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第31話 グリーンキャニオン 滞在八日目②


 夕方になり良い感じに腹が減り始めるとリッカによる迷宮内での剣術と魔法の指導は終了となる。


 そして、宿に戻って夕食を済ませると俺の部屋でリッカがターニャに文字の読み書きだったり一般常識やマナーを教え始める。


 文字の読み書きの勉強なんて俺の借りている部屋ではなくリッカ達が借りている部屋でやれば良いのだが、ターニャは俺が部屋で何をしているのかが気になるようで、勉強に集中してくれないんだそうだ。


 リッカからその話を聞いた時はターニャはまだお子様だからしょうがないんだろうな……などと思ったのだが、驚いたことにターニャの年齢は俺が思っているよりも上だったらしい。リッカによるとターニャの耳の後ろから生えている角に刻まれた線から推測すると、木の年輪のように一年に一つ増えるという程厳密ではないがだいたい十二歳くらいに該当するとの事だった。


 後三年もすればターニャは十五歳となる。つまり、世間的には身体的にも精神的にも十分に成熟している年齢に達したとして周りの人達は成年者または成人として接して来る。なのに、ターニャは年齢のわりには言葉遣いや仕草、あるいは深く物事を考えずに衝動的に行動することが多くあまりにも幼過ぎた。


 なので、リッカはターニャに普段の言葉遣いや自分の言動がどういった事態を引き起こすのか深く考える事が出来るよう、年齢に見合った最低限の教養と一般常識を身につけさようとしていた。


 リッカが土魔法で文字の刻まれた石板と何も刻まれていないただの石板を作る。そして、ターニャが石板に刻まれた文字を読みながら水魔法でただの石板に文字を書いて行く。


「今日、私はアイスアローとファイヤーボールといった……。師匠! 読めません!」


「それは『ぞくせい』って読むのよ。色んな物に共通して備わっている性質や特徴のことね。アイスアローなら氷属性でファイヤーボールなら火属性になるわ。他にもその石板は土属性だし部屋を明るく照らしてるライトボールは光属性ね」


 リッカの説明を聞きながらターニャが目をパチパチさせ


「性質や特徴……。あっ! ケビンはオスで師匠とあたしはメスみたいな感じですか?」


「そうね、ただオスメスではなくこれからは男性女性って言った方が良いかもね」


「はい! それとケビンは人族であたしは魔獣族ってのも属性ですか?」


「う~ん。そこは属性ではなく種族って言葉が当てはまるかなぁ」


「はい! 分かりました!」 


 ターニャが再び声を出しながら石板に刻まれた文字の書き取りを始める。


「えっと……。今日、私はアイスアローとファイヤーボールといった属性の違う魔法を左右の手から放つことが出来ました。そして、土魔法で椅子と机を作ってみたけど上手く出来なかったので明日も土魔法を練習しようと思います」


 勉強をやり始めた当初は見た目が幼く言動も幼いターニャが意外と文字の読み書きが普通に出来ていたので驚かされた。なので、なんでそんなに読み書きが出来るのかとターニャに聞いてみたところ「村や道とかに置いてある看板の警告文が読めないと平気で危ない場所に入って遊んじゃうじゃん。だからそうならないようにって母さんが色々と教えてくれた!」と胸を張って自慢げに話してくれた。


 俺も両親から同じ様な理由で文字の読み書きを教えてもらっていたが、本格的に教わったのは店の親方からだった。


 大好きな装備品の名前を覚えるのに文字の読み書きは必須だったし親方の店を手伝うのに計算が出来ないと不味かったので、親方からはみっちりと文字の読み書きと計算を教わっていた。


 もし親方に色々と難しい言葉を教わっていなかったら迷宮掲示板を隅々までしっかりと読むことが出来ずに危険な目に合っていたかもしれないので、本当に親方には感謝している。


「う~ん……。師匠! この文字が読めません!」


 それなりに文字の読み書きは出来るターニャだったが、少し難しい言葉になると読めないようでその都度リッカに教えてもらっていた。


「それは『しこう』って読むの、意味は物事を深く考えることよ。何かをやろうと思った時に経験や知識と照らし合わせて良いやり方を見つける為に頭を働かせることよ」


「深く考えて良いやり方を見つける……。面倒くさいです」


「確かに面倒くさいと感じるかもしれないけど、普段からしっかりと物事を深く考えていればターニャにとって良い事が沢山あるかもしれないのよ? イヤな事よりも良い事の方が好きでしょ?」


