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メアリー・スーには屈しない  作者: 氷雨 ユータ
FILE 01 欺心暗鬼
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不可視の世界は直ぐそこに

 深夜テンションを使ってフォビア更新するので今日の所はこれで終わるんじゃないかと思いますぅぅぅぅぅ。

 黄泉平山は樹海に次ぐヤバさだと言ったが、以前も言った通り、相手に見えている事を悟られさえしなければ、あちらも構ってくる事はない。心霊スポット全般に言える事だが、何か怒られる様な事、祟られる様な事をするこちら側に責任があるから、幽霊は襲ってくるのだ。悪霊はこの限りではないが、幽霊のほとんどは無害な浮遊霊、地縛霊だ。今まで通りあちらは見えない世界の住人、こちらは見える世界の住人として生きていけば、幽霊という奴は何もしてこない。する筈もないのだ。

 多くの幽霊は安らかに眠りたいのだから。

「それにしても……何か不思議な気分ですね」

「何がじゃ?」

「隣に神様が居るっていう感覚が信じられなくて……」

「仕方ないじゃろう。このようにしなければ妾は出歩けぬ。どうしても気になるという事なら、神輿を担いでいる様なモノだと思えば良かろう」

「どっちかっていうと只の散歩なんですけどね。今は下山ですが」

 言及が遅すぎるが、俺は命様と会う為に何度も山に登っている。まだ二度目だが、別に近道を見つけた訳でも、教えてもらった訳でもない。感覚で上っている。これから何度も登らなければならないのかと思うと若干面倒だが、だからって上らない理由はない。地獄に居座り続ける事に比べれば温い手間だ。

 それはそれとして、山と町とを往復し続けていたら凄く体力が付きそうな気がする! 部活に入れない事を考慮すると体が鈍るのではないかと思っていたが、これが続くなら心配は不要だ。


 神社で宿泊する日? 


 命様に付き合っていればそれなりに苦労と言う名の運動は出来るだろう。

「所で、この方向に進めば本当に下山出来るのか? 妾、あの神社から外に出た事ないから分からないよ?」

「大丈夫ですよ。この速度で歩いていけばもうすぐ―――着きましたね」

 時刻は夜八時。全体で言えばこの時間帯は人通りが全くないとまでは言わないが、黄泉平山近くを通ろうという物好きは滅多にいない。神様を連れた男が山を下りて来ても、誰かに引き留められる事は無かった(そもそも命様は普通の人には見えないが)。

「おおおおおおおおおおおおおおッ!」

 いつ振り―――恐らく初めて地上に降り立った命様は、物珍しそうに建物や地面を見渡した。初めて見る俗世にワクワクが止まらないらしく、道端のゴミにすら興味を抱いている。彼女は初めて見たのだろうが、俺も初めて見た。ゴミを物珍しそうに見る女性なんて。

 しかも巫女服。

「命様。お言葉ですが、それは塵芥ですから触らない方が良いかと」

「おお、そうか。しかし今世における塵芥は美しいのう。斯様に綺麗な塵芥とあらば、持ち帰る者も居るのではないか?」

「居ませんよ。その程度何処でも買えますからね。むしろ物が溢れかえり過ぎて貴重さを感じられない位です。だからその辺に捨ててあるんですよ。命様の想像する現世とはかなり違いますよ」

「その様じゃな。妾の神社を訪れた民の中には、襤褸切れ同然の服さえも着る者もおった。『まだ着られる』とは本人の言じゃが―――時代は移り変わるものじゃな」

「まあ、この辺りに絵に描いたような貧民は居ないですね、確かに。所でその塵芥ですが、気になるなら処分いたしましょうか?」

 命様は物憂げにゴミを数秒見つめてから、頭を振って立ち上がった。

「いや、良い。人がどのような結末を迎えようとも、それが人の選んだ道であれば神は許容するものじゃ。神代は遥か昔に終わりを告げた。今は神が人を導く時ではなく、人が人を導く時なんじゃろう」

