第32話 グリーンキャニオン 滞在八日目③
ターニャに文字の読み書きを教え始めた二日目の夜。
夕食を済ませ部屋でくつろいでいるとリッカがターニャを連れて部屋にやって来た。そして、部屋に入って来るなりリッカが
「ケビン。換気がしたいから少し窓を開けてもらえるかしら」
ん? 何で暑くもないのに換気が必要なんだ? と思いながらもリッカに従い窓を開けてみる。
「ありがとう。それと、私とターニャをに水をもらえるかしら」
部屋に置いてある水差しからコップに水を注ぎリッカとターニャに手渡す。
ターニャが水を受け取ると首を傾げてリッカを見つめている。
すると、リッカが窓際に置かれている机の上にコップを置き
「ねえターニャ。今ってケビンが窓を開けたり水を注いでくれたわよね?」
ターニャが水を飲みコクンと頷く。
「それって何でだかわかる?」
「えっ? それは……」
ターニャが目をパチパチさせながら首を傾げると部屋の天井を見上げて黙ってしまった。しばらくすると今度は眉間に皺をよせ床を見つめて唸り始めた。
「むむむ~」
腕を組み目を閉じてしきりに頭を左右に倒すターニャ。
「むむむむむ~ん」
ターニャなりに頭をフル回転させ問いに対しての答えを考えているみたいだった。
リッカに弟子入りしてまだ二日しか経っていないターニャではあるが、常にリッカからは「分からない事があったら先ずは自分でしっかりと考えるのよ」と言われていた。なので、師匠の教えをちゃんと守っているターニャを見ると思わず笑みがこぼれてしまう。
「む~ん……」
唸り続けていたターニャが俺を見てリッカを見た。そして、目を見開くと
「師匠がケビンに命令したからです!」
リッカが少し困った様な表情を浮かべながら
「う~ん。そこは命令ではなくお願いって言葉が当てはまるかなぁ」
「師匠がお願いしたからです!」
「うんうん。でね、私がしてもらいたい事をケビンにお願いする為に言葉を使ってたんだけど、自分の思ってることだったり考えてることを相手に伝えるのに言葉が必要ってのは分かるわよね?」
「言葉ですか?」
「そう、言葉。ターニャがケビンに何かお願い事をしようとする時にはいつも言葉を使って思ってることだったり考えてることを伝えるでしょ?」
「言葉ですか……」
「そう、言葉。それと、今迄にターニャが思ってることや考えてることを相手に上手く伝えられなくてイライラした事ってなぁい?」
「そんな時はぶん殴ってあたしのいうことを聞かせてました!」
腰に手を当て胸を張るターニャだったがリッカは更に話しを続け
「ターニャは強くなる為に私からもっと色んな魔法を覚えたいんでしょ?」
「はい! 師匠のように強くなりたいんです!」
すると、リッカが笑みを浮かべながら
「気づいてる人は少ないんだけど、実は言葉も魔法なの。だからターニャが私のように強くなりたいのなら言葉は沢山覚えるべきよ」
「えっ? 言葉が魔法?」
ターニャが首を傾げて小声で呟いている。俺も話しが理解出来なくて困惑していた。言葉が魔法ってどういう事なんだ?
「そもそも魔法って自分の思ったことや考えたことを実現させる行為でしょ。襲って来る魔物を即座に倒したいから魔法を使うし、薄暗い部屋だと色々と不便だから明かりを灯して快適に過ごす為に魔法を使ったりもするわよね?」
リッカが話しながらライトボールを発動すると部屋が明くなった。
「それと、固くて冷たい地べたに座って休むのではなく、ちゃんと椅子に座って身体を休めたりね」
確かにそういわれてみると、リッカの魔法のお陰で迷宮内にいてもまるで部屋で休んでいるかのように休憩を取る事が出来ていたな……。
リッカは土魔法で即席の机と椅子を作ったり空間魔法でティーセットを取り出すと水魔法でお湯を作って温かい紅茶を淹れてくれた。それはリッカがそうしたいと思っていたからなんだろうな。
「誰かに何かをお願いしたくても言葉を知らなかったら相手に自分の思いや考えを的確に伝えることが出来ないでしょ? そうなると自分がやろうとしてることが実現出来ないわよね?」
ターニャが目をパチパチさせながらリッカの話しを聞いている。
魔法が自分の思いや考えを実現させる行為であるように、仮に命令ではなくお願いであったとしても、言葉で誰かを誘導し自分が思っている通りに何かを実現させている。
そう言われてみると、確かに言葉は魔法と同じなのかもしれない。
だとしても、ちょっとターニャには話しが難しいのかもしれないな……。
すると、その事に気づいたのかリッカが
「ターニャは火と氷の魔法が得意だけど、もしその魔法が通用しない魔物に遭遇したら困るわよね? でも、今はそうならないように得意な魔法だけではなく違う魔法も覚えてもっと強くなりたいってターニャは思ってるんでしょ?」
ターニャが激しく頷き
