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公爵令嬢の危機(5)

「分かりました。この件は私と上様以外には誰にも漏らすことはないと誓いましょう」


 ガリソンは即答で俺の申し出を快諾してくれた。もちろん、これはガリソンも予想していたことだったはずだ。ちなみに、わざわざ俺が「騎士学校」に秘密にするよう頼んだのは、カンニングの件が問題になることを避けたかったためだ。


 さて、そこでガリソンの質問への答えだが、俺の固有スキルをすべて教えるというつもりはなかった。が、パズルに特化した能力などとうそぶくつもりもない。それならば騎士学校に秘密にするようにお願いする必要などなかったのだから。


「私の固有スキルは、どんな問題でも、正解がある限り、即座に正解が得られる能力です」

「どんな問題でも、とは?」

「どんな問題でも、ということです」


 ガリソンは口に手を当てて、しばし考え込んでいた。その間、俺は出された食事を口へと運んだ。


「もしそれが本当のことならば想像以上ですが……、何か証明することはできますか?」

「騎士学校に問い合わせていただければ、座学の試験はすべて満点を修めていることが分かるかと思います」


 それでガリソンは納得したのか、その後は、俺とガリソンは当たり障りのない騎士学校での生活の話をして食事を終え、今日はこれ以上パズルを解くことなく、シャワーを浴びてベッドに倒れ込んだ。



 翌日、俺はこれまでと同じように朝食を取ってからパズルに取り掛かった。昨日、すべてのピースを分配し終わっているので、後は400ピースのパズルを100個、端から順に解いていくだけだ。


 ピースの端の形状が複雑なので、急いでも1ピース最低2秒は掛かると考えて、400ピースを並べるのに最低13分強。100個のパズルをすべて解くのに休みなく解き続けて最低でも22時間以上掛かる計算になる。


 実際にはピースを100個のパズルに分配するのに比べ、1枚1枚隙間なく整列させていくことに神経を使うことから、次第に休憩も長く取らないとつらくなってきたため、時間はもっと掛かった。


 俺がパズルを並べ始めてしばらくして、ビュープレット子爵が部屋に入ってきた。慌てて立ち上がって敬礼をしようとしたところをすぐに制止された。


「よい。続けろ」


 子爵が見ていると姿勢を正して作業をしなければいけないし、休憩を取るのも憚られるので、窮屈で疲れてしまう。けれども、相手は子爵で依頼人であるので、出て行ってほしいと言うわけにもいかない。


 早く出て行ってくれないかなと思いながらパズルに没頭していると、2つくらいパズルを完成させたところでガリソンを伴って部屋から出て行った。千里眼(ちら見)で確認しても戻ってくる様子はなさそうなので、ようやくやれやれと緊張をほぐした。


 そうして1日で55個のパズルを完成させ、翌日、つまりパズルに取り掛かった初日から数えて6日目に、とうとう最後のパズルを完成させるところまでたどり着いた。


 完成の直前にはガリソンと子爵、それに俺と同年代くらいの少女が部屋に集まってきた。この少女は、子爵邸に来てから始めて見たが、悪魔に呪いを掛けられたというお嬢様に違いないと思った。


 それは、以前、ユキとデートをしたときにカフェから出てきた一際目を引く貴族の少女だった。あの時見えた「悪魔憑き」の意味はこれのことだったのかと納得した。


 3人に同時に期待のこもった視線で凝視されて、俺は居心地が悪かった。パズルは完全に白色のミルクパズルだったので、本当に正しい配置に並べられたのかは並べ終わって魔法陣が浮かび上がるまでは分からないからだ。全知書庫(カンペ)の能力なので、当然、正解するはずではあるのだけど。


 しかし、パズルを解く手は止まらない。100個目のパズルも俺にとっては1つ目のパズルと変わらず、ただ淡々とピースを並べるだけだ。チート(笑)能力には焦りも緊張も関係ないのだ。


 最後の1ピースを並べ終わると、真っ白だったミルクパズルの全てのピースが光り始めた。俺がふらふらと立ち上がって後ろに下がると同時に、子爵たち3人が前に進み出てパズルの縁に並んだ。


 光はすぐに収まって、ミルクパズルの表面には巨大な魔法陣が浮かび上がった。念のため、魔法陣に悪意のある罠が仕掛けてないことを確認したが、問題なかった。これで、ようやく俺の仕事は終わりだ。


