騎士の決闘(4)
「決闘のルール?」
「そうだ。後から結果にケチを付けられたら決闘に水を差されることになるからな。勝ち負けを分かりやすくしておこうと言うんだ」
翌日、俺はトールに決闘を受ける返事をすると同時に、決闘のルールの提案をした。
「ルールは簡単だ。この水風船を身体の3か所に付けて、先に3つとも割れた方が負けだ」
「ふん。こんな小さい風船じゃ、間違って風船以外に当たるかもな」
俺から水風船を受け取ったトールは、風船を見せつけるように手で握りながらそう言った。初めから風船じゃなくて身体の方を狙うことを、ほとんど宣言しているようなものだった。
でも、それは想定済だ。
「風船以外への攻撃は反則じゃない」
「ほー。全部割れる前に戦えなくなるんじゃないか?」
「どっちが戦えなくなるかはやってみないと分からないぞ」
「言ったな。だったら、3つ全部割れるまでギブアップするんじゃねーぞ」
最後、トールは俺に掴みかからんばかりに近づいて、目の前で風船を握りつぶして破裂させて見せた。
このルールは悪意を持って受け取れば、どれだけ身体に攻撃がヒットしても、風船さえ割れなければ勝負が続行することになるので、長時間相手をいたぶることが可能になる。それを分かって、トーマは決闘の前からクリーンな勝負を放棄すると宣言したのだ。
これだけ聞くと、このルールが俺に不利に聞こえるが、逆に言えば、身体に有効打を入れることができなくても、水風船を割るだけの力さえあれば勝つことができるのだ。
俺のステータスでは力が弱すぎて、普通にトールに攻撃しても有効打にはならないし、かと言って、なんとか力を込めようとすると大振りになって、逆に攻撃の隙を与えてしまう。だから、普通なら全く勝負にならず、ひたすら防御に専念して有効打を回避するのみだった。
しかし、風船を割りさえすればいいのなら、俺の弱い力でも勝機が出てくるのだ。
「ふふ。見てろよ、トールめ」
俺は、格下と思っていた相手に負けた時のトールの表情を想像して、こっそりとほくそ笑んだ。
決闘は3日後となった。正式な爵位を持たない未成年の決闘の場合、親の同意が必要となるが、親が拒否することは少ない。小さいうちは決闘なんて遊びの一環だし、長じては大人に準ずるとして本人の名誉を尊重するようになるからだ。
決闘には正式な立会人を立てる必要があるが、これはモモ先生にお願いすることにした。立会人は試合の審判とは違い、結果を見届けるだけの役割の人物で勝負の成り行きに関与することはできない。
決闘の勝負はあくまでも2人の間だけで行われなければならないと決まっているのだ。
「レン君、Dランクに昇格して、油断して気が大きくなっていませんか?」
モモ先生に立会人をお願いした時、後で呼ばれて釘を刺されてしまった。トールが乱暴者で弱い者いじめをするということは、当然モモ先生も知っていることだからだ。
でも、俺はそんなことは百も承知で決闘を受けているので、モモ先生の心配は当たらないとはっきり断言できた。
「大丈夫です。自分の力は十分理解してますから」
「でも、相手はあのトール君ですよ」
「そのための特別ルールですから」
俺はモモ先生を何とかなだめて理解してもらった。作戦の詳細を教えるとモモ先生の中立性を損ないかねないと思ったので、曖昧な説明だけで納得してもらうのに苦労したが、何とか説得した。トールに特別ルールを飲ませるよりもはるかに難しかった。
決闘前夜。
「おい、兄貴」
「!!! びっくりした! ノックぐらいしろよ!!」
明日の決闘の作戦をイメトレした後、高揚した気分を落ち着けるため、秘蔵の画集を鑑賞しようと秘密の引き出しに手を掛けた時に、いつの間にか背後に立っていたリカに突然声を掛けられて、飛び上がるほど驚いた。
「したわよ。聞いてなかった方が悪いんでしょ!」
「返事をする前に入ったらアウトだろ」
「うるさい!」
明らかに不機嫌そうなリカの剣幕にちょっとビビりつつ、ぎりぎりで兄としての尊厳を保とうと、虚勢を張ってリカを見つめ返していたら、リカの方から目を反らした。顔がすこし赤いので、火に油を注いでしまったかもしれない。
「……、明日、決闘なんでしょ」
「そうだけど?」
「負けたら私まで肩身が狭くなるんだから、分かってる?」
「分かってるよ」
リカはまた俺の実技の成績が振るわないことについて文句を言ってきた。何かあるとチクチク言われ続けてきたのだけど、次の決闘で勝ったらさすがに言わなくなるだろうか。
「相手の人は今まで試合で勝ったことがないんでしょ。本当は大丈夫じゃないんじゃないの?」
「今回は勝てる」
「ほら、やっぱりそう……、え、勝てる?」
「ああ。勝てるよ」
「はぁ。兄貴はいい加減、現実を直視しなよ」
珍しく、俺が自信を持って断言したら、リカはなぜか余計に不信感を持ったようだ。
「今まで試合で勝てなかった相手に決闘で勝てるわけないじゃん。何をしたって無駄に決まってるよ」
「その言い方はちょっとひどいだろ!」
さすがにリカの言い方がひどいと思ったので、俺はつい語気を荒げてしまった。すると、リカは俺がそんな反応をすると思っていなかったのか、少し怖じ気づいてしまった様子だった。でも、そんな様子は一瞬で、すぐにいつもの様子に戻った。
「と、とにかくっ、決闘になっちゃったものはしょうがないんだから、怪我だけはしないようにしてよねっ!!」
「お? おう」
「どうせ兄貴が勝つなんて誰も思ってないんだから、無理する意味なんてないんだからっ!!!」
早口でまくし立てるリカの、俺に対する評価の低さにちょっと泣きそうになった。
「いい? 分かった!?」
最後にそれだけ言うと、俺の返事を待たずにリカは部屋から出て行った。……、と思ったら、またすぐに戻ってきた。
「これ、上げる」
そして、俺に向かって何かを投げつけると、またすぐに出て行ってしまった。
「何なんだ、一体?」
リカに投げつけられたものを手に取って見てみると、ネックレス式のタリスマンだった。確か、リカが騎士学校の入学祝で買ってもらって以来、大きなイベントの時はいつも身に着けていた物だったはずだ。