囮
この異世界で働くにあたり、恭平はレーナから説明を受けた。
まず、レーナ・コレインはこの異世界の住人ではなく、別の世界(地球でもない)の住人であり、自分の意思でこの世界にやって来た移住者だった。
そして、彼女の世界には魔法があった。誰もが使える代物で、レーナも例外なく魔法が使えた。その力はとても便利らしく、猫や犬などの動物に対し魔法を与える事で使い魔とし、姿を変えたりできるそして、自分の世界とは別の世界に渡る事ができる。観光でも旅でも自由に様々な世界にいける。そして異世界を巡る生活をしていたレーナは、この世界に定住しようと決めたときに、商売として食堂を開いて生計を立てる事にした。
最初は様々な世界の料理を提供していたが、客受けが良かった地球料理をメインに決めた経緯があった。
次にこの世界の事。この世界には当然文明が存在している。話を聞いた恭平の感覚では、日本でいえば明治から大正時代くらいの技術や経済だろうと判断した。
ただ日本と違うのは、この異世界にも魔法が存在していることと、家畜というシステムより狩りの文化が根強い事だった。
そして、レーナがこの世界を選んだ理由もそこにあるらしく、魔法が公であれば自身の魔法が悪目立ちせず、魔女狩りのような憂き目に合う可能性が低くなる。
そして狩りも、自身の魔法で攻撃ができると踏んでいたかが、実際は木乃伊取りが木乃伊になりかける事が多いらしかった。
そこまで聞いて恭平に疑問が浮かんだ。
「そんなヤツ相手に銃で大丈夫なのか?」
恭平が持っている武装は、アサルトライフル(M4カービン)・ハンドガン(グロック17)それぞれ弾倉が4つずつ。手榴弾2個・フラッシュバン1個。コンバットナイフ1本。
魔法という便利そうな技で苦戦を強いられるなら、近代兵器など豆鉄砲くらいなのではないかと思っていたが、レーナは首を横に振った。
「この世界の生物は魔力に耐性があるんです。そこに戦闘が苦手な私なので、歯が立たない事が多かったんですが、物理攻撃なら恐らくは」
魔法が通じず、彼女の細腕では物理は厳しいが、しかし恭平なら全てをクリアできる。
一通りの説明を受けた恭平は、早速1日目の仕事に取り掛かることにする。
装備一式を身にまとい、レーナの言う生物を狩りに行く。
「それじゃあ、行ってきます」
貰った地図の目的地に丸を書き込み、レーナが書いた生物のイラストと一緒に胸ポケットに仕舞った。
「その生物は狂暴ではありませんが、手負いになれば何をするか解りません。十分に気を付けて、無理ならすぐに帰ってきてください」
その言葉に無言で頷く。
「……ところで、レコルンドは何をしてるの?」
レーナは、恭平の横に並んでいる人間の姿をした使い魔に聞いた。
「私も恭平と一緒に行くの。囮になるって約束したし」
「「え!?」」
アタシでよければ囮でも何でも協力するからッ! 恭平を連れてくる時にレコルンドがいった言葉。それをしっかり守ろうとした彼女だが、事情を知らないレーナは当然驚き、その話を忘れていた恭平も同じく驚いた。
確かそんな事を言っていたな。と思い出した恭平は、
「いや、囮は要らない。女の子? を囮にするほど落ちぶれてないからな」
と、平然と言った。
その言葉を受け、恭平の顔を凝視していたレコルンドは、一転して満面の笑顔になった。
「やっぱり、キョーヘーは優しいのね。アタシのことはレコルンドじゃなくて『ルン』って呼んで?」
レコルンドは1度恭平に抱きつくと、レーナの方へ向かいそのまま抱きついた。
「ね、キョーヘーを連れてきて正解だったでしょ?」
「そうね」
レーナは短く答え、優しくレコルンドの頭を撫でる。その光景は親子のようであり、姉妹のようでもあった。
「じゃあ、俺はそろそろ行ってくる」
改めて銃を担ぎなおした恭平は、2人に告げると扉の方へ歩いて行った。