第22話 ラミアの子供①
六十七階層で休憩を取った俺とリッカは予定通り七十階層に到達したが、ジョリーとブラットが目撃したというラミアの子供を見つける事は出来なかった。
直ぐに宿に戻っても良かったのだが、リッカが「もう少し稼いでおきたい」と言うので、しばらくこの階層内で魔物から魔石を採取して宿に戻る事にした。
床に散乱した装備品や骨を掻き分け魔石を拾い集める。
今日はラミアの子供を探しながら階層を移動していたので採取した魔石の数は少ないが、昨日よりも深い階層の魔石なので換金額は高くなると俺は推測している。
なので、換金するのが少し楽しみだったりもしている。
――いひひひひぃ~
部屋の外の通路からリッカの陽気な笑い声が聞こえて来た。
この階層にもラミアの子供がいないと分かってからは、俺は部屋で待機しリッカが階層内の魔物をこの部屋に引き連れ一掃する。そして、倒した魔物の魔石は俺が採取し、その間にリッカがまた階層内の魔物を引き連れて来ていた。
――あははははぁ~
少しずつだが俺が待機している部屋にリッカの笑い声が近づいて来ている。
「迷宮内の魔物をわざわざ引き連れて来るのは面倒なんじゃないか?」とリッカに尋ねると、「念のため戦闘から離れた場所にいて欲しい」との事だった。
これは俺の勝手な憶測なのだが、昨日リッカは「まさかこの歳で追い掛けっこをするなんて思ってもみなかったけど、全然疲れないから楽しいわ!」と言っていたので、ただ単に迷宮内を思いっ切り走り回りたいだけなんじゃないか? と推測している。
――うふふふふぅ~
通路の方から笑い声がハッキリと聞こえるようになってきた。もう直ぐそこまでリッカは来ているんだろう。
ただ、この階層内の魔物は明らかに俺よりも強いので、こうして戦闘に参加する事なく危険が伴わない安全な場所で待機させてもらっていると、俺の身の安全を優先してくれているのか、ただ単に走り回るのが楽しいだけなのかは分からないが、リッカには内心ラクさせてもらって申し訳ないなと思っていたりもする。
「うほほほほー!」
笑い声と共に獣型の骸骨がゴリラに追い掛けられながら部屋に入って来た。
「逃がさないわよ!」
ゴリラが走りながら右手を獣型に向ける。急激に室温が下がったと思ったら巨大な氷の柱が出現し一瞬で獣型が氷漬けにされた。氷柱に向かって走るゴリラが拳を構え大きく一歩踏み込むと
「ふん!」
氷柱をぶん殴った。氷柱が粉々に砕け氷の塊が散乱し部屋中に冷気が蔓延する。
「後よろしくね~」
ゴリラが手を振りながら颯爽と部屋から出て行った。
昨日は魔法の威力を加減するのに手こずっていたリッカだったが、今日はラミアの子供を探しながらずっと魔力の操作を行っていたので、部屋の半分を氷で埋め尽くす事なく良い感じに魔物を無力化する事が出来るようになっていた。
氷の塊を払いのけながら魔石を採取していると
ん? またか……。
この部屋で魔石を採取し始めてから何度も部屋の入り口から視線を感じるようになっていた。その度に振り返って確認するのだが誰もそこにはいなかった。
始めは魔物が来たのかと思ってドキッとしたが、リッカが安全のために部屋の周りに潜んでいた魔物から一掃してくれていたし、階層内を走りながらも定期的にサーチ魔法でこの部屋の状態も確認しているので、もし部屋に魔物が接近しているようなら直ぐに部屋に戻るとも言ってくれていた
なので、始めは魔物が潜む迷宮内の部屋で一人で待機している為に不安が生じて、いもしない誰かの視線を感じていたんだろうと思っていたのだが、どうもリッカを待っている間だけ視線をヒシヒシと感じているので、単に俺の気のせいともいえなくなっていた。
今回も念のため部屋の入り口を試しに見てみる。
「なっ!」
思わず声が漏れてしまった。
女の子が入り口から顔だけ出してこっちをジッと見ていた。
何故こんな場所に子供? この迷宮ではゴーストやレイスといった亡霊系の魔物が出没するとは掲示板には掲載されていなかったはずだ。などと考えていると
「お前とゴリラの目的は何だ?」
話し掛けて来た! となると、この子は魔物じゃない?
