第47話 追いかけっこ
う~ん、さすがにちょっと息苦しくなって来たな……。
一旦走るのは止めて歩きに切り替える。
「ふ~」
歩きながら腰に手を当て荒くなった呼吸を整える。
……子供の頃って、何で走って移動するのが物凄く楽しかったんだろう?
全力とまではいかないが、久しぶりにそれなりの速さで長い距離を走ってみたが、子供の頃みたいに気持ちが昂るような楽しい感情みたいなもんは全く湧いてこないで、ただ単に息が上がって疲れただけだった。
しばらく歩きながら呼吸を整える。
もっと走っていられると思っていたが、意外と走れないもんだな。
呼吸が落ち着き始めたので軽く後ろを振り向くと、ビエナの街はもう既に見えなくなっていた。
結構進んだなあ。
歩きながら前方に広がる山岳地帯に目をやる。
う~ん、まだ山のふもとは見えないかあ。
やっぱ向こうまではかなり距離がありそうだなあ……。
――ししょう~! 速いです~!
――頑張ればターニャもこのくらいは出来るわよ~
――むむむむむ~
風に乗ってゴリラとヘビ娘の声が聞こえてきた。
ん? もうあんなとこまで移動したのか。
追いついたと思ったらまた離されたな。
とりあえず……
……走るか。
ターニャがウインドバッシュを使った移動に慣れ始めると、リッカがターニャとウインドバッシュで追いかけっこを始めた。
なので、魔法を使って地面を滑るように移動する二人を、俺はずっと走って追いかけていた。
う~ん、遊びながらでも魔法の練習が出来るこのやり方は、ターニャには持って来いなのかもしれないが、普段ならもうとっくに昼飯を済ませてる時間なんだよなあ。
楽しそうに追いかけっこをしている二人に置いてかれないように、ひたすら走り続ける俺。
何気に今までの人生の中で、ここまで長い距離を走り続けたことってないかもしれないなあ。
だいぶ二人との距離は縮まってきたが、もう既に息が苦しくなってきてるぞ。
ビュンビュンと風を切って移動している二人の声が聞こえる距離まで追いつくと、丁度リッカがターニャに捕まるところだった。
「つーかまえたっ!」
ターニャがリッカに抱き着いたと思ったら
「そう簡単には捕まらないわよー!」
凄い速さでリッカがターニャから離れた。
「む~! もう少しだったのに~」
ターニャが頬を膨らませて悔しがってると、リッカがターニャに急接近し
「ほら、頑張って」
と言い、素早く真横に移動した。
「むむむ~。師匠早すぎ!!」
だいぶ二人に近づいたので駆け足から早歩きに切り替え呼吸を整える。
「ふ~」
魔法を使って地面の上を滑走出来る二人が羨ましいな……。
「その調子よ~」
「む~、でも全然追いつけなーい!」
また二人との距離が広がりだしたので、駆け足で追いかける。
にしても、いつになったら終わるんだ?
まさか、ターニャがリッカを捕まえるまで終わらないとか……
そんな事はないと思うが、もしそうなら日が暮れるぞ。
二人がどんどん離れて行くので、ちょっと速度を上げて走り出す。
「むむむむむ~」
「うふふふふ~」
ターニャがリッカを捕まえようと必死に追いかけるが、一向にリッカとの距離は縮まらない。
リッカがターニャに体を向けたままの状態で後に滑走しながら
「そう、そうよ、良い感じ。その調子でもう少し魔力を調整してみて」
「むむむ~」
急に二人の速度が上がり一気に距離が広がった。
おおい! もう少しで追いつくと思ったのにまた離された!
