第38話 ローズとセバス②
ターニャが泣いている。
ローズの胸に顔を埋めながら声を張り上げ泣いている。
よくよく考えてみたら、物騒なヤツ等に捕まっていた時は別として、ここまで大泣きしているターニャを見るのは初めてかもしれない。
ローズがターニャの背中に手を当て時折優しく叩いている。その隣ではリッカがターニャの肩を優しく撫でていた。
ターニャが泣き始めてからずっと二人はこうしているのだが、当の本人は時折息を詰まらせヒックヒックとしゃくり上げてはまた泣き叫ぶといった感じで一向に泣き止む気配がない。
俺は経験がないので泣き叫ぶターニャの胸の内を想像するしかないのだが、村が襲われた時は物凄く怖かったんだろうし、襲撃者達から逃げていた時も恐ろしかったんだろう。更には、追手から逃れながらたった一人で半年以上も迷宮内で生活していた時には辛かった事もあっただろうし、物凄く寂しかったりもしたのだろう。
なのに、ターニャが当時の出来事を思い出して辛そうにしている素振りなんて一度も見せた事はなかった。
もしかすると、賢いターニャの事だから当時の事を思い出して辛い気持ちになっていたら、俺とリッカが心配すると思い俺らに気を遣って無理して元気よく振舞っていたのかもしれない。
そう考えるとターニャに対して申し訳ない気持ちで胸が痛くなる。
俺としては、心の整理が出来ているのか定かではない相手に対してこちらから安易に干渉してしまったがために、更に相手の心の傷を深く広げてしまうような最悪な事態は避けたかった。
なので、俺なりにターニャの様子を窺いつつ、ターニャが当時の出来事を思い出して辛そうにしていたなら何とかしてやろうと思ってはいたのだが、ターニャはいつも明るくて元気だった。
なのに、ターニャは声を出して激しく泣いていた。
そんな感情を露にして泣いているターニャを見ていると、まるで村が襲われた時に生じた恐怖だったり襲撃者達に抱いた怒り。あるいは、身近な人達との突然の別れによる悲しみ。追手から逃れながらも一人で過ごしていた迷宮内での先行きの見えない不安。といった心の奥底にずっと溜め込んでいた感情を激しく泣く事で全て発散させているかのようだった。
身近な人が抱えている辛い思いを晴らすすべを持たざる自分にやるせない気持ちになり更に胸が痛くなる。
自分の身の回りの人達を守れるくらいの力は蓄えておきたいと思い日々努力はしているが、それと同じくらいに身近な人が負ってしまった心の傷を治す力も養いたいな。
などと思っていると、ターニャがピタッと泣き止んだ。そして涙を拭うと
「もう大丈夫です」
と言いローズから離れ俺を見ると
「ケビン! スッキリしたぞ!」
目の周りを赤くし瞼も泣き腫らしたままの状態だったが、確かにターニャはスッキリとした表情をしていた。
「おっおう! そっか、なら良かった」
「うん! ありがとう!」
鼻を赤くし天井を見つめ必死で涙を堪えていたターニャに「我慢しないで思いっ切り泣けばスッキリするぞ」と言ってみたものの、ここまで感情を露にして泣きじゃくるとは思ってもみなかったので思わずホッとしてしまった。
リッカとローズも俺と同じでターニャを見てホッとした表情を浮かべていた。
すると、リッカがターニャを抱き寄せて
「今迄ずっと一緒にいたのに気づいてあげられなくてごめんなさいね。これじゃ師匠失格ね」
と言い、申し訳なさそうにしているとターニャが激しく左右に首を振り
「師匠! 全然そんな事ないですよ! あたしの中では既に気持ちの整理は出来ていると思っていたのですが、抱き締められたら急にあの時の怖かったり悔しかったりした感情が溢れて来て抑え切れなかったんです!」
「あ~、それって多分私のせいだわ」
ローズが頭をポリポリとかきながら
「ツノとか生えてるのに意外って思われるんだけど、私って回復系の魔法が得意なんだわ。そんでもって意識してなくても常に回復魔法を発動しちゃってるもんだから、目に見える身体的な傷もそうだけど目には見えない心の傷も勝手に癒しまくっちゃってるのよね。だからだと思うよ」
ターニャが目をパチパチさせながら首を傾げているとリッカが
