次期公爵のお礼(5)
「ちょっと待て。もう一度、始めから説明してくれ」
ハンターチームの仲間集めで、まず俺が声を掛けたのはタスクだった。友人らしい友人のいないぼっちの俺にとって、声を掛けられる相手など大した数はいなかった。
もちろん、タスクを選んだのは単に俺がぼっちだからというだけでなく、タスク自身の能力も十分だと判断したからでもある。俺のチート能力の判断なわけだが。
「だから、まず、ビュープレット子爵にハンターにならないかと言われて……」
「すとーーーぷっ。そもそも、なんでお前が次期公爵様にそんなことを言われなきゃならないんだ」
「それは、この間の秘密の依頼の件をうまく解決したからで」
「あれって、マジの話だったのか!?」
「マジに決まってんだろ」
そう言って、俺は周囲をちょっと気にしながら、内ポケットからピックを取り出した。支援の大弓の宝玉の手入れに使う道具としてもらったものだが、明らかに高価で上質なもので、竜の革張りの取っ手にビュープレット公爵家の家紋が入っていた。
「マジか」
効果はてきめんで、半信半疑だったタスクは、それを見てあっさりと俺の話を信じる気になったようだ。
「でも、それでなんでハンターになるなんて話になったんだ?」
「その依頼のお礼として、ビュープレット子爵領でハンター活動をしてもいいことになったんだよ」
「はぁああああっ!?」
ほら、驚いた。
「声が大きいよ」
「待て待て。ビュープレット子爵領に何があるか分かってるのか!?」
「俺が知らないわけがないだろ」
ビュープレット子爵領に何があるかというと、ダンジョンがあるのだ。
ダンジョンとは、魔物が多く出現するエリアのことだ。この世界は魔石をエネルギー源とした魔道具を使う文明が発達していて、魔石の原料となる魔物のコアの採集が非常に重要な産業となっていた。要するに、ダンジョンとは、前世でいうところの油田のような扱いなのだ。
魔物はダンジョン以外でも出現するが、ダンジョンの出現密度はずっと高いので、ハンターを稼業とするならばどこかのダンジョンを狩場とするのが一般的だった。
ダンジョン自体はそれほど珍しいものではない。どころか、だいたいどんなところにもダンジョンは存在する。ただ、ダンジョンごとに規模や出現する魔物がことなり、それぞれに攻略難易度や得られるコアの質・量が異なるのだ。すると、必然的に実入りのいいダンジョンとそうでないダンジョンの違いが出てくる。
当然、ハンターは実入りのいいダンジョンに集まってくるのだが、人が多すぎるといろいろな問題が起きるので、人気のあるところは審査をして選ばれたハンターにのみライセンスを発行していた。また、ダンジョンでは兵士も活動していて、一般ハンターを立ち入り禁止にして兵士のみに狩りをさせるところもあった。
兵士が相手にするのはハンターでは太刀打ちできないような大物が中心だが、領主によっては兵士が普通のハンター活動をすることもあり、兵士とハンターの間でトラブルになることもあった。
ビュープレット子爵領のダンジョンはハンターが狩りやすい魔物が上質のコアを産出する上、兵士が少ないというハンターの天国のようなダンジョンとして有名で、ハンターズギルドの格付けで最上位のAクラスとされていた。
当然ライセンス制を取っているのでライセンスがなければ活動できないが、国内トップクラスの魔石産出量を誇り、ここのライセンスを取れれば一生食いっぱぐれることはないとすら言われていたのだ。
騎士学校の卒業生は兵士かハンターであるため、こういったダンジョンに関する知識は必須の教養で、国内各地のダンジョンはすべて特徴も含めて勉強させられている。少なくとも、有名どころは完全に暗記していないと進級すらさせてもらえない。
「何か裏があるんじゃないだろうな?」
タスクはまだ疑っているが、興味津々であることは真剣な表情を見ればわかった。なにせ、卒業後はハンターになることを目指しているので、ビュープレット子爵領のダンジョンのライセンスは喉から手が出るほど欲しかったのだ。
「そうだな。裏ってほどのことじゃないけど」
「やっぱりな」
「ハンターチームの仲間に子爵のお嬢様が参加するな」
「ブーーーーーーッ!」
俺の言葉に、タスクがつばを噴き出した。汚い。
「だから、お前はお嬢様の盾というわけだ」
「お前……、俺の戦い方、知ってるだろ?」
「別に物理的に盾にしようってわけじゃない」
タスクの身体は小さい。大柄な俺と並ぶと、その小ささが余計に目立つ。俺とタスクがハンターチームにいたら、盾役をするなら誰が見てもタスクじゃなく俺の役割だと言うだろう。実際には、俺はステータスが低すぎて、盾にすらならないのだが。
とはいえ、タスクも身体が小さいため、オーソドックスな戦い方は向いていなかった。そのため、気配を絶って相手の死角に入り、一撃必殺の剣を振るう暗殺術を中心に身に着けていた。騎士学校では、魔物相手に効果のある暗殺術も教えられていた。
暗殺術はハマると効果が高いが失敗した時のリスクも高い。魔物ごとに特性が異なるため、様々な魔物の特性に精通していなければ戦場では役立たずにしかならないという点で、ハイリスクハイリターンな戦闘技術であった。
「お前に任せたいのは、魔物たちの注意の制御だよ」
「注意の制御?」
「魔物の隙を突いて攻撃したり、音を立てて注意を逸らしたりして、お嬢様の方に魔物が向かってこないようにするんだ」
「なるほどな。それなら俺に向いてそうだな」
「じゃあ、参加してくれるか?」
「まあ、頼まれてやるよ」
よし。これで1人目は確保した。
2人目はユキだ。ユキは俺がカレンお嬢様に連れられて魔動車に乗り込んだところを目撃していたので、事情は説明しやすいのではないかと思ったのだが……
「何?」
声を掛けた一言目に返ってきた返事は、明らかに不機嫌そうな声色だった。
「あ、いや、な、何でもない……」
社交スキルゼロの俺にとって、女の子の不機嫌オーラを突破して話しかけるなど天地が逆転しないと不可能な所業で、ぼそぼそとどもりながら即座に退散したのだった。
困った。ユキは体格のいいパワー型なので、ハンターチームにぜひとも欲しいポジションだというのもあるのだけど、それ以上に最近ちょっとイイ感じになっていたユキからの冷たい視線で心がイタイ……
しょぼくれて、とぼとぼ帰り道を歩いていると、後ろからカバンを投げつけられた。気を抜いていたせいで、俺の頭にクリーンヒットして、思わずずっこけてしまった。
「ちょ、大丈夫?」
声のする方を見上げると、若干慌てた様子のユキの顔があった。
「ごめん、まさかまともに当たるとは思わなかったから。ねえ、ちょっと、返事してよ」
下から見上げるとユキの胸ってこんなに迫力があるんだなと思いながら、くらくらする頭でユキの声をぼーっと聞き流していた。