幼馴染の悩み(1)
翌日、俺は自分一人で身体中の包帯を巻き直した。
登校しようとしたところでリカがわざとぶつかってきて、俺が痛がると「わざとらしく痛がらないでよ」と文句を言われた。でも、まだ怪我も火傷も完治していないので、触ると本当に痛いのだ。
くそっ、リカの奴、いつか仕返ししてやる、と思うものの、これまでにリカに仕返しができる機会があった試しがないし、今後もありそうな気配もない。
むかむかした気分で学校への道を歩いていると、前に暗そうな雰囲気で歩いている女生徒がいた。騎士学校で俺と同級生のユキ=ブロンシュだ。
ユキは、まあ俺の幼馴染と言ってもあながち間違いではない。家が近所で騎士学校の入学前からの付き合いだからだ。個人的に面識があるというだけでなく、親同士の交流もあり、家族で会食したことも数えるほどはある。
もっとも、付き合いがあったのは小さいころで、騎士学校に入学したらすぐに疎遠になってしまった。たまに会えば挨拶はするが、昔のように一緒に遊ぶようなことはない。学校の友達に、俺みたいなのと付き合いがあるなんて知られたくないだろうからな。
ただ、今日のユキはどうも様子がおかしいように思えて、放っておけない雰囲気を感じた。一度は無視して通り過ぎたが気になって仕方がなかったので、周囲に人目がないことを確認してから思い切って声を掛けてみた。
「ユキ」
「……、レン?」
ユキは突然俺が声を掛けたことに驚いた様子で目を見開いていた。この時、俺は早くも声を掛けたことを後悔していた。さっさと聞くことを聞いてこの場を離れたい。
「あのさ、何か、お前、悩みごとでもあるの?」
「はっ?」
「いや、ないならいいや。忘れてくれ」
俺はそれだけ言うとさっさとその場を立ち去ろうとしたが、ユキが服の裾を掴んだので止められた。が、止められた俺よりも、止めた本人の方が驚いているようだった。
「……、あ、えっと、その、これは……」
「やっぱり何かあったんじゃん」
「別にない。何でもない。じゃあね」
そう言ってユキが逃げようとしたので、今度は俺がユキの腕を掴んだ。年頃の女の子の身体に触れるのなんて、前世から数えてもほとんどないので、俺の心臓はこの時点でバクバクして破裂しそうだった。
「ここで話したくないのなら、昼飯の時にでも話しかけてきて。どこにいるかは知ってるだろ」
それだけ言うと俺は手を離して、そこから先は回り道をして別々の道で登校した。さすがにこんなことがあった後、何食わぬ顔で前後に並んで登校できるほど俺の心臓は毛深くない。
昼休み、俺はいつも人気のない所で一人で弁当を食べている。弁当は毎日家から持ってきていた。正直、その中身は売店で買う弁当の方が豪華なくらいに粗末なものだが、わが家の財政事情を考えると仕方ない。騎士学校の学費だって安くないのだから。
正直なところ、ユキが昼休みに来ることはそれほど期待していなかった。何か悩みがあったとして、それを相談する相手に俺を選ぶ可能性は限りなくゼロだ。だから、俺がいつもの場所に行った時、すでにユキがいたのを見た時は驚いた。
「何で?」
「何でって、レンが呼んだからでしょ」
「そりゃ、そうだけど」
ユキも弁当を持っていたので、とりあえず適当なところに腰を下ろして食べながら話すことにした。
「私、ちょっと成績がヤバいのよね」
「ヤバいって?」
「今日、試合に負けたら落第しそうなくらい?」
冗談めかして言っているが、いつも落第すれすれで座学の評価だけで切り抜けている俺としては、落第しそうというのは聞き捨てならない話だ。
騎士学校は国にとって優秀な騎士を輩出するための学校なので、前世の記憶と比較しても落第にかなり厳しい態度を取っている。落第は全て記録に残り、生涯にわたって出世に影響を及ぼすと言っても過言ではない。例えば、落第した場合、国の兵士になることはまず無理だ。また、2回の落第で強制退学となる。
なので、騎士学校の生徒にとって落第するというのは全力で避けなければならない事態なのだ。しかし、それにも関わらず、毎年各学年で数人は落第をして、その多くは学校に居場所を失って泣きまくった挙句に2年を待たずに自主退学をしていっている。
「でも、ユキって結構成績はよかったんじゃ?」
ユキは女子としてはかなり大柄だ。俺も背が高い方だが、ユキは俺と同じくらいの身長がある。それに見合って胸も大きいのだが、それはそれとして。とにかく、大柄な分、力もあり、剣術はかなり強かったと記憶していた。それに、魔術でも特に問題があったという記憶はない。
騎士学校は実技重視のため、実技、特に試合の成績が十分であれば、座学の点数がどれだけ低くても落第になる成績がつくことはまずない。だから、ユキが落第になる要素なんて全く思い当たらないのだけれど。
「最近は、全然試合に勝てないのよ」
「何で?」
「何でか分かってたら悩まないわよ!!」
実技の成績がダメな理由が完全に分かっているのにどうにもならない俺からすれば、理由が分かりさえすれば悩まなくてもいいというのは楽なものだと一瞬皮肉に考えたが、ユキとしてはどうしたらいいのか分からなくて悩んでいるのだと思い直して、余計な思考を追い出した。
「今日の相手は?」
「トーマ」
「……よりによってか」
トーマの性格の悪さを考えれば、ユキが落第しそうと聞いたら余計に嬉々としてきっちり止めを刺しにくるに違いない。間違っても手心を加えてくれるような相手ではなかった。
「どうしたらいい、ねえ、レン?」
「…………」
ユキは泣きそうな顔で俺を見ている。と言っても、俺にできることなんてそう多くはない。昨日トーマがやったみたいにユキが実戦用の宝玉を持ち込むのは、周りの生徒もグルじゃないとできないから無理だろう。そもそも実戦用の宝玉なんて高くて手が出ない。
しかし、と俺は思った。
そもそも、俺の目から見ると、どの生徒の試合を見ても五十歩百歩のところで争ってばかりいるのだ。勝てない俺が大きな声で言うことでもないのだが、他人の試合でも常に最適解が見えているので、生徒たちがどのくらい低レベルな戦いをしているのかも手に取るように分かっていた。
俺が勝てないのは、単に俺のスキルが足りないからであって、俺に生徒の平均的なスキルがあれば学校の試合くらい簡単に無双できると思っている。実戦用の宝玉なんて必要ないのだ。
じゃあ、なぜユキが勝てないか。それはつまり、他の生徒よりも少しだけ戦い方が下手なだけだ。スキルの差じゃない。もし俺がユキの身体を借りて戦うことができれば、トーマをかすり傷も負わずにぶちのめせるはずだ。
もし俺がユキの身体を借りて……
「もしかして!」
「レン?」
『もし俺がチート能力を使ってユキの試合の手助けをしたら、ユキはトーマに勝てるのか?』
そう考えた瞬間に、その答えが俺には分かった。問いがあれば答えがある。それが俺の「全知書庫」の能力だからだ。そして、その答えは、YES、だ。
「ユキ、勝てるよ」
「え? ほ、ほんとに?」
俺の言葉に、ユキは食いつくように迫ってきた。勢いが付きすぎて、ユキの顔が俺の顔にぶつかりそうなほど近づいたので、恥ずかしくなって思わず顔を反らしたほどだ。
でも、この時、俺の心にちょっと邪な考えが浮かんだ。せっかくだから、ちょっとした役得くらいあってもいいよね。
新章になります。
本章の終わりまでは毎日更新を続ける予定です。