騎士の決闘(6)
もう決闘の勝負は着いたのだが、トーマが結果に納得せず、いつまでも怒鳴り散らしている。しかも、ギャラリーの中にいるトーマの取り巻きも同調してブーイングを始めた。
「卑怯者のカンニング野郎! 今謝って仕切り直しにすれば許してやる。いつまでもそこに隠れていたら、わかっているんだろうなっ!!」
許すも何も俺が勝ったんだけど、このままなし崩しに勝敗をうやむやにしてしまうつもりなんだろうか。チートwスキルも決闘に勝てるという以上のことは何も言わなかったから、この展開は全くの想定外だった。
これで俺に力尽くでトーマを黙らせられる力があれば良かったのだが、水風船を割るというルールにしたからステータスの低い俺の非力な矢でも勝てたわけで、ある程度訓練を積んだ相手との真剣ルールなら、俺の矢なんてちょっと厚めで丈夫な布の服を着るだけで無傷でいなせる程度なのだ。
支援の大弓は他人に支援魔法をかけることはできるけれど、形状の制限から俺自身にはかけられず、俺のステータスを上げることはできないから、自分自身の直接的な攻撃力を高める方法はないという欠点がある。この装備は、完全に後方支援の専門職のための装備なのだ。
といって、観客席にいるタスクやユキに助けを求めても、それを理由にトーマの取り巻きが参戦してきたら多勢に無勢で結局不利は変わらない。
「決闘は俺の勝ちだ。それはモモ先生が証言してくれる。いい加減にしろ」
「うるせぇ! 証人はここに大勢いるだろうがっ! 貴様が卑怯な手を使ったのは明白なんだよっ!!」
現在進行形で、お前が卑怯な手を使って決闘の勝敗を覆そうとしているんじゃないか、と言いたいところだけど、それを言ったところで話が解決するようには思えない。
「トーマ君、いい加減にしてください!」
モモ先生がトーマをいさめようと頑張っているが、トーマは全く聞く耳を持っている様子はなかった。
八方塞がりでどうしたものかと悩むが、こんなときに限って肝心の全知書庫は何も教えてはくれなかった。あのクソ女神は肝心なところで役に立たないスキルをよこしやがって。
「無様だな」
その時、人波を割るようにして、1人の人物が試合場へと歩み寄ってきた。
「何だ、貴様。ここは部外者立ち入り禁止……」
「私は魔導士団第二隊所属、魔導士スシル=メイリだ。口を慎め」
トーマがいつもの横柄さでくちばしを差し挟んできた人物に文句を言おうとすると、それを遮って自分から身分を明かした。それは、先日ビュープレット邸で行われた懇親会に参加していた魔導士のスシルだった。
「ま、魔導士……」
「あれが……」
「あの精鋭の……?」
「確かに、あのケープは……」
魔導士の名は、当然騎士学校の生徒たちにもよく知られていて、スシルが魔導士を名乗った事で観客にもどよめきが広がった。中にはスシルのケープが魔導士団の礼装であることに気付いたものもいるようだった。
「お前はあらかじめ合意したルールで決闘をしたのだろう? それで負けたらルールを無視して騒ぐのか? それとも、ルールに違反した『卑怯な手』とやらを具体的に説明できるのか? 今、ここで!」
「そ、それは……、これだけの観衆が証言すれば……」
試合場に上がったスシルに詰問されたトーマはしどろもどろになっていた。いつものように男爵家の地位でゴリ押ししようとしても、相手が魔導士では通用せず、取り巻きに頼るくらいしか手段はないのだ。しかし、その取り巻きにしても、魔導士と事を構えたいとは思えない。
「そうか。なら、この中で代わりに『卑怯な手』というものを説明できるものはいるか? いたら、ここに出て説明して見ろ」
スシルが今度は観客に向かって呼びかけたが、その声に応じるものはいなかった。当たり前だ。誰も、卑怯な手が具体的に何なのか分かっていないのだから。
「誰もいないようだが?」
「ぐぬぅ……」
「口で説明できなくとも、実践ならできるか? だったら、私が同じルールで戦ってやるから、卑怯な手でも何でも使って、私に勝てたら決闘の結果に言い掛かりを付けたことは不問にしてやるぞ。ん?」
スシルの言葉は、形式上はそうではないものの、実質的には決闘の申し込みとも取れるものだった。もちろん、正式な申し込みでないとして拒否しても構わないが、そうなればトーマが俺との決闘の負けた上で言い掛かり付けたことを認めたことになる。
「ど、どんな手を使ってもいいんだなっ」
「ああ。死角からの不意打ちでもなんでも好きにしろ」
そう言うや、スシルは予備の水風船を身体に身に着け始めた。今ここでこのまま決闘を始めるということらしい。トーマも慌てて、割れた水風船を外して新しいものに交換した。
「油断したなっ。疾風烈火っ」
「「疾風烈火」」
スシルがまだ宝玉も手に持たず、水風船の位置を確認している時に、決闘開始の合図も待たないでトーマはスシルに向かって魔法を放った。と同時に、観客席にいた取り巻きが2人、タイミングを合わせて同時にスシルに魔法を放った。
卑怯だが、卑怯な手を使っていいとスシルが言った以上、それがルールだ、というつもりなんだろう。
「トーマ君っ!」
慌てたモモ先生が叫ぶが、もう手遅れで、魔法は放たれて三方からスシルに襲い掛かっていた。
「防炎」
3人の疾風烈火が届くと思った瞬間、宝玉も持たずにスシルが2文字魔法を唱えると、一瞬で疾風烈火が掻き消されてしまった。
「千霜」
続いて、スシルが間髪を入れずに次の2文字魔法を唱えると、トーマの水風船が3つ同時に破裂した。千霜は、対象の表面の水を凍らせて細かい刃をたくさん生み出す魔法で、殺傷力は低いが風船を割るには最適な魔法と言えた。
魔法の効果の強さは使用者のステータス、宝玉の種類、対象の特徴などにも依存するが、何よりも重要なのが詠唱に含まれる文字数とされている。4文字が通常威力で、2文字は威力を犠牲にして速度を重視した簡略版というのが一般的な理解だ。
なので、スシルが4文字魔法3つ分を2文字魔法1つで打ち消して、反対に2文字魔法1つで3つのターゲットを同時に破壊したのは、誰の目にも圧倒的な力の差を見せつける内容だった。
しかも、スシルは宝玉を手に取ることなく、遠隔で発動しているのだ。魔法発動時には、宝玉を手に持つなどして身体に密着させなければ、魔法の制御に失敗しやすくなるというのは常識で、身体から離れたところに置いたままで発動するのは常識外れと言ってよかった。……、少なくとも、騎士学校では。
「君の負けだ」
トーマは、計6つも水風船が割れてずぶ濡れになった姿で、納得していないものの何も言い返すこともできず、憤懣やるかたない様子で足取り荒く試合場を下りて行った。
「クソッ」
試合場の外からトーマの罵声が響くと同時に、何かを蹴りつけたような音がした。余程腹に据えかねているようだ。
「スシルさん、お久しぶりです。どうしてここに?」
トーマが退治されて、ようやく土壁から出てスシルにあいさつすることができた。スシルはトーマのことなど何事でもなかったように返事を返した。
「ちょっと頼まれてな。ここで魔法を教えることになったんだ」
「そうなんですか」
「何を呆けている。君に魔法を教えるんだろ」
「え?」