そろそろゆっくり走ろうと思っていのに……。
二人との距離を縮めるべく引き続き走り続ける。
「そう、そうよ、良い感じよ」
「むむむ~」
だいぶ二人との距離は縮まり始めたが、ちょっと脇腹が痛くなって来た……。と思っていると、リッカが斜め後方にドンドン上昇していき完全に宙に浮くと
「ひとまず、追いかけっこは終了にしましょ」
「おーー! スゴーーーイ!! 飛んでるー!」
「ターニャも頑張ればこれくらいは出来るようになるからね」
「おーーー! 頑張ります!!」
ターニャがその場でピョンピョン飛び跳ねる。
そんなターニャを見ながらリッカがゆっくりと地面に降りると
「焦らなくてもちゃんと教えるから大丈夫よ」
「はい! ありがとうございます!」
スゲーな! ゴリラは空も飛べたのか! と感心しつつ脇腹を押さえながら二人に近づくと、ピョンピョン飛び跳ねていたヘビ娘が
「お! ケビン。おかえりー」
と言い、脇腹を押さえる俺を見て心配そうな表情を浮かべると
「ん? お腹痛いの? 大丈夫?」
息苦しさに耐えながら
「ああ……。ずっと……。走ってたからな……」
息を切らしながら答えると
「そっか~、あたしはまだ回復魔法が使えないんだよな~」
眉間に皺を寄せ悔しそうな表情を浮かべるターニャに
「ありがとな……。でも……。しばらく放っとけば……。治るから……。大丈夫だ……」
息も絶え絶え答えると
「む~」
ターニャが納得いかなそうな顔をして唸る。
すると、リッカが掌から光る球体を出現さて俺に放ってきた。
球体が身体に触れて消滅すると、脇腹の痛みはなくなり、荒かった呼吸も落ち着き、気だるい感じで重たかった両足も軽くなった。
「だいぶお疲れの様子だったから回復しといたわよ」
「おっ、おう! ありがとな」
「む~、師匠。あたしも早く回復魔法を使えるようになりたいですう」
ターニャがもどかしい表情を浮かべながらリッカに懇願すると
「近いうちにちゃんと回復魔法も教えるから、そんな顔しないで」
「はい! わかりました!」
ターニャにいつもの明るい表情が戻り
「ケビン! 回復魔法を覚えたら、あたしが治してあげるからね!」
「おう! そん時はよろしくな」
「まかせとけ!」
腰に手を当て胸を張るターニャの横でリッカが
「ケビン。いつもならとっくにお昼の時間なんだけど、もう少し待っててね」
「ん? 待つのは構わないが、まだ何かするのか?」
「お昼の前にターニャの魔法の検証をしようかなって」
ターニャが目をパチパチさせて、なんですか?? って顔をしている。
「あ~、だいぶ街から離れたもんな。でもこの辺で始めちゃって大丈夫なのか? 音とか街に届いたりしないのか?」
「うん、まずはその事を確認してみて問題なさそうなら魔法の検証をするつもり。もしダメそうならお昼にしちゃいましょ」
ターニャが俺とリッカの話しを聞きながら首を傾げていると、リッカが二、三歩前に進んで
「じゃっ、確認するから少し待っててね」
すっと右手を前に突き出すと、やたらとデカイ氷柱を出現さた。
「おお! スッゲーー!!」
ターニャが叫ぶと同時にドデカイ氷柱が音も立てずに物凄い速さで飛んでった。
そして、遠く離れた地面に突き刺さると、豪快に砂煙が舞い上がり地響きと共に軽く大地が揺れた。
「おー! 師匠! カッコイイ!」
「スゲーな! 魔法ってあんな遠くまで飛ぶんだな!」
「あれでも加減した方よ、本気を出せばもっと遠くまで飛ばせるわ」
「あれで加減してるのか! スッゲーな!」
最近は俺とターニャがいつも魔物と戦っていたので、改めてリッカの魔法を目の当たりにし、思わず本音が漏れてしまった。
すると、ゴリラが照れ臭そうに
