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第28話 師匠と弟子②


 リッカがポケットからティーカップやティーポットを取り出し紅茶の用意を始める。


 すると、ターニャが首を回しながら肩を上げ下げすると


「ケビン。あたし頑張って修行したから疲れた……」


 ティーポットにお湯を注いでいるリッカに目配せすると、口元に薄っすらと笑みを浮かべ「付き合ってあげなさいよ 」って感じの視線を返して来た。


 順調に進んでいたターニャへの魔法の指導だったが、初日からあまり頑張り過ぎるのもどうかと思ったので「そろそろ休憩にしないか?」と提案したところリッカからの許しが出たので一旦休憩にする事になった。


 そして、リッカが土魔法で作ってくれた即席の椅子に座って紅茶が出来上がるのを待っているのだが、昨日からターニャは暇さえあればやたらと俺に腕や肩を揉ませたがっていた。


 リッカの話しによるとラミア達は自分よりも強い者に対しては敬意を払い、弱い者に対しては自分の手下や配下のように接する種族らしく、ターニャよりも身体能力の劣る俺は昨日からターニャの手下的な存在として扱われていた。


「よし! 揉んでやるからこっちにこい」


 ニコニコしながら俺の席の方に移動してくるターニャ。椅子を後ろに下げターニャの肩を揉むための空間を作ってやりながら思わずニヤケてしまう。


 俺がターニャの手下なのだから移動すべきは俺なのに、ターニャ自らがこっちに来ちゃうんだからカワイイもんだ。


 ふにゃふにゃで柔らかいターニャの肩を揉んでいると


「ふむふむ。ケビンは肩を揉むのが上手だな~」


 それ、昨日も言ってたな……。だが今の俺はターニャの手下なので


「あっ、ありがとうございます!」


「おぉ~。気持ちいいな~」


 しばらくターニャの肩を揉んでいると


「はっはっは! 良い感じだったぞ! じゃあ次は腕だ!」


 これも、昨日と同じ流れだな……。


「ありがとうございます! では、次は腕を揉ませて頂きます!」


 とりあえずターニャの腕を揉んでやる


「あぁ~。気持ちいいな~」


 腕も肩と同じでふにゃふにゃなのだがターニャの話しに合わせて


「だいぶ、疲れが溜まってるみたいですね~」


 ターニャが一度大きなため息を吐くと


「いっぱい修行したから疲れが溜まってしまった……」


 リッカがチラッとこっちを見てへの字に口角を下げるが、直ぐに笑みを浮かべて紅茶の準備を進める。


 確かに慣れない魔力操作を行っていたので多少精神的に疲れているのかもしれないが、昨日腕を揉んでいた時は「変なヤツ等に襲われたから疲れたみたいだ」って言ってたなぁ……。


 だが今の俺はターニャの手下なので


「ですね! 沢山頑張って疲れちゃったのかもしれませんね!」


「はぁ~、疲れた、疲れた」


 多分だが、ターニャのこの肩揉みや腕揉みといった行為は自分の村か何処かの街で見た大人達の行動を真似してるんだと俺は推測している。


 リッカが話してくれたラミアの種族的な事も多少影響しているのかもしれないが、ターニャはまだ子供なので今は大人の真似事をしたい年頃なのかもしれない。


 そんな大人の真似事をする子供のターニャの相手をしていると自然と笑みがこぼれ張り切ってターニャの手下役を演じてしまう。


 ふと、昨日傷つき泣き叫んでいた時のターニャ思い出す。そして、ターニャを直ぐに助けることが出来ずに震えていた時のやるせなかった気持ちも思い出す。


 俺にもっと力があったなら……


 今迄生きて来て昨日みたいな出来事に遭遇したことはなかったし、自分の身の回りでそんな出来事に出くわした者も誰もいなかった。それに、何処かで誰かが魔物だったりろくでもない連中に襲われた。といった類の話しを聞いたとしても、俺には関係のないよそさまの出来事として受け止めていた。


 なので、昨日みたいに本気で誰かを助けたいと強く感じたり、心の底から力が欲しいと切に思った事なんて今迄一度も経験した事はなかった。


 見方を変えれば今迄ずっとそんな辛い出来事を経験することなく過ごせていんだから、俺は幸せ者だったのかもしれない。


 などと考えていると、リッカが俺の前にティーカップを置き


「お待たせ。ほら、ターニャも出来たから席に戻って」


「ほい!」


 俺に背をもたれながら腕を揉まれいたターニャが元気よく返事をすると振り返り


「ケビンご苦労だった! 気持ち良かったぞ!」


 俺の肩をポンポンと軽く叩くと自分の席に戻り


「師匠! 何であたしだけ入れ物が違う?」


「ターニャは熱いの苦手でしょ? だから冷たい飲み物にしたんだけど私達と同じモノにする?」


 俺とリッカの前にはティーカップが置かれていたが、ターニャの前にはグラスが置かれていた。


 リッカによるとラミア達は外気温や水温などに体温が影響を受けやすいうえ、俺達のようには体温の調節が上手く出来ない種族らしい。なので、気温が高かったり摂取する食べ物や飲み物が熱かったりすると直ぐに体温が上昇し、風邪をひいて熱が出た時みたいに動きが鈍くなってしまうんだそうだ。


「むむむむむ~。みんなと一緒が良いけど……、熱いのはイヤだ……」


 腕を組み唸っているターニャ。そんなターニャのグラスの横に俺のティーカップを並べて


「ほれ、見てみろ。俺のカップよりもターニャのグラスの方が大きいだろ。そっちの方が量が多いからお得だぞ」


「おお!」


 ターニャが目を見開きグラスを両手で掴み


「師匠! あたしこれ飲みます!」


「どうぞ、召し上がれ。ケビンも温かいうちに召し上がっちゃってね」


「ありがとう。いただくよ」


 ティーカップを手に取り一口飲む。すると、身体の芯からジワジワと心地良い温もりが広がりここが迷宮内だということを忘れてしまいそうになる。今日もリッカの紅茶は旨いな。などと思っていると


