第69話 蟲族
ニュクスさんがタールのおっさんの所に転移したのを見送ると、蟲族の男達が
「なっ! 行ってしまわれたぞ」
「やり残している事があると仰っていたからな」
「色々とお忙しいのだろう」
「相変わらず露出の激しい服装だったな」
「ああ、風邪など召されぬよう、くれぐれもお体には気をつけて頂きたいものだ」
などと、話し始める。
すると、カケさんが蟲族の男達に
「では、皆さん」
蟲族の男達がカケさんに注目すると
「予定通り魔物の駆除に行ってもらいますが、その前に……」
と言って、俺とエリスに近づくと
「僕とニュクスの話しで既に承知しているかと思いますが」
エリスに手を向け
「彼女はニュクスの娘ですので、失礼のないようお願いします」
急に話しを振られてエリスが一瞬戸惑うが
「初めまして、エリスです。よろしくお願いします」
姿勢を正して深くお辞儀をすると、蟲族の男達が
「かしこまりました」
と言って、皆一斉にエリスに向かって頭を下げた。
すると、今度はカケさんが俺の隣に来て
「彼は見ての通り人族ですが、君達の子供を助け、ニュクスにエリス君のことを頼まれた人物です。なので、くれぐれも失礼のないようにして下さいね」
と言い、俺の背中を軽く押した。
いや、そんな、わざわざ背中を押さなくたって、このタイミングで自己紹介をすれば良いって事くらい、流石に分かりますよ?
と思ってカケさんを見ると、口元に笑みを浮かべながら片方の眉をピクッと上げた。
いやいや、そんな仕草をしなくたって、分かってまって、挨拶をすれば良いんですよね?
などと思っていると、カケさんがゆっくりと蟲族の方へ視線を向けた。
なので、俺もそっちを見る。
すると、なんだか難しそうな顔をして蟲族の男達が俺を見ていた。
ん? あっ! なるほど!
カケさんが意図することを汲み取った俺は
「どうも、ケビンです。過去に俺達人族が皆さんに対して酷い事をしてたって話しを聞いた時は、とても辛い気持ちになり胸が苦しくなりました……」
蟲族の男達は眉間に皺を寄せて難しい顔をしているが、俺の話しはちゃんと聞いてくれているようなので、姿勢を正し
「俺が謝ったところで過去の出来事が償われる訳ではありませんが、本当にすいませんでした」
蟲族の男達に向かって深く頭を下げた。
そして、しばらく誰も喋らない静かな時間が流れた。
ん~、やっぱ蟲族は人族の事を許してはくれないのか……
頭を下げたまま、蟲族の男達から何も反応が得られないので、そんな事を考えていると
「頭を上げてくれ」
蟲族の誰かが声を掛けてきたので、ゆっくりと頭を上げる。
すると、カブト虫みたいな立派な角を生やした蟲族が
「俺達の子供を助けてくれたことに感謝する。蟲族の代表として礼を言わせてくれ、ありがとう」
「ど、どういたしまして」
腕が四本あるからなのか、あるいは体がデカくてガタイが良いからなのか、威圧感が物凄いな。
などと思いながらも、チラチラとカブト虫みたいな立派な角に目を向けていると
「ジョンだ。俺のことはジョンって呼び捨ててもらって構わねえ。だから俺もケビンのことは呼び捨てにさせてもらうが、構わねえよな?」
「ええ、構いません」
すると、ジョンが難しい顔をして
「大戦中、魔核目当てに次々とやって来る他種族から家族を守るために、俺らは必死になって戦ってたんだが、他種族の圧倒的な数の多さに毎回熾烈な戦いを強いられてな、俺とここにいる三人はそん時の生き残りなんだが、結局守った家族よりも、失った家族の方が多かったな……」
