第68話 蟲族の村
「なっ! なんだ! あの火柱は!」
「リッカ君の殲滅魔法ですね」
「なに! もうあんなに遠くまで移動したのか!」
「そうみたいですね」
「すっ、凄まじいゴリラだな……」
おっ!? なんか話し声が聞こえてきたぞ?
「おいっ! 見ろ!」
「なっ! なんだっ!」
「球体?」
「大丈夫です。ニュクスの転移魔法ですよ」
「なっ! ニュクス様だと!」
「なに! ニュクス様がいらっしゃるのか!」
「誰か聞いてるか?」
「いや、聞いてないぞ」
目をつむっているので状況は見えていないが、なんか騒々しいな?
「おお! ニュクス様だ!」
「おい、人族じゃないのか?」
「ああ、子供を抱えてるな」
「あれは、アラクネの子供か?」
なんか、さっきいた場所よりもちょっと涼しいし、緑の匂いが濃くなった気がするな……
あっ! これって転移装置を使って移動した時と同じ感覚だ。
などと思っていると
「やあ、ニュクス。相変わらず露出の激しい恰好をしてるけど寒くないのかい? 風邪とかひかないように気をつけてね」
「うるさい! 大きなお世話よ!!」
「ははは、元気そうで何よりだ」
おっ! ニュクスさんが話してる。ってことは、もう転移は済んだんだな。
なので、ゆっくりと目を開ける。
するとそこには、屈強な蟲族の男達が片膝をついて頭を下げているなか、エルフの男性だけが立ったままニュクスさんと話しをしていた。
「タール君とラーニャ君は一緒じゃないの?」
「向こうでやる事があるから残ってるわ。用が済んだら私も直ぐに戻るわよ」
「え~、せっかく来たんだから、ゆっくりしていきなよ」
「イヤよ、向こうでやり残していることがあるし、タールちゃんから直ぐに戻って来いって言われてるのよ」
「そっかあ、残念だなあ」
エルフの男性がニュクスさんと親しげに会話を交わしているが、蟲族の男達はずっと頭を下げたまま黙っている。
ん~、顔の造りは俺達と変わらないが、基本的に蟲族は腕が四本なのかもしれないな。
カマキリみたいな鎌の形をした腕二本と、俺達と同じ人型の腕が二本の蟲族。
人型の腕は四本だが、バッタみたいに太くて強靭な脚の蟲族。
カブト虫みたいな立派な角が生えてて、人型の腕が四本の蟲族。
人型の腕は四本で、クワガタみたいな鋏のような大顎が生えてる蟲族。
ん~、蟲族の男達は皆それぞれ剣や斧、あるいは殴打用棍棒といった武器を所持しているので、蟲族と知らずに迷宮内で遭遇したら魔物と勘違いしちゃいそうだな……
などと思ていると、エリスが辺りをキョロキョロと見回しているので、俺も辺りの様子を窺ってみる。
目の前には険しい山がどこまでも続いていて、後ろを向くと大小様々な家々が立ち並んでいた。
転移したこの場所は、村を取り囲んでいる防壁の上みたいだが……
ここが蟲族の村なんだよな?
見た感じ、防壁内の家の数は俺の住んでた村よりも明らかに多いし、この防壁だってかなりの高さがあって厚みもあるので、物凄く頑丈そうだ。
ん~、村にしては規模はデカいし防壁も立派なので、村って言うよりかは街って感じだよなあ……
などと思いながら、辺りを見回していると
「でも、君が捕らわれていた子供以外に、人族を連れて来たのは意外だったなあ」
「タールちゃんが連れてけって言うから、仕方なくよ」
なんか俺の話しをしてるみたいなので、ニュクスさんの方を見ると、エルフの男性と目が合った。
ん~、やっぱエルフなだけあって鼻筋の通った奇麗な顔をしてるなあ。
などと思っていると、男性が優しく微笑み
「初めましてカケです。リッカ君と一緒にいた人族だね。でも、リッカ君からは足腰を鍛えながらリッカ君達の帰りを待ってるって聞いてたんだけど?」
おお! この人がカケさんか!
