第62話 礼儀正しい蜘蛛
岩壁に出来た洞窟に入ると、密猟者が白い布のようなものでグルグル巻きにされて転がっていた。
俺を睨んでモゴモゴとなにか言っているが、白い布が口元まで覆っているので何を言っているのか全く分からない。
ん~、どうせ俺のこと口汚く罵ってるんだろうなあ。
密猟者の戯言など聞く気はないので、指輪から【麻痺】のダガーを取り出し密猟者のおでこを軽く斬りつけて麻痺させる。
ん? 白い布じゃなくて細い糸?
糸に触れるとなんかベタベタしている。
軽く引っ張ってみるが意外と頑丈で簡単には切れなかった。
ん~、なんとなく蜘蛛の糸っぽいなあ?
ここって蜘蛛の魔物が生息してる洞窟なのか?
あっ! もしかして!?
洞窟の奥に目を移し
「ニュクスさ~ん。ラーニャさんの方はもう終わったんですかあ?」
洞窟の奥に向かって問いかけてみるが、返事もなければ物音すらしない。
ん~、魔族のおっさんと一緒にいた、アラクネのニュクスさんが蜘蛛の糸で密猟者を縛り上げたのかと思ったんだけど、違ったかあ。
となると……
「見張り役のエリスさ~ん。いらっしゃいますかあ?」
洞窟の中はいたって静かで物音一つしなかった。
ん~、違ったかあ。
そのまま軽く洞窟内を見渡す。
天井は高いし横幅も結構広い。
仮に魔物と戦闘になったとしても何とかなりそうだな。
……とりあえず、進んでみるか。
魔物が現れても即座に対応出来るよう警戒しながら歩いていると、突き当りに壁が見えてきた。
目の前の壁を見ながら
ん~、てっきり長くて深い洞窟なのかと思ってたんだが、意外とすぐに行き止まりになってしまったなあ。
腰に手を当て、辺りを見回しながら
にしても、洞窟内に蟲族が捕らわれてると思ったんだけどなあ……
ここにいないとなると一体どこにいるんだ?
あっ! もしかして!
獣人達が騒いでる間にどこかに連れ去れたのか!?
ん~、獣人達の様子も気になるし、いったん外に出るか。
急ぎ足で洞窟の入口に向かって歩いていると
「回復薬はまだありますか?」
どこからか女の子の声が聞こえて来た。
立ち止まって振り返るが、誰もいない。
空耳か? そんな訳ないよなあ?
首を傾げていると
「獣人達に渡していた回復薬はまだありますか?」
また声が聞こえて来た。
キョロキョロと辺りを見回すが、声の主は見当たらない。
どうしたもんかと首を傾げていると
「上です。天井です」
天井?? 言われた通り上を見る。
「おふっ!!」
天井から逆さまになった女の子が長い髪を垂らして俺を見つめていた。
驚き腰が引けて一瞬後ずさってしまったが、良く見ると女の子の下半身は黒い蜘蛛で、脚を使って上手い具合に天井に張り付いていた。
こんな所にアラクネ? って思っていると
「回復薬はまだありますか?」
女の子が申し訳なさそうに聞いてくるので
「ああ、まだあるよ」
と、答えると
「良かった」
女の子がホッとした表情を浮かべた。
ん? ケガでもしてるのか?
などと思っていると、女の子が洞窟の壁を伝って降りて来たので、指輪から回復薬を取り出し
「はい、どうぞ」
女の子に手渡すと
「ありがとうございます」
丁寧に頭を下げてお辞儀をると、耳の後ろから魔族特有の角が生えているのが見える。
へ~、この子の父親は魔族なのかあ。角の大きさからするとターニャと同じくらいの年齢かもなあ。
女の子が顔を上げ
「こちらです」
洞窟の突き当りに向かって移動して行く。
「えっ? そっちは行き止まりなんじゃ?」
「目くらましです」
「えっ? どう言うこと?」
女の子の後に着いて歩いていると
「土魔法で壁を造って行き止まりにしておきました」
なんで行き止まりにした? などと思って着いて行くと、女の子が突き当りの壁の前で立ち止り、壁を軽く叩くと壁が一瞬で消え去った。
「えっ!?」
「ここに来た者の目を欺くために魔力を調整して造った脆い壁です」
洞窟の奥を見ながら
「壁をしっかり調べていれば先に進めたのかあ。ん~、まんまと騙されたな……」
女の子が俺を見て
「壁に触れたり叩こうとしたら、即座に強固な壁を造るつもりでした」
「なるほど。どちらにせよ、俺はここから先には進めなかったってことか……」
「はい、そうです」
ん~、随分と受け応えがしっかりとしているな。
もしかすると、この子の方がターニャより歳は上かもしれないな。
女の子が奥に進み始めたので、後に着いて歩いて行く。
侵入者の目を欺くために魔法で壁を造って行き止まりにしたって事だから、ここで生活してるのかもなあ。
歩きながら女の子の下半身に目を向ける。
蜘蛛の頭部には丸い目が二つあるだけで、ニュクスさんみたいに魔核は露出していなかった。
ん~、ある程度大人にならないと魔核って露出してこないのかもなあ……
にしても、今まで見た事なかったアラクネに今日だけで二回も会えるなんて、ビックリだな。
女の子には失礼になるかもしれないが、物珍しくてどうしても下半身の蜘蛛の方に目を向けてしまう。
小刻みに前後する蜘蛛の六本の脚に目を向けていると、女の子の足音が全く聞こえていない事に気が付いた。
なんとなく「カサカサ」って感じの音がしそうなのになあ。
洞窟内には俺の足音だけが響いていた。
ん~、この子がケガしてるって感じではないから、やっぱ仲間がケガしてるのか?
