第57話 魔族のおっさん
「はあ~、やっと着いたあ~」
大きく息を吸い荒れた呼吸を整えながら
「はあ~、はあ~、思ってた以上に……」
腰に手を当て
「はあ~、はあ~、キツかったなあ……」
息苦しさに耐えながら、目の前に広がる険しい山々が連なった山脈を見て
「はあ~、はあ~、こっから先も……。ビュンビュンなしだと……。はあ~、はあ~、キツそうだなあ……」
などと、息も絶え絶えつぶやいてから後ろを振り返る。
すると、そこにはビエナの草原地帯を一望できる見晴らしの良い景色が広がっていた。
「はあ~、はあ~、ここって……。結構高い山だったんだなあ」
カケさんの所に向かうリッカ達を見送った俺は、山の頂上を目指しながら足腰の鍛錬をしようと考え、早速一人で山歩きを始めたのだが、山の勾配がキツくなり始めると俺の足と腰はパンパンになってしまった。
ん~、無理しないでそろそろ引き返すか?
などと思って、立ち止まっていると
目を細めたターニャの顔が浮かんできて「サボるな!」と言ってきた。
なので「サボらね~し!」と言って、また歩き始める。
だが、しばらくするとすぐに足腰がパンパンなって辛くなってきたので
やっぱ無理しないでここら辺で引き返すか?
すると、またターニャの顔が浮かび「サボるな!」と言ってきたので「サボってね~し!」と言い、また歩き始める。
と言った感じのことを何度も繰り返していたら山の頂に辿り着いてしまっていた。
「ん~、ちょっと悔しい気もするが、今回はターニャに感謝しないとだな」
眼下に広がる草原地帯を眺めながらつぶやいていると、太ももとふくらはぎがプルプルと小刻みに震え始めた。
「とりあえず、休憩にするか……」
辺りを見回し平坦な場所を見つけ、指輪から椅子とテーブルを取り出し設置する。
「ん~、テーブルが少しグラつくが……、まあいっか」
指輪から水の入った容器とコップ取り出す。
そして、コップに水を注いで一気に飲み干す。
「ぷは~、やっぱ体を動かした後の水は最高だな!」
思わず声が出てしまった。
ん? てか、さっきっからずっと俺、一人で喋ってなかったか?
まあ、周りに誰もいないから別に構わないか……
重たい足を引き摺りながら、椅子に腰掛け目の前に広がるダノハの山脈を眺める。
リッカ達はもうカケさんに会えたかなあ?
空になったコップに水を注ぎ
この山岳地帯を抜けた先がドワーフ国かあ……
なんかあっちは魔物で大変らしいが、親方は大丈夫なんかなあ……
でも、なんとなくあの人なら大丈夫な気がするな。
口元に笑みを浮かべながらコップの水を飲み干す。
ん~、セバスのお陰で水と食料は沢山あるし、野営道具も揃ってるから問題はないが……
やっぱ一人だとリッカ達が戻るまでは暇だなあ。
空になったコップをテーブルに置き
魔物がいれば実践稽古が出来るんだが、ここら辺一帯にはもういないしなあ。
ゆっくりと椅子の背もたれに体を預け
仮に、足腰の鍛錬も兼ねてこのまま蟲族の村を目指したとしても、村には入れてもらえそうにないからなあ。
首の後ろで手を組む。
ん~、昨日寝泊まりした場所を拠点にして、リッカ達が戻るまでの間は付近の山々を駆け回って足腰の鍛錬でもしてるかなあ。
ゆっくりと流れる雲を目で追いながら
にしても……
一人で過ごすのって、なんかスッゲー久しぶりのような気がするな。
などと、思いながら流れる雲を眺めていると、突然後ろの方から物音がした。
すぐさま振り返ると、黒いローブを羽織った男性がゆっくりとこちらに向かって歩いて来ていた。
えっ!? こんなところに人!? と思って驚いてると、男性が立ち止って
「こんにちは」
と挨拶してきた。
「こっ、こんにちは」
耳の後ろから立派な角が生えているから魔族か? ん~、見た感じ歳は俺の父さんと同じか少し上かな?
