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メアリー・スーには屈しない  作者: 氷雨 ユータ
FILE 05 秘密狂室

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世界はメアリを欲している

あのコが再登場。

 つかささんの医院を出てから、改めて俺は周囲の音に耳を澄ませてみた。先程はつかささんからの電話で気が動転していたが、最初から気付くべきだった。メアリとの旅行から帰ってきたその瞬間から、俺の知る町は存在しなかったのだと。

「…………頭痛が、してきたな」

 市長の権限については無知故に良く知らないが、だからと言ってこんな自由が許されない事くらいは分かる。上空にはメアリの顔が全体に引き延ばされた飛行船が飛ばされ、あらゆる電柱には彼女のキャッチコピーと思わしき『世界中を幸せに!』という言葉が貼りつけらられ、電化製品売り場ではメアリが何処かで取材を受けている様子が中継されている。


 ―――アイツ、つい昨日までビーチに居たんだがな。


 不自然な事を挙げればキリがないが、中でも不可思議なのはこの準備の早さだ。幾らメアリの力が全能と言えども、手順を踏まねば市長にはなれない。選挙などするまでもなく一瞬で決まるとしても、物理的に準備期間は必要な筈だ。ここまで話が早いと、前々から準備されていたのではないかと邪推せざるを得ない。俺の知らない内に関係者と知り合ったメアリが手をまわしたのだ。そうに決まっている。

 そうだと思わせてくれ。

 たった一夜で変わり過ぎだ。ありとあらゆる宣伝媒体を使ってもここまで素早くは浸透しない。道行く人々はメアリの話題しか口にしないし、どうやらこの町の初代市長はメアリという事にまでなったそうな(何の意味が?)

 反メアリ派を鎮圧させただけでこの持ち上げよう。余程反メアリ派という名の敬虔な信者が迷惑を働いたのか。まあこの町は他の市の数倍以上も噂が広まりやすいから(ここでしか聞かないような都市伝説が幾つもある)もし例に挙げたような事情が無かったとしても、この浸透性自体は全くおかしなものではない。強いて言えば俺がこの町を過小評価していただけだ。 

 とはいえ、異常な事に変わりはない。檜木創太が学生である以上、そしてこの市にある高校に通う以上はどうなってでもこの現状に折り合いを付けなければならない。非常に難しい注文だが、ここは一つ明るい方向に思考を動かしてみよう。

 メアリが市長となって良かった事、その一。もう付き纏われなくなる。

 どんな有能な人間であっても、それなりの役職に就けば己の権威に縛られる。これから彼女を高校で見る日は無くなるだろうし、付き纏ってくる事も無くなる筈だ。代わりに街中でその姿を目にする事となったが、本人が目の前に現れるよりは遥かにマシだ。

 メアリが市長となって良かった事、そのニ。恐らく全ての問題が解決する。

 この市が抱える問題は色々あるが、死者を蘇生させる様な奴に不可能は無い。きっと快適な街になるだろう。後はアイツが退任さえしてくれれば俺も嬉しいが、個人の都合で世界は回らないし、世界はそうそう個人に優しくはない。メアリを除く。

 パッと思いついてこのくらい。物は言いようで、ここだけ見れば前向きに思えるかもしれないが、実際は絶望のどん底だ。やはりメアリの存在そのものが、俺にとっては何にも打ち消しがたいデメリットなのである。

 頭を悩まされている内に、俺の足は公園に到着していた。回転ジャングルジムで珍しく子供達が遊んでいる。近所では不仲カップルと噂されていた二人が、ベンチで愛おしそうにお互いを抱きしめている。

 空は碧く、雲一つない快晴が広がっている。

 鳥たちは囀り、陽気な朝日が人間達に活力を注ぎ込む。

「…………………平和、なんだよな」

 紛れも無い平和だ。喜ぶべき安心。我々は思考を放棄し、手を挙げ、メアリ様の与えて下さる絶対なる安寧を享受すれば良い。あれだけ彼女を嫌っている俺でさえそう思えてくる程の完璧な日常。覆しようのない愛。

 もう一度だけ、俺は神様に問いたい。


 正しいのは、一体どっちなんだ。


 野心の視えなかった彼女が突然市長になったくらいだ。いずれはこの国を、そして世界を獲る気だろう。俺以外にそれを阻止できる者はおらず、また俺以外に彼女を嫌える奴は居ない。この異常性が街一つに収まっている事が奇跡だっただけで、もっと早くにこうなっていても不思議ではなかった。