 それは彼女なりの人間愛とも取れるし、はたまた堕落した人間への失望にも取れる。真実は分からない。命様は吹っ切れた様に微笑んだだけで、彼女の真意はそれこそ神のみぞ知る事だ。俺は何となくポケットに手を突っ込み、彼女の足元に視線を向ける。

「今気づいたんですけど、下駄履いてるんですね」

 下山中は足元が草と砂だったから全く気付かなかったが、コンクリートを踏みしめた瞬間に特徴的な足音が鳴ったので気が付いた。

「おお、気づいてくれたか創太! 俗世に降りるのじゃからたまにはこういうのも良いじゃろうと思ってな。どうじゃ? ん? ん? 率直な感想を言ってくれても構わんぞ?」

「え…………?」

 まずい。言わなきゃ良かった。

 履き物を変える事は神様にとってお洒落なのかもしれないが、俺にはそのセンスがさっぱり分からない。褒めろと言われても、エロくもないし可愛くもない。似合っているか居ないかもちょっとよく分からない。どうやって褒めろというのだろうか。

「えーと…………似合ってますよ」

「クククク。当然じゃな! 妾に捧げられた物が、妾に似合わぬ筈がない!」

「え、それって捧げものなんですか?」

「うむ。以前葛籠つづらと共に納められた事がある。どうしてこれを納めてきたのかは今となっては知る由も無いが、何せ外出は今回が初めてでな。今まで一度も触れなかったせいもあるのじゃろうが、お蔭で時代を経ても新品じゃ!」

 命様の発言に俺は暫く違和感を覚えていたが、ようやく合点がいった。あれは俺が社の中を掃除していた時の事だ。社の隅っこの方の棚に、大きな葛籠があった。

 それ自体は何の変哲も無かったが、葛籠の裏にはびっしりと何か呪文のようなものが書き込まれており、ハッキリ言えば気色悪かった。或いは何か不味いものを触ったのではないかと焦り、その箱は真っ先に捨ててしまったが―――命様の言う葛籠がそれだったとすると、箱に入っていた下駄は…………


 やめよう。考えたくもない。


 命様が嬉しそうならそれでいいのだ。

「おっと、お主が下駄に気付いてくれた事が嬉しくなって、ついつい話し込んでしもうたな。では続きじゃ。案内せよッ」

「―――はい!」

 夜は肌寒いが、繫がる命様の手はとても暖かい。パワースポットなんかに行くと体中に力が漲ってくる感覚があったが、そう考えると俺は最強のパワースポットに触っているのではないだろうか。世界広しと言えども、現代において神様の身体を触った人間は俺くらいなものだ。あのメアリでさえ経験なしと考えたらとてつもない優越感が心の奥底から湧いてきた。

「家屋の形も変わったのじゃな~……お、創太。あれは何じゃ? 何やらお主の持ってきた神饌と似た物が置いてある様じゃが」

「あれはコンビニですよ。似た物があるって、あそこから買って来たんですからあるに決まってるでしょ」

「何と! お主は容易に入手出来る神饌を妾に捧げたというのか! 不敬じゃぞッ!」

「命様が贅沢は言わないって言ったのにッ!?」

「あれ、そうじゃったかな」

「自分の発言忘れるって神様としてどうなんですかッ?」

「妾、欺瞞と虚偽の神じゃからッ」

「だとしたら信者が居なくなったのって自業自得な気もしますけど……」

 こんなに楽しい夜は無い。いや、あったのかもしれない。メアリさえ居なければさぞ楽しかったと思える日は思い起こせば幾度となく存在する。小中の修学旅行なんか特にそうだ。女風呂を覗こうとすれば男達に止められ、夜更かしをして盛り上がろうとすればメアリが『早起きしよう』とか言い出したせいで皆寝てしまって。

 思い出せば出す程、段々腹が立ってきた。アイツのせいで俺は羽目を外せなかった。俗にいう青春を味わえなかったのだ。その癖、心霊スポットに行くとか、そういう外し方となると率先して乗るから手に負えない。アイツ等だけ青春を楽しむなんてズルいだろう、幾ら何でも。