と言い、カマキリみたいな鎌状の腕を持つ蟲族を見ると
「ポールだ。俺達の事はみな呼び捨てで構わないからな」
「はい、分かりました」
と言い頷くと、ポールが鎌状の腕は折りたたんだまま、人型の腕を胸の前で組むと
「全ての人族が血も涙もない、残忍で冷酷な奴ばかりじゃないってことは、流石に俺達も理解している」
と言って、クワガタみたいな大きな鋏の顎を持つ蟲族を見ると
「ハリスだ。よろしくな」
「ども、ケビンです」
ハリスが四本ある人型の腕を胸の前で組むと
「俺達が恨み憎んでるのは、当時俺達に危害を加えてきた人族であって、全ての人族を恨んでるって訳ではないから安心してくれ」
すると、バッタみたいに太くて強靭な脚の生えた蟲族が
「だから、俺達に何も危害を加えてないケビンが、人族として俺達に負い目を感じる必要なんて全くないんだけど、亡くなった俺達の家族の事を思って心を痛めてくれてたってのは、正直ちょっと嬉しかったよ。あっ、俺はゴスター、よろしく!」
「よ、よろしくです」
なんか、蟲族が人族に対して抱いている感情が、思っていたほど深刻じゃなさそうだったのでホッとしていると、さっきまで難しい顔をしていたジョンもホッとしたような顔をして
「いや~、初めて人族と会話をしたが、全然問題なかったな?」
と言って、カマキリみたいな蟲族のポールを見ると、ポールがニヤニヤしながら
「そりゃあ、ヤマから共通語を叩きこまれてからずっと使ってるんだぜ?」
と言い、顎に手を当てると
「叩きこまれたのが戦後からだから……、八十年近くか? なのに、通じなかったらマズイだろうよ」
すると、クワガタみたいな蟲族のハリスもホッとしたような顔をして
「確かに、ケビンの話しはちゃんと理解出来たし、俺達の話しも通じてたな……」
すると、バッタみたいな蟲族のゴスターが頷きながら
「だが、使ってるって言っても村の奴らとしか話してないし、たまにカケとヤマ、それとニュクス様とタールとラーニャくらいだったからなあ……。正直俺は結構緊張したぞ?」
すると、ポールがちょっと得意げな顔をして
「あっ、意外と俺は緊張しなかったぞ」
と言うと、ジョンが鼻をフンッと鳴らして
「だったら……、ケビンが頭を下げた時に真っ先に声を掛けろや!」
ポールに詰め寄ると、ポールがニヤニヤしながら
「ほら、初めて人族と話す大事な場面なんだから、そりゃあ俺達兄弟の長男であるジョンに譲るよなあ」
と言って、ハリスとゴスターを見ると、二人がニヤニヤしながら頷いた。
「チッ! 都合が悪くなるとおめえらはいつもそうだよな! 毎回そういう時だけ弟ヅラしやがって……。緊張してなかったんならポールが声を掛けろよなあ……。何気に俺だって緊張してたんだぞ……」
ジョンが不貞腐れた感じで、ブツブツと小声で何か喋っているのを、ポールとハリスとゴスターが、互いに肩を叩いたり、ジョンを指さしたりして笑っている。
あれ? もしかして、俺が頭を下げてた時になかなか声が掛からなかったのは、この四兄弟が緊張してたからなのか?
などと思っていると、ジョンが
「とりあえず、村の奴らにはケビンとエリス様のことは伝えとくが、もし絡んでくる奴がいたら俺達に言ってくれ。しっかりとシメとくからよ」
えっ? 友好的な蟲族ってこの四兄弟だけなのか?
