第35話 グリーンキャニオン 滞在十四日目
今迄使用していた一般的な装備から戦闘に役に立つ効果を色々と有する宝玉が埋め込まれたレア装備に新調して五日が経過した。
装備を新調する二日前辺りから既にこの迷宮に出没する魔物を倒しても身体能力に変化は現れなくなっていたので、今まで使っていた全ての装備をターニャから譲ってもらったレア装備に新調して魔物との戦闘をラクにしちゃうぜ! などと思っていたのだが、残念ながら新調したレア装備は【打撃軽減】と【体力増加】の宝玉が埋め込まれた革鎧と【体力回復】の宝玉が埋め込まれたブーツの二種類だけにとどめることとなった。
なぜ攻撃力が増し明らかに戦闘がラクになる【斬撃増加】や【打撃増加】の剣だったり、【腕力増加】や【素早さ増加】の効果を有する防具といったレア装備に新調しなかったのかというと……。
剣術の師匠であるゴリラが
「剣術を習い始めて間もないケビンが【斬撃増加】の効果で急に剣の切れ味を増してしまったら、簡単に魔物を倒す事が出来て剣の技術の向上が望めないでしょ。それに、【腕力増加】や【素早さ増加】の効果で急に腕力や素早さを上げちゃうと、やっと馴染み始めた剣術の合理的な身体の動かし方も疎かになっちゃうじゃない。だから、そういった類のレア装備に新調しちゃダメだからね」
といった具合に、ゴリラからはしっかりと釘を刺されてしまったのだ。
なので、装備を新調した当初は特に代わり映えのない戦闘だったが、少しづつではあるがこの五日間で剣術の技術は確実に上達し、意外と魔物との戦闘はラクにこなせるようになっていた。
二頭の獣型の骸骨が縦に並んでこちらに向かって走ってくる。
先頭を走る獣型の骸骨を横に躱して剣で薙ぎ払い吹っ飛ばす。即座に二頭目の獣型の首元に剣を振り下ろし頭と体を両断。すると、吹っ飛ばした獣型が態勢を立て直し飛び掛かって来たので頭部を斬りつけ粉砕。
今度はバトルアックスと槍を装備した二体の骸骨が部屋に入ってきた。そして、少し遅れてロングソードを装備した骸骨も入ってきた。更に、杖を装備した骸骨が部屋の入口付近で立ち止まってこちらの様子を窺っている。
いっぺんに四体の魔物の登場だ。
先ずはバトルアックスを構えた人型との距離を詰めるべく大きく一歩踏み込むが、槍を構えた人型が先に俺の胴体目掛けて槍を突き出して来た。
槍の軌道を剣を当てる事で変え最小限の動きで槍を躱すとバトルアックスを振りかぶっている人型の胴体目掛けて剣を横に振る。
剣を腹に受けた衝撃でバトルアックスを落としそうになりながら後退る人型の横を掠めるようにして氷の矢が飛んで来た。
最後尾でこちらの様子を窺っていた人型による魔法攻撃アイスアローだ。
飛来するアイスアローを剣で叩き落とすと同時に横から槍がまた襲って来た。剣を当てて槍の軌道を逸らしつつ一歩踏み込み槍を握る人型の両手首を切り落とす。
すると、ロングソードを装備し少し遅れて迫って来ていた人型が斬り掛かって来た。横に移動しながらロングソードを躱し人型の足を払い態勢を崩し即座に頭部を粉砕する。
バトルアックスを落としそうになっていた人型が態勢を立て直しバトルアックスを振り上げ襲い掛かってきた。後ろには下がらず人型との距離を詰め勢いよく剣をしたから上に振り上げて人型の肋骨を粉砕する。
斜め後ろから両手を失い槍を装備する事が出来なくなった人型が、今度は噛みつこうと口を大きく開けて襲い掛かって来た。同時に視界の隅で杖を振りかざしアイスアローを放った人型の姿も捉えた。
ある程度の被弾は覚悟し先ずは噛みつこうとする人型を倒すために身体の向きを変える。
アイスアローが被弾し軽い衝撃を背に受けるが、飛び掛かって来た人型の頭部を剣で確実に粉砕する。
魔法攻撃の追撃を警戒し即座に振り返るが杖を装備した魔物はターニャにぶん殴られて吹っ飛ばされていた。
生き残っている魔物がいないか辺りを見回すが動く気配は全くない。
ターニャによる手助けはあったが何とか六体の魔物を倒す事が出来た。以前は何度も苦戦し場合によっては命にかかわる事態に陥る危険があったので五体以上の魔物との戦闘は極力避けていたのだが、今では危なげなく戦闘をこなせるようにまで成長していた。
剣術を習い始めてからは魔物の武器の構え方や動き方からどんな攻撃を仕掛けてこようとしているのかが読み取れるようになったので、相手の攻撃をどう受けるかあるいは躱してからどう反撃に繋げるかが分かるようになった。
なので、以前のように自分独自の感覚を頼りに戦っていた時とは違い、ある程度は相手の動きが予測出来るようになったので、必要以上に緊張する事もなくなり戦闘を行っても疲れにくくなっていた。
もちろん自分自身の身体能力が上がった事で以前よりも体力が上がっているからかも知れないし、今装備しているレア装備の【体力増加】と【体力回復】の効果のお陰なのかもしれない。
