたいなもんなんだから気にすんなって、いつも言ってんだろ?」
すると、ノームと思われる人物が
「まあ、そういうな。大将くらい真面目な人がひとりはいねえと、うちの部隊の規律が保てねえから丁度良いんだよ」
「なあ、モエシャ。お前は副将なんだから、ヘネシと一緒に部隊の規律を保たねえとダメだろ……」
「あ~? 大将ならひとりでもやってけるんで、俺は何もしなくたって大丈夫なんだよ」
悪びれた様子もなくそう言い切るモエシャ副将を見たヤマさんが、ヘネシ大将に
「相変わらずここの部隊はお前ひとりで切り盛りしてるんだな……」
憐れむような顔をしてそう言うと、ヘネシ大将が髭を撫でながら忙しそうに魔物の死骸を片付けているドワーフ達を見て
「じゃが、その分やり甲斐があるんで充実しておるぞい」
と満足げに言うと、モエシャ副将が
「ほ~ら言ったろ! だから俺は何もしなくったって、大将に任せとけば大丈夫なんだよ」
嬉しそうに話すモエシャ副将を見て、ヤマさんが口をへの字にすると
「いや、お前はもっと頑張れ……」
と言い、肩を落とした。
ん~、ここまでのヤマさんとドワーフ達とのやり取りを見ていると、ヘネシ大将とモエシャ副将、そして魔物の死骸を片付けているドワーフ達はこの国の兵士なんだろうなあ。
などと思っていると、ヤマさんが死骸を運ぶドワーフ達を見て
「それなりにケガはしてるが……、意外とみんな元気そうじゃねえか?」
すると、ヘネシ大将が髭を撫でながら
「今回は数が多かったんでそれなりに手こずりはしたが、ここにおる連中は皆、先の大戦を経験しておるからのう」
と言い、モエシャ副将を見ると
「死傷者の報告は上がっておらんよな?」
「そんな報告は上がって来てねえよ? そもそもハイゴブリンとオークの群れくらいでくたばるような連中じゃねえし」
えっ!? 今ハイゴブリンとオークって言ったよな?
おいおい……、俺が物凄く苦戦した、武器を持たずに殴り合いを得意とするゴブリンの上位種であるゴブリンファイター、他にも剣での攻撃を得意とするゴブリンソード、斧あるいは槍での攻撃を得意とする、ゴブリンアックスやゴブリンランス、さらには魔法を得意とするゴブリンメイジといった、ゴブリン達の上位種を総称してハイゴブリンって言ってたよなあ。
しかも、そんなハイゴブリンの上位種が、確かオークだったよな……
街や村の近くでオークが現れたら街の自警団では太刀打ちできないんで、国から兵を派遣してもらうくらい、かなり危険な魔物だってことを迷宮探索を始めた頃に知り合った探索者から聞いたような……
と思いながら、辺り一面に横たわっている魔物の死骸に目をやる。
ん~、人族領でオークが出現するような難易度の高い迷宮となると、数えるほどしか存在してないし、今までオークを見た事がないから分からんが……
死骸はドワーフ達よりもはるかに大きいし、筋肉もモリモリなので、明らかに身体能力の高い魔物だったことが窺える。
にしても、魔物の死骸を運ぶドワーフ達を見ていると、親方みたいに骨太で筋肉モリモリではあるが、顔を見るとやっぱ普通に髭を生やしたお爺ちゃんなんだよなあ。
そんなお爺ちゃん兵士が、倍以上もある大きさの魔物とどうやって戦ってたのか全く想像出来ないが、実際に目の前にはおびただしい数の魔物の死骸が横たわってるんだよなあ……
ん~、見た目はお爺ちゃんだけど、やっぱ戦争を経験した猛者達ってのは、俺が思ってる以上に物凄く強いのかもしれないな……
そんな事を考えながら、ドワーフ国のお爺ちゃん兵士達を眺めていると、モエシャ副将が
「ただ、数が多かったんで、全滅させるまでに丸二日かかっちまったがな」
おいおい、お爺ちゃん達を丸二日も戦わせてたのか!?