「ローズはお父様が人族でお母様が鬼族なんだけど、お父様は人族の中でも指折りの回復魔法の術者なの。その影響でローズは子供の頃から回復魔法が物凄く得意で私も会うたびに毎回ターニャみたいに大泣きさせられてたのよ」
すると、ローズがニヤニヤしながら
「大人になってからは泣かなくなったけど、子供の頃はしょっちゅう泣いてたわよね~」
「ローズが回復魔法を常時発動させてるから色んな感情が溢れ出して涙が止まらなくなってたのよ!」
「でも、そのお陰で溜め込んでると良くない色んな感情を泣く事で発散出来たんだから精神衛生上良かったでしょ?」
「確かにありがたかったけど、当時はまだ子供で精神衛生上って言葉だったり、良くない感情だなんて知らなかったからローズなんて私が泣きだしたら毎回オロオロしてたじゃない!」
「なっ! でも、いっつも泣き終わるとスッキリしてたじゃんか~」
突然目の前で言い合いを始めた二人にターニャが若干困惑気味だが、察するに二人は幼い頃からの知り合いのようだ。
それと、やはり俺が思っていた通りローズは人族とオーガとの混血だったか。ただ、基本的にオーガは獣人族と同様で魔法が得意な種族ではない。
リッカが父親の影響だとは言っていたが、そもそも、種族的に巨人族であるオーガの身体は頑丈で、太くて硬い骨と強靭な筋肉を有し皮膚は硬く、攻撃されても簡単には傷を負ったりはしない。なのに、物凄く回復能力が高い種族なので、仮に負傷したとしても自身の回復能力で勝手に傷は回復し完治させてしまう。
つまり、オーガは致命傷でもない限り回復魔法なんて必要としない種族だったりもする。
なので、さっきローズが「ツノとか生えてるのに意外って思われる」って言っていたように、魔法が得意じゃない種族でしかも滅多に回復魔法を必要としないオーガが回復魔法を使えるってのは確かに周りからは意外って思われてしまうんだろうなぁ。
などと思っていると、言い合いをしているリッカとローズを交互に見ていたターニャが大きく息を吸い
「ローズさん! ありがとうございました! お陰で物凄くスッキリする事が出来ました!」
と言って頭を下げた。すると、ローズが
「どういたしまして。あなたの村で起きた事を私がいくら謝ったところでどうしよもない事は分かってるけど、これからも出来る限りの償いはしていくつもりよ。だから何か困った事があったら何でも私に相談してね。それと私の事はローズで良いわよ」
「はい! ありがとうございます! でも、あたしの師匠の知り合いの方を呼び捨てにする事は出来ませんので申し訳ありませんがあたしからはローズさんと呼ばせて頂きます!」
ローズが少し驚いたような表情をすると
「あら? 見かけによらずしっかりとしているみたいね。出来の良い弟子を持って師匠は鼻が高いんじゃないのかしら?」
ローズがニヤニヤしながらリッカを見ると
「ふっふっふ。私の中では既にターニャは目に入れても痛くないって思えるくらいのカワイイ妹よ」
と言い、ターニャを軽く抱きしめた。
「あたしが師匠の妹!! 嬉しいです!」
興奮したターニャが長い尻尾をバッシバシ床に叩きつけて「ししょうー!」と叫んで喜んでいる。
そんな興奮しているターニャを見ながら笑みを浮かべたローズがチラッと部屋の中央を見ると
「あら? お茶の準備が整ったみたいよ」
振り返ると部屋の中央には丸いテーブルを囲むようにして背もたれのついた椅子が四つ置かれ色とりどりのケーキや美味しそうなサンドウィッチが用意されていた。
「おぉ! ケビン! ケーキだ! ケーキがあるぞ!」
ターニャがケーキに吸い寄せられるようにしてスルスルと部屋の中央に向かって行ったので俺達も部屋の中央に移動する。
歩きながら用意されたテーブルと椅子に目をやる。
簡単には壊れなさそうな重厚な造りをしたテーブルには染みが一つもない綺麗な白い無地のテーブルクロスが掛けられている。そして、椅子に関しては背もたれや脚の部分に薔薇の花を模した細工が施されていて家具職人の技術が際立っていた。
どう見ても上流階級の方々が使用する高級な家具である事は一目瞭然だった。明らかに一般庶民が使用するような椅子やテーブルではない。
どうやってこんな立派な家具を用意したんだ?