 分かるか? 誰も嫌えないその恐ろしさが。

 どんなに支持率の良い大統領でも暗殺者の一人や二人くらい差し向けられるだろう。この世の利権構造は複雑に絡み合っている。そいつが居れば誰かが損をする。損をしたくないから、その誰かは刺客を送る。だのにメアリにはそれが絶対にあり得ない。利権構造の一切を無視して全人類は彼女を称えてしまうから。何かの間違いでそれを潜り抜けて暗殺者を送ったとしても、その暗殺者が絶対に絆されてしまう。

 分かるか? 絶対に失敗しない頼もしさが。

 失敗は成功の元という言葉もあるが、それを知っていても尚、俺達人間は失敗する事を恐れている。理由は様々だ。プライドが傷つくから、周りに咎められるから、迷惑を掛けるから、罪悪感に苛まれるから。メアリにはそれがない。彼女が何かすればそれは成功になるし、実際的に良い方向には転がる。理由は明快だ。本人に悪気はなく、また絶対に失敗しないという自信があるから。仮に失敗していたとしても、その『失敗』の定義は誰が決める。メアリの発言は皆の総意。彼女が黒と言えば黒、白と言えば白だ。『成功』以外あり得る筈がない。

 その様な真実を知っているのは俺くらいなもので、信者達はその圧倒的なカリスマ性にこそ心酔し、敬愛している。

 

 正しいのは俺なのか、それとも俺以外の奴なのか。


 お願いだから、誰か教えてほしい。この際悪魔でも死神でも疫病神でもアカシックレコードでも何でもよい。どっちが正しくてどっちが間違っているのか。狂っているのは俺でメアリが正常なのか。俺は大人しく自害するべきで、世界の主権をメアリに明け渡すべきなのか。

 俺は俺の我儘を貫いて良いものか。それが世界の破滅を招いたりはしないだろうか。

「………………これが妄想だったら良いのにな」

「妄想? 君はどうしてそう思う?」

「俺は周防メアリが嫌いですから。何が何でも屈したくないとは思う手前、同調圧力って言うんでしょうか……声高に俺はアイツが嫌いだって言い続ける事に、一体何の意味があるのか。とかまあ色々考え―――ん?」

 独り言に割り込んできた声には酷い聞き覚えがあった。僅か一日程度しか離れていないのに、心が弱った俺にとっては、その優しい声がとても懐かしい様に感じられた。

「……茜さん!」





「やあ、少年。久しぶりという程時間も経っていないが、こんな所で出会うとは実に奇遇だ。怪異である私にとって運命の糸とは己自身の存在以上に不確かで信用ならないが、もしかしたら君とだけはそういう縁があるのかもしれないね」





 彼女の全身を認識した瞬間、俺は人目も憚らず抱き付いた。視える人が見なければ滅茶苦茶パントマイムの上手い人間にしか見えない―――ともすれば、おかしな人と認識される行動だが、どうでもいい。おかしくたって良い。

「茜さん…………良かった……………! 貴方だけは…………俺の知る茜さんだ……!」

「おやおや大袈裟だね。それとも単なる健忘症かな? 私は元メリーさんにして、君に形を与えられた名も無き怪異。変わらないさ、変わる筈も無いんだよ。『私』を定義する君がそこに居る限り、私は私のままだ。しかし少年、そうやって甘えてくれるのは嬉しいのだけども、私は複雑な気持ちだよ。数年ぶりに再会したならともかくね」

「だって……だって仕方ないでしょ! アイツと海行って帰ってきたらこんな事になってんですよ!? 混乱するなって方が無理でしょ! 市長にもなってるし! 悟りを開いた仙人でも動揺しますよこんなの!」

「その程度で動揺するならまだ悟りには至っていないんだろう。君は修行僧の修行というものをどうやら舐め腐っているらしい。そもそも修行僧とは―――」

「あああああー! 今日は蘊蓄はいいです! それより茜さんはどうして姿が変わってないんですか? 噂が新しく肉付けされたりしたら変質するんですよね確か」

「私が君に助けを求めたのもそういう事だったね。よく覚えていたじゃないか。なら考えれば分かるだろう? 怪異に影響を与える言霊は、その怪異に向けて発信されなければならない。怪談スポットで誰かの結婚話を聞かせても、怪異が結婚する訳じゃないだろう?」