「お父様」


 悪魔に呪われたお嬢様が、そう言って子爵を促した。


「ああ、そうだな」


 子爵はそう返事をしたものの、動こうとはしなかった。娘の命を救うためには魔法陣を起動しなければならないが、本当に悪魔の言うことを信用できるのか、100%の確信が持てなかったからだ。


 しかし、娘の方はそんなことに頓着する様子はなかった。


「早く、お父様!」


 お嬢様はためらうことなく魔法陣の上に乗り、父を呼んだ。


「あ、ああ」


 娘の声に我に返った子爵は、娘の後を追うように魔法陣の上へと乗った。そして、2人で魔法陣の中央まで進み出た。


「カレン、やはりまず時間を掛けて危険がないかを調べてからの方が……」

「お父様、こんな巨大な魔法陣を解析するのにどれだけの時間が掛かるとお思いなのですか?」

「だが、万が一のことがあれば……」

「私はあと3週間で死ぬのです。いえ、もしかしたら悪魔が計算を間違えていて、明日死ぬかもしれないのですよ?」


 お嬢様は完全に覚悟が決まっていて、今すぐ魔法陣を起動して、それで死んでも構わないと思っているようだ。しかし、父の子爵の方はいざという時になって迷いが出て、魔法陣を起動していいものか悩んでいるらしい。


 ここまで悪魔の計算だとすると、さすが悪魔だけあって悪魔のように性格が悪いとしか言いようがない。しかも、お嬢様の指摘するように1年と言いながら「人間界の」1年よりちょっとだけ早く期限が来て、迷っているうちに死んでしまうことになったら、子爵の嘆きはどれほどのものになるだろう。


 もし俺が悪魔だったら、高笑いが止まらないというところではないだろうか。


「大丈夫です。その魔法陣に危険はありません」


 俺は思わず、魔法陣の外からそう声を掛けた。


 おそらく、この世界のどこを探しても、期限内に魔法陣が安全だと知ることができるのは俺一人に違いない。この見知らぬ少女の命を救うことに、俺の言葉が少しでも役に立つのなら、それが礼を失する可能性があったとしても、言わないというわけにはいかなかった。


「ほら、お父様、あの方もそう言っています」


 俺の言葉に力を得たのか、お嬢様はさらに畳みかけるように子爵に詰め寄った。子爵はなおも悩んだ様子だったが、やがて決断したようだった。


「分かった。やろう」

「上様!」

「ガリソン、これは私が決めたことだ。誰かの言葉を鵜呑みにしたわけではない。カレンの言う通り、悪魔の言葉を100%信用することはできないのだ」

「は。差し出がましい真似をいたしました」


 ガリソンも納得したところで、子爵がお嬢様に魔石を与えた。学校の試合で使うよりもずっと大きくて純度の高い魔石だ。魔石でもあれだけのものとなるとかなり値が張るに違いないし、何より市場で流通しないのでどこからかコレクションを融通してもらう必要がある。


 さすが次期公爵といったところでもあるが、この巨大魔法陣を発動するにはあのクラスの魔石でなければ魔力が不足してしまう可能性があるので、当然といえば当然だった。だからと言って、完成するかわからない魔法陣のためにあらかじめ高価な魔石を買っておけるか、ということはあるけれど。


 魔石を渡して子爵が魔法陣を降りると、お嬢様が魔石を魔法陣の中央に据え、魔力を引き出して魔法陣を起動した。魔石は魔法陣の中へ飲み込まれるように消えていった。


 魔法陣は単に巨大なだけでなく、極めて複雑な構造をしていて、時間の経過とともにあちこちが順番に明滅したり色が変化したりということを続けていた。あちらとこちらで発生した光が別の場所で融合して新たな反応が始まるというような具合だ。


 それはまるで、魔法陣を起動したものにある種のショーを見せる意図があるようでもあった。魔法陣というものは普通はこんなに複雑な仕掛けを施すものではなく、ストレートに目的を達成して終わるのがほとんどだからだ。これも、いかにも悪魔らしい遊びということなのだろうか。


 場に明らかにそぐわない、見る者を小馬鹿にしたような魔法のショーを見せられたのち、最後に魔法陣は光を中心に立つお嬢様に向けて八方から光の矢を放ったと思うと、きらきらとしたエフェクトを残しながらあっという間にお嬢様の身体へと吸い込まれていった。


「カレン!!」


 その瞬間、お嬢様は膝から崩れ、子爵は思わず叫んだ。魔法陣はそれで役目を終えたのか光を失って沈黙し、パズルに描かれていた文様は徐々にその色を失っていった。

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