それと、魔物からの攻撃を上手く躱せなくても【打撃軽減】の効果でダメージをある程度は軽減する事が出来るので、痛みに対し恐れる事なく実戦経験を積めている事も要因の一つなのかも知れない。
「魔石♪ マッセキ♪ まっせっき~♪」
床に散らばった骨を掻き分けながら魔石を集め始めるターニャ。
ふと、この迷宮に出没する魔物が全て骸骨だったってのも剣術を習い始めた俺にとっては適していたのかもしれないと気づく。
魔物を倒すたびに返り血を浴びたり血生臭い戦いを続けていたら、多分俺は気持ち悪くなってとてもじゃないが今みたいに魔物相手の実践稽古を長時間続けてはいられなかったんだろうな……。
「お疲れさま。とても良い動きだったわよ」
振り返るとリッカが笑みを浮かべながらこっちに近づいて来た。
ああ、そうか。そうだったな。魔物との戦闘では常にリッカが不測の事態に備えて俺の戦いを見守ってくれている。
なので、安心して魔物相手に剣術の実践稽古が出来ているってのも恐怖心を抱かずに魔物と戦える要因でもあるんだろうな。
「ありがとな。リッカが後ろで控えてくれてるんでいつも安心して実戦での稽古が出来るよ」
突然言い放った俺からの感謝の言葉に少し驚いたのか、リッカが目を見開くと数回目をパチパチさせてから
「どういたしまして」
と言って少し照れた感じで俯いていた。
ゴリラなので顔が黒くて分からないが、何となく頬が赤くなっている感じがしたのは俺の気のせいなのだろうか……。
すると、リッカが顔を上げ顎に手を当てると
「魔法攻撃を剣を使って防いだのはビックリしたけど、よく思いついたわね?」
「アイスアローを躱すと横から俺を狙ってた槍の攻撃を上手く対処出来そうになかったからな。それにリッカが以前拳でアイスアローをぶん殴ってたからいつか俺も剣で魔法攻撃を何とかしたいって思ってたんで咄嗟に出た動きだ」
「そうだったのね。ちなみに剣術をもっと鍛えれば火球だってそのうち斬れるようになるわよ」
「おお! マジか! それはちょっとカッコイイな」
魔物との実践稽古が終わるといつもリッカがこうして戦いを振り返りつつ俺の動き方で気になった事を指摘してくれていた。
さらに、改善点があるならば次の実践稽古で修正するように丁寧に教えてくれるので、身近に剣術を指導できるような人物がいて本当にありがたかった。
なので、素直に今の気持ちをリッカに伝える。
「リッカ師匠。いつもありがとな。そして改めてこれからも剣術の指導をよろしくな」
「どういたしまして? でも、急にどうしちゃったの?」
「いや、特に何もないがいつもリッカには色々と教えてもらっているので素直に感謝してみた」
すると、魔石を集めて終えたターニャが戻って来るなり
「ケビン! 魔法使いに苦戦してただろ! 助けてあげたあたしにも感謝するべきだ!」
「おう! ありがとうな~」
今迄も魔物を倒すのに苦戦していたり、倒すまでに時間を掛け過ぎてモタモタしていると、ターニャがジッとしていられず参戦して来る時が度々あった。
しかも、リッカのように拳で魔物をぶん殴って倒す事がカッコイイと思っている様で、【腕力増加】と【体力増加】と【伸縮】の宝玉が埋め込まれたレア装備のガントレットをターニャに譲ってからは魔法の稽古以外では常に拳で魔物を倒していた。
ただ、ターニャと何度か一緒に魔物と戦っている時に単独で戦う時とはまた違った気付きや発見があったりしたので、俺としてはターニャと一緒に魔物と戦うのは楽しかったりもした。
そんな感じで最近は剣術の技術もそれなりに上達し、魔物相手の実践稽古でも色々と手応えを感じられるようにもなり、ちょっと魔物との戦闘が楽しくなり始めていた。
だからなのか、ここの迷宮よりも強い魔物がいる迷宮で覚え始めた剣術を使って、もっと魔物と戦いたいと思い始めてもいる。
以前は自分の店を持つ事を目指し装備品を求め魔物と戦っていたが、今は身の回りの大切な人達を守る為の力を求め魔物と戦っている。
今でもたまに傷つき泣き叫んでいたターニャの姿が脳裏に浮かぶ事がある。
その度に直ぐにターニャを助けることが出来ずに震えていた時のやるせなかった気持ちを思い出す。
大切な誰かを失ったり自分の身近な人達が傷つく姿なんて見たくはないし、あの時のような胸が苦しくなるような思いはしたくない……。
だから、自信を持って自分の身の回りの人達を守れるくらいの力は蓄えておきたい。
二日前にリッカが実家に送った手紙の返事がやっと届き、次の目的地は人族領の最西端にあるウエストレイクビレッジに行く事が既に決まっている。
人族領最大の湖を有するウエストレイクビレッジにはここよりも難易度の高い迷宮も存在している。
なので、俺としては早いとこ次の目的地に行ってみたいのだが、まだリッカの知人に送った手紙の返事が届いて来ていないので、もう少しグリーンキャニオンには滞在しそうな感じだな。




