第36話 魔力が強過ぎた弟子
迷宮の最深部には迷宮内に出没する魔物の上位種である迷宮主が出現する部屋が存在している。
だが、迷宮主の部屋だからと言って特別に派手な装飾が施された扉が設置されているわけではない。
何の特徴もない部屋の扉を開け室内に入る。
室内には迷宮主が座る為の豪華で立派な造りの玉座が設置されていたりはしないが、迷宮内のどの部屋よりも天井は高く、灯りがないと部屋の奥まで見渡す事が出来ないほどの広い造りとなっている。
なので、強いて言えば迷宮主の部屋と他の部屋との違いは室内がとても広い造りになっている事だけだったりする。
俺に続いてターニャとリッカも室内に入って来た。
ふと、気になったのでリッカに
「難易度の高い迷宮になれば迷宮主の部屋の装いも変わるのか?」
「魔族領の迷宮主の部屋はそれなりに煌びやかだったわよ」
これからもメキメキと強くなりたいとは考えているが、流石に俺が魔族領のしかも難易度の高い迷宮に行く事はないんだろうなぁ。などと考えながら室内を歩いて行く。
室内を真っ直ぐ歩いて行くといつものように床が光りだし室内を隅々まで明るく照らし始めた。
いつ見ても不思議な光景なのだが、何度も訪れていると流石に見慣れてしまったからなのか変に緊張したりドキドキする事はなくなった。
徐々に光が弱くなりこれから出現する魔物の輪郭が薄っすらと見え始める。
この迷宮には人型と獣型の骸骨の魔物が出没するので迷宮主はそのどちらかの魔物の上位種となる。
そして、迷宮主は迷宮内に出没する魔物の上位種が順番に出現する。
昨日は人型だったから今日は獣型の迷宮主が出現するだろう。
ただ、迷宮によっては同じ種類の魔物が一定回数出現してから別の魔物の上位種に変わったりする迷宮も存在しているが、そういった迷宮は迷宮掲示板に主の出現に関する詳細が丁寧に記載されていたりする。
などと考えていると、頭部が左右に二つ生えている獣型の迷宮主が出現した。
危なげなく六体の魔物を倒せるようになってから更に五日が経過したが、リッカが知人に送った手紙の返事はまだ届いて来ていなかった。
なので、俺は剣術をターニャは魔法の指導をリッカから受けつつ魔物相手に実践稽古を行いながら魔石を集め日々の生活費を稼いでいた。
そして、一日の稽古の締めくくりとして迷宮主を倒してから宿に戻る事がいつの間にか日課となっており、今日はターニャが迷宮主の相手をする番だった。
迷宮主の二つの頭部がこちらを見るとすぐさま咆哮を浴びせて来る。
初めて獣型の迷宮主と対峙した時は、咆哮を受けただけで身が竦み身体が硬直してしまっていたのだが、最近では身体能力が上がったからなのか? あるいは見慣れてしまったからなのか? 獣型の迷宮主の咆哮を受けても単に鳴き声がデカくてうるさいな。って感じで全く恐怖心を抱かなくなっていた。
「んじゃ、行って来る!」
ターニャがまるで散歩に行くような感じで何の躊躇もなく獣型の迷宮主に近づいて行く。すぐさま迷宮主がターニャに向かって咆哮を浴びせる。
空気をビリビリと震わすほどの大きな咆哮が室内に響き渡る。
俺の背丈の倍近くはある獣型の迷宮主の咆哮を全身に受けながら蛇のようにスルスルとターニャが迷宮主に近づいて行く。
獣型の左右の前脚には【体力増加】と【体力回復】の宝玉が埋め込まれたレア装備のブレスレットが装備されいるのであまり時間を掛けて戦っているとターニャの体力が尽きてしまう可能性はあるがターニャは魔力が強い。
なので、今回もそれなりに威力のある魔法攻撃で迷宮主を倒してしまうんだろうな。
近づくターニャに向かって迷宮主が咆哮を繰り返しながら徐々に態勢を低くし始める。
仮に迷宮主との戦いでターニャが苦戦するような事態に陥ったとしてもリッカがいるので安心してターニャの戦いを見守っていられる。
ターニャは相変わらずどこかに散歩にでも行くかのような感じで特に警戒する様子もなくスルスルと迷宮主に近づいて行く。
そろそろ迷宮主の攻撃範囲内に差し掛かかるが、立ち止まる事もなくターニャはドンドン迷宮主に近づいて行く。
迷宮主が更に態勢を低くしターニャに咆哮を浴びせている。
このままだと迷宮主が飛び掛かってくるんじゃないのか? と思った瞬間、ターニャが迷宮主の後ろの壁を指さして
「うるさーいっ! もうあっち行けー!」
