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メアリー・スーには屈しない  作者: 氷雨 ユータ
FILE 04 曖妹明鏡

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二度は戻らぬ絆

「痛い痛い痛い痛い! 加減してくださいよ! 馬鹿ですか貴方!」

「そういうお主は記憶力に問題があるの! 今しがた己が言った台詞をもう一度振り返ってみよ! あまり戯言を垂れるといよいよ乱暴になってやるぞ!」

「それは勘弁してください! 痛い痛い! 痛い痛い痛い痛い!」

 骨格が歪むのではと憂う程度には、強引に引っ張り出された。首は筋を痛め、肩は関節をやられた。受けたダメージは深刻であり、ここまで深いと、メアリに見つかっても俺は物理的に行けなかったのではないだろうか。

 と思ったが、アイツに人を労る優しさは無かった。そんなものを少しでも持ち合わせているならここまで俺は嫌っていない。命様の手を借りて立ち上がると、清華はまだこの部屋で突っ立っていた。しかし明らかにこちらを見ており、何かを掴んで立ちあがる俺をとても不思議そうに見つめていた。

「…………清華」

「兄貴、体大丈夫」

「ああ、一応。寝れば治るだろうな。うん」

「そっか。じゃあ私行くから」

 俺が隠れている時の激しさは鳴りを潜め、そこには今日であったばかりの妹が居た。足早に部屋をでようとする彼女の手首を俺は逃がさず捕まえた。

「ちょっと待てよ」

 まさか俺が己を嫌う女性を引き留める日が来ようとは誰が想像した。絆されるつもりはないと断じつつも、やはり俺はお人好しだ。どうしようもないお人好しだ。この場につかささんが居たら鼻で笑うだろう。「その在り方は辛いよ?」とでも言って。

「…………許してくれなくて、いいから」

「何?」

「正直に言えば、兄貴と仲直りしたい。でも一人でゆっくり考えたらね、許す方も気を遣うんじゃないかなって気付いたんだ。だから許さなくていいよ。ここで許されてもその感情は吊り橋効果みたいに一時的かもしれないから」

「…………ああ」

 それ以上は何も言わないで欲しい。俺だって彼女の事が嫌いだ。許すつもりなんて端から無かった。何を勘違いしているか知らないが、最初からそんなつもりなんて無かったのに、釘を刺すなんて馬鹿らしい。

 …………本当に、馬鹿らしい。

「メアリさん行っちゃったし、私も行かなきゃ。離してよ」

「…………………有難う。お前が来なかったら、多分捕まってた」

「私のお蔭じゃないよ。メアリさんが勝手に飽きただけ。聞いてたでしょ」

「いや、それはそうなんだけど…………」

 傍から見ればこんな不思議な光景は無い。何とかお礼を言おうと四苦八苦する俺に、頑なにお礼を拒む清華。そして何故か一枚上手なのも清華。どうにか理由をこじつけようとしても、今の彼女に理屈で勝てるビジョンが見えない。

「…………離してよ」

 嫌がる清華をこれ以上滞在させれば悪いのは俺だ。掴む力を緩めるとすり抜ける様に清華の手首が抜けていく。彼女は振り返る事なく部屋を出て扉を閉めた。メアリによって解除されたロックが改めてかかる。

「……命様」

「む?」

「寝ましょうか。もう―――疲れました」

「…………うむ。仕方ないの」

 一難去ってまた一難。そうは言うが、メアリが二度来訪した事は過去一度も無い。彼女が一度飽きたと言えばそれは少なくとも一日は飽きたままだ。二度の来訪は無い。この部屋はもう安全なのだ。何処にも俺を脅かす危険は存在しない。

 なのに、どうして俺はこんなにもやもやしなければいけないのだろうか。

 二人でベッドに入ると、命様が穏やかな瞳を向けて俺に語り掛けてきた。 

「のう創太。今宵は妾が枕になってやろう。ほれ、赤子の様に抱き付け」

「…………」

 促されると、何だかその行動が恥ずかしく思えてくるのは俺だけだろうか。それとも恥ずかしいのは、相手が好きな神様―――命様だからだろうか。何か一言添えてから抱き付けば印象が変わるかもと悩んだが、結果的には何も言わず、黙って彼女の言葉に従った。