「はい! 好きです!」


「じゃあ、面倒くさがらずに頑張りましょ」


「はい! 分かりました! えっと、思考に気をつけなさい、それはいつか言葉になるから。むむむ? ししょう~。これは何て読むんですか?」


「それは『こうどう』って読むのよ。あることを目的として実際に何かをすることね、今みたいに色んな言葉を覚える為にターニャが勉強してるのも行動よ」


「あたしが強くなるために師匠から魔法を教わってるのも行動ですか?」


「うんうん、それも行動ね。他にも誰かと接する時の態度や振るまいも行動って言ったりもするわ」


「はい! 分かりました! 言葉に気をつけなさい、それはいつか行動になるから」


 リッカに俺の部屋でターニャに勉強をさせたいと相談された時は正直な話し面倒くさいと感じていたのだが、こうしてターニャが声を出して文字の書き取りをしていると、たまに考えさせられる言葉が出て来たりするので何気に俺にとっても得るものがあり、ターニャが部屋で勉強していても面倒くさいとは感じなくなっていた。


 当初は色々と心に響くような言葉を沢山知ってるリッカはやっぱりスゲーなって感心させられていたのだが、どうやら昔の偉人たちが残した言葉だったらしく、今迄に読んだ書物や身の回りの人達から教えてもらった言葉の中でリッカが実践していることをターニャにも実践してもらおうと考え、偉人たちの名言を文字の読み書きに引用しているんだそうだ。


 だとしても、色んな物事の本質? あるいは真髄? とでもいったような事柄を簡潔にまとめた言葉を沢山知っていて、尚且つ実践しているというリッカには改めて育ちの良さを感じさせられた。


「師匠! これも読めません!」


「それは『しゅうかん』って読むの、いつも同じような事を繰り返しているといつの間にかその事が当たり前になってしまって、気づかないうちに同じ事を繰り返してしまうの、良い事なら問題ないんだけど悪い事が習慣になってしまうと結果的に良くない事と結びついちゃうから気をつけないといけないわよ」


 ターニャが目をパチパチさせ首を傾げている。するとリッカが


「ターニャはいつも笑顔で挨拶してるでしょ、それはこれからもずっと続けてよい習慣。けど眠かったり機嫌が悪いとムスッとして挨拶してるでしょ。それは続けてはいけない悪い習慣よ。それを続けてしまうといつかターニャにとって良くない事と結びついちゃうかもしれないわよ」


「はい! わかりました!」


 ターニャが今迄の経験と照らし合わせて言葉の意味を理解出来るようにリッカが説明する。即座に言葉の意味を察するターニャの賢さには毎回驚かされるが、それと同時にリッカの教え方の上手さにも驚かされる。俺には出来ない事なので素直に感心させられる。


「もう少し魔力を抑えなさい。段々強くなって来てるわよ」


 文字の読み書きに集中しすぎて魔力操作が疎かになるターニャをリッカが指摘する。


「むむむ~。こんな感じかな……。えっと、行動に気をつけなさい、それはいつか習慣になるから。習慣に気をつけなさい、それはいつか性格になるから」


 このやり方で勉強を始めた当初は何度も石板を割っていたターニャだったが、魔法操作の腕を磨きながら文字の読み書きも覚えさせる為にリッカが編み出したこの勉強の仕方はターニャにハマったようで上手くいっていた。


「そう、そうよ。良い感じ」


「う~ん……。師匠! この文字が読めません!」


「それは『うんめい』って読むの。意味は将来とか未来って言葉と似てるんだけど、これから先ターニャに訪れるかもしれない嬉しいことや悪いことよ」


「えっ!? 悪いこと?」


「そう、悪いこと。でもその悪いことのお陰で良いことの有難みを知る事が出来る場合もあるから、悪い事が結果的に良い事に変わる場合もあるの。だから心配しなくて大丈夫よ」


「はい! わかりました! えっと、性格に気をつけなさい、それはいつか運命になるから」


「最後まで書けたわね。じゃあ、もう一度最初から書いてみて」


「はい! えっと……。思考に気をつけなさい、それはいつか言葉になるから。言葉に気をつけなさい、それはいつか行動になるから。行動に気をつけなさい、それはいつか習慣になるから。習慣に気をつけなさい、それはいつか性格になるから。性格に気をつけなさい、それはいつか運命になるから」


「よくできました。次はこの石板で文字の書き取りよ!」


「はい! わかりました!」


 ターニャが元気良く返事をするとリッカから新たに文字の刻まれた石板を受け取る。そして、文字の読み書きを始める。


 今でこそ熱心に文字の読み書きを行っているターニャだが、勉強をやり始めた当初はただやらされているって感じでここまで前向きではなかったんだよなぁ。


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