身を低くし今にもターニャに飛び掛かって行きそうだった迷宮主がピタリと咆哮を止めると、ターニャに背を向けゆっくりと部屋の奥へと歩きだした。
「師匠! ボスがあっち行った!」
「うんうん。しっかり魔力の操作が出来てて良かったわよ」
「ケビン! 見てたか?」
「おっおう! ちゃんと見てたぞ!」
部屋の奥に辿り着いた迷宮主が静かに床に伏せていた。
ターニャが魔法の稽古の時に何度か迷宮内の魔物に『魅了』を掛けていたのは見ていた。
だが、ターニャの『魅了』が迷宮主にも効くとは思っていなかったので正直驚いている。
リッカの話しによると、ラミアの特殊能力である『魅了』は心に影響を与える精神魔法の『チャーム』と同じらしく、しっかりと魔力を練って発動させれば自分の意のままに相手を操る事が可能になるとは聞いていた。
実際に、十年戦争の時などは魔法の扱いに長けている種族がチャームを使って魔物を敵地に送り込んでいたそうだし、魔獣族で魅了の特殊能力を有した種族が魔物を従えて戦っていたと親方からも聞いてはいた。
だとしても、本格的に魔法の稽古を始めて間もないターニャの魅了がまさか迷宮主に効くとはな……
ん? 待てよ。もし、ターニャが遊び感覚で俺に魅了を仕掛けて来たら不味いんじゃないのか? などと考え頭を抱えていると
「ねえ、ターニャ。魅了は魔物か悪いヤツ等にしか効果がないから気をつけて使うのよ。いい、分かった?」
「はい! 分かりました!」
なにっ! だったら俺は大丈夫なんじゃないのか? ……心配して損したな。などと思っていたらリッカが小声で
「今のはターニャに魅了を好き勝手に使わせないためのウソだからね。本気にしちゃダメよ」
「え?」
「最近は少しづつだけど物事を深く考えてから行動するようにはなっていはいるけど、まだ感情的で衝動的な行動が目立つターニャに普通に魅了を使っちゃダメって言っても難しいでしょ?」
確かに、精神的にまだ幼いターニャが自分の取った行動によってどのような事態を招くのかを常に考えて行動しているようには思えない。
それに、ダメと言われた事って何故かどうしても試してみたくなってしまう衝動って幼い頃の俺にも沢山思い当たる節があった。なので、小声でリッカに
「流石リッカ師匠。弟子の事をよく分かってるな」
リッカが胸を張ると眉を上げ得意げな表情をした。
すると、ヒソヒソ話しをしている俺とリッカを見て首を傾げているターニャが迷宮主を指さして
「師匠! もうボス倒しても良い?」
「良いけど殴らないでちゃんと魔法で倒すのよ」
「はい!」
ターニャが自分の身の丈と同じ大きさの火球と氷の矢を左右の手の平から出現さると迷宮主に向かってぶっ放した。
リッカから魔法を習い始めた頃は魔力の操作が難しくてグズったりもしていたターニャだったが、リッカの丁寧な指導により三日目くらいからは口から魔法を放つのと同じくらい手からでも魔法を放てるようになっていた。
そして、今では左右の手から属性の異なる魔法を放てるほどにまで成長していた。
「師匠! 今のどうだった?」
「ちゃんと魔力操作出来てたし威力も申し分なかったわよ」
リッカに褒められたターニャが誇らしげに
「ケビン! 見てたか?」
「おっおう! 格好良かったぞ!」
俺に褒められターニャが満面の笑みを浮かべると
「よっし! 戦利品と魔石を取ってくるぞ! 魔石♪ マッセキ♪ まっせっき~♪」
白くて艶のある下半身を蛇のようにくねらせて迷宮主の元に向かうターニャ。
すると、ターニャの後姿を見つめながらリッカがいつもよりもやや低めの声で
「私が思っていた以上にターニャは魔法の習得が早いわ。それに魔力も強い」
「魔力が強くて習得が早いと何か問題でもあるのか?」
「指導を始めて十日も経たないうちに左右の手から中級程度の魔法を放てるのはちょっと異常よ? それに、今放った魔法は中級だけど大きさと威力は既に上級魔法に匹敵してるのよ」
魔法の事は分からないが最近のターニャが放つ魔法は確かにどれもデカくて物凄く破壊力もあった。
「へ~そうなんだ。ターニャは元々炎や吹雪を口から吐く事が出来てたし魔族の血も流れてるからそれでコツを掴むのが早かったんじゃないのか?」
「確かに得意な属性魔法だったからって可能性もあるし、父親が魔法の扱いが得意な魔族だからってのも影響してるのかもしれない。だけど、迷宮主をあそこまで深く魅了させるなんてターニャと同年代の魔族でもムリなのよ」