リッカから俺のことを聞いてるって事は、もう既にリッカとターニャは村に到着してるのか……
でも、どこにいるんだ?
まあ、そこら辺のことは後で聞くとして
「初めましてケビンです。足腰の鍛錬をしてたら、タールのおっさんから蟲族が密猟者達に捕らわれてるって話しを聞いたので……」
カケさんが一瞬驚いたような顔をすると、ニュクスさんが目を細め
「人間……」
「はい?」
「誰がおっさんですって……」
ニュクスさんの殺気で急に体が重たくなるが、今回はさっきよりも強烈ではなかったので
「おっさんが……」
声を振り絞って
「タールさんがそう呼んでくれって……」
頑張ってなんとか最後まで言い切ると
「あら? そうだったの?」
ニュクスさんが意外そうな顔をして
「なら、仕方ないわね。許すわ」
そう言うと、急に体が軽くなった。
ふ~、助かったあ~。
殺気がなくなりホッとしていると、カケさんが
「ははは、タール君は色々と面白い魔族だからねえ」
と言い、俺に近づくと
「この子が村を出て何かしてるのは把握してたし、ここ二、三日の間に密猟者が集まってたのも知ってたんだけど……」
カケさんが俺の腕から眠っている男の子を抱きかかえ
「奴らに見つかっちゃったのは予想外だったねえ」
と言い、さっきからずっと片膝をついて黙っている蟲族の男達の前に、男の子を寝かせると
「昼くらいにヤマに行ってもらおうとしてたんだけど、ニュクス達が密猟者達の近くに転移してきたから大丈夫かな? って思ってね」
と言い、ニュクスさんを見ると
「その子を助けたのは私達じゃないわよ?」
「えっ!」
カケさんが驚きながら
「ニュクス達が助けてくれたんじゃないの?」
ニュクスさんが首を左右に振りながら
「違うわ」
と言い、腕を組むと
「二手に分かれて集まっていた密猟者の片方を排除して、それからその子が捕まっていた方に行ったんだけど、既に人間がその子を抱きかかえていたし、密猟者は皆無力化されていたわよ」
すると、カケさんが俺を見て
「昼にニュクス達を確認してからずっとサーチをしてなかったからなあ……。そっかあ、ケビン君が助けてくれたのか。ありがとう」
「いえいえ。俺が駆け付けた時には既にエリスがその子のケガを治してましたし、その子が不安にならないように魔法で眠らせていたので、どちらかと言うとエリスのお陰ですよ?」
すると、エリスが顔の前で手をパタパタさせて
「いやいや、確かに私はケガを治しましたが、ケビンさんが密猟者を無力化してくれましたし、ケビンさんから回復薬を譲ってもらえなかったらその子の傷を完治させる事は出来ませんでした……」
ん? なんかこんな感じのやり取りをさっきもやったな……
などと思ていると、カケさんが感心した様子で
「へ~、エリス君は賢いんだねえ」
と言い、エリスを見つめる。
すると、エリスが目をパチパチさせながら首を傾げる。
それを見て、カケさんが
「ほら、誰だって捕らわれてたら怖いし、いつ助けが来るんだろう? って不安な気持ちで押しつぶされそうになるよね? でも、眠っていればそんな感情に苛まれなくて済むでしょ?」
「え、ええ……。そう、ですね?」
エリスがいまいちカケさんの言わんとする事を察してない感じの返事をすると、カケさんが笑顔で
「つまり、君のお陰であの子は辛い思いをする事なく村に帰って来れたんだよ。だから、とても良い判断だったんだよ」
「あっ! はい……」
エリスが褒められていたことに気づいて照れているのか俯くと、カケさんが微笑み、ニュクスさんを見て
「子供の頃のニュクスもそうだったけど、よく照れ隠しで俯いていたよね」
「あら? そう、だったかしら?」
ニュクスさんが顎に手を当て首を傾げると、カケさんが笑顔で
「うん、よく俯いてたよ」
と言い、不思議そうな顔でエリスを見ると
「ん~、エリス君を見てると子供の頃のニュクスと重なるんだけど……、なんでなんだろう?」
「はっ? そりゃあ、そうでしょ。エリスは私の娘なんだから」
腰に手を当てニュクスさんが得意げな顔をしていると、蟲族の男達が
「なっ! ニュクス様にご息女だと!!」
「なんと! めでたい!! だが、とてもじゃないが、今は祝い事など開けぬぞ」
「ならば、女王の出産が終わってから一緒に祝ってみては?」
と言い、ざわつき始めたが、カケさんが目を見開き
「そっかあ……、ニュクスの娘だったのかあ……」
口元をほころばせながら
「そりゃあ似てて当然だよなあ……」
と言い、エリスを見つめていると、エリスが姿勢を正して
「えっと……、初めましてエリスです。得意な魔法は土と風です」
と言い、丁寧にお辞儀をすると
「ははは、得意な魔法がニュクスと同じだねえ。にしても、髪の色とか目元とか幼い頃のニュクスにそっくりだ」
エリスが勢いよく顔を上げ
「えっ! えっ? そうなんですか?」
両手を頭にのせて何度も髪を撫でる。
ん? エリスもニュクスさんも長くて艶のある奇麗な髪だが、ニュクスさんの髪は銀色でエリスは黒だぞ?
