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幼馴染の悩み(5)

 初めのうちはユキのおっぱいの感触で動揺していて劇の内容がほとんど入ってこなかったが、途中からは落ち着いたので十分楽しむことができた。


 ストーリーは典型的な騎士道物語だった。無爵の騎士が美しい公爵令嬢と恋仲になるも、身分違いの恋にお互いを諦めていたところ、ある時、魔王が出現して国が危機に瀕し、公爵令嬢も攫われてしまった。そこで騎士が立ち上がり魔王を倒して公爵令嬢を救い出し、晴れて結ばれるという話だ。


 まあ、現実には、そもそも爵位のない平騎士が雲の上の公爵令嬢と恋仲どころか顔見知りになるということがそもそもあり得ない話なのだが、どういうわけかこの筋立ては貴族から平民までみんな好きらしく、いろいろな物語で手を変え品を変え登場してくる。もちろん俺も嫌いじゃない。


 今日見た劇では、このストーリーの中でも特に騎士と令嬢の恋愛部分に焦点が当てられていて、2人の恋模様が丁寧に綴られていた。劇場に入るとき男女連れのカップルが多いのはなぜかと思っていたけれど、確かにデート向けの内容だと納得した。


 主人公たちの恋愛を俺とユキの関係に重ねてドキドキしながらユキの方を見ると、なぜかユキもこっちを見ていて、慌てて目を舞台の方に戻した。その後、またこっそりユキを見たら、顔を真っ赤にしていた。やべ、可愛いんだけど。


 舞台上で恋する2人の気持ちはどんどん接近して行って、とうとう舞台上で濃厚なキスを始めた時にはかなり慌てた。前世に映画でキスシーンとかを見たことはあるけど、家族がいるところで見ても気まずかったのに、今回は生キスをデートの最中に見せられているので、気まずさはその比ではない。


 しかも、それを見ながら自分たちもキスをしているカップルがいて、お前たちは何をしに来たんだと心から叫びたい。いや、この場合、デートという目的を考えればあっちの方が正解なのか?


 その後も何回かキスシーンがあったけれど、さすがに3回目くらいになるともう慣れてきて動揺することもなくなってきた。などと余裕をこいていたら、今度はなんと騎士と公爵令嬢が服を脱いで絡み始めたので、本気で鼻血が出そうになった。


 マジでこいつら舞台上でみんなに見られながらおっぱじめるつもりか? これは何か? R18映画改めR18演劇なのか? なんで学生が入場できてるの? この世界はR18とかいう概念はないのか?


 などと混乱していると、何か魔術的なもので大事なところはうまく見えないようにして、いいところまで進んだところで暗転したのでレーティング的には事なきを得た……のか? まあ前世でもタイタニックは家族で視聴できたのだから、これもあり……なのかな。


 不意打ちで来た突然の濡れ場でまだ心臓がどきどきしていたけれど、一体ユキはどんな顔でこれを見ているのかと思って横目でこっそりのぞき見たら、顔を真っ赤にして俯いていた。


 というような予想外のシーンはありながらも、劇自体は全体を通して面白かったので、大変満足だった。ユキも同じように満足していてくれればいいんだけどと思う。


 劇場を出ると、暗いところから急に明るいところに出て、太陽のまぶしさに目を細めた。次の予定はスイーツを食べることになっている。とあるカフェがおいしいパフェケーキを出すということで人気らしい。パフェケーキって何だろう?


 カフェに着くと入り口から女の子たちが長蛇の列を作って並んでいた。その後ろに並ぼうとした俺を見て、ユキが少し呆れた様子で言った。


「あー、レン、もしかしてちゃんと予約しなかった?」

「え、予約?」


 もちろん予約なんてしていない。でも、この列を見たら予約をしておかないと外で数十分は待たされることが容易に想像がついた。


「あー、やっぱりなー」

「ご、ごめん」

「いいよ。時間はあるんだし」


 そう言って、ユキは自分から列にさっと並んだ。俺は慌ててユキを追いかけてユキの隣に並んで立った。予約を忘れて待たされることになって機嫌を損ねたかと思ったけど、表情を見るにそういう様子ではなさそうだ。


「……」

「…………」


 横に並んで立って、何を話したらいいのか分からなくてしばらく沈黙が続いてしまった。やばい。何か話さないとこのまま列に並んでいる間ずっと沈黙が続いたら間が持たない。何か話題は……


「えっとさ、さっきの劇、割とよかったよな」


 とはいえ、もう何年も学校で友達がいない生活を送っていた俺に会話のネタのストックがあるわけもなく、苦し紛れにふんわりと劇の話を振ってみた。


「あっ、そうそう。よかったよね。特に公爵令嬢がすごくきれいでさ」

「ストーリーも割と練られてたよな。ほら、最初の方に出てきたロケットペンダントの伏線とか、ちゃんと回収してたし」

「そうそう。あのペンダント、すごく公爵令嬢に似合ってたよね!」


 なんか、話が微妙に噛み合っていないような気がするけど、とりあえず会話になっているようでよかった。


「あのロケットについてた宝石、主人公の剣についてる宝石とペアになってたの気付いた?」

「え、そうだったの?」

「そうだよ。ほら、一度2人の宝石が共鳴して光った時があったじゃん」

「ん、いつ?」

「だからさ、主人公の騎士が公爵令嬢と結ばれた時に……」


 とうっかり言って、刺激的な濡れ場のシーンを思い出して恥ずかしくなってしまった。と同時に、あの時ユキが下を向いていたからそのシーンを見ていなかったのだということも気が付いた。ユキもそれに気づいたのか、顔を赤くしていた。


