レコルンド
一先ず、今は話を聞けるようなタイミングではないので、生きていれば今日の夜にでも待ち合わせをしようかと考えたその時、遠くの方から爆撃の音が響いた。
「まずい、迫撃砲だ。取り合えず逃げるぞ」
再び腕をとり走り出す恭平。迫撃砲の爆破範囲は広いので爆風に晒されるだけでも死ぬ可能性もある。
「そこを右に曲がって、安全だから」
一刻も早く遠くの建物に避難したいのだが、腕をひかれながらも言う彼女に従った。
言われた通りに右に曲がると、そこは袋小路であった。
一応、3方向が囲われている袋小路も安全と言えなくはないが、建物の中に入った方がより安全に凌げるはずだ。しかし、この状況でまた歩き出すリスクを考え袋小路に身を隠すことにした。
「大丈夫」
女は言って壁に自身の右の手のひらを押し当てた。隠し扉でもあるのかと思ったが、それよりも驚く事が起きた。
押し当てた手のひらを中心に、縦2メートル幅1メートルほどの光の枠が生まれた。
「な……なんだ!?」
枠の内側にあったはずの壁は見えず、真っ暗に塗りつぶされていた。
呆気に取られている恭平に構わず、女は手を引きながら枠の中に入っていく。まるで手品のような光景が目の前で起こり、自然と次は恭平の身体が枠の中に入っていく。何かにぶつかるような感覚もなく歩くことが出来た。
何も見えない場所を手を引かれるがままに歩く事数十秒。前方に光が見え、その光の先には薄暗い室内が広がっていた。
いや、薄暗いのではなく、わざと光の光度を白色などのキツイ色ではなく、オレンジ色の優しい光で室内を演出している。
そして、その室内もただの空間ではない。L字のカウンター席と、テーブル席があることから飲食をメインにしている店なのだろうと知れた。
日本でいえば小洒落たBARやカフェの装い。そして開店前の準備だろうか、テーブルを拭いてにいる女性に目が止まる。
白いYシャツに黒のパンツスーツ、そして同じく黒のソムリエエプロンを着こんで、漆黒の長い髪をポニーテールにしている美人な女性だった。
女性はテーブルを拭き終えると、2人の存在に気付き顔をあげた。
「レコルンド、どこ行ってたの?……どなた?」
レコルンドと呼ばれた女は、ビクリと肩を震わせた。そして、どなた? という疑問は恭平に向いていた。
「彼は、アタシが地球でスカウトしてきた人間で、そのぉ」
随分と気まずそうにするレコルンドは、ソロソロと部屋を脱出しようとしたが、それは通じずに呼び止められた。
「レコルンド!」
その言葉にビクンと反応した彼女は次の瞬間、黒い煙とともに黒猫の姿に変わった。
恭平には当然理解できない現象であるため、固まっているうちに黒猫は素早くどこかに消えた。残された恭平は、どうしたら良いのかわからず立ち尽くしていると、恭平の前までやってきて謝罪を口にした。
「申し訳ありません。レコルンドが失礼な事をしました」
深々と頭を下げるのを見て、恭平は頭をあげるように頼んだ。
「いや、それよりも、貴女たちは何者なんだ。さっきから俺の理解できないことが立て続けに起こり過ぎている」
傭兵たるもの、パニックに陥っては自分の死期を早める。それを知っている恭平は、できるだけ落ち着くように心がけた。