ターニャが自分の背丈よりもデカい迷宮主の骨を蛇の下半身を器用に使って払いのけている。
「そうなのか? ならターニャにはスゲー魔法の素質があったって事なのか?」
「そうかもしれないわね。でも、素質に恵まれてるって事に関しては喜ぶべき事なのかもしれないけど、ラミアの魅了や魔法のチャームといった心に影響を与える精神魔法って相手が何か仕掛けて来るって身構えていたり、戦闘時の興奮している状況だと簡単には効かないものなの。なのに、完全に戦闘状態に入っていた迷宮主をターニャはいとも簡単に魅了してたでしょ」
「あぁ、アレは流石に驚かされたな。でも、これからはターニャの魅了で魔物を無防備にしてしまえば戦闘が捗って良いんじゃないのか? 何か問題でもあるのか?」
「迷宮主のようなそれなりに強い魔物に対して魅了の効果を発揮できるって事は、戦いに無縁な一般的な人達に対しては更に深く魅了が効いてしまうのよ?」
「それって、ターニャに物事の善し悪しをしっかりと教えておかないと相当マズイんじゃないか? もし何か気に入らない事に出くわして感情的になったターニャが魅了を使ってしまったら場合によっては大惨事になるんじゃないのか?」
「もちろんそうならないように普段の言葉遣いや自分の言動がどういった事態を引き起こすのか深く考える事が出来るようにこれからも一般常識やマナーは引き続き指導して行くつもりよ」
リッカの言う通り、精神的に未熟なターニャが色んな事を学ぶことで物事には沢山の選択肢があるのと同時に人それぞれに色んな物事の捉え方や考え方があるって事に気づけるようになるだろう。
そして、自分と異なる価値観を持つ相手を受け入れる事で自分の視野を広げる事も出来るしだろうし相手の立場に立って物事を考えられるようにもなるだろう。
そうなれば意見や見解が違う相手と対峙しても自分の思い通りにならなくて不貞腐れたり機嫌が悪くなるって事もなくなるだろうし、感情的で衝動的な行動も目立たなくなるだろう。
だが、ターニャが直ぐにでもその事に気づけるとも言い切れない。
となると、やはりターニャが遊び感覚で俺に魅了を仕掛けてくる可能性も捨てきれないよな……。
「ちなみに、魔力を半減させれば魅了が効きにくくなったりってするものなのか?」
「なるわよ? どんな魔法でも込める魔力によって威力も効果も変わるわ」
「なら、リッカに渡してあるマイナス装備で【魔力半減】の宝玉が埋め込まれた指輪があっただろ、アレをターニャに装備させてみてはどうだろうか?」
リッカが一瞬目を見開き
「そういえば、そんなレア装備もあったわね! 魔法の稽古中は外して構わないけどそれ以外の時は常に装備してもらうように後でターニャに話しておくわ」
今後のターニャへの対応についてひと段落したと思ったその瞬間、大きな音を立てて勢いよく部屋の扉が開かれた。
赤い髪を縦方向にクルクルと巻き社交界にでも出席するような煌びやかなドレスを着た女性が部屋に入って来るなり
「やはり、私の読み通り迷宮主の部屋にいたわね」
縦ロールの女性に続き燕尾服を着た見るからに執事のような男性が
「滞在日数が延びれば迷宮主を倒して魔石を換金し宿泊費を稼ごうと迷宮探索者ならば誰でも考えますよ」
と言いながら縦ロールの女性の斜め後ろで立ち止まる。
迷宮主を倒しに来た探索者なのか? にしては探索者らしからぬ装いの二人だな。などと思っていると、縦ロールの女性が斜め後ろに控える執事を睨みつけ
「だとしても、私の思惑通りケビンを見つけたんだから素直に褒めなさい」
すると、執事が姿勢を正し胸に手を当て
「お嬢様の言う通りこちらの部屋で探索者を見つける事が出来ました。その件に関しては敬服いたします。ただ、あちらの方がお目当ての方なのかは聞いてみないと分かりませんよ?」
ん? 今ケビンって言ったよな? でも俺はあの二人と会うのは初めてなはずだぞ? 仮に何処かで会っていら髪型を縦ロールにするような女性と燕尾服を着た男性なら印象が強い。なので、一度会っていれば絶対に忘れる事はないんだがなあ。などと考えていると、縦ロールの女性が俺を指さし
「ねえ、あんた! ケビンでしょ! ケビンよね!」
確かに俺はケビンだが、あんな服装で迷宮最深部の迷宮主の部屋まで来ちゃう様な人達相手に正直に答えて良いものなのかちょっと考えちゃうなあ。
人違いって事で一度お引き取り願おうかなあ……。




