最強のチートw能力(1)
「今回も、全科目満点は一人です」
教卓の前に立ち、試験結果を手にそう言ったのは、クラス担任のモモ先生だ。背が低いのを姿勢でカバーしようと胸を張るので、ただでさえ窮屈なブラウスの胸のボタンが今にも弾け飛びそうだ。
「レン=ルーパイン」
モモ先生が名前を呼ぶ前に生徒の誰かが大きな声で名前を呼ぶと、クラス中が爆笑の渦に包まれた。
「えっと、あの、し、静かに! 静かにしてください」
モモ先生は何とかクラスの生徒を静めようとするが、生徒の嘲笑めいた笑いは静まらない。
そんな妙な空気の中、俺、レン=ルーパインはにこりともせず立ち上がり、他の生徒の視線を避けるように身を縮こまらせて先生の下へと歩いて行った。悪いことに、俺の身長は平均より高くて身を縮こまらせてもあまり効果はなかった。
「あ、レン君。はい、よく頑張りました」
「……ありがとうございます」
先生が差し出す試験結果表を受け取って逃げ帰るように自分の席に戻った俺は、己の運命の不遇さとそれを生み出した原因存在に恨みを募らせていた。
全科目満点という人に誇れるはずの結果を出しながらこれほど肩身の狭い思いをしているのは、この世界の常識と俺の置かれた環境が影響している。
俺の通う騎士学校では実技が重視され座学は落第しなければよしとされている。座学の成績を必要以上に上げるくらいなら、実技の練習をする方が実践的で重要であると考えられていた。そんな雰囲気の中で俺の全科目満点という成績は極めて異質だった。
しかも、生徒の間の印象としては、実技が落第レベルで座学が満点というのは、例えるなら体育の授業では絶望的な運動音痴なのに保健のテストだけは満点を取っているような、要するに「キモい変態」という評価になってしまう。それが先の爆笑に繋がっているのだ。
だったら座学のテストでわざと間違えればいいと思うかもしれないが、俺の場合、実技は最低の落第すれすれ、いや、座学の成績がなければ確実に落第していると言ってもいい。だから俺は、クラス全員の嘲笑を浴びても座学の試験で満点を取り続けなければならないのだ。
一体どうしてこんなバランスの悪いことになってしまったのかには、深い理由がある。それは、俺がこの世に生まれる前までさかのぼる…………
某年某月某日、とある天界の一角で、神様たちが忙しく働いていた。ここは異世界転生門と呼ばれる、いわゆる「異世界転生」を司る天界の一部門だ。以前はほとんど仕事もない閑職であったとのことだが、最近は転生希望者の増加で寝る間もなくこき使われるブラック門として有名になっていた。
「異世界転生一丁、剣と魔法、チートマシマシでっ」
「「「ありやしたぁ」」」
威勢のいい掛け声が響くのは、異世界転生門第2課で、いわゆる「テンプレ転生」を専門に司っている部門である。転生先をテンプレと言われるメニューから選択することで、お手頃価格で異世界転生を行うことができるということで人気があるのだ。
それに対して第1課は神様が直々に面接して転生先をオーダーメイドで決めるオーソドックスな転生を行う部門だ。しかし、最近は忙しくて面接時間もどんどん短縮されていて、第2課のテンプレを少しだけカスタマイズするセミオーダータイプが多くなっていた。
「面接希望、1件入りました」
と、第1課の方でも受付係の神様が新規の転生希望者の到着を知らせる声を上げた。転生希望者は受付の後は個別の待合室に通されて、そこで神様の面接を受けることになるのだ。
「今、手の空いてるのは……」
課長がオフィスを見回すが、生憎、全員が転生希望者の面接に出払っていて、手の空いているものは誰もいない。この場合、転生希望者は手の空いた神様が出るまで待合室で待機となるのだが……
「しっ、失礼しますっ。本日よりこちらに配属になりました新人ですっ。未熟者ですが一生懸命頑張りますので、よろしくお願いしますっ」
運よく、あるいは運悪く、今日はちょうど新人の配属の日だったのだ。
「いいところに来たね。じゃ、早速、新人ちゃんに面接お願いしていいかな?」
「はい?」
ほの暗い場所で待たされたのは体感で2時間くらいだった。以前と異なり待ち時間が長くなっているとは聞いていたので覚悟はしていたが、いざ待たされてみると本当に転生できるのか気が気ではなかった。なので、光のエフェクトと共に現れた女神を見て、心の底からホッとした。
「あ、あなたが転生希望の方ですか?」
「は、はい」
「今回は、わ、私が担当させていただきましゅっ。……よろしくお願いします」