「……神饌は改めて社で戴くとしよう。だから安心して眠れ、我が愛しの信者よ。今は何も言わず―――せめて、安らかに」

 心の罅にしみいる優しさを感じながら俺は眠りについた。この世界とは裏腹に、命様は俺に優しすぎる。お人好しの俺とは訳が違う。こういうのがきっと優しさなのだろう。俺は単純に甘いだけ。しかも甘いのは、己の心を傷つけない為。本質的に他人が介入していない。

 その何よりの証拠が今しがたのやり取りだ。妹にその甘さを拒絶されたら、途端に傷ついてしまった。この感情はとても言葉では言い表せない。悲しくもないような、しかし怒っているとも言い難く、俺の語彙力では『傷ついた』としか言えない。

 

 ―――ごめんなさい。命様。


 神様に奉仕される様な駄目な信者で。それも一度ならず何度でも。




















 夢は見なかった。

 命様の胸を枕にしておきながら、幸せな夢など一欠片も見た覚えがない。ただ、気分はスッキリしたし、昨日の気分を引きずるとまではいかない。何なら昨日の感情が馬鹿らしく思えてくる程度には冴えていた。

 他人事みたいに語るが、きっと昨日の俺は疲れていたのだろう。

「…………あれ?」

 俺の傍に居た筈の命様が見当たらない。首飾りがある限り彼女は俺から離れられない筈だが、その首飾りも無かった。寝起きだが、それに驚いたお蔭でいつになく目覚めが良い。大切なものが無いと気付いた時、人はあらゆる動作が緊急的に作動する。直ぐにベッドを飛び出して風呂場などを確認するが、居る筈もなく……

「命様ッ?」

「何じゃ」

「―――え?」

 背後から聞こえた声に急いで振り返ると、命様が部屋の角に座り込んでいるではないか。だが俺が驚いたのはそこではない。彼女の声に振り返ったのは事実だが、驚いたのはもっと別の―――彼女の前方に居る―――つまりは俺の隣で眠る少女―――空花を見たからだ。

 次の瞬間、俺は全ての記憶を思い出し、思わずその場にひっくり返った。



「あああああああああああああああああ!」



 特筆するべき事でもないが、俺と空花は約束を交わしていた。要するに密会なのだが、夜の十時に待ち合わせをしていたのだ。破るつもりは無かったが、メアリの来訪と己の気持ちを拒絶された事による傷心で全てを忘れていた。またはその場のノリと勢いで完全に誤魔化してしまった。今更どうやっても言い訳出来ない。

 早朝から冷や汗が止まらなかったが、その空花が首飾りを掛けているのに気付いた瞬間、俺の心臓は止まりそうになった。

「………………な」

 何故彼女が掛けている。

 この部屋で眠っているのもそうだが、部屋番号を教えたつもりはない。それと首飾りの事も、訳を知らねば取る理由も無いだろう。命様に目配せで尋ねると、彼女もまた事情が分からない様で、目線を逸らしていた。

「……うむ。まずは何処から話せば良いか悩むが…………現況だけ説明するかのう。丑の刻頃、お主の妹がこの者を連れてきおった」

「は? オートロックは?」

「さて、妾は俗世に疎い故事情は分からぬ。じゃが入ってきたのは事実じゃ。どうも妾の事が視えているらしい」

「え?」

 ちょっと待て。説明に理解が追いつかない。命様の事が見えているだと? 見えておきながら今まで何も無いかの様に振舞っていたのか? その理由は?

「―――じゃ、じゃあ空花が首飾りをしてるのは?」

「それもお主の妹が掛けた。理由は―――む。これ以上は本人から聞けば良いじゃろう」

 命様が口を閉ざすと同時に、気持ち良く眠っていた空花が覚醒。寝ぼけ眼に周囲を見遣ると、間もなく俺を発見。開口一番約束をすっぽかした事を咎められるかと思ったが、実際は何度か目を擦ってから、

「…………おにーさん。おはよ」

 いつにないローテンションで、普通に挨拶をしてきた。

 


三話目は昼で。多分後数話で終わります。

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[一言] 事案... この世界は法律なんてないからね。
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