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とにかく人に出会いたい:4


「ウーホホー!!」


両手を突き上げて俺は吠えた。


「ウーホホー!!」


あまりの嬉しさに涙さえ出てきた。


いまだ森にて、数年間ここでサバイバルしているような体感でいるのだが、実際サバイバルしているのは100日ほどではないだろうか。

あのあおい湖で感動の邂逅を果たし、心新たにした俺はそれはもう頑張った。

火起こし、道具作り、簡易な住居作り、食料探し、衣服にそのほか細々と。命を減らして頑張った。

比喩ではない、実際、1日に何度も死んだ日もある。

食料探しなどは口に含んだ瞬間に即死していた、触れた瞬間に爆発した胞子にやられた、すごく美味しかったのにしばらく後に発狂死した、なんて笑い話にもできない事しかない。

毒ありだとか腐食の危機などもなく、いつでも美味しい食事ができることがどれほど有り難いことだったのか、いまになって俺は深く深く感謝したものだ。先人たちは偉大である。


そして現在、頑張った俺の装備はなかなか充実していると言っていい。

硬い石を削って作ったナイフ、乾燥した木屑と火打ち石、食べられる苦い果実が数個、蔦を編んだ紐と葉っぱの靴、局部を隠せる長い葉っぱのスカート。

特に石のナイフと火打ち石は、試行錯誤を繰り返したし何度も失敗した。でもナイフが無ければ蔦を切れなかったし、ここに来てはじめて火をみたときはあまりの嬉しさに泣いたもんだ。


「ウーホホー!!」


で、なぜ俺が吠えているのか。


「肉だー!!」


久々の肉にありつけるからだった。

目の前には後ろ足を蔦の縄で捕られてもがいているツノを生やしたウサギがいる。

この際なぜウサギにツノがあるのか、前歯ではなく牙があって肉食動物の威嚇の仕方をしているのか、気になることは多いが無視する。

だって久しぶりのタンパク質。この罠を仕掛けるために犠牲にしたもの数知れず。

テンションが爆上がりするのも仕方ない。


「いざっ」


石のナイフを逆手に構えて振りかぶる!

・・・・・・振りかぶる!


「いや、振り下ろせるわけないじゃん?!」


石のナイフを地面に、叩きつけられはしなかったが代わりにガックリと膝をついた。

だっておかしいところはあるが、ペットになるような愛らしい見た目の動物を、こ、殺すなんて。

だってこんなにかわいいのに。


チラリと目を向けると牙を剥きだしに威嚇してきた。

いや、やっぱりあんまりかわいくない。


ウサギ(仮)は体を捻って後ろ足に絡んだ縄を牙で噛むと、そのまま力強くジャンプして縄をちぎって駆けだした。

あっという間の早技だった。


「あっえっへえ?!」


俺はとっさに体を投げだしてウサギを両手で抱え込む。

硬めの毛の下で体温のある筋肉が逃げようと必死で動くのが、抱き込んだ手のひらでわかる。

威嚇声ではなく、焦ったような高い声で鳴いて前足の長い爪で地面を掻いている。

鋭い牙で指を噛まれながら、俺は一度目を瞑って覚悟を決めた。


「ごめんなっごめんなっ」


前足から下の胴体を片手で地面に押し付けて、振りかぶった石のナイフをウサギの首元に突きたてた。



「さて、いまからウサギもどきを捌くのだけど、どうしたらいいんだろうな」


ウサギ(仮)を前にして腕組みして考えた。

ぼんやりある知識では、頭を下にして吊るす、仕留めてから素早く血抜きをする、皮は服を脱がすように剥げる、らしいのでとりあえず血抜きまでは頑張ったのだがそこから先がわからない。

服を脱がすようにってどういうことなんだろう。

どこかに切り込みを入れるのか?

でもどこに?

内臓もとらなきゃいけないから腹側だろうか。

腹にまっすぐと、たぶん大腿の太くなるところをぐるりと切って。あれ、尻尾はどうしたらいいんだろう。

首にも切り込みを入れるはずで、頭は、頭は?

吊られたウサギ(仮)をぐるぐる回して切り込み線を考える。

・・・・・・瞼だけは下ろさせてもらった。



もう昼半ばも過ぎただろう。

仕掛けを確認したのが早朝だったことを思うとずいぶん時間がかかった。

下受けがなく、流れるままにした血の匂いが獣を誘ったのがまずかった。爛々と光る眼を見つけた瞬間、ウサギもどきを引っ掴んで崖めがけて走ったのが今日1番のハイライトだ。おかげで1回死にました。


みつけた水場のほとりで、火の用意をしながら大きな葉っぱの上に置いたぶつ切りのウサギもどきの肉をみる。

毛皮、骨、内臓、四肢、頭、血。

なんとか処理はしたものの、それぞれが散々の有様だ。

毛皮や骨には肉が残っているし血が飛んでいる。

内臓はどこが食べられるのかわからず土に埋めた。四肢と頭も同じようにした。

ひと抱えほどあったウサギもどきは両手のひらに盛れるくらいの大きさになっている。

しぜんと手を合わせていた。


「いただきます」


火に乾いた枝をくべ、枝に刺した肉を遠火で焼いていく。

本当はY字の支えに棒を渡して丸焼きするのをしてみたかったが、素人処理の肉では難しくて諦めた。

煙が立ち、油が滴り、焦げ目がついた肉は美味しそうな匂いがする。

ごくり。

生唾を飲む。炙られて脆くなった枝に気をつけながら最初の一口を食べた。


「くっっっさい」


獣臭い。なんなら血の匂いもする。筋張っていて噛みきれないほど硬い。

ああ、でも。


「うまいなぉ」


肉の味だ。

胡椒があれば、塩があれば、タレがあれば、と無い物ねだりはやめられないが、しょうがない。

枝が折れて落ちた肉まで拾って食べる。

手が止まらなかった。


ビュオッ!


風切り音が聞こえた。

瞬間、鋭い衝撃が首を襲った。


ーーえ?


倒れ込んだ俺に2撃目3撃目が襲う。


ーーえ?


信じられないものが目に映った。


ーー矢だ。


外したのか、地面に刺さったのは茶色の羽を使った矢だった。

手を伸ばそうとした俺は、土を踏む複数の足音が近づくのに気がつかなかった。それが背後に聞こえたとき、ようやく瞳だけで見上げる。

太陽を背にした人影が、鈍く光る刃を振り上げていた。


・・・・・・。

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