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第30話 グリーンキャニオン 滞在八日目①


 リッカの生まれ故郷であるゴライアス国の剣術指導を受け始めてから四日を費やしようやく基本的な動作を全て覚える事が出来た。


 ちなみに、基本的な動作は主に三つの構えから派生する動きで


 剣を頭上に振り上げる上段の構え。

 剣先を相手の目に向けて構える中段の構え。

 剣先を水平より少し下げた下段の構え。


 といった三つの構えから、状況に応じた基本的な動作で攻防するのだが、実際にやってみると、攻撃するにせよ防御するにせよ戦闘中に発生する様々な状況の変化に瞬時に対応する事が出来る動作だったので、改めて剣術ってスゲーなって感心させられた。


 今迄は自分独自の感覚だけを頼りに、何となくこんな感じなのかな? って思いながら剣を振り魔物と戦っていたのだが、リッカから基本的な動作について何故そういった動きをするのか、どうしてそういうふうに動かなくちゃダメなのかを物凄く解りやすく丁寧に説明してくれたので、剣を使った戦い方を感覚的ではなく合理的に理解する事ができ、急に自分が強くなれた気がして少し嬉しかった。


 剣を中段に構え肘の位置を意識し姿勢も気にしながらゆっくりと剣を振り上げると、今度は剣の軌道を意識しながらゆっくりと振り下ろす。


 そして、腰の高さと膝の角度を意識しながら、剣を下から斜め右上にゆっくりと振り上げる。


 幾つかある基本的な動作を半分終わらせた辺りから、剣を握る腕はプルプルと震えだし体勢を変えるたびに太腿や背中の筋肉が張り始める。


 決して激しい動きではないのだが、このゆっくりと動く動作は見た目以上にかなり疲れる。


 少し呼吸を整えてからまた同じ動作を始める。


 初めてリッカにゴライアスの剣術を見させてもらった時は正直動きが速すぎて何をしているのか分からなかった。


 それと、剣を振りながら滑らかに動くゴリラの動作はとても優雅で美しかったし、剣を振るたびに小気味よい風切り音を奏でるゴリラの姿はとても格好良かった。


 なので、剣術の動作を覚える事など忘れて終始リッカの動きに見惚れていた。


 ちなみに、一緒に見ていたターニャが「師匠! カッコイイ!!」と尻尾で床を叩きながら叫んでいた。


 じゃあ、なんで素早く動くゴライアスの剣術をゆっくりとした動作で行っているのかというと……


 リッカと同じように剣を振っているつもりでも膝や肘の向きや角度とが違うと指摘され、教わった動作で身体の向きを変え移動しているつもりでも、上半身が前後左右に傾いていると指摘されてしまい、自分が思っている以上にリッカの動きを忠実に再現することが出来ず、俺は弟子入りした初日からいきなり心が折れそうになっていた。


 するとリッカが


「剣を振る動作って腕を上げ下げしてるだけに見えるけど、実際には身体を合理的に動かして最適な動作で剣を振ってるの。だけど習い始めの人は身体をどのようにして動かしたら良いのか分からないから、どうしても普段通りの動き方で剣を振ってしまうものなのよ」


 確かに、リッカの動きを見よう見まねで再現しても色々と指摘を受けてその都度動きを修正するのだが、動けば動くほど指摘箇所が増えて行って頭がパンクしそうになっていた。


「だから、今は早く動こうとしないで指摘された箇所を修正しながら最適な動作が出来るように身体に覚えこませた方が良いわよ」


 実際、リッカに剣の握り方や剣を振る時の動作を少し指摘されただけなのに今迄よりも剣の切れ味は増したし、剣術の基本的な動きを細かく指摘してもらうと、動きは滑らかになり一つ一つの動作の意図もはっきり体感する事ができ剣を使っての戦い方を更に深く理解する事も出来た。


 剣を上下左右あるいは斜めに振る。身体を前後左右に移動させる。ただそれだけの動作なのだが、効率良く剣に力を伝えるためには身体全体を上手に連動して使わないとダメだし、その為には肘や膝だったり手首や足首といった関節、それと腰の位置も重要になってくる。


 なので、今は一つ一つの動作をゆっくりと行い、正しい剣の振り方だったり足運びや姿勢を身体に覚えこませ、速く動いても教わった通りの動作を連続して行えるよう反復練習を行っている段階なのだ。


 ゆっくりと後ろに下がりながら剣を上段に構え振り下ろす。


 すると、少し離れた場所でターニャに魔法の指導を行っていたリッカが


「ケビン。少しづつだけど動きが雑になって来てるわよ。せっかく効率の良い身体の動かし方を覚えこませようとしているのに、普段と同じ様な動かし方になってしまってるわ」

 

 額の汗を拭いながら


「疲れて来るとどうしても今迄の慣れ親しんだ身体の動かし方になってしまうな……。ありがとう、少し休憩にするよ」


「そうね、結果が伴わない事に時間と労力を使うのは勿体ないわ。もちろん何故結果が現れなかったのかをより深く考える事で良い結果を生む場合もあるけれど、今は私が傍で見てるから早めに軌道修正をしてあげるからね」