「はい! いっぱい魔法を覚えて強くなりたいです!」
「それと同じで沢山言葉を覚えれば私とケビンだけではなくもっと色んな人にもターニャが思っている事を上手く伝えられるようになるの。だから今迄みたいに思っていることや考えていることが伝わらなくってイライラする事もなくなるのよ?」
またしてもターニャが目をパチパチさせながらリッカの話しを聞いている。やはりターニャにはちょっと話しが難しいのかもしれないな……。
だが、ターニャには年齢に見合った最低限の教養と一般常識は身につけてもらいたいので
「なあ、ターニャ。昨日リッカは両手から魔法を放ちながら口からも物凄い威力の魔法を放ってたよな?」
「うん! すっごく格好良かった! だからいっぱい練習して師匠みたいに手から魔法を出しまくってみせる!」
その時のリッカの姿を思い出しているのかターニャの瞳がキラキラしていた。
「だよな! スゲー格好良かったよな!」
「うんうん!」
「あとな、リッカから魔法の指導を受けてターニャは口からじゃなくって手からも炎を出せるようになってたよな?」
「うん! 出せるようになった!」
「リッカに魔力操作を教わったら出来るようになったんだよな?」
「うん! すっごく難しかったけど師匠のお陰で何とか手から炎を出せた!」
「だよな。スゲー頑張ってたもんな!」
「うん! あたしスッゲー頑張った!」
「そんで、ターニャはリッカみたいに強くてカッコイイ大人になりたいんだよな?」
「うん! 師匠みたいになりたい!」
「じゃあ、リッカから言葉を沢山教えてもらえ。魔力操作を教わった時と同じように色んな言葉を教わるのも難しくて大変かもしれないが、ターニャは難しい魔力操作を覚えて手から炎を出せただろ? だから、それと同じで頑張れば言葉だって沢山覚えられるはずだ! そうすればターニャもリッカみたいなカッコイイ大人になれるぞ!」
「あたし師匠のようなカッコイイ大人になりたい!」
「よしっ! ならばターニャよ。早速リッカから色んな言葉を教えてもらうのだ!」
「師匠! あたしに言葉を教えてくださいっ!」
精神年齢の幼いお子様みたいなターニャをその気にさせるのはやはり簡単だった。勉強をやり始めた初日はただやらされているって感じが否めなかったターニャだったがやる気を出した二日目からは、リッカも驚くほどの集中力を発揮しターニャはメキメキと色んな言葉を覚えて行った。
そして、更に三日が経過した今では熱心に文字の読み書きを行うまでにターニャは成長していた。
「う~ん……。師匠! この文字が読めません!」
「それは『あんねい』って読むのよ。争い事もなく心配な事もないとても穏やかで過ごしやすい世の中って意味ね」
「戦わなくても良くて心配事もない……。あっ! あたしがケビンと一緒に師匠から指導を受けてる今みたいな感じですか?」
「そうね、ターニャを捕まえようとするような連中は私がやっつけるからターニャが戦う必要はなくなったし、私が魔法の指導を行う事で強くなりたいってずっと思っていたターニャの心配事もなくなったわね。でもね、この『安寧に過ごす』って言葉は異変もなく穏やかな暮らしの中で平和を感じながら日々を過ごすって事なのよ」
「今のあたしみたいに気楽な生活って事ですか?」
「う~ん、そこは気楽ではなく居心地の良い生活とかそれこそ穏やかな生活って言葉が当てはまるかなぁ」
「はい! 分かりました!」
ターニャが石板に文字の読み書きを再開してしばらくすると。
「師匠! 終わりました!」
「はい、お疲れ様。今日は最初から最後まで石板を割らずに文字が書けたわね。魔力操作は上達してるし昨日よりも綺麗に文字が書けてるわ! 上出来よ!」
「ありがとうございます!」
すると、ターニャが石板を俺に見せつけて
「ケビン! 今日もあたしは新たな言葉を覚えてしまったぞ! これからもドンドン言葉を覚えてあたしは更に強くなる!」
「おっおう! リッカもいってたが石板を割らないで最後まで文字が書けるようになって良かったな」
水魔法を使って石板に文字を書き始めた当初は何度も石板を破壊してしまいその度に落ち込んでいたターニャだった。もちろんその度に俺がターニャを慰めてやる気を回復させていたのだが、最近では魔力操作も上達し石板を割ることもなく最後まで文字の書き取りが出来るようになっていた。
自慢げな表情を浮かべ石板を胸元で持ったままのターニャに
「昨日よりも文字が綺麗に書けているな! とても読みやすいぞ!」
「ふっふっふ。もっと勉強して師匠みたいなカッコイイ大人になってみせる!」
少し照れながらリッカが笑みを浮かべてこっちを見ると
「ところでケビン。ターニャから譲ってもらったレア装備の一覧って出来たの?」
「おう! やっとさっき出来たところだぞ」