俺はてっきりセバスがリッカのように土魔法を使って簡易的な椅子とテーブルを用意するのかと思っていたので思わずセバスを見つめてしまう。
すると、俺の視線に気づいたセバスが
「便利な指輪とブレスレットがございまして、必要な物は全て用意して御座います」
と言い、白い手袋を外し【収納】の宝玉が埋め込まれた指輪を見せると
「執事たるもの主の要望には常に迅速な対応が求められます。なのでこのレア装備にはいつも助けられております」
まだしっかりと紹介はされていないがやはりセバスは執事だったんだな。しかも、俺はセバスに何も問い掛けていないのに俺の考えを察して先に応えるだなんてかなり出来る執事なんじゃないのか? などと思っていると、テーブルの前でケーキを眺めていたターニャが振り返り
「ケビン! 何処に座る?」
少し困ったような表情を浮かべて俺に問い掛けて来た。
「いつもの様にターニャはリッカの隣で良いんじゃないか?」
リッカに目配せすると
「そうね、いつも通りターニャは私の隣でケビンは私の正面にしましょう」
と言いセバスが引いた椅子に着席した。するとローズが
「あら? 私もターニャの隣が良かったんだけどなぁ」
セバスが瞬時に移動してローズが座る椅子を引くと
「仕方ない。正面から可愛いターニャを眺めながらのお茶にするか」
と言いながら着席した。すると、ローズを見ながら椅子に座ろうとしていたターニャの斜め後ろにセバスが一瞬で移動し
「ターニャ様。こういった場では私達のような者が椅子を引きます。なのでターニャ様は私が寄せる椅子に背筋を伸ばしてそっと腰掛けて下さいませ」
「はっ! はい! わかりました!」
ローズが座っている場所から何事もなかったかのように瞬時に移動して来たセバスに驚きながらも言われた通りに椅子に腰掛けるターニャ。
セバスがただの執事ではないってのは何となく察してはいたが、動きが速すぎてちょっと怖いぞ。
少しぎこちない様子で椅子に腰掛けチラチラとセバスに目をやるターニャ。それを見てリッカが
「セバスはオーガの身体能力とエルフの魔法を上手く利用しながら業務をこなすとても頼りになる執事よ。だからそんなに怖がらなくっても大丈夫よ」
やはりセバスはオーガとエルフの混血だったか。となると、見た目は俺と同じくらいの年齢に見えるが長命族のエルフの血が流れているので、実際の年齢は俺よりも上になるのかもしれないな。
まあ、仮にセバスの年齢が俺と同じか下だったとしても、俺はいつも初対面の人物とは仲の良い人と接するような口調で話したり、なれなれしく話すような事もしないので特に問題はない。
ただ、エルフ特有の目鼻が整った端正な顔立ちにもかかわらず、おでこからは二本の短いツノが生えているセバスの印象は、物騒な事が苦手なただの優男ではなく、理不尽な暴力に対しても臆する事なく毅然とした態度で立ち向かって行くような、芯が強くて頼りになる男って印象を受ける。
なので、そんな見た目のセバスは今迄相当モテまくっていたんじゃないのか?
羨ましいな……
などと思って僻んでいると、視界に捉えていたはずのセバスがターニャのいる場所から瞬時に俺の所に移動し椅子を引いてくれた。
「あっ、ありがとうございます」
一瞬で俺のところまで移動して来たセバスに驚いていると、ターニャが目をキラキラさせて
「セバスさん! 速く動けてカッコイイです!」
「ありがとうございます。執事たるもの主の要望には常に迅速な対応が求められますゆえ、肉体と魔法の鍛錬は常日頃から欠かさず行っております」
「おぉ! あたしも師匠から教わった事はいつも続けてるよ! 一緒だね!」
「はい。どうかこれからも教わった事は継続して行って下さい。いつか必ずその努力は実を結ぶ事でしょう」
どんな鍛錬をすればあんなに速く移動する事が出来るんだ? などと思いながらもセバスが引いた椅子に腰掛けるとリッカが
「募る話しは沢山あるけど先ずはセバスのお紅茶を楽しみましょう」
すると、また瞬時にセバスが移動しティーポットを持つとリッカから順に皆に紅茶を注ぎ始めた。




