特訓の日々(9)
特別な特化型宝玉を使った「瞬脚」の無詠唱発動だ。かなり高価な宝玉だがユニーク装備ではなく、魔導士団では事実上の標準装備となっている。もちろん、騎士風情にはとても買えるような代物ではない。
一瞬の後にスシル先生が出現したのは、俺の真後ろだった。そして、背後から剣を横なぎに払うと同時に前方に残した宝玉から魔法を遠隔発動した。
「氷矢」
不意打ち、なおかつ、前後からの同時攻撃は、とっさでは回避困難な攻撃に違いない。しかし、全知書庫は視覚外からの攻撃でも対応できる。
「反跳」
といっても、「反跳」は同時に1つしか発動できないので、2方向からの同時攻撃を防ぐことはできない。なので、俺は、後方の横なぎの剣戟に対して「反跳」を発動させ、剣戟を弾き返しつつ反対側へと飛び退いた。
「ちぃっ」
剣戟が弾かれたことでバランスを崩したところへ、俺が退いて的を失った「氷矢」がスシル先生を襲った。もちろん、全知書庫がそうなるように「反跳」のタイミングを指示したからだ。
スシル先生は驚異的な反射神経で身体を捻って「氷矢」を避けた。「疾風烈火」とは違い、「氷矢」は矢じりが小さいので体捌きで避けることが可能なのだ。理論上は。……さすが脳筋なだけのことはある。
それにしても、と俺は思った。
この「反跳」という魔法と全知書庫の組み合わせは強い。防御特化なのでこれだけで試合に勝つことはできないけれど、相手が誰でも全く負ける気がしない。
いや、これならば、さっきみたいにうまく相手の態勢を崩して隙を作れば、不意を突いて勝つこともできるんじゃないだろうか。
そう思って、俺はスシル先生からの連続攻撃を確実に「反跳」で退けながら、反撃の機会を伺い続けた。
その機会はすぐにやってきた。スシル先生の連続攻撃を「反跳」の繰り返しで凌いだ先に、何回目かの攻撃で地面が凸凹になっているところがあり、そこに誘いこんで「反跳」のタイミングを合わせて躓かせることに成功したのだ。
「よしっ!」
「残念」
これで勝ったと思って全知書庫の示す筋に模擬剣を振り下ろそうとしたところで、スシル先生の剣がさっと伸びて首筋にピタリと当てられた。
「うまく誘導したつもりが、逆に誘導されていたということだ」
「くー。今度こそ勝てると思ったのに」
「そう簡単には負けないが、今日のは、なかなかいい線を行っていた」
そう言って、スシル先生は俺にその場で待つように言って、離れた所へ歩いて行った。そして振り返ると、
「ここでいいか。よし、君はその場でこれから放つ魔法に耐えてみろ」
「え、ちょっと!?」
「いくぞ。猛氷凍雪気砲」
スシル先生が魔法を発動すると、猛烈な冷気の塊が無数の氷の粒と共に俺の方に向かってきた。
この世界の魔法は基本的に文字数が多いほど、難度が上がり消費魔力が増えて発動時間が伸びる代わりに、強力になる。一般的な「疾風烈火」は4文字に対して、今スシル先生が使ったのは6文字で、威力は段違いだ。ちなみにカレンお嬢様が8文字魔法を使った時は、魔物が欠片も残さず灰になった。
つまり、この魔法は防御に失敗したら、ただでは済まないということだ。
参考までに全知書庫に確認したところ、俺の「反跳」の場合、魔法なら6文字魔法までは問題なく反射できるということだ。8文字魔法になると完全な反射は難しく、周囲にかなりの衝撃が漏れることになる。
もちろん、それは全て理論上の話であって、魔法の文字数が増えたり術者の腕が上がったりすればするだけ、「反跳」の発動の位置とタイミングがシビアになっていく。すなわち、要求に応えるために必要な筋力が増えるということだ。
が、今回はスシル先生がコースもタイミングも全部教えてくれたようなものなので、失敗するわけがない。
「反跳」
スシル先生も当然結果は予測していて、俺が「反跳」を発動した時にはすでに「瞬脚」の無詠唱発動で射線上から外れていた。反射された魔法はそのまま真っ直ぐ進んで、試合場の隅に寄せて立て掛けられていた練習用の的に直撃して一瞬にして凍り付かせ、一部を破壊して終わった。
「魔石の残量はどのくらい残っている?」
「最後ので大分持っていかれましたけど、まだ3分の1は残っています」
「あれだけ使ってそれなら、燃費はいい方なのか。だが、魔石の消費量は今後ネックになりそうだな」
「こんなに一方的にやられまくることは滅多にないと思いたいですけれど」
そう。この試合を通じて気が付いたこの特化型宝玉の最大の弱点は、魔石の消費だ。この世界の魔法は魔石に含まれる魔力を使って実現するので、宝玉には必ず魔石を接続して魔力の残量を気にしながら使わなければならない。
俺の場合、あらゆるステータスが低いので(実はINT=知力は例外的に高めなのだが)、一方的に受ける攻撃を「反跳」を連発することで凌ぎ続けるという展開になった場合、魔石の魔力が切れた段階で防御手段を失うという最悪の可能性が出てくるのだ。
「万一のために、予備の魔石を持つ仕組みを考えるのがいいかもしれませんね」
予備の魔石を持つ仕組みや、それを進化させた魔石の連装の仕組みを導入すれば、魔石交換時のダウンタイムをゼロにできるので、弱点をある程度までカバーできるようになる。が、その分、仕組みがかなり複雑になってしまって、作成コストもメンテナンスコストも高くなる。
「まあ、それはおいおいでもいいだろう。それよりも……」
そして、スシル先生と俺は、この新しい特化型宝玉と大弓を同時使用することを前提とした体捌きや、その強化のための新しい訓練方法について、あれこれとアイデアを出して議論を深めたのだった。
もちろん、最終的には筋肉で全てを解決するのではあるけれど。
そして、それから2週間後、カレンお嬢様と2人きりで泊りがけのハンティングを行う日程が決定したのだった。




