特訓の日々(7)
帰った後、俺は宝玉の調査に乗り出した。
全知書庫があるとはいえ、あくまでこれはカンニング用のスキルなので、問題として成立するレベルまでかみ砕いて問いを立てないと答えが返ってこない。そして、問題の立て方が悪いと見当違いな答えが返ってくることになるから、途中までは自力で調査が必要なのだ。
魔法の効果と、その魔法専用の特化型宝玉の入手難易度、そして俺の懐事情という条件を全て満たす魔法は簡単には見つからない。
そもそもが、宝玉というのは高価なものなのだ。特に実戦用の宝玉は。俺たちのチームでも、俺の支援の大弓を除いては、ハンティング用に新しく購入・入手した宝玉は使っていない。親のを借りるか、せいぜいお古を貰って整備して使っているのが精一杯なのだ。
しかし、特化型宝玉というのは、特化型というだけに誰かのを借りるとかお古を貰うとかいうわけにはいかない。とはいえ、必ずしも汎用宝玉より高いとも言えず、種類によってはお小遣いで買える水準のものもある。もちろん、そういうのは耐久性や機能制限もそれなりではあるけれど。
とにかく、特化型であることのメリットとデメリットを勘案して、懐事情に合わせたお買い物が必要となるのだ。
「うーん。いまいちピンと来るものがない」
俺は何度目かに通った宝玉専門店で呻いた。一応、防御特化の宝玉というのはあるにはあるのだけど、防御であるという条件から、宝玉の耐久性がかなり高く設定されていて、その分お値段も高く設定されていた。それに、結局俺のステータスでは特化型であっても実戦に足る強度の防御魔法が発動できなかったのだ。
「よっ。どうだ、調子は?」
「タスクか。いや、ダメだな。さっぱりだ」
その時、たまたま装備を見に来ていたタスクと出会った。宝玉自体は買わなくても、専門店には宝玉を使ったり手入れしたりする際の消耗品も売っているので、定期的に来る人も少なくない
「そうか。ま、あんまり根を詰めるなよ。ほら」
「ん? これは?」
「さっき貰った福引のくじ引き券」
「お前、ゴミを押し付けてきただけだろ」
「いいじゃんか。お前、よく当たるし」
まあ、千里眼があるから、くじの類で外れを引くことがない、というか、むしろ当たりすぎるからわざと外れを引くことがあるくらいなので、タスクの言うことにも一理ある。時間もあるし、行ってみることにした。
福引という概念は、形状の差こそあれ、この世界のものと前世のものはそう変わらない。世界が変わっても人間というのは賭け事が好きな生き物らしく、大きなものから小さなものまでバラエティーに富んでいるのも変わらない。
ただし、こっちの世界では魔法の存在があるので、魔法を使った不正を防ぐために前世とはちょっと違う形式になっている。例えば、箱の中に手を入れて直接くじを引くのではなく、受付の人が箱の中から何個かくじを引いてテーブルの上に並べた中から目の前で一つ選ばせるというような具合だ。
福引会場についてみると、なにか全知書庫に反応があった。どうやら2等賞に宝玉が出ているようだ。これか、タスクが俺に見せようとしたのは。
宝玉といっても、福引の2等賞になる程度なので、それほど高性能なものではない。せいぜい学校で使う練習用宝玉と同程度のものだ。しかし、これの何が「正解」なんだろうか。
と疑問に思った瞬間に、2等賞の景品の案内のそばに小さく書かれた文字が大きく目の中に飛び込んできた。
『この宝玉は、魔力順化していません。』
珍しい。魔力順化が終わっていない宝玉は、普通は店頭に並ばないものだ。魔力順化とは、宝玉を作成する時に、宝玉に魔力を通しやすくする処理のことで、この過程を経ないと実用に耐える出力が出せないのだ。