「じゃあ、ちょっと本気出すからどこまで飛ぶのか見せちゃおうかしら……」
などと言いながら、モジモジし始めた。
そんなゴリラをヘビ娘が目をキラキラさせて、羨望の眼差しで見つめていた。
まあ、師匠の物凄い魔法を目の当たりにすれば、そうなるわなあ。
う~ん、俺は魔法が使えないから単純に今の氷柱のデカさと、地面に突き刺さった時の威力に驚かされているが、冷静に考えると、あそこまで魔法を飛ばせてるって事は、相手に気づかれずに遠く離れた場所からでも余裕で攻撃出来るって事だよなあ。
こっちが攻撃する立場だったら問題ないが、もし攻撃される側だったとしたら……。
などと、魔法攻撃の恐ろしさについて考察していると、遠くの地面にぶっ刺さった氷柱を見ながらターニャが
「むむむ~、あたしもあそこまで飛ばせるのかな~?」
と言い、首を傾げていた。
「なあ、リッカ。ターニャの魔法もあんくらいまで飛ばせるのか?」
モジモジしていたゴリラが急に真顔になり、その場で目を閉じた。
ターニャが俺を見て首を傾げたので、俺も首を傾げる。
しばらく静かにリッカの様子を二人で窺っていると
「街の人が騒いでいる様子はないから大丈夫そうね」
と言いい、ゆっくりと目を開いた。
振り返って街の方を見てみるが、緑の大地が続いてるだけで街なんて見えないし特に変わった様子もなかった。
「なあ、リッカ。何で街の人が騒いでないって分かるんだ?」
「サーチで街の様子を確認して、人が慌ててる反応がなかったからよ?」
「スゲーな! こっから街の様子が分かるのか! その魔法って迷宮内でしか使えないもんかと思ってたぞ!」
ゴリラがモジモジしながら
「迷宮内では各階層毎にしかサーチは出来ないんだけど、屋外なら個人の魔力量によって差は出るけど、サーチする範囲をどこまでも広げる事が出来るのよ」
「マジか! サーチってスゲーな!」
すると、ターニャがニヤニヤしながら
「師匠のお陰で、あたしもケビンがどこにいるのか分かるようになったんだよ~」
確かサーチは空間魔法の一種ってリッカが言ってたから、そりゃあターニャにだって習得は可能なんだろうが、いつの間に覚えてたんだ?
「そっか、ターニャも出来るようになってたのか」
激しく頷くヘビ娘に
「ちなみにターニャもこっから街の様子ってサーチ出来るのか?」
「今のあたしではムリだ!」
なぜか偉そうに胸を張るターニャを無視してリッカに目配せすると
「今のターニャの魔力量だと丁度ケビンと出会った『名もなき迷宮』の街くらいの広さが限界よ。だから、ここからだとビエナの街は離れすぎてるからサーチの範囲外ね」
「名もなき迷宮の街ってビエナよりも規模がデカかったよな? そんくらいの広さをサーチ出来るってのは空間魔法が使える人達からしたら当たり前の事なのか?」
リッカが左右に首を振ると
「素質が良いからかもしれないけど、ターニャは同年代の子達よりも、かなり広い範囲をサーチ出来てるわ」
う~ん、ターニャの素質の良さがちょっと怖くなって来たなあ。
「ちなみに、リッカはグリーンキャニオンくらいデカい街もサーチの範囲内なのか?」
「ええ、今の私ならグリーンキャニオン五つ分くらいの広さくらいまでならサーチ出来るわ。だから、もしケビンが私たちとはぐれてしまったとしても、すぐに見つけられるから心配しなくて大丈夫よ」
確かに『骸骨迷宮』の時は、俺に近づく魔物がいないかサーチしながらリッカは離れた場所で戦ってくれてたんだよなあ。
にしても、リッカはやっぱスゲーんだなあ。などと思っていると
「ねえ、ターニャ。今日はいつもみたいに魔力を抑えなくて良いから、あの氷柱に向かって魔法を放ってみて」
「え!? 全力で魔法を使っても良いですか?」