髪色の違いに疑問を抱きながら、腰に手を当て少し不貞腐れたような顔をしているニュクスさんと、自分の頭を何度も撫でてるエリスを見ていると、カケさんがニコニコしながら頷き
「うん、うん。その自信なさげな感じでオドオドする仕草とか、その表情も子供の頃のニュクスにそっくりだ。それに、捕らわれていた男の子が不安にならないように、魔法を使って眠らせる。そんな優しい配慮が出来る辺りもニュクスとそっくりだよ」
感慨深そうにエリスを見るカケさん。
すると、エリスが照れ臭そうにニュクスさんを見て
「そう、なの……?」
「ずっと昔の話しよ」
大袈裟に肩を上げながら微笑むニュクスさんに、カケさんが
「ところで、エリス君はいつ産んだんだい?」
「十二年前よ」
「へ~、そうなんだ。でも、そんな報告受けてないよ?」
「はっ!? なんでいちいちあんたに報告しなきゃいけないのよ!」
「そりゃあ、幼馴染なんだから報告しないとダメだよね?」
「なに? それって義務なの?」
ニコニコしながら頷くカケさん。
それを見たニュクスさんが、額に手を当てて俯いてしまった。
なるほどねえ、二人がやけに仲良さそうに話してるのを見てて、ずっと気になっていたんだが、まさか幼馴染だったとはなあ……
そりゃあ、二人が仲が良いのも頷けるな……
などと、二人の関係性が分ってスッキリしていると、ニュクスさんが顔を上げて少し真剣な表情で
「エリス」
「はい?」
「何かあったら空に向かって最大級の魔法を放つのよ」
エリスが一度頷き
「分かりました」
そう答えると、ニュクスさんが今度は俺を見て
「人間……」
と言い、鋭く尖った長い爪を見せつけて
「エリスに何かあったら容赦しないからな」
「はっ! はい! 分かりました」
姿勢を正して返事をすると、ニュクスさんが頷き、薄っすらと口元に笑みを浮かべた。
そんな俺とニュクスさんのやり取りを見て、カケさんが意外そうな顔をしていると、転移魔法を発動させたのかニュクスさんの足元が光だした。
すると、カケさんが
「もう、行くのかい?」
「ええ、タールちゃんの所に戻るわ」
「そっか。じゃあ、タール君とラーニャ君によろしく伝えといてね」
「ええ、伝えとくわ」
そして、光がニュクスさんを包み始めると
「人間、エリスを頼んだわよ」
驚いたことに、ニュクスさんが冷たい眼差しではなく、優しいお母さんのような眼差しで俺のことを見ていた。
なので、ここは真面目に
「はい、エリスは何があっても絶対に守ります」
ニュクスさんが頷き、優しい眼差しをエリスに向け
「じゃあ、エリス。気をつけていってらっしゃい」
「はい! 行ってきます!」
エリスが元気よく返事をするとニュクスさんが優しく微笑む。
それと同時に、目が眩むほどの一際明るい光が放たれ、ニュクスさんはタールのおっさんの元へと転移した。




