特訓の日々(2)
スシル先生の視線がすっと鋭くなって、俺は背筋にスッと冷たいものを感じた。さすがに魔導士だけあって、ふとしたときに見せる迫力は並ではない。
「君は正解に拘り過ぎている」
「正解に……拘りですか?」
「そうだ」
俺は、スシル先生の言わんとすることが何なのか掴みあぐねていた。千里眼もこういう事柄については役に立たない。あのスキルは隠された計画などを知る能力だから、隠してもいない言葉の意味を説明してくれることはないのだ。
「私なら、必ず正解を取ってくると分かっている相手と戦うのは、むしろ楽だ」
「どういう意味ですか?」
「君は『さとり』という逸話を聞いたことがあるかな?」
「いいえ」
前世で『さとり』という心を読む妖怪の話は聞いたことがあったが、スシル先生に聞かされた話は、それとは異なるものの同じようなコンセプトの話だった。
さとりとは、古の剣士の名で、相手の太刀筋が剣を振る前に分かる程の達人だった。そのため、どんなに腕の立つ剣士が相手でも一切負けることはなかったが、ある時、剣の素人がめちゃくちゃに振り回す剣が刺さって死んでしまったそうだ。
「つまり、最も恐ろしいのは完璧な攻撃ではなく、読めない攻撃なのだよ」
「私の攻撃は読みやすいということですか?」
「必ず正解が来ると分かっているなら、正解以外の可能性は排除できるからね」
「でも、正解を繰り返すのが、一番勝率が高いと思います」
「そうだな。でも、正解と勝ち筋は必ずしも一致しないのだよ」
「どういうことですか?」
スシル先生はそれには直接答えず、少し開けた場所に移動して宝玉のセットされていない模造剣を持って向かい合うように言った。スシル先生は手には何も持っていない。
「魔術は使わないから、打ち込んできてみろ」
魔術がなければ、もしかしたらステータス差があっても素手と剣のリーチの違いでそれなりの勝負になるかもしれない。現に、全知書庫はスシル先生に剣で打ち込むように太刀筋と共に指示していた。
それに従ってまっすぐに打ち込むと、スシル先生は軽やかなステップで俺の剣をさっと避けた。全知書庫はさらに追撃の太刀筋を示すので、俺は休む暇も与えずにさらに連撃を続けた。しかし、スシル先生は涼しい顔で軽々と避け続け、ついには一掠りもしなかった。
「はぁはぁ」
「どうした、もう息が切れたのか?」
「まだまだっ」
再び剣を構えてスシル先生に相対すると、今度は全知書庫が太刀筋を一つも示さなかった。
「ほら。打ち込んで来い」
と言われても、どこに打ち込めばいいのか……。
「来ないのか、なら、こちらから」
スシル先生がそう言って姿勢を変えた瞬間、全知書庫が正解の太刀筋を1つ示した。俺はすぐに反応し、その隙を逃さずに打ち込んだ。しかし、やはりスシル先生には軽々と俺の剣戟を避けられてしまった。
その瞬間、俺の視界の天地がひっくり返った。
「どうして?」
強かに打ち付けた背中を摩りながら立ち上がると、スシル先生はしてやったりという様子だった。
「それは、私が君の動きを誘導したからだよ。こうやって、わざと隙を作るんだ。真面目で優秀なやつほどよく引っ掛かる」
「でも、隙を作ってカウンターを狙っているなら、違和感に気付くはずです」
「そうかもな。でも、そもそもカウンターを狙っていなかったとしたら?」
「ああ!」
スシル先生の種明かしで謎が解けた。つまり、カウンターを狙っていなければ、全知書庫は見せられた隙を攻撃するのを正解とする。カウンターを受けないのだから当然だ。しかし、俺とスシル先生のステータスには大きな差があるから、こちらの攻撃は単に避けられてしまって終わりだ。
最後にひっくり返されたのは、俺の攻撃を避け切った後にカウンターを取られたのではなく、普通に投げられたのだ。そもそも初めからスシル先生とは、いつでも俺の先手をとって投げられるだけのステータス差があったから当然だ。
「しかし、それはスシル先生と俺のステータスに差があるからで……」
「君のステータスと互角の兵はそうはいないぞ」
それは、全くその通りでぐうの音も出せない。
「それに、そこまで圧倒的な技量の差がなくても、伏兵がいるという可能性もあるし、ただ無駄に体力を消耗させることだってできる」
スシル先生の指摘に、俺は考え込んでしまった。
全知書庫は俺の質問に対する正解を自動的に返してくれるスキルだ。それはつまり、俺の質問によって得られる答えが変わるということでもある。例えば、さっきの打ち込みも、3手先5手先までの正解を聞くようにすれば、スシル先生の投げを予測することができたかもしれない。
しかし、例えば、10手先に伏兵のいるポイントに誘いこまれるという場合には、3手先5手先の読みではやはり間違えてしまう。それに、全知書庫は未来予知をするのではなく可能性を考えているだけなので、手数を増やし過ぎると防衛的な手しか選ばなくなる欠点も無視できない。
一番の問題は、分かりやすい正解ばかりを選んでいたら、相手からすると思い通りに誘導に乗ってくれる相手ということになりかねないということだ。それを避けるには、局面的に正解でなくても、相手の考えを裏切る手を取ることも必要なのだ。
これは、持ちうる情報が不完全なゲームに顕著な傾向で、前世にあった将棋や囲碁といった全ての情報が盤面に公開されているゲームとは異なる。彼我の情報に差があるからこその問題だ。
一つの解決案は、全知書庫だけに頼らず、千里眼で相手の考えを読むというものだけど、それも全知書庫と同様、俺の質問に依存しているから、質問の仕方を工夫しないと見落としが生まれる。
それに、もっと致命的なのは、全知書庫と千里眼は同時に発動しないので、とっさの判断では使えないということだ。
帯に短し、襷に長し。
つまるところ、チートw能力は無敵のチートではなく、あくまでもカンニング能力であって、テスト以外への応用には自分の頭を使わなければいけないということなのだ。
「ここから先が、本当の修行ということですか」
「そういうことだね。学校では正解の出し方を教えるけど、私たち魔導士は正解を分かった上で、その先のフィールドで仕事をしているから。まあ、君みたいに誰にも解けないパズルの正解を出せるというのは、それはそれで、それだけでも十分貴重な存在だけど」
前世では、幼稚園受験、小学校受験、中学校受験、高校受験、大学受験、資格試験、就職試験と、試験に追われ続ける日々ばかり過ごしてきて、正解を求めることばかり追い続けてきたけれど、あれで正解を取りまくっていた連中は、すでにそういうフィールドにいたのだろうか。
「それに、今の話にはもう一つ別の意味があるが、分かるか?」
「別の意味ですか?」
と質問をすれば、それに答えを返すのが全知書庫だ。
「あ、そうか。立場を入れ替えるのか」
「そういうことだ。さすがに飲み込みはいいな」
「ははは」
スシル先生は感心したみたいだけど、これはチートw能力であって、俺の力じゃない。別にわざわざ訂正する必要もないけれど。
立場を入れ替えるとは、つまり、俺も正解ではない手を指して隙を作って、相手を誘導できるということだ。上手く立ち回れば、正解ばかりで押すよりも楽に勝負を決められるかもしれない。もちろん、隙を見せて失敗して不利になるリスクを受け入れた上のことだけれど。
全知書庫に死角はないと無意識で思い込んでいたけれど、思っていた以上にこの世界、奥が深いみたいだ。




