第58話 蜘蛛と蛇
いつの間に現れたのか、露出の激しい服を着た女性が俺の背後に立っていて、しかも鋭く尖った長い爪で俺の首を斬ろうと身構えていた。
ビックリして、椅子からずり落ちそうになっている俺に、凍てつくような冷たい視線を向ける女性が
「人間は沢山いるんだから……」
凛とした冷たい声で
「一人くらい、殺したところでどうってことないでしょ?」
魔族のおっさんに問いかけた。
女性の冷たい瞳からは、悪意や憎悪といった感情が絶え間なく俺に向け注がれているが、凛とした冷たい声からは、そういった激しい負の感情を必死に抑えているように感じられた。
たぶん、過去に人族の誰かがこの女性に対して物凄く酷いことをしてしまったんだろうなあ。
などと、突然音もなく現れた女性のことを勝手に考察してみたが……
冷たい視線を向ける女性からの威圧感が物凄くて、まるで蛇に睨まれた蛙のように変な汗をかきながらその場から全く動けない俺。
なのに、女性の鋭く尖った爪が今にも俺の首に襲い掛かってきそうなこの危機的状況。
ん~、どうやって乗り切る? とりあえず開口一番、人族代表として謝っとけばなんとかなるのか?
などと思っていると、魔族のおっさんが
「確かに人族は沢山いるけど……」
優しい口調で
「彼は殺しちゃダメだよ」
すると、女性が目を細め
「そう……、残念ね」
不敵に微笑んだ。
それと同時に、女性からの威圧感が消え体が急に軽くなる。
うおっ! 椅子に座ってたから大丈夫だったが、立ってたら絶対にその場に座り込んでたな。
にしても……
長くて艶のある奇麗な髪からは尖った耳が覗いてるし、やけに整った顔立ちをしているからエルフか? などと思っていると、彼女が妖艶な笑みを浮かべて腕を組む。
一瞬、彼女の大きくて形の良い胸に目を奪われそうになったが、俺はそれよりも彼女の胸元にある【魅了】の魔核に目を奪われた。
えっ!? どういうこと??
驚いたことに、彼女の魔核はチェーンや皮紐を使ったネックレスやペンダントみたいに首からぶら下がってはおらず、まるで体に魔核を直接埋め込んだかのように露出していた。
もしかして? 刃物とかで切ってそこに魔核を埋め込んだのか?
胸元の魔核をジッと観察していると
「ふふふふふ」
彼女が腕を組んだままゆっくりと後ろにさがり始めた。
えっ!? 蜘蛛!! しかもデカイ!!
胸元の魔核に気を取られてて全く気づかなかったが、彼女の下半身は白い大きな蜘蛛だった。
しかも、蜘蛛の頭には【魔力増加】【魔力回復】【気配遮断】【毒無効】といった四つの魔核が存在していた。
えっ!? エルフじゃなくてアラクネ!!
てっきりエルフかと思っていた彼女を改めてマジマジと見る。
すると、腰に手を当て彼女が微笑む。
そっかあ、胸元の魔核は埋め込んだんじゃなくて、元々彼女の体内に存在していた物だったんだなあ。
初めて遭遇した魔獣族のアラクネにドキドキしながら、ゆっくりと彼女の蜘蛛の魔核に目を移す。
ん? 蜘蛛の頭についてる二つの黒い球はやっぱ目だよなあ?
へ~、蜘蛛の目の周りを囲むようにして四つの魔核はついてるのかあ。
ふ~ん、なるほどねえ、アラクネの魔核ってあんなふうになってたんだなあ。
にしても、どの魔核も物凄く効果が高いなあ……
あれ? 魔核の良し悪しって、やっぱ個人差とかあったりするのか??