などと思って女の子を見ていると、急に立ち止まって横を向き洞窟の壁を軽く叩いた。
一瞬で壁が消え去り洞窟の奥へと続く横穴が現れた。
へ~、別れ道を土魔法で塞いでたのか……
「えっ!」
驚いたことに、塞がれていた横穴の地面には男の子が横たわっていた。
しかも、男の子には腕が四本生えていて、全身が昆虫みたいに硬い外皮に覆われていた。
「もしかして……、密猟者に捕らわれていた蟲族?」
「はい、そうです」
男の子は目をつむり静かに呼吸を繰り返している。
「眠ってるのかな?」
「はい、起きていると不安になるでしょうし、傷の痛みにも耐えていなくてはならないので、私が魔法で眠らせました」
「えっ! ケガしてるの?」
女の子が男の子に近づき
「魔法である程度は治癒させたのですが……」
太ももに回復薬を垂らしながら
「未熟な私では完治させることが出来ませんでした」
硬い外皮に覆われた太ももに入っていた亀裂がふさがり始める。
「へ~、君は回復魔法が使えたのかあ。凄いね」
女の子が男の子の傷の具合を確認しながら
「ですが、完治させるまでには至りませんでした……。攻撃魔法や精神魔法でしたら魔物相手にいくらでも練習は出来るのですが、回復魔法は負傷した相手がいないと練習が出来ませんので……」
てっきり女の子の仲間がケガしてるのかと思ってたら、捕らわれていた蟲族だったとはなあ。
「あ~、そう言われてみると、回復魔法って確かに練習しにくい魔法なのかもしれないね」
女の子が男の子の左腕に回復薬を垂らしながら、眉間に皺を寄せると
「もっと沢山練習が出来ていたなら。って思うと、悔やまれます……」
男の子の肩から手首にかけて入っていた亀裂が奇麗にふさがって行く。
「ん~、確かにそうかもしれないけど、君がこの子を回復してなかったら、もっとひどい状態だったんだろうし、それこそ痛みで睡眠の魔法すら効かなかったかもしれないんでしょ?」
女の子がチラッと俺を見て
「ええ、仰る通り精神魔法は痛みが強いと無効化されたり効果が持続しにくくなります」
「てことは、この子が不安や痛みで辛い思いをせずに眠っていられるのは、君の回復魔法のお陰って事になるよね?」
女の子がスヤスヤと眠る男の子の顔を見て
「ええ、まあ……。そう……、かもしれませんね」
「なら、君は今出来る最善の事をしたんだから悔やまなくて良いと思うよ」
女の子が俺を見て直ぐに顔を伏せると
「あっ、ありがとうございます……」
一瞬だけ口元に笑みを浮かべると、男の子の上体を起こして回復薬の残りをゆっくりと口に注ぎ始めた。
へ~、ターニャと違って褒められても調子に乗ったり、自意識過剰になったりもしないのかあ。
やっぱこの子はターニャよりも歳は上なのかもしれないな。
などと思いながら蟲族の男の子に目をやる。
ん~、初めて蟲族を見たが……
肌が昆虫のように硬くて頑丈そうだなってのと、腕が二本じゃなくて四本生えてるって事くらいは、俺らとあまり変わらない感じだなあ。
女の子が優しく男の子を地面に寝かせると
「傷は完治したようなので、魔法で再度眠らせておきました」
と言い、姿勢を正すと
「回復薬を譲っていただき本当にありがとうございました」
深々と頭を下げた。
おいおい、随分と礼儀正しい女の子だなあ。
ターニャとは大違いだな……
「どういたしまして。ちなみに、何でこの子は捕まってたのかな?」
女の子が顔を上げると
「母とここに来た時には既に捕まっていたので、分かりません」
「そっかあ、じゃあ君のお母さんは今どこにいるの?」
「えっ? 母が今何をしているのかは私が伺いたいのですが?」
「え? どう言うこと??」
何のことかだかさっぱり分からず聞き返すと
「さっき入口でニュクスって仰ってましたし、ラーニャさんの事も仰ってましたよね?」
「ああ、密猟者が蜘蛛の糸みたいなモノでグルグル巻きにされてたんで、もしかしたらニュクスさんがやったのかな? って思ってね」
「私はまだ母のように巧みに糸は操れませんが、密猟者を糸で縛り上げたのは私です」
「え? はは?」
「はい、ニュクスは私の母です」
「えっ!? えええっ!! あの人って君のお母さんだったの!!」
「はい」
思わず女の子を見入ってしまう。
ん~、控えめで大人しい印象を受けるこの子の母親が、まさかあの自意識過剰なニュクスさんだったとはなあ。
全然似てないじゃん!