「俺達はここで魔石を採取して稼いでる……」
女の子が目を細めると
「あたしを追って来た訳ではないのだな?」
ラミアの子供を探してはいるが……
「君は誰かに追われているのか?」
「村が襲われてからずっと追われてた」
親方からは魔核を狙った密猟者が少なからずいるとは聞いていたが……
「それはいつ頃の話しなんだ?」
「村が襲われたのは一年近く前。それから一ヶ月くらいはずっと追われてた」
「安心してくれ、俺達はそいつらとは関係ない」
すると、下半身が蛇の姿の女の子が音もたてずに通路から部屋に入って来る。
思っていた通りこの子が俺達が探していたラミアの子供だ。
「俺は追手とは無関係だが、こっちに近づいて来て大丈夫なのか?」
ラミアの子供が腕を組み顎を突き出しすと
「お前はあたしよりも断然弱いから危なくない。でも……」
両手で自分を抱き締め
「あのゴリラは危険だ……」
怯えたような表情を浮かべた。
なるほど。この子は自分よりも明らかに強いリッカを警戒しているみたいだ。だから、俺が一人になった時に様子を窺っていたのか。
ただ、そんな身体を小刻みに震わせるラミアの子供の服はボロボロだった。
てっきり肩と腹部の露出したノースリーブのワンピースを着用しているのかと思っていたが、肩口の生地は引き千切られたかのように破れているし、背中から腹部にかけては刃物で斬れてたように大きく裂けていた。
更によく見ると、細い両腕には鋭い爪で引っ掻けられたような傷跡が残っているし、露出した腹部には刃物で斬られたような傷跡も残っていた。下半身の蛇の部分に目を移すと、鱗が剥がれて肉の色が見えている個所があったり細かな傷跡が目立っていた。
詳細を聞かなくともどれだけ逃亡生活が過酷だったのかが窺える。
「俺の名はケビン。君の名は?」
「ターニャ」
まだ少し言葉を交わしただけなので断定は出来ないが、少なくとも意思の疎通は可能なようだ。今のうちに保護しておけば魔物認定はされずに済みそうだな。
「ところで、ターニャはこの迷宮で何をしてるんだ?」
ターニャの震えがピタッと止まり胸を張ると
「強くなるために魔物を倒してる」
一度鼻をフンッと鳴らすと、すぐに肩を落とし
「でも……、全然強くなれない……」
俯き床を見つめてしまった。
感情の浮き沈みが激しいターニャを見ていると、何処にでもいる普通の子供に見えて来る。やはり、今のうちから色んな人と接しながら成長して行けば、魔物認定されずに済みそうだ。
すると、ターニャがため息交じりに
「ボスを倒しても全然強くならなくなった……」
切なそうな、やるせなさそうなそんな感じの表情を浮かべた。
察するにボスってのは迷宮主だと思うが、一人で主を倒せるんだから十分強いんじゃないか?
「何でターニャは強くなりたいんだ?」
「村を襲ったヤツラを倒す」
ターニャが下唇を噛み悔しそうな表情を浮かべた。
この子は復讐のために強くなろうとしているのか……。
子供のこんな表情を見てるとやはり胸が痛くなる。
魔物認定されないように保護するのは当たり前だが、それ以前に復讐を阻止する為に保護するべきなんだろうな。
だからといって代わりに俺が復讐する訳にもいかないしなあ……。
出来る事なら何とかしてやりたいって思うが……。
う~ん、困った……。
「おい、ケビン」
ターニャを見ると悔しそうな表情は既に消えていた。
そして、少しモジモジしながら
「ゴリラに頼めば魔法って教えてもらえるか?」
「ターニャは魔法を使えるようになりたいのか?」
「少しは使える。でもゴリラみたいな凄い魔法を村では見た事がない。だからゴリラの弟子にしてもらう」
果たしてリッカが復讐の為に強くなろうとしているターニャに魔法を教えるだろうか……。
「ボスを倒した戦利品をあげる」
「分かった。後でゴリラに頼んでやる!」
何となくだがリッカならば復讐しようと考えているターニャの思考を良い方向へ導いてくれそうな気がした。
それに、ターニャを保護する事が目的でもあったので、ある意味目的は果たされる。決してここの迷宮のレア装備が欲しいからではない。
――うふふふふぅ~
部屋の外の通路からリッカの陽気な笑い声が聞こえて来た。
ターニャが一瞬ビクッと肩を震わせると
「明日この部屋で待ってる」
「えっ? ゴリラに合わないのか?」
「ケビンは良いと言った。でもゴリラが良いとは限らない」
――あははははぁ~
少しずつだが俺とターニャのいる部屋にリッカの笑い声が近づいて来ている。
「それに、ゴリラから逃げ切る自信がない」
「いやいや、いきなり襲って来たりしないから、そんなに心配しなくて大丈夫だぞ?」
――うふふふふぅ~
通路の方から笑い声がハッキリと聞こえるようになってきた。もう直ぐそこまでリッカは来ているんだろう。
ターニャが素早く身をひるがえすと
「ゴリラに弟子入りのこと伝えといて」
手を振りながら音もたてずにターニャは部屋から出て行った。
ターニャを見送りながら手首に装備されたブレスレットに意識を集中する。
ブレスレットには【気配遮断】の宝玉が埋め込まれていた。