などと、アラクネの魔核に心を奪われていると、アラクネのお姉さんが髪をかきあげ
「あら? 私の美貌とこの魅力的な体に見とれちゃったのかしら?」
腕を組み、なまめかしく微笑んだ。
ん~、あんな奇麗な顔でしかも胸を強調するような露出の激しい服装の女性に微笑まれたら、【魅了】の魔核がなくても大抵の男は簡単に魅了されちゃうんだろうなあ。などと思いながら、引き続き蜘蛛の魔核を観察していると
「ねえ? ちょっと! 私の美貌と魅力的な体に見とれてるんでしょ?」
アラクネのお姉さんが髪をかきあげまた微笑む。
ん~、確かに顔は整ってるし体もメリハリがあって魅力的ではあるが、俺は魔核の方が断然魅力的なんだよなあ……
う~ん? どんなふうに答えたら、お姉さんの魔核をもっとじっくり観察させてもらえるんだろうか? などと、首を傾げて考えていると、アラクネのお姉さんが魔族のおっさんを見て
「ねえ、ちょっと!? タールちゃん! 私の魅了が効いてないんだけど?」
俺は彼女の下半身、つまり蜘蛛の魔核に興味津々なので、どちらかと言うと俺はそっちに激しく魅了されてる状態なんだろうなあ……
「何でよ? どうしてなの? ねえ、タールちゃん! もしかして私に魅力が足りないってことなの?」
アラクネのお姉さんが慌てふためきながらおっさんに近づいていく。
すると、おっさんが足を組んでテーブルに肘をつくと、気取った感じで
「そんな事はないよ。ニュクスはいつも通り魅力的だよ」
手のひらを彼女に向けて微笑み、白い歯を光らせた。
「だよね? そうよね? じゃあ何でこの人間に私の魅了が効かないのよ!」
鋭い目つきで俺を睨むお姉さんに、おっさんが優しい口調で
「たぶん彼は【精神魔法阻害】の宝玉が埋め込まれた何かを身に着けてるんじゃないのかなあ? 違うかい?」
おっさんがこっちを見たので
「ええ、その通りです」
おっさんが口元に笑みを浮かべると、キラリと白い歯を光らせて
「ほらね、だからニュクスの魅力が足りないとかってわけじゃないんだよ」
おっさんが気取った感じの仕草でチョイチョイ歯を光らせているが、見ていて嫌な感じがしてこないのはなぜなんだろう?
すると、アラクネのお姉さんが形の良い大きな胸に手を当て
「そっか! あ~ビックリした」
ホッとした表情をしたと思ったら、鋭い目つきで俺を睨み
「じゃあ、何であんたは私をジロジロ見てたのよ!」
鋭く尖った爪で指さしてきた。
「すいません。今までアラクネと会ったことがなかったので、あなたの魔核に見入ってました」
「えっ!? 私の体じゃなくって魔核!?」
お姉さんが目を見開き驚きの表情を浮かべると
「あんた! さては密猟者ね!」
目を細めて身構えた。
すると、おっさんが俺の後ろの方を見て
「殺しちゃダメだよ」
優しい口調で言い放ったおっさんの目線を追って振り返ると、いつの間に現れたのか、頭から角の生えた筋骨隆々のやたらとデカイ女性が拳を握って俺をぶん殴ろうとしていた。
うおっ!? あぶなっ!
拳を振りかぶっていたデッカイお姉さんに驚き、椅子からずり落ちそうになっていると、おっさんがまた優しい口調で
「彼は密猟者じゃないよ」
「そう、分かった」
筋骨隆々の女性が俺から視線を外し、スルスルとおっさんの方へ移動すると
「やつらは明日の朝には出発するぞ」
「そっか、情報通りだったね」
おっさんを見て頷くと、筋骨隆々の女性はダノハの山々を眺め始めた。
すると、アラクネのお姉さんが
「こっちの連中も明日の朝には出発するって言ってたわ」
おっさんが顎に手を当て
「やつらの情報通り、二手に分かれて村を襲うつもりみたいだね」
「でも、連中。思ってたほど集まってはいなかったわよ?」
ダノハの山々を眺めてた筋骨隆々の女性が顔だけ向けると
「確かに、もっと集まると思ってたが、そうでもなかったな」
すると、おっさんが深いため息を吐き
「最近は獣人国に密猟者が流れてるからねえ」
と言い、口元に笑みを浮かべると
「たとえ密猟者が少なかったとしても、俺達の流した情報に釣られた連中を一網打尽に出来るんだから、問題はないんだけどね」
アラクネのお姉さんが目を細めて笑みを浮かべ
「ええ、そうね」
と言い、筋骨隆々の女性が
「そうだな」
なんか三人で話し始めたが、俺はダノハの山々を眺めているお姉さんに興味津々だった。
体は異様にデカいし、頭からは角が生えていて筋骨隆々なので、種族的な特徴としては巨人族なのだが、下半身が白い蛇なので間違いなくラミアなんだろうなあ。
ただ、俺の知ってるラミアとはあまりにも見た目がかけ離れているんだよなあ。
もしかして、ラミアって大人になるとみんなあんな感じになるのか?