「ねえ、ケビン。ターニャの相手をしながら難しい顔をしてたけど、実は子供が苦手だったりするのかしら?」


 リッカが用意した飲み物をグビグビ飲むターニャを見ながら


「いや、子供は好きだ。ただ昨日の事を思い出しててな」


 すると、リッカの表情が険しくなり


「あれは、冷静な判断が出来なかった私のミスよ」


 リッカは魔物の特性に対しては詳しいのだが装備品の特に宝玉についての性能に関しては全くと言っていい程分からないらしく、ターニャを早く助けたい一心で【衝撃反射】の宝玉が埋め込まれた盾を装備していた男を思いっ切りぶん殴り激しく吹っ飛び壁に激突して意識を失ってしまった。


「いや、そうかもしれないが、もし俺にもっと力があったならターニャにあんな辛い思いをさせずに直ぐに助ける事が出来たんじゃないのかなって思ってな」


「私が目覚めるまでの間ケビンはボロボロになるまで頑張ってくれてた。だからケビンが負い目を感じるような事じゃないわ」


 ティーカップを両手で包み込むように持ち俯くリッカ。


 確かに相手の状況をしっかり確認もせずに部屋に飛び込んでしまったのは不味かったのかもしれない。だが、俺でも子供が目の前で暴力を受けていたら頭に血が上ってしまって冷静な判断は出来なかったと思う。


「リッカこそ負い目を感じる必要はないと思うぞ。俺がリッカだったらやっぱり部屋に突っ込んで行ってと思うからな。それにターニャを保護出来たんだから良しとしよう」


 リッカが嬉しいような悔しいような、そんな複雑な表情を浮かべ紅茶を飲むと、ターニャがテーブルの上のリッカが用意したクルミを見て


「師匠! これ食べて良いの?」


「うん。クルミ好きでしょ? 食べて良いわよ」


 昨日ターニャは夕飯のサラダにまぶしてあったクルミを食べて以来クルミにハマっていて、朝食でもクルミを大量に食べていた。


 なので、リッカはターニャの為におやつにクルミを用意していたのだろう。


 ターニャがクルミに手を伸ばし


「これは師匠でこれはケビンのぶん」


 俺とリッカの前にクルミを置くと


「これはあたしのぶん。どうぞ召し上がれ」


 リッカが用意したクルミなのに、まるでターニャが用意したかのように俺とリッカに振舞った。察するにこの行動はさっきのリッカの真似をしたのだろう。


「おう! ありがとな! いただくぜ」


「ありがとう。いただくわ」


 満面の笑みで頷くターニャにつられて自然とこっちも笑顔になってしまう。


 すると、ターニャがテーブルの角にクルミぶつけて殻を割ろうとし始めたので、リッカが慌てて席を立ちターニャのグラスが倒れないように急いで掴む。


 二人を見ていると今いる場所が迷宮内だって事を忘れてしまいそうだ。


 ふと、また昨日傷つき泣き叫んでいたターニャの姿が脳裏に浮かび、直ぐに助けることが出来ずに震えていた時のやるせなかった気持ちを思い出す。


 これから先も絶対に昨日みたいな出来事に遭遇する事はないとは言い切れない。それに、大切な誰かを失ったり自分の身近な人達が傷つく姿なんて見たくはない。


 昨日みたいな胸が苦しくなるような思いはしたくないな……


 今迄は物騒で面倒な事に関しては村や街を守る兵士や自衛団に任せておけば良いと思っていたのであまり深く考えていなかったが、昨日みたいに周りに助けてくれる人がいなければ結局は自分自身で何とかするしかないわけで、そうなると自分の身の回りの大切な人達を自信をもって守れるくらいの力は蓄えておきたい。


「ねえ、ケビン。また難しい顔をしてるけど?」


 声を掛けられリッカを見ると既にターニャのグラスは握っておらず、ティーカップを両手で包み込むように持っていた。ターニャはテーブルの角でクルミの殻を割るのは諦めたのか、今は顔を赤くしながらクルミを力いっぱい握っていた。


 まさか握力で硬いクルミの殻を割ろうとしているのか?


「あぁ、すまん……。昨日の出来事がかなり応えたんで、せめて自分の身の回りの人達を守れるくらいの力は蓄えておきたいなって思ってな」


 リッカが紅茶を一口飲むと


「具体的にはどういった力を蓄えようとしてるのかしら?」


「ん~。リッカのように語尾に力のつく全ての言葉を鍛えるのは難しいが、出来れば剣術とかを習って戦いに必要な力は鍛えておきたいと考えてはいる」


「つまり戦闘能力を鍛えたいって事なのかしら?」


「そんな感じだ。魔物を倒せば身体能力はどうにかなるかもしれないが、戦い方とか例えば剣術とかは今迄誰かに教わった事がなかったからな」


「なるほどね~。なら、私で」


「師匠! クルミが割れません!」


 ターニャがリッカの言葉を遮りクルミを手渡すと


「ふん!」


 ゴリラが素手でクルミを握り潰し中の実を手渡した。


「ありがとうございます!」


 すると、今度はテーブルの上に置いてあったクルミを四つ握り締め


「ふん!」


 殻を割り中の実をターニャの前に置き俺を見て


「えっと、私で良ければゴライアスの剣術を教えるわよ?」


 クルミを素手で普通に割っていた事に対して何気に驚かされていたのだが……


 まさか、目の前のゴリラが魔法だけじゃなくて剣術も出来る優秀なゴリラだったなんて思わなかった……


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