新品の宝玉は最終製品に加工した状態で売られて、パーツとして売られる単体の宝玉は中古品ばかりなので、魔力順化が終わっていない宝玉が流通に乗ることはまずないと言っていい。そもそも、需要がない。
けれど、俺の場合、特化型の宝玉が欲しいのであって、汎用型として作られた完成品を買っても、それを特化型に作り変えることは非常に難しいので、それならばいっそのこと、魔力順化前の未完成の宝玉を手に入れて、特化型の宝玉を自分で作る方が簡単かもしれない。
そうと決まれば、早速福引をしよう。千里眼を持つ僕に外れはない。受付の人が2等くじを引かない可能性はあるけれど、今回は机の上に並べられたくじの中に2等が出ているから、他の人に取られる前に急いで福引所へと足を早めた。
「モモ先生、ちょっとお願いがあるのですが」
「レン君、どうかしましたか?」
「学園内に魔力順化を手伝って貰える人はいないでしょうか?」
未加工の宝玉を手に入れても、それはそのままでは使用できないので、適切な加工を施してやる必要があった。福引所では2等が当たった時に宝玉専門店の受付に持っていけば、割引価格で加工処理を依頼できるという説明を聞いたが、俺の要求は特別なので、まずは自分で伝手を探してみようと考えたのだ。
ちなみに、最初は俺が自分でやれないかと思ったのだけれど、俺のスキルとステータスでは逆立ちしても不可能だということが分かって、そうそうに諦めたのだ。あの駄女神。
「魔力順化ですか。私がやりましょうか?」
「え? できるんですか?」
「一応、学生の時には専門的に学びましたから」
千里眼で見てみると、確かに魔力順化の経験ありと出た。しかも、スキルレベルが結構高い。全知書庫の知識に照らし合わせても、専門職人にも引けを取らない様子だった。
「それで、宝玉は持っているんですか?」
「あ、はい。ここに」
「じゃ、実習室に行きましょう」
そう言って、モモ先生は職員室のロッカーから鍵を取ってきて、俺と一緒に実習室へと向かった。
「レン君は特別選抜クラスに馴染めていますか?」
実習室への道すがら、モモ先生は痛いことを聞いてきた。昔から、モモ先生はいつも痛いところを突いてくる。
「ちゃんとホームルームには出席しています」
「せっかくなんですから、特別選抜クラスの子たちとも仲良くしておいた方がいいですよ。人脈は大切なんですからね」
「分かってますよ」
「いいえ、分かってないです。いいですか? 特別選抜クラスの生徒たちというのは、騎士学校の最優秀で、ゆくゆくは国の屋台骨になる子たちなんですよ」
「知ってます」
「だったら、せっかくの機会なんですから、何人か知己を作っておきなさいと言っているんです」
「……善処します」
実習室についた俺たちは、てきぱきと魔力順化の準備を始めた。俺自身は魔力順化を行うことはできないけれど、全知書庫で知識だけはあるので、準備の手際は満点なのだ。
「本当に、どうしてこれで実技の点数がとれないんでしょうね」
「ステータスが低いから、仕方ないです」
「それはそうなんですけど」
「それよりも、この宝玉は特化型にしたいので、魔力順化の時に注意点が……」
準備が整って、魔力順化の処理を始める前に、俺はモモ先生に実施時の注意点を説明し始めた。なにせ、今回作りたい宝玉はかなりピーキーなチューニングなので、一般的なやり方とはかなり異なる部分が出てきてしまうのだ。
俺が説明していく内に、モモ先生の表情が驚きに染まっていった。
「レン君、レン君」
「はい、どうしましたか?」
「どこでそのやり方を知ったんですか?」
「え、いえ、図書館とかでいろいろ調べて……」
「私が学生の時に宝玉の製造工程は魔力順化も含めて専門的に学んだ話はしたと思いますが、レン君の説明には聞いたこともない手法が含まれていますよ」
やべ、俺、やっちゃったみたいだ。