だとしたら、ターニャも成長したらあんなふうに頭から角が生えて筋骨隆々になるのかもしれないなあ。
ん~、でも、ターニャのおでこはツルツルなのに、彼女の額からは【魅了】の魔核が露出してるんだよなあ。
もしかしたら、そのうちターニャもおでこから魔核が見えるようになるのかもしれないなあ。
などと思いながら、ラミアのお姉さんの魔核を眺めていると、アラクネのお姉さんが
「獣人族と蟲族が囚われていたから、エリスに見張りをお願いしといたわよ?」
おっさんが眉間に皺を寄せ
「ケガとかはしてなかったかい?」
「ええ、縛られていたけど危害は加えられてなかったわ」
「そっか、とりあえずエリスが見張ってくれているのなら、心配はいらないが……。獣人族が囚われていたのかい?」
「ええ、獅子と兎の獣人だったわよ?」
「ふ~ん、獅子ねえ……。ちなみに、ラーニャの方はどうだった?」
腕を組んでダノハの険しい山々を眺めるラミアのお姉さんが
「ん? こっちは密猟者だけだったぞ」
顔だけ向けて答えると、また山を眺め始めた。
ん~、ラミアは【筋力増加】【体力増加】【気配遮断】【毒無効】【魅了】といった魔核が存在しているらしいが、見た感じ【魅了】以外の魔核がどこに存在しているのか分からんなあ……。などと思っていると、おっさんが椅子から立ち上がり
「じゃあ、囚われてる人がいるみたいだから、早速密猟者をやっつけに行こうかねえ」
「私の方はエリスに見張らせてるから、先にラーニャが見て来た連中の方を片付けましょ」
すると、山を見ていたラミアのお姉さんがゆっくりと体を向け
「実力的には新米兵士程度の雑魚ばかりだったが、油断はするな」
「ふん! 言われなくても分かってるわよ!」
「たとえ雑魚でも我々はいつの時代も圧倒的な大多数で襲われツライ思いをしてきた。ゆえに油断はするな」
「だ~か~ら~。そんな事は言われなくたって分かってるって言ってるでしょ!」
なんだ? なんだ? お姉さんたちがケンカし始めたぞ?
「お~い、二人とも。ちょ~っと落ち着こうかねえ」
「落ち着いてるわよ!」
「落ち着いてるぞ」
あっ! おっさんが怒鳴られてションボリしちゃった。
「でもさあ~」
「でもって言うな!」
「でも、だと!」
あっ! おっさんがまた怒鳴られてションボリしてる。ん? 顔を上げたぞ? 何か言うのか? おっさん頑張れ!
「えっと、今回集まった密猟者に腕の立つ者はいないから、もしかしたらこれといった有益な情報は得られないかもしれないけど、ラーニャの同胞達の村を襲った連中が紛れ込んでるかもしれないし、可能な限り密猟者は排除したいじゃん」
「そうね」
「だな」
おっさんが拳を握って
「だから……、今回もいつも通り密猟者たちをやっつけに行こう!」
熱く語ると
「もちろんよ」
奇麗なお姉さんが笑顔で頷き
「もちろんだ」
筋骨隆々なお姉さんが腕を組んで頷いた。
なんか良く分からないが、とりあえず話しが上手くまとまったみたいなんで安心したが、どうもこのおっさんとお姉さんたちの関係性が分らんなあ……。などと思っていると
「じゃあ、そんな訳だからちょっと行ってくるけど、向こうには密猟者がいるから近づいちゃダメだよ」
おっさんが指さした方を見ると、切り立った岩壁の崖の下から煙が何本か上がっていた。
あれ? あっちって、リッカが人が集まってるって言ってた方向じゃなかったか? などと思っていると
「それと、水ありがとね。美味しかったよ」
「あっ、はい。どういたしまして」
おっさんが笑顔で頷くと、アラクネのお姉さんの肩に手を乗せた。
すると、アラクネのお姉さんが
「ラーニャ。行くわよ」
ラミアのお姉さんが腕を組んだままスルスルとアラクネのお姉さんに近づくと、太くて長い蛇の尻尾をアラクネのお姉さんの蜘蛛の背に乗せた。
「ちょっと!」
アラクネのお姉さんが後ろにのけ反りラミアのお姉さんを睨んだ。
「ん? なんだ?」
「重いんですけど……」
「ん、わかった」
ラミアのお姉さんが蜘蛛の背から尻尾を下ろすと、改めて尻尾の先っちょを蜘蛛の背に乗せた。
「最初っからそうしなさいよ! 毎回転移の度にあんたの重い尻尾を乗せられてたら、私のお尻が潰れるでしょ!」
「ん、そうか」
ラミアのお姉さんが意に介せずって感じで答えると
「はあ~! ちょっと! タールちゃん! ラーニャに何か言ってやって!」
「ラーニャ、もう少しニュクスに優しくしてやってくれな」
「ん、善処する」
などと、三人のやり取りを眺めていると、アラクネのお姉さんの足元が光り始めた。
すると、おっさんがこっちを見て
「捕らえられた獣人族と蟲族は、俺達が何とかするから」
そして、おっさんとラミアのお姉さんの足元も光りだすと、三人の姿がまばゆい光に包み込まれた。
「君は足腰の鍛錬を頑張るんだよ~」
目が眩むほどの一際明るい光が放たれると、おっさんの声と共に三人の姿は消えてなくなっていた。




