1品サービス
この瞬間のチャンスを逃せば次はないかもしれない。恭平はM4カービンのセーフティーレバーをAutoに切り替え銃口を顎に向け引き金を引く。
軽快な発射音と、きらめきながら落ちてゆく薬莢。全弾を撃ち尽くしたとき、ドラゴンは口から血を流しながら倒れた。
その光景に驚いていたのは最初に襲われていた男女だった。たった今まで命の危機に瀕していたが、1人の男が光を放ち見たこともない物でいつの間にか勝っていたという事実に呆気を取られていた。
だが、そのチームのリーダーである老齢のアロンは、仲間が大怪我をしているであろうことを思い出し、駆け寄った。
「おい、ミカラ! 大丈夫か!?」
ミカラと呼ばれた女性は、かすれた声で大丈夫じゃない。と告げ笑った。
「お前たちは大丈夫か?」
「ああ、問題ない」
そう言ったのは折れた剣を握りしめているゼルヴァ。剣が折れている以外は大した怪我がないのが救いだった。
「俺も大丈夫だ」
肩を負傷して出血もそれなりだが、気合で堪えているシューリ。
一応の確認も出来たことで、アロンは大きく息を吐いた。そして、自分たちの窮地を救ってくれた男に感謝を述べる。
「ワシはアロンと言う。君のおかげで助かった。礼を言わせてくれ」
恭平に握手を求め、それに応じてくれたことに安堵する。
「俺は恭平だ。それより仲間が怪我してんだろ? 礼は良いから手当してやれ」
恭平にとって怪我の治療というのは病院に駆け込んで、数週間とか数か月をかけて治すものだと思っていたが、この魔法の世界では怪我の治癒も割と簡単だった。
どのような言語なのかは理解できなかったが、アロンが言葉を紡ぐとミカラの身体を光が包み顔色が良くなり始めた。荒い呼吸も落ち着き、光が消えるとミカラは完全に回復した様だった。
立て続けにシューリも治し、あっという間に負傷者はいなくなる。
(魔法ってのは便利だな)
物体を瞬時に移動させたり傷を癒したりと、万能な力を目の当たりにしている彼にとって、魔法というのは便利以外の言葉が見つからなかった。
「なぁ、このドラゴンどうすんだ?」
ゼルヴァが足でドラゴンの翼を突きながら聞く。
「当初の目的通り、金になる鱗と牙と骨を回収する。と言いたいところだが、コイツを仕留めたのは彼だ。権利は彼にあると思う」
彼らはドラゴンを捕獲し、金になるパーツに選り分けるつもりらしかった。だが、恭平が倒した事を優先的に考えて、アロンは権利を恭平に譲る決断をした。ドラゴンを倒した力を自分たちに向けられることを危惧したのか、それとも人が良いのかは解らないが、トラブルを抱えたくないのは恭平も同様だった。
「権利と言われても、俺はこれを金にする術を知らない。だから提案なんだが、アンタらがこれを金に換えてくれれば5人で山分けしよう」
あと腐れなく、後々に揉めない5人での分配。それを権利を譲るといわれた恭平が提案するのだから誰も文句はないだろう。
「本当にそれで良いのか?」
恭平からの提案が、自分たちに有利な事を気にするアロン。だが恭平は気にするなと言って話を進める。そして一通りの話をして、何日くらいで街につくのか、解体にさらに何日、得た金を偽らないための書類の発行などを決めた。
「荷車が壊れたから4人で街まで引き摺って行くしかないな」
アロンの言葉に不満を言う3人。
「この中にワシ以外に魔法を使えるものは? ワシは回復魔法を使ったからもう魔力はないぞ」
聞けば、この世界の魔法とは誰でも使えるわけではないらしく、才能に依存するらしい。さらに、才能だけでも不十分で、知識を学び膨大な練習量をこなすと魔法を使えるようになるらしかった。
この4人の中で唯一魔法を使えるのはアロンだけ、その彼が魔力切れをおこしてしまえば誰も魔法を使えない。
「仕方ねぇ。引き摺るか」
シューリは腹を決めたらしく、ため息をついた。
それに習う形でミカラ、ゼルヴァもドラゴンの尻尾や翼を掴んだ。
「それじゃあ、行くとするか」
アロンも老体に喝を入れながらドラゴンを掴む。
彼らが力を込め歩き出そうとしたとき、遠くから恭平を呼ぶ声が聞こえた。
「恭平さん!」
その声の主はレーナだった。
「帰ってくるの遅いので心配しました」
レーナは恭平に駆け寄る。
「悪い。アレを倒してたから」
指さす方には巨体がある。
「あれってドラゴンですよね。欲しいなぁ、売ってくれないかなぁ」
「荷車が壊れて街まで引き摺って行くから、買値次第では売ってくれるかも」
街まで引き摺って行くより、ここで売れてしまえばその方が良いような気もする。だがドラゴン1匹の値段がどれくらいなのか。
当然レーナはそれを理解しているのだろう。少しの間考え込み、アロンたちの元へ交渉に向かった。交渉が少しでもスムーズになればと恭平も交渉に加わり、簡単に買い取ることができた。
「いやぁ、街まで引き摺らなくて済んで良かった」
心底ホッとした表情のアロン達だった。
「それに、なごみの店主であれば信用できる」
「なぁアロン。今から金を受け取りに行くんだろ? 折角だから、なごみで飯食っていこうぜ」
ゼルヴァが言うと、シューリとミカラも頷いた。
「賛成。休憩したい」
「私も疲れた」
確かにアロンも疲れていた。料金を受け取りに行くついでに、店で休憩をしたいのは当然だった。
「1品サービスしますよ? 値引いてもらったので」
レーナは魔法でドラゴンを消しながら告げた。恐らくは先ほどの牛っぽい生物同様に店に送ったのだろう。
その言葉を聞いて、彼らの行動は決まった。
「それにしても、何でドラゴンと戦ってたんだ? 途中に何か残骸が散らばってたが」