生前に「転生者になろう」の掲示板で聞いていた話では、巨乳の女神様が現れるということだったのだけれども、目の前に現れたのはどれだけ目を凝らして見ても貧乳の女神様だ。しかも、開始早々でいきなりセリフを噛んでいるのだが、本当に大丈夫だろうか。
「転生者になろう」とは、最近地球で流行っている、異世界転生の経験者と希望者が交流する巨大SNSのことだ。個々人の持つ情報は少なくても、多くの人の経験談を集めることで、異世界転生を確実かつ成功裏に実現するための様々な情報が日々蓄積され更新されていた。
子供のころから幼稚園受験、小学校受験、中学校受験、高校受験、大学受験、資格試験、就職試験と、試験に追われ続ける日々にうんざりした俺は、試験で人生を測られる生活をおさらばして、異世界でのんびりチート無双するため、異世界転生に手を出したのだ。
「こちらの希望調査票によれば、魔法のある世界への転生が希望とのことですが……」
「はい。科学の代わりに魔法が発達していて、魔道具を使ったり魔物をハンティングしたりする世界に行きたいです!」
魔法のある世界は転生者になろうでも人気のカテゴリーで、転生方法についての解説も多い。一時期、魔法のある世界への転生はトラックにはねられるのが確実とされたため、トラック事故が増えたこともあったほどだ。なお、最近はトラック転生以外の方法も増えて事故件数は元に戻っている。
「それから、……チート能力、を希望と」
「はいっ! 最強のチート能力をお願いしますっ!!」
チート能力。それはあらゆる異世界転生希望者の憧れだ。他者と隔絶したスーパーパワーを持った上で、一人悠々自適の生活を送ったり、場合によっては世界を股に掛けた冒険をする。これに憧れを持たないものがいるだろうか。
俺としては、前世の生活で疲れた心を癒すために転生してしばらくはのんびりと羽を伸ばして、できたら可愛い娘たちのハーレムでも作っていちゃラブな日々を送りたいけれど、それに飽きたらちょっと魔王でも倒してみたりしてもいいかなとか思っている。
「家族構成は妹を希望ですね」
「『可愛い』妹です」
「えっと、『可愛い妹』と」
貧乳の女神様は話しながら神経質そうに何かを紙に書き込んでいた。丁寧に仕事をしている様子を見て、俺は最初の感じた不安をすっかり忘れて、転生後の悠々自適な人生に心を躍らせるようになっていた。
「はい。他に何か付け加えることはありますか?」
「転生した後で前世の記憶は残りますか?」
「えっと、……それは基本プランに入っているみたいですね」
「じゃあ、転生後に女神様に会うことはできますか?」
「え、そ、そんな、今日会ったばかりで、そんな大胆な……」
「え?」
「え?」
何か意思疎通に問題が起きたみたいで、俺は女神様としばらく見つめ合ってしまった。
「いやいやいや、そういう意味じゃなくてですね、後で異世界で分からないことがあった時にフォローとかあるかなって」
「わわわわ、分かってましたよ、そういう意味だってことはっ」
いや、絶対、デートの誘いか何かと勘違いした、この貧乳女神は。
「えっと、一応、そういうオプションもあるにはあるようですが、……あなたの場合はちょっと功徳ポイントが足りないようですね」
「世知辛いですね」
地獄の沙汰も金次第、ポイント次第ってことですか? それにしても、「功徳」ポイントって実はこの女神様は仏教系だったんですね。見た目はどう見てもローマ系ですけど!?
ともあれ、貧乳女神様の面接は終わり、つつがなく俺は異世界に転生することができる運びになった。
「では、私が合図して10秒後に転生が始まります。いいですか? では、ごきげんよう。また、いつかお会いする時まで」
そう言うと、女神様の姿は光のエフェクトと共に消え、それからきっかり10秒後に俺の意識は暗闇へと落ちていったのだった。
「ところで、『チート能力』というのは『固有スキル:チート(カンニング)最強セット』のことでよかったのでしょうか?」
一人になった女神は今送り出したばかりの転生希望者のファイルを確認しながら、一人そうつぶやいた。新人女神様が一人前になるには、もうしばらく時間が掛かるようだ。
年末年始に思いついたアイデアで新作を書いてみました。
とりあえず、1週間ほど毎日投稿して、そこから先は様子を見ながら考えてみたいと思います。
読んでみて続きが読みたいと思いましたら、是非、最新話の下段から作品の評価をお願いします。