騎士の決闘(2)
校長室を辞した後、俺はモモ先生と2人きりで誰もいない部屋にいた。もちろん、今後のカリキュラムについての話し合いのためだ。
「それにしても、先生はびっくりしました」
モモ先生が机の上に手を突いてこちらに身を乗り出してくると、小柄な体に不釣り合いな胸が強調されて目のやり場に困ってしまう。
「レン君、またすぐに目を反らして」
それは俺のせいじゃないと思うけど、反論もできないので仕方なく視線をモモ先生の方に戻した。なるべく視界の下半分には意識を向けないようにして。千里眼がカップサイズを教えてくれるが、それも無視だ。
「たまたま運がよかったんです」
「たまたまでハンターズギルドのDランクにはなれませんよ」
「……先生、ここでの話は秘密にしてほしいのですが」
「先生は、生徒の秘密をむやみにしゃべったりはしませんよ」
まあ、これまでのモモ先生との付き合いから、信頼できる先生だと言うことは分かっているし、千里眼で見ても裏で人の陰口や噂話をするような人でないと分かるので、これまでの経緯を説明することにした。
ただ、全部説明すると話が長くなるし、公爵家の令嬢が呪いを受けていたことを言いふらすのはよくないと思ったので、一部適当に割愛して説明した。
「……ビュープレット子爵様のご令嬢が参加するハンターチームですか」
モモ先生は驚きを飲み込んで、ため息を吐くようにつぶやいた。信じられないといった様子だが、実際俺も自分のことでなければ信じられないことだと思う。
「カレンお嬢様はハンターズギルドでは素性を隠して、騎士学校の生徒、アイネ=クライネとして登録していますので、先生の方でもそのようにお願いします」
「分かりました」
「あ、でも、ハンター活動を子爵様が支援してくださっていることは公になっていますので、秘密にしなくても大丈夫です」
ハンターズギルドにはビュープレット家の家紋入りの魔動車で横付けにしているし、ガリソンがチームのお目付け役となっている。それに騎士学校でも先日、支援の大弓の盗難騒ぎで子爵から下賜されたことを説明した。
極めつけには、この間の懇親パーティーだ。あそこにあれだけのゲストを招き入れたということは、子爵様が俺を支援することを公に宣言したと受け取って間違いない。
俺のカリキュラムについては、騎士養成カリキュラムを軸に授業を取っていくことになった。ただし、座学についてはこれまでの成績を考え、授業への出席義務が免除された。これで俺は、座学の授業は試験だけ受ければよい。
実技については、俺のスキルと今の授業の内容が合っていないので、魔法系重視と弓装備ということでカリキュラムを組み替えることになった。騎士養成カリキュラムは専門職志向なので、そういうことが可能なのだ。
ただし、騎士学校には支援魔法の授業がないため、遠隔攻撃魔法を主体とした後衛魔法使いの授業を受講することになった。後衛から魔法を掛けるという点で支援魔法と遠隔攻撃魔法には共通するところがあるためだ。
「あ、忘れるところでした。レン君は特別選抜クラスに入ることになります」
「え、そうなんですか?」
「はい。と言っても、特別選抜クラスは週1回ホームルームがあるだけで、追加の授業はありませんから」
「あ、そうなんですね」
「本属は私のクラスですから、今まで通り担任も私です」
どうやら特別選抜クラスというのは、通常のクラスの代わりになるものではなく、成績優秀者だけを集めたサロンのような集まりらしい。週1のホームルームの参加も自由参加とのことだ。
「じゃあ、あまり気にしなくてもいいですね」
「基本的にはそうなんですが、実は特別選抜クラスの生徒には、皆さん、学園祭で舞台発表を行ってもらうことになっていて」
「え?」
舞台発表と聞いて、確かに学園祭の時に一番目立つ舞台で発表をしている人たちがいることを思い出した。興味がなかったので知らなかったけれど、あれは特別選抜クラスの生徒の発表だったのか。
「だいたい、皆さん、それぞれの得意分野に応じて、剣舞を舞ったり、魔法試技をしたりとしているので、レン君も何かやってもらうことになると思います」
「あー、そうなんですね」
これはちょっと困った。俺のできる実技は支援魔法しかないけれど、支援魔法は地味で舞台映えするとは思えない。どう考えても盛り下がること間違いなしだ。
「大丈夫ですよ。学園祭までまだ時間はありますから、ゆっくり準備できます」
俺の顔色が曇ったのを見て、モモ先生はすかさずフォローを入れてきたが、さてどうしたものか。まあ、モモ先生の言うように、学園祭はまだ先なので急ぐ必要はないけれど。
「分かりました。何か、考えてみます。思いつかなかったら、相談に乗ってください」
「任せてください」
翌日、俺のDランク昇格による授業免除と特別選抜クラス入りが掲示板に張り出された。最終年次以外でのDランク昇格は学校初のことで、学内ではちょっとした噂になった。
しかも、俺は、座学ばかり成績が良くて実技が最低の「キモい変態」ということで知られていて、ハンターとしての実績が必要なDランク昇格とは最も縁遠い印象があることから、一体どういう理由でDランク昇格になったのか、様々な憶測がされているようだった。
一番多いのが、高ランクチームに入れてもらって実績のおこぼれをもらったというもの。でも、ハンターズギルドのランク昇格にはチームの実績ではなく個人の実績が必要なので、高ランクチームに所属しているからといって、ランクが自動的に上がるわけではない。
次に多いのが、高ランクチームの取りこぼした獲物を横取りしたというもの。確かに獲物の止めを刺せば個人の実績にはなるが、ランク昇格審査では結果と同じくらい過程を重視するので、獲物を横取りしたのでは昇格は難しい。
さらには、賄賂でハンターズギルドの担当者を買収したという話まで出ていたが、俺のような貧乏騎士に賄賂を贈るような余裕があるわけがない。
不思議なことに、俺の後ろ盾となったビュープレット家に配慮して昇格が決まった、という憶測をしている人は誰もいないようだった。俺がビュープレット子爵からそれほどまで目を掛けられているなどとは、Dランク昇格よりも信じがたいことで、話にもならないようだ。
ちなみに、こういう噂話がどうしてぼっちの俺の耳に届くかというと、別に誰かが俺に教えてくれるわけではなく、千里眼を使えば噂話の類はまるっと筒抜けなのだ。これを俺は「異世界エゴサ」と名付けた。
……心が折れることが分かっているのについついやってしまうあたり、前世のエゴサと全く変わらない。
「よ。噂になってんな」
昼休みに一人で弁当を食べているところに声を掛けてきたのはタスクだった。
「誰一人、俺が実力でDランク昇格したと思っているやつがいないんだが」
「まあ、そりゃ、仕方ないな」
「俺だっていきなりDランク昇格はないと思ってたけど、それにしてもひどくないか」
「それを証明する機会は案外早く来るかもよ」
「どういうことだ?」
「さっき、トーマがひどい形相で掲示板を見てたぞ」
「う゛ぇ」
最近、トーマは俺のことを目の敵にして、執拗に試合でいたぶってくるのだが、Dランク昇格なんという話になったらどんな因縁をつけて何をしてくるか。
「でも、俺はもう授業免除で、トーマと実技であたることはなくなったからな」
「それで諦めるやつならいいんだけどな」
「そうなんだよなぁ」
あのチンピラもどきがそうやすやすと引き下がってくれるとは思えない。まさか校内でいきなり攻撃してくるようなことはないと思うけど、何をしてくるか分からないから警戒はしておかないと。