リッカが笑顔で頷くと
「やった! でも、あんな遠くまで飛ばせるかな~」
珍しく弱気な発言をするターニャに
「難しい事は考えなくて良いから、まずは全力で魔法を放つのよ!」
リッカがその場から一歩踏み出し腰に手を当てると、氷柱に向かって勢いよくビシッと指さした。
「はい! わかりました!」
リッカの勢いに釣られたのか、ターニャが元気よく返事をすると、氷柱を睨みながら両手を前に突き出した。
「むむむむむ~」
俺の背丈と同じくらいの大きさの氷の槍が出現すると、みるみる大きくなり
「むむむむむ~」
リッカが放った氷の柱と同じくらいのデカさになった。
「む~~~」
ターニャが両手を高く掲げて
「むん!」
勢いよく振り下ろすと、結構な速さで氷の柱が飛んで行き、地面に刺さった氷柱にぶつかると轟音と共にターニャの放った氷柱が砕け散った。
「師匠! 今のどうだった?」
「全力の魔力をちゃんと制御出来てたし、飛距離も申し分なかったわよ!」
リッカに褒められたターニャが誇らしげに
「ケビン! 見てたか?」
「おっおう! まさか届くとは思ってなかったから驚いたぞ!」
「だろ! あたしだって届いたからビックリしてるぞ!」
あの距離まで魔法を飛ばせるターニャも凄いが、リッカの放った氷柱が砕けないで突き刺さったまんまって事にも内心驚いていると
「ターニャ。その調子で他の属性魔法も放ってみて」
「はい! わかりました!」
「なあ、リッカ。俺は昼飯の準備を始めとくな」
「うん、お願いね」
ターニャの魔法の検証はリッカにお任せして、俺は【収納】の指輪から立派なテーブルを取り出すと地面に置いた。
すると、平らな床ではなく地面の上なので、どうしてもテーブルがグラつく。
う~ん、テーブルの脚と地面との隙間に土を盛ったらグラグラしなくなるか?
とりあえず、試しに土を盛ってみる。
昨日、ローズ達を見送るためにグリーンキャニオンの転移装置まで移動していると、セバスが
「これからの道中で色々と役に立つと思われますので、こちらをお渡ししておきます」
【収納】の宝玉が埋め込まれた指輪を譲ってくれた。
「移動先では何かと不便な事があると思われます。なので、食料と野営に必要な物品を収納しておきました」
明日の準備だなんて全く考えてなかったぞ……、やっぱセバスは出来る執事だな。
「それと、質の良い装備品を幾つか収納しておきましたので、良ければ使ってみて下さい」
おお! 質の良い装備品とやらを後で確認しておくか……、楽しみだな。
「ありがとうございます。色々と準備してもらって本当に助かります」
「いえいえ、普段から色々と必要になりそうな物の予備は常に指輪とブレスレットに収納しておりますので、他愛ない事ですよ」
すると、セバスが急に真面目な表情になり
「こちらもお渡ししておきます」
【精神魔法阻害】の宝玉が埋め込まれたネックレスを譲ってくれた。
「悲しいことに世の中には善人を装い悪事を働く者達が多数存在しております。なので、魔法で騙されぬよう、これからもリカステ様の事をよろしくお願いいたします」
まさか、セバスからそんな物まで貰えるとは思ってなかったので、本当にビックリした。
ただ、これでターニャが遊び半分で俺に魅了を掛けてきても大丈夫になったので、正直な話し助かったし、このネックレスは本当にありがたかった。
地面をチョコチョコと調整していると、良い具合にテーブルがグラつかなくなったので、次は椅子を取り出し置いてみる。
テーブルも椅子も上流階級の人達が使用するような高級な物なので、何もない草原地帯に設置すると、まるでここら辺一帯が高貴な方々の敷地内に思えてくるから不思議なもんだ……。




