よろしく
「大丈夫ですよ。ドラゴンの調理はしたことがありますし、私も試食しましたから」
レーナはクスクスと笑いながら、タンに包丁を入れていく。
「ドラゴンの舌は食べたこと無いなぁ」
ゼルヴァが、酒で軽く酔った顔をしながらカウンターの中をのぞく。
「この歳でも食べたことがない料理が出てくるのはここだけだな」
アロンは興味深そうに顎髭をなでる。
観客が見ている中でもレーナの包丁は淀みなく動く。
タンにある筋などの部分を切り落とす。そしてそれをある程度の厚さでスライスし始めたので、シンプルに焼くのかと思いきや、 そうではなかった。
スライスしたタンを、さらに細長く切ってからサイコロ状にする。最後にそれを細かいミンチにする。包丁をテンポよく振るう度に肉が踊り、みるみるうちにタンのミンチが出来上がった。
そのミンチをボウルに移して、塩コショウ、パン粉、牛乳、溶き卵を入れて混ぜる。そしてそれを5つに分けてパティとしてフライパンで焼き始める。
その間にレタスを洗い、ピクルスを薄く切ってバンズも横半分に切る。
時間をかけて焼いたパティをバンズに乗せる。その上にスライスチーズ、ピクルスを重ねケチャップをかける。
「お待たせしました。【ハンバーガー】です」
5人の前に出されたハンバーガー。アロン達は物珍しそうに眺め、恭平はタンで作られたパティに興味があった。
早速恭平はハンバーガーにかぶりつく、口の中に広がるのはに肉の脂。普通の肉とは違うタンという部位の味と触感。フードプロセッサーではなく包丁だったためか、完全なミンチではなく所々に見られる肉が食べ応えを出している。そして、後から追いかけてくるのはチーズとピクルスとケチャップ。チーズの風味ク、ピクルスの酸味、ケチャップのコクが肉と混ざりあい完成される。レタスの歯ざわりも良い感じだ。
「うん。美味い。普通の牛肉より美味いかもしれない」
恭平は続けて2口目を頬張る。その光景を見ていたアロン達もゴクリと喉を鳴らし、ハンバーガーに手を付ける。
ドラゴンという化け物と対峙し、何とか助かった命。その事を実感するのはどんな時か。それは美味い食べ物を食べた時。舌の上で旨味や塩味が押し寄せ、それが生きているという事なのだとわかる。
失ったエネルギーを補給するように勢いよく食べ勧める5人。
食べ終えると、其々が美味しかったとレーナに伝え、彼女も嬉しそうに礼を言う。
「それにしても、これを食べたら余計に腹が減ったな」
シューリが言うとミカラも同意した。
「お酒も入ってるから、余計にね」
食前酒を飲んでいる彼らにとって、中途半端な量の食事で満足できる訳がない。一様に料理を注文し、本格的な宴が始まった。
ドラゴンの肩ロースを使ったステーキを食べ、強めの酒を飲んだ結果、アロンと恭平以外がカウンターに突っ伏して寝ていた。
「ま、今日は疲れてるだろうからな」
「連れて行けるのか?」
「起こして歩かせるに決まってるだろ」
アロンは笑って3人をゆすり起こす。
フラフラと起き上がり、会計を終わらせたアロンに連れられて店を出る。
「世話になったな。また寄らせてもらうよ」
アロンは恭平に向かってそう言うと、片手をあげて帰っていった。急に静かになった店でレーナが恭平に尋ねる。
「どうでした? 地球での生活と全く違ったんじゃないですか?」
今日1日で、ここが異世界なのだと実感した。魔法も見たしドラゴンも倒したのだから実感できない方が可笑しいが、問題はこの世界で生活ができるか。その一点に尽きた。
「確かに違い過ぎて大変だったが、地球が恋しいとは思わなかった」
「じゃぁ決まりだね」
レコルンドは喜ぶが、レーナはまだ言うことがあるらしい。
「今日戦ったドラゴンは子供です。大人になれば知恵も付け、さらに攻撃的になります」
それは、戦う意思の確認だった。子供のドラゴンを倒した程度ではなく、獲物によっては本当に命の危機があるだろう。それでも尚変わらない意思はあるのかという確認。
「問題ない。なんせ、ここで働けば美人が2人もいて、毎日美味い飯が食べられるからな」
半分は冗談だったが、半分は本気だった。食というのは絶対に必要で、特に戦場での食事は最重要だ。
美味いものがあれば心が生きる。不味ければ明日が嫌になってくる。戦う以外の仕事を知らない男にしてみれば、レーナの出す食事はなごみで働く理由には十分だった。
レーナとしても真面目に働く恭平は信頼できる。なにより料理人として、自分の料理を笑顔で食べてくれるというのは嬉しかった。
「よろしくお願いします」
「こちらこそよろしくお願いします」
「よろしくー」
かくしてその日から、恭平の新しい職場が決り、魔女と黒猫と元傭兵の共同生活が始まった。
最後まで読んでいただきありがとうございました。
この話を持って、終了にさせていただきます。ありがとうございました。