などと驚いていると、モエシャ副将が
「やっとゆっくり休めると思ったら、今度は迷宮から魔物が出たって報告が上がったんで、まだ休めそうにねえんだわ」
と言い、渋い顔をすると、ヤマさんが忙しそうに魔物の死骸を片付けるお爺ちゃん兵士達を見ながら
「迷宮の魔物は俺に任せて、お前達はもう休んでて良いぞ」
すると、ヘネシ大将が撫でてた髭から手を離し
「いや、そうは言っても、転移魔法陣から魔物がまたやって来るだろ? それに迷宮だけではなく、廃坑山に住み着いた魔物もおるんだぞ?」
「今ティターニア達が西側の転移魔法陣を破壊して回ってるから、魔物はもう転移して来ねえよ」
「なっ! あの妖精が動いてるのか!?」
「ああ、なんか気分が乗ってるみたいで、俺達と一緒に魔物退治に参加してるぞ」
すると、モエシャ副将が何か思い出したようで、目を見開き
「そう言えば、南部のベルエ副将から、もしヤマが現れたら『助かった、感謝してる』と、マテル大将が礼を述べてたと伝えといてくれって連絡があったな」
「なんと! 今までヤマは南部におったのか?」
「ああ、南側の転移魔法陣を全て破壊して、周辺の村や街に群がってた魔物も退治してきたぞ」
すると、ヘネシ大将が眉間の皺を更に深くし
「ここ西部と東部の魔物がなぜか南部に流れててな、街と村を守りつつ住民と協力しながら魔物を排除しておるが、転移魔法陣にまでは手が回らなくってな……」
と言い、姿勢を正すと
「わしからも礼を言わせてくれ。ヤマのお陰でドワーフ国の被害が軽減された。ありがとう、助かった」
皺だらけの顔を更にシワシワにして、ヘネシ大将が笑顔になった。
すると、ヤマさんが
「別に礼なんかいらねよ! 俺からしたら軽い運動みてえなもんだからな!」
と言い、親指で鼻先を弾くと、モエシャ副将が
「ヤマが次どこに行くのかが分からねえってんで、ベルエ副将は東部と北部の副将にも連絡したみたいだぞ?」
「あっ! そっか! 南側の魔物を退治して直ぐに転移で移動しちまったんで、マテルに詳細を話してなかった!」
すると、ヘネシ大将が首を傾げ
「ん? 詳細とは?」
「ああ、カケの立案なんだが、とりあえずドワーフ国の南側にある転移魔法陣を優先的に破壊したら、今度は東側よりも転移魔法陣が多い西側を片付けようって話しでな」
「なっ! カケはドワーフ国での魔物の増加について何か知っておるのか?」
「いや、そこら辺のことはどう考えてるのか聞いてねえから知らねえが、今の俺らは蟲族の出産で動いてるだけだぞ?」
すると、モエシャ副将が
「そういえばそんな時期だったな……。蟲族の村は人族領の北部に存在してるんだったよな?」
と言い、ヘネシ大将が目を見開くと
「なるほど! それで南部に魔物が流れておったのか……。自国の魔物退治で蟲族の事などすっかり忘れておったわ……」
へ~、俺達人族は既に蟲族は絶滅してしまったって認識だったが、ドワーフ達は蟲族が生存してたことを知ってたみたいだな。
などと思っていると、ヤマさんが
「とりあえず、ティターニア達が西側の転移魔法陣を破壊してるから、魔物はもう転移して来ねえから安心してくれ。んで、俺達が周辺の村や街に群がる魔物と廃鉱山に住み着いた魔物、それと迷宮の魔物を退治するから、お前達はゆっくり休んでろ」
すると、ヘネシ大将が
「俺達ってことは、その人族とアラクネもなのか?」
「ああ、俺が迷宮の魔物をやっつけに行ってる間に魔物が現れたら、エリスが対処するから安心してくれ。それと……」
ヤマさんが大人しく話しを聞いていたエリスの肩に手をのせ
「ケガ人はエリスに治してもらえ」
「初めましてエリスです。よろしくお願いします」
エリスが姿勢を正して丁寧にお辞儀をすると、ヘネシ大将が難しそうな顔をして
「回復はありがたいが……、この子に魔物を任せても大丈夫なのか?」
「俺はエリスの魔法を見てねえが、カケのお墨付きだから大丈夫なんじゃねえか?」
すると、エリスが胸元で拳を握り
「普段から魔族領の迷宮に出没する魔物相手に魔法の練習をしております。それと、何度も一人で迷宮の踏破もしておりますので、魔物は私に任せて、皆さまは安心して体を休ませて下さい」
えっ! えっ!! そうだったの!? じゃあ、エリスって物凄く強いんじゃね??
などと驚いていると、ヘネシ大将が
「なんと! 魔族領の迷宮を一人で!! ならば問題はなかろうが……、こんな可愛らしい子がそれ程とはのう……」
と言い、エリスを見て感心していると、モエシャ副将が俺を見て
「そちらの方にも、魔物を任せて大丈夫なのか?」
すると、ヤマさんが
「いや、ケビンは戦わないぞ?」
「あ? じゃあ、何しにここに来たんだ?」
「体を鍛えるためだぞ?」
「ああ~、そういうこと……」
妙に納得したような顔をするモエシャ副将に
「初めましてケビンです。よろしくお願いします」
と言い、軽く会釈をすると、ヘネシ大将が
「その鎧はカケから譲ってもらったのかな?」
「ええ、そうです」
「やはりな……」
えっ? なんでこの鎧をカケさんから譲ってもらったって分かったんだ?
などと思っていると、ヘネシ大将が髭を撫でながら
「【生命力吸収】の宝玉は埋め込まれておらんが、わしの家にもそれと同じ内容の宝玉が埋め込まれた鎧があってな……」
と言い、感慨深そうに鎧を見つめながら
「わしの父が若い頃にそれを着て体を鍛えておったらしいんで、わしも子供の頃にその鎧を着て色々と稽古をしてみたんだが、三日としないうちに脱いでしまってな、今では倉庫の隅でホコリを被っておるわ」
と言い、笑顔になると、モエシャ副将が
「うちの親父も着てたらしいが、弱体化が酷すぎてまともに稽古が出来ないってんで、早々に脱いだって言ってたな」
俺の鎧を見ながらそう言うと、ヤマさんが
「昔カケが『強化装備で体を鍛えれば君も英雄になれるかもしれないよ!』って売り文句で鎧を売り出したら、結構注文が殺到してな! あん時は宝玉と魔核を集めるのが大変だったなあ」
当時を思い出しているのか、ニヤニヤしながら楽しそうにそう話すと、モエシャ副将が
「俺は着なかったが、ガキの頃ってみんな強さに憧れるんで大概のガキどもは、家の倉庫でホコリを被ってるその英雄になれるかもしれない鎧を着て、一度は英雄になろうと試みるんだが、まともに動けないからみんな結局英雄になるのを諦めちまうんだよなあ」
おいおい、体は鍛えたいが別に英雄になんてなりたくないぞ……
ん? あれ? でも、この鎧を着てたらドワーフ達がみな、俺が英雄に憧れてるって勘違いするんじゃね??
ん~、それは、ちょっと恥ずかしいな……
もう、鍛えるのは止めて、今すぐにでもこの鎧を脱いどくか……