「助かる。頑張って努力してやった事が報われないとやる気が削がれるもんな……。リッカ師匠、頼りにしてるぜ!」


 リッカが少し照れたような表情を浮かべるとターニャへの指導を再開した。


 ターニャが右手から腕の太さくらいの氷の矢を壁に向かって放った。氷の矢が壁に当たると一瞬で壁が氷に覆われる。


 すると、今度は左手から自身の上半身くらいの大きさの火球を出現させ氷に覆われた壁に向かって放った。


 火球が氷の壁を一瞬で溶かし蒸発させ元の壁があらわになった。


「師匠! 今のはどうだった?」


「上手に魔力の操作が出来てたわよ」


「ケビン! 見てたか?」


「おっおう! ちゃんと見てたぞ!」


 腰に手を当て自慢げな表情を浮かべるターニャに


「今の魔法は凄かったな! 俺も負けてられないが先に少し休ませてもらうぞ」


「ふっふっふ。ケビンが休んでいる間にあたしはもっと強くなってみせる!」


「おう! 頑張れよ!」


 ターニャは笑顔で頷くと直ぐに真剣な表情になり、目を閉じ魔力操作を始めた。


 その隣でリッカがターニャを静かに見守っていた。


 俺はリッカの土魔法で作った即席の椅子に腰掛け、水を飲みながら身体を休ませる。


 始めた当初は魔力の操作が難しくてグズったりもしていたターニャだったが、リッカの丁寧な指導により三日目くらいからは口から魔法を放つのと同じくらい、手からでも普通に魔法を放てるようになり、更に二日が経過した今では違う属性の魔法を左右の手から放てるほどに成長していた。


 リッカによると属性の異なる魔法を即座に放てるようになるには、個人差はあるとしても年単位の努力は必要らしく、魔法の指導を行って五日程度で出来てしまったターニャにはリッカが驚かされていた。


 それと、そもそも氷の魔法は水属性の上位にあたるらしく、本格的な魔法の指導を受けていないにも関わらず、自身の感覚だけで上位の魔法を習得していたターニャは魔法の素質が相当あるらしく、リッカが指導し甲斐があると喜んでいた。


 他にもターニャは初級の風と土の属性魔法も使えたし魔族が得意な空間魔法も使えるそうなので、そちらの魔法も少しずつ指導して行くとリッカは言っていたが、この調子ならターニャは二、三日もしないうちに中級、あるいは上級くらいまで一気に習得出来てしまいそうな気がするな……。


 左右の手から火球と氷の矢を連続で放つターニャ。隣でリッカも左右の手から火球と氷の矢を同じ様に連続で放っている。


 魔法を放つ下半身が蛇の少女の隣でワンピースを着た屈強なゴリラが魔法を放っている。


 二人を知らない人が見たら魔物が騒いでいると思ってしまうかもな……。



 そういえば、そろそろリッカが実家と知り合いに送った手紙の返事が来ても良い頃なのだが、五日が経過してもまだどちらからも返事が来ていない。


 実家には人族領で次に行く場所の絞り込みがしたくて手紙を送ったらしいのだが、直ぐに返事が送れないくらいリッカには人族領で行きたい場所の候補が沢山あったのかな?


 送った手紙の返事が遅くなっている事とは全く関係ないんだろうけど、四、五年くらい前に魔族領の国王が病に侵され病床に伏してからは全く世間に姿を見せる事がなくなっていて、最近では「ゴライアス王に死期が迫っているのでは?」と勘ぐってしまう程に、ゴライアス国では王位継承権争いの激しさが増していると風の噂で聞いたことがあった。


 その話しを聞いた時は、遠い異国の話しで特に生活に直接影響が出るような事でもなさそうなので全く気にしてはいなかったが、魔族領出身のリッカと知り合った事で少しだけ魔族領の情勢が気になり、その辺りの事をリッカに聞いてみたところ


「人族領にまでその事が伝わってるだなんて正直驚きね。でもケビン達の生活に影響を及ぼすような事にはならないだろうから心配しなくて大丈夫よ」


 と、少し困った様子で話してくれた。

 

 人々の安寧をモットーとするリッカからしたら自国のゴタゴタを他国に知られるのは恥ずかしいのかな? と俺なりに察したのと、何となく深く詮索しないで欲しそうな感じだったのでそれ以上は聞かずにいた。


 それと、リッカは知り合いに去年グリーンキャニオンが魔物に襲撃された件について問い合わせの手紙を送ってもいた。


 その件については何処か遠くで生息していた魔物が移動して来たんじゃないのか? って話しだったが、リッカは他になにか気になる事があったのかな?


 ターニャに魔法の指導をしているリッカを見つつ、俺とは違って幼い頃から魔物と戦って来たリッカからしたら何か感じる事があったのかもしれないな。


 などと思いながらも、習い始めたばかりの剣術を早く身体に覚えこませたいので、俺は休憩を切り上げ早速剣術の稽古を再開した。


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