「お、おい! 創太! 今のは何じゃッ? 何やら横長の塊が凄まじい勢いで通り過ぎて行ったぞ!」

「は? …………見てなかったんですけど、車じゃないですかね」

「車? 馬車の事かッ?」

「えーと正確には自動車って言うんですけど。まあ現代の乗り物ですね。遠出する時は皆、あれを使って移動するんです」

 食いつき具合が凄まじい時点で嫌な予感がする。恐る恐る視線を命様の方に向けると、案の定、欲しい玩具を前にした子供みたいに目を輝かせていた。

「……妾乗ってみたい! 創太、お主の車を持ってくるのじゃ!」

「いや、無理です」

「何と! 神の意向に逆らうと申すか!」

「出来れば俺も応えたいんですけど、あれを運転するのって免許が居るんですよねー。馬車の事は知らないですけど、多分馬の扱いを知ってないと動かせないじゃないですか。それと一緒ですね」

「むーむむむ。何とも窮屈じゃのう。仕方がない、今回は諦めるが、お主が免許を取り次第、直ぐにでも妾を乗せるのじゃぞ! 約束だからな!」

 何としてでも車に乗りたいとする命様を見ていると可愛いという感想しか浮かんでこないが、同時に俺は空しさを覚えた。俺にも間違いなく命様の様な時期があった筈なのに、思い出せない。或いはメアリとの腐れ縁のせいで、そんな時期など無かったのかもしれない。


 ―――ああ、そうか。


 随分前の事を今更ながら思い出してしまったのは、そういう事か。命様は世間知らずが過ぎるあまり幼く感じるが、見た目上は俺とほぼ同い年だ。その二人がこうして手を繫いで歩いていると―――何だかまるで、デートみたいじゃないか?

 しかも夜中のデートだ。大人からすれば当然かもしれないが、俺は今まで何処かのメアリのせいで羽目を外せなかった。そんな俺からすれば、夜中のデートというものは十分羽目を外している。普段なら自宅に居る時間帯に、こうして女の子と二人きりで街を歩く。

 誰も知らない、知られたくない、二人だけの秘密の夜だ。ただ歩いているだけなのにここまで楽しいのは、それが理由に違いない。少しだけ格好つけた表現が許されるならば―――


 俺は今、遅れた青春を取り戻している最中なのである。


 もしかすると青春以上かもしれない。命様は文句のつけようがないくらい可愛いし、目障りな奴も居ない。今だけはこの町を、天国とさえ感じる―――

「こらーーーーッ! 妾の発言を無視するな!」

 天国に入り浸っていた俺の意識を引き戻したのは、命様のパンチだった。

「痛い痛い痛い! 何ですかッ? 何なんですか?」

「車に乗せるのじゃー! 乗せなければ悪霊となってお主を祟りに行くぞー!」

「ああそれですか。はいはい分かりました、乗せますよ。でも免許取るとしても後三年くらい待ってもらいますよ? それまで待てますか?」

「お主と話しておれば三年くらい直ぐに過ぎるじゃろう。じゃから明日も、ちゃんと妾に会いに来るのじゃぞ、創太ッ!」

「…………はあ。やれやれ。困った神様だことで」

「言葉の割には、随分嬉しそうじゃな?」

「え?」

「口元、緩んでおるぞ?」

 命様に指摘されてから、俺は初めて気が付いた。一緒に居て楽しいという感覚は勿論気付いていたのだが、何だろう。命様と出会ってから、失われた感情が戻ってきている様な、そんな気がしてならない。

「―――神様の目は誤魔化せませんね。でも当然じゃないですかッ。命様と一緒に居る間は楽しくて仕方ないんですから!」

「ほほうッ? 具体的にはどのくらい楽しいか申してみよ」

「そうですねッ。今まで感じてた憎しみとか、怒りとか、そういう安っぽい感情を全て水に流せるくらいには―――」




「へえー! ここがメリーさんの出た場所なんだッ!」




 ―――この世で最も無粋で邪悪な声が聞こえたのは、正にその時だった。 

 


 


 伏線が露骨な気さえするぜ。

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