「それと、エリス様も俺らの事は呼び捨てで構いませんので、何かあったら気軽に呼んでくだせえ」
すると、エリスが目を見開き
「えっ! そんな! 呼び捨てなんて出来ませんよ! それと、出来れば私もケビンさんと同じで、呼び捨てにしてもらえるとありがたいのですが……」
エリスが視線を下げて恐縮していると、ジョンが
「あ~、そいつは出来ね相談ですねえ。まあ俺らの事は好きに呼んでもらって構いませんが、俺らが今ここにいるのは、ニュクス様のお陰なんで、そのご息女であるエリス様を呼び捨てにするなんて、流石に出来ませんって」
「そ、そうですか……」
エリスが困ったような顔をしてると、ポールが少し焦りながら
「大戦中、俺達をニュクス様は他種族から守ってくれましたし、逃げ延びた蟲族の生き残りもニュクス様が助けてくれたんですよ? そんなニュクス様のお嬢様を呼び捨てになんて出来ませんって」
へ~、何気に、ニュクスさんってスゲー良い人だったんだなあ……
などと思っていると、ポールが笑みを浮かべ
「それに、ニュクス様が各種族の王に『魔獣族も他種族と共存する事が出来る』って働きかけてくれたから俺達は魔物扱いされなくなったんですよ?」
えっ! それって!? ニュクスさんだったの!!
スゲーな! ニュクスさん!! ニュクスさんのお陰で大陸中の魔獣族が救われたって事だよな!?
ほえ~、露出の激しい服装で自意識過剰なおっかない人なのかと思ってたけど、実はスゲー功績を残した尊敬できる人だったんだなあ……
そりゃあ、蟲族からしたら恐れ多くて、とてもじゃないが呼び捨てになんて出来ないわなあ……
などと驚いていると、エリスがか弱い声で
「そ、そうかもしれませんが……」
と答えると、ポールが申し訳なさそうに
「なので、俺達はお嬢様の事はエリス様と呼ばせてもらいますので、その件に関しては諦めて下さい」
「はい……、分かりました」
エリスが渋々答える。
すると、ハリスが頭をポリポリとかきながら
「俺達はニュクス様のお陰で他種族から魔物認定されなくなったが、戦後ずっと外部との接触を断っているんで、今のとこ何の支障もないんだけどな……」
と言い、ゴスターを見ると、ゴスターが首を傾げながら口元に笑みを浮かべ
「まあ、いずれは俺達蟲族も村から出て他種族と交流を図る時が来るだろうけどな」
へ~、蟲族ってどちらかと言うと排他的な種族なのかな? って思ったりもしたけど、他種族と交流を図ろうと考えてもいるのかあ。なんか意外だな……
などと思っていると、カケさんが
「では皆さん、挨拶も済んだことですので、もうひと踏ん張り頑張って来てくださいね」
と言うと、蟲族四兄弟の表情がキリッと硬くなり、ジョンが
「ああ、分かってる」
と言うと、ゴスターに
「その子を家に帰したら合流してくれ」
「了解した」
ゴスターが男の子を抱えると、その場で太くて強靭な脚を曲げてしゃがむと、バッタみたいに勢いよく高く飛び跳ね、防壁の上からそのまま家が立ち並ぶ方へ飛び降りてった。
えっ!? 結構高い防壁だぞ! 飛び降りて大丈夫なのか!?
などと思ってビックリしていると、ジョンが
「んじゃ、俺らは魔物退治を始めっぞ!」
首をポキポキ鳴らしながら、防壁の外側に向かって歩き始めた。
すると、ポールがカマキリみたいな鎌状の腕を掲げ
「おっしゃー! 暴れてくっかー!」
走ってジョンを抜き去ると、そのまま防壁から飛び降りた。
えっ!? また飛び降りた!!
すると、ハリスが
「おっ! 随分とやる気満々じゃね~か!」
クワガタみたいに顎の鋏を開け閉めしながら走り出すと、やはり防壁から飛び降りた。
おいおい、結構な高さから飛び降りてるけど、大丈夫なんだよな?
などと思いながら、ジョンを見ると
「チッ! 身軽な奴らが羨ましいぜ……」
防壁の外側の様子を窺いながら少し前かがみになると、カブト虫みたいに背中がパカッと開いて羽が出た。
えっ!? えっ! もしかして!
「よっこらあ、しょっと!」
ジョンが防壁を蹴って飛び上がると『ブ~ン』と羽を鳴らして飛んでった。