 それからしばらくの間、なんだかんだで話が続いてようやく列の先頭までたどり着いた。後1組出てくれば、入れ替わりで俺たちが入店できる。


 その時、店内の雰囲気が急に変わった気がして、何だろうと思ったら、店員が何人も整列して頭を下げているのが見えた。


「なんだろ? あれ」

「ん?」


 俺が指摘するとユキもそれに気づいたようで首を傾げた。すると、そこに俺たちと同い年くらいの女生徒らしき一団が歩いて出てきた。その中でも、中心にいる1人の女生徒が一際目を惹く可愛らしさを振り撒いて目立っていた。


「貴族様だわ」


 前世では貴族という制度が廃止になって久しかったので一般的な貴族というのがどういう生活を送るものなのか分からないが、この国では貴族が平民の街を出歩くことも珍しくない。そんなことを言えば、騎士の俺もこうやって行列に並んで待たされているわけだけど。


 この国の身分制度では、身分の高い方から貴族・騎士・平民・賤民と分けられていて、貴族と平民が同じテーブルで食事を取ることはタブーではなかった。この店のような一般的な高級店は「平民以上」という制限を設けていることが普通で、貴族が訪れることも珍しくはないのだ。


 その場合、俺みたいな騎士の子供が普通に行列に並ばされるのとは違い、貴族の子女は行列に並ぶことなく優先入場することができる。ちなみにトーマのような男爵家は厳密には貴族ではないので行列に並ぶ必要があるが、プライドが高いので事前に予約して平騎士や平民と一緒に並ばないようにすることが普通だった。


 それはともかく、店の出入りで店員が整列して頭を下げるとなると、貴族であることは確実で、しかも店員の人数から見て高位貴族が含まれる可能性も高いと思われた。


 などというようなことを考えているうちに、その女生徒たちが店から出てきた。そして優雅な雰囲気を振り撒きながらおしゃべりをして向こうへ歩いて行った。


「素敵。私もあんな可愛い顔に生まれたかったなぁ」


 ユキが貴族の女生徒たちを見送った後、ため息を吐くようにそんなことを言った。ユキの視線の先にいるのもやはりグループの中心の美少女だったようだ。


「お、お前も十分可愛いと思うぞ」

「…………、なっ、なっ、何言ってんのよっ!!」


 ここぞとばかりに俺が言った言葉に、ユキは顔を真っ赤にして大声で叫んだ。ちょ、おま、周りの人が注目してるからっ!


 すぐに店員に呼ばれた俺たちは、隠れるように店内に入っていったが、しばらくの間、恥ずかしくてお互い口も利かずにパフェケーキとやらを食べまくっていた。胸焼けしそうなほど甘いケーキも、この時ばかりはどんどん進んでいった。


 そんなことがありつつも、デートはそれなりに無難に進めることができた。正直、こんなに楽しくなるとは思っていなかった。リカのメモのおかげだな。リカに感謝するつもりはないけど、お菓子を買ってあげるくらいはしようかと思った。


「レン」


 帰り道の別れ際、ユキが俺を呼び止めた。


「そういえば、あの時、レンと私の心が重なったって言うか、レンの見てるものが一瞬見えた気がしたって言うか……」


 ユキは手をもぞもぞと擦り合わせながら、ぼそぼそと小さな声で何かを呟いたが、何を言ったのか俺にはよく聞こえなかった。


「えっ、何?」

「な、何でもない。……き、今日のはあくまで試合のお返しであって、勘違いしないでよね。学校で馴れ馴れしく話しかけてきたら承知しないからね。分かった?」


 それを言われた瞬間、俺みたいな嫌われ者と仲良くしているのを見られたらユキまで白い目で見られるからな、と納得はしたものの、今日は本当に楽しかったので心の奥をぐさりと抉られたような鋭い痛みを感じた。その痛みを隠すために、俺は自分でも引くくらいの気持ち悪い愛想笑いをしてしまった。


「が、学校以外なら少しくらいはいいけど」


 俺のそんな心を知ってか知らずか、ユキは早口で最後に一言付け加えると、そのまま走り去ってしまった。俺はそのユキの言葉がどういう意味でのことだったのか分からず、しばらくその場で立ち尽くしていた。


 この時、俺は、昼間見た貴族の美少女を巡るトラブルに自分が巻き込まれることも、その美少女を「千里眼(ちら見)」で見た時に見えた「悪魔憑き」の意味も、まだ知ることはなかったのだった。

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