「……そうですけど。つまり何が言いたいんですか?」

 数少ない知人との思い出の場所。命様があの山だとするなら、茜さんとはこの公園になるのだろうか。誰かと腕を組んでいる様に歩く俺を、カップルは気味悪そうに見ていた。隣のベンチに座ってやると、カップルは最大限距離を取って、こちらを警戒していた。

 対する俺は、茜さんとの再会に喜びを隠せずニコニコ笑いながら彼女の冷気で身体を冷やしている。傍から見れば気持ち悪くて仕方ないだろうが、見た目年上で美人の女性を目の前にした高校生は大体こういう反応になると思う。

 まあ視えないのだが。

「メアリが市長になった事と、メリーさんの噂はどう関係するのかと言いたい。ここ最近はメアリの話題で持ち切りでね、私の話題など生憎一度も耳にした事がないんだ」

「ああ、そういう事ですか。相変わらず話が分かりにくいですね」

「褒めてくれても困るんだが、所で君。海に行って帰ってきたって言ったね」

「褒めてないんですけど……はい。不本意ながら行ってきましたよ。アイツを打倒する為に。茜さんも何があったかとか聞きたいんですか?」

 不可視の存在は俺と交流があるだけで、基本的にはメアリと一切関係ないし、関わる必要も無い。どうせ彼女には認識出来ないから。

 かなり嫌そうに俺が顔を顰めると、茜さんはそれ以上に瞳を曇らせ、優しく俺の上に手を置いた。

「一応聞くが、楽しかったかい?」

「全くこれっぽっちも楽しくありませんでしたよ。信者じゃないので当然なんですけど……」

「…………いやあね、感情としては些細なのだが、これでも噂の起源となったのは女性だ。君が何をしようが、どんな計画を立てようと勝手なのは承知している。しかし何だ。私を誘ってくれても良かったんじゃないのかい?」

「ええッ? でも茜さん怪異ですから、この町から外には出れませんよね?」

「まあ出れないがね。君と共に夏を過ごせるならこれ以上の喜びは無いんだよ。水着にも決して興味がない訳ではないんだ。怪異は水着など着れないがね」

 茜さんの水着…………

 凄くアダルトな物を想像してしまい、俺はすぐさま頭を振って妄想を打ち消した。

「じゃ、じゃあ誘う必要ないでしょ! どうせ行けないんですから! それと水着って一応ファッションですからね? 俺以外には視えない貴方が着ても意味ないでしょうに!」

「少年。それは違う。ファッションとは誰よりもまず己自身を満足させるものだ。そして視えないとも言うが、そこに何の問題があるというのかな? 私は君さえ悩殺出来ればそれで構わないよ?」

 予想外の弄りに俺は頬を染めつつ茜さんから離れた。この上気は体温の存在しない身体を以てしても鎮められまい。彼女はクククククと小気味よく笑い、満足そうに手を叩いた。

「君こそ何も変わってなくて何よりだ。少年。その純粋さは罪だよ。大罪だ。私は人間に関わる気は更々ないんだが、君にだけは憑きたくなってしまう。君と話している間だけ生者にはなれないかと、実は毎日神様に祈っているんだがね―――そう言えば、祈れる神様など居なかった事に最近気づいたよ」 

「それってさりげなく命様馬鹿にしてますよねッ?」

「まさか。力を取り戻せていない神様に祈ったって効果は見込めないだけさ」

「やっぱり馬鹿にしてるじゃないですか!」

「さて、どう思うかは君に任せるとしようか。私は彼女の事だと言った覚えはない。もしかしたら神様の様な力を持つ君の同級生かもしれない―――おや? もしかして君は、あの神様を馬鹿にしてる?」

「してませんよ!」

 茜さんは歪な微笑みを浮かべて、足を組んだ。









 ツイッターてヒロイン人気投票でもやりましょうか。空花が登場数少なすぎるんで今回は抜きで。ふるってご参加ください。

 

 茜さんも命様も拘らない時は全然関わらないんですよね。困るー。

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― 新着の感想 ―
[一言] 人生に失敗がないと、人生を失敗する という名言があってだな…… メアリについていけば失敗はないとか言ってるけど、そんな人生つまんないと思います。
[良い点] 好きなヒロインは?と聞かれると、メアリを押してしまうから不思議です。キャラとしては好きなんです。インパクトあって。 [一言] もう死んでしまえば、命様や茜さんとずっと一緒な上に、メアリから…
[良い点] 茜さんすこすこ
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