すると、魔族のおっさんが人当たりの良さそうな顔で
「見たところ君はここで休んでいるようだが、私も少し休ませてもらっても構わないかな?」
「ええ、どうぞ、どうぞ」
「お~、助かるよ」
魔族のおっさんが近づきながら
「いや~、久しぶりに歩いたから疲れちゃってね~」
テーブルの横の方に向かって手をかざすと、リッカがいつも造るような椅子が出現した。
えっ? ここで一緒に休むんかい! と思わずツッコミを入れそうになっていると
「へ~、薔薇の細工を施した椅子とテーブルかあ。随分と立派な物を持ってるんだねえ」
と言い、椅子に腰掛けると
「ふ~、やっぱ普段から体は動かさないとダメかもなあ」
と言いながら、これまたリッカと同じように土魔法でコップを出現させて
「悪いんだけど、ちょっともらっても良いかな?」
水の入った容器を指さした。
このおっさんは手ぶらで山歩きをしてたのか? などと思いながらも、容器を掴んで
「ええ、どうぞ」
コップに水を注いでやる。
「すまないね~。んじゃ、いただくよ」
おっさんが水を一気に飲み干すと
「ぷは~、やっぱ体を動かした後の水は最高だな!」
思わずつられて微笑んでしまいそうな笑みを浮かべた。
んっ? まてよ? なんか俺と同じようなことを言ってるぞ?
もしかしたら、このおっさんも俺みたいに慣れない山歩きで疲れてるんじゃね?
そう思ったら、なんだか急におっさんに親近感が湧き
「ですよね~。さっきまで俺もそんな感じでしたから分かりますよ! 水はまだ沢山あるんで好きなだけ飲んじゃってください」
水の入った容器をおっさんの方に置く。
すると、おっさんが嬉しそうに
「おお! それはありがたい。んじゃ、もう一杯もらっちゃおうかな」
自分でコップに水を注ぐと、グイッと一気に飲み干し
「うん! 美味い!」
空になったコップをテーブルに置くと、おっさんがニコニコしながら
「君は一人で休んでるのかな? 他に仲間はいないのかい?」
「今は一人ですが、昼くらいまでは仲間と一緒でした」
「おっ、奇遇だねえ! 俺も昼くらいにこっちに来たんだよ」
「へ~、そうなんですかあ」
「ちなみに、君の仲間って何人くらいなんだい?」
「二人です」
「ふ~ん、その二人はどこにいっちゃったのかな?」
ん? このおっさん、矢継ぎ早に色々と聞いてくるな……
少し身構えると、おっさんがハッとした表情をして
「あ~、ごめん、ごめん。まさかこんな山奥で人に会うとは思っていなかったからさ、色々と興味が湧いちゃってね。気分を悪くさせちゃったのなら謝るよ。すまなかったね」
「あっ、いえ大丈夫です。仲間はここから先のもっと山奥の方に用事があるので、そちらに向かってますよ」
「そっかあ、更に奥の方ねえ」
と言い、少し考える素振りを見せると、水の入った容器を指さし
「これって薔薇だよね?」
容器に描かれた絵を見て
「ええ、そうですね」
「ふ~ん、椅子やテーブルには薔薇の細工がしてあるし、そのコップにも薔薇が描かれてるけど……、もしかして君って薔薇が好きなのかな?」
「いや、特に好きってわけではないんですが、椅子もテーブルも譲ってもらった物なんで、もしかしたら持ち主が好きだったのかもしれませんね」
「へ~、こんな高価なものを譲ってもらえたんだ?」
「ええ、まあ。何て言うか成り行きで譲ってもらっちゃいました」
頬をポリポリかきながら答えると、おっさんが訝しげな目をして
「ふ~ん、成り行きねえ……」
確かに、椅子とテーブルは俺みたいな一般庶民が普段から使うような代物には見えないし、このコップと容器だって値段は分からんが、見るからに高そうだもんなあ。
などと思っていると、おっさんが俺の手元を見て
「じゃあ、そのかなり値の張る指輪は? それも譲ってもらったのかな?」
右手の中指にはセバスから譲ってもらった【収納】の指輪を、薬指にはリッカから貰った【蘇生】の指輪をしているが、どちらもかなり値の張る代物なんだよなあ。
「ええ、まあ。何て言うか、これも成り行きで譲ってもらっちゃいました」
引き続き頬をポリポリかきながら答えると
「ふ~ん、成り行きねえ……」
おっさんが右手で顎をさすりながら、相変わらず訝しげな目をしたまま俺を見つめている。
ん? もしかして、俺が盗んだとでも思っているのか? などと思っていると、おっさんが顎に手を当てたまま
「ちなみに、君はここで何をしているのかな?」
