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擦り合わせが難しい:1


あれから数日経ったいま、俺は枯れ木のウロの中で膝を抱えて泣いていた。

どうしてこうなってしまったのか、ぐずぐず鼻を啜りながら思い出す。


生き返ってすぐ、すっかり興奮してしまった俺はアホなことに、考えなしに森の奥へ突入していった。

ウサギもどきを食べるために手放していた石のナイフや火打ち石を持たず、とにかく人影を探すことに一生懸命になってしまった結果、水場までのマーキングすら忘れていたので元の場所に帰ることすらままならなくなったのだ。

本当にバカ。水場をもっとよく探れば人の足跡くらい見つけられたかもしれないのに、直感で飛び出したせいでまた振り出しに戻ってしまったわけだ。


「身ひとつに戻ってしまった」


ぐぅぅ、と情けなく腹が鳴く。


「またナイフ作らなきゃならんとか。火打ち石探さにゃならんとか。泣くわ」


あれらを得るまでどれだけ苦労したか、あれらがあってどれだけ助けられてきたか。どうせ誰も見てないし、声をあげて泣いた。

しばらく泣いていると、遠くで草木が揺れる音がした。

ヒュッと息を詰める。

ナイフという道具を得たことで、俺は小型の化け物ならなんとか撃退できるようになっていた。けれどナイフを失くしたいま、身ひとつの俺なんてチワワくらいの大きさの化け物にも殺される可能性がある。

ウサギもどきだって立派なツノを持ってたんだ、あれに貫かれでもすれば俺なんてひとたまりもないだろう。


音はだんだんと近付いてくる。

ウロから覗ける草むらの葉が、明らかに何者かの進行によって揺れた。

ギュッと目をつぶって頭を抱える。

落ち葉を口の中に詰めて、それを噛みしめる。恐怖でなかなか噛み合わない歯が音を立てないようにするための気休めだった。


ーーみつかるな、みつかるな、みつかるな、あっちいけ、あっちいけ、あっちいけ!


枯れ木のウロの暗がりなら見えづらいはずだ、と念じてより一層体を縮める。


「ウォン!」


犬の鳴き声だった。

犬は鼻がきく。俺はどっと内腑が下がったのを感じた。


ーーおわった、しんでしまう。


死んでも生き返れるからって死ぬのが怖くなくなるわけじゃない。

むしろ死ぬまでの痛みも苦しみも、知っているだけにより恐ろしいく思う。


鳴き声が近付いてくる。犬の荒い息遣いさえ聞こえる。


ーー死ぬ、また死ぬ、食われて死ぬ、いやだ、いやだ、なら、ならどうしたらいい、どうしたら死なない!


耳の裏で心臓がうるさく脈打つ。


ーーさきにころす。


目を見開いてウロから飛び出した。

意識は敵の急所を襲うことばかりに向いている。

目、喉、鼻、耳、腹、指を突き立てるだけで叩くだけで相手が怯む場所を狙え!


相手はすぐそばにいた。栗色の毛をした大きな犬だ。

獲物が向かってくるとは思わなかったのか、犬は簡単に押し倒せた。

首元の毛を握りしめ、シワの寄った鼻面を叩こうと手をふり上げる。



「СТОП!!!」



鋭く高く、緊迫した声がした。

俺はその格好のまま頭が真っ白になり、声のした方へ振り向いた。


限界まで見開き、緊張した意識はその姿を鮮明に捉えた。

編み込んだ黒髪、赤い模様を描いた褐色の肌をした小柄な人影が矢をつがえた弓を構えて俺に対峙している。


「おんなのこ?」


と、その子が焦った表情を浮かべた瞬間。

喉に熱と痛みが走り、衝撃に俺は地面に倒れた。俺が押し倒した犬が殺意の面持ちで喉に噛みつきのしかかっている。

犬の首を両手で押し上げようとしてもぴくりともしない。

ぼやける視界の端に駆け寄ってくる影を見つけ、しかしボキリ、と首の骨が折れるあっけない音がして俺の意識は沈んだ。


ーーまじか、ここで死ぬのか。








ーーいそげ、いそげ、まだいるか!


生き返りは過去一番のはやさだったはずだ。

YESの連打で(体感では)あっという間に復活した俺は、今度こそ逃してなるものかと鬼気迫る形相で素早く身を起こした。


「おんなのこー!!」


「ияー!!」


どうやらそばにいたらしい女の子は聞きなれない叫び声をあげてひっくり返った。

ビョンッと一回飛び跳ねた栗毛の犬が、ひっくり返った女の子を守るように俺に牙を剥いて唸る。


「わー! まってまって! 俺あやしいもんじゃないよ!ちょっと森で遭難してるお兄さんだよ!だからその鋭い牙を向けるのをやめてちょー怖いの!」


なにもしないよー!と情けなく叫んで降参のポーズをする。


「ほんとになにもしないの。ていうか仲良くしよう、俺、ここに来てはじめてまともに人と会ったんだ。それまでずっとひとりぼっちで、さびしくて、さびしくて」


しゃくりあげて泣きだすと、こっちを注視したままじりじり後退していた女の子が困惑したように狼狽出した。

麻袋のような粗い生地の貫頭衣、その腰に巻いたベルトに下がっている刃物入れらしいものに掛かった手もうろうろ彷徨う。栗毛の犬も鼻面に寄ったシワをなくして俺を見ている。


「ずっとひとりぼっちだったんだ、わけがわからないまま、ずっと。おねがい、おれをひとりにしないでくれよ」


涙も鼻水も垂れ流し。ひっどい顔だろうに、胸にこみ上げる衝動が止まらない。

ずっとぶつけるあてのなかった孤独感や怒りや困惑や、そういったものが沸騰するように腹のなかに溢れている。

ついに崩れ落ちて号泣しはじめた俺は、そろそろと背を撫ぜる小さなぬくもりを感じて一層涙がこぼれた。


「У меня болит живот?」


「Все в порядке?」


膝をついて慰めてくれる女の子に縋りついて、俺はすっかり安心したのか、すとんと眠るように意識を落とした。







・・・・・・まだ10歳くらいの女の子によ?

膝に縋りついて泣き喚いて寝落ちするなんてね、恥ずかしくないのかとか大人としてプライドはないのかとか、いろいろあるでしょう。

でもよく考えてよ、衆目があるならまだしも人の気配ひとつない森のなかで何日も何日も孤独でいたんだよ。

文明もない、森のなか、たったひとりきり。

そりゃーね! 恥も外聞もなくなるわ!

弱肉強食の自然界で人間のプライドなんてもっててもなんの役にも立たねーんだよ!

かろうじてモラル(スカート)を身につけてるだけマシだと思って?!

だから女の子には申し訳ないと思ってるの。見ず知らずの原始人みたいな大人の男が赤ちゃんみたいに泣き喚いて寝落ちするとか、当人にしてみたら気味悪くて仕方ないでしょうに。天使のようにやさしい子だと思うの。

だからね、だから・・・・・・。


保護者の方々(エモノを構えた屈強な戦士たち)、謝りますので俺を取り囲むのやめません??!


女の子が使っていた言葉はロシア語の翻訳を使用していますが、実際にロシア語を話しているわけではありません。

主人公が聞き取れない言語ということでロシア語を使用させてもらっているだけなのでご留意ください。

もし問題がありましたらご指摘おねがいします。


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