よし! 何かおっさんが俺の事を疑っているようなので、ここは素直に
「足腰の鍛錬をしていて、疲れたんで休んでます」
すると、おっさんが一瞬片方の眉をピクッと上げて
「ふ~ん、君の着てる鎧って【体力半減】のマイナス装備だよね? なのにそれを着て山を歩いてたんだ?」
まだ怪しんでるようなので、ここは変に包み隠さずに
「ええ、仲間の内の一人が、体を鍛えるならマイナス装備を着たままの方が効率が良いって教えてくれたんで、これ着て頑張ってます」
すると、おっさんがさっきまでの訝しげな表情から急に何かに納得したような表情になって
「なるほど、そう言うことか……」
と、つぶやきテーブルを見つめ何か考える素振りをし始めるが、ちょっと気になったので
「もしかして宝玉の効果が分かるんですか?」
顎に手を当てテーブルを見ていたおっさんがこっちを見ると
「え? なに? ごめんもっかい言って?」
「いや、さっき鎧の効果を言い当てていたので、もしかしたら宝玉の効果が分かるのかなあ? って思いまして」
「ああ、その【体力半減】の宝玉ね」
すると、おっさんが腕を組んで顎をクイッと上げると
「まあ、それなりに鑑定能力は鍛えてるからね~」
得意げな顔をして答えた。
「へ~、そうだったんですかあ」
「うん、だから君のその指輪」
おっさんが俺の手元に目をやり
「その指輪の凄さにビックリさせられたけどね」
「あはははは~、ですよねえ」
頬をポリポリかきながら答えると
「でもまあ、それに関してはあまり詮索しないほうが良さそうだから、もう聞かないでおくよ」
おっさんが笑みを浮かべて片目をパチッと閉じたので
「あ~、ありがとうございます」
理由はよく分からないが、とりあえず俺の身の回りの物が盗品ではないって事は理解してもらえたようなので
「ちなみにこんな山奥に何しに来たんですか?」
と尋ねると、おっさんが急に肩を落として
「いや~、実はさあ……」
と言い、唇を尖らせ
「魔核の密猟者を一網打尽にしようと思って情報を流したんだけどさあ。困った事にあいつら集合場所を山奥にしちゃったんだよねえ。だからこっちまでこんな山奥を歩く羽目になっちゃったんだよ~」
子供みたいに拗ねた表情をして俺を見て来た。
おっさんのくせにそんな表情をするな……
と思いながらも、やはり気になったので
「魔核の密猟者?」
「そう、密猟者。四、五年くらい前からかなあ、各地で密猟の被害が急激に増え始めてさ。このままだと絶滅しちゃう魔獣族も出て来ちゃいそうだったから、流石に不味いと思ってね」
「へえ~、それで密猟者を集めて一網打尽にしようと?」
「そう、もちろん大陸中にいる全ての密猟者が集まったわけではないんだけど……」
「けど?」
首を傾げて尋ねると、おっさんが親指をビシッと立てて自分の顔を指さし
「俺が動くことでそれなりの抑止力に繋がるからね!」
満面の笑みを浮かべたおっさんが白い歯をキラリと光らせた。
ん~、このおっさんが密猟者に対してどれだけの抑止力になるのかは知らんが、それなりの人数の密猟者を一網打尽に出来るなら、確実に魔獣族への被害は少なくなるだろうなあ。などと思っていると
「でね、こんな見晴らしの良いところに、このタイミングで人がいたら密猟者の見張りかな? って思っちゃうじゃん。それで一応見に来たんだけど、どうやら君は違ったみたいだね」
「ええ、俺は足腰の鍛錬で休んでただけですからねえ」
おっさんが笑顔でウンウンと頷き
「でも、随分と古臭い稽古をしてるんだねえ」
「えっ? 古臭い?」
「今の時代にそんな稽古をしてる人なんてもう殆どいないんじゃないのかなあ?」
「えっ!? そうなんですか! この稽古方法を教えてくれた人は爺さんから教わったって言ってましたし、本人も子供の頃からずっとマイナス装備を着たまま稽古をしてたって言ってましたよ?」
「ん~、大戦前の人達はマイナス装備を着たまま、魔物と戦って色々と鍛えていたらしけど、最近じゃあ兵士達でもそんな稽古はしてないよ?」
「え~! てっきり体を鍛える人達からしたら当たり前の稽古方法かと思ってましたよ!」
などと驚いていると、おっさんが俺の後ろに視線を移して
「殺しちゃダメだよ。彼は奴等の一味じゃないからね」
「あら? そうなの?」
「えっ?」
声がしたので振り向くと、背後には露出の激しい服を着た女性が、鋭く尖った長い爪で俺の首を斬ろうと身構えていた。




