表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
メアリー・スーには屈しない  作者: 氷雨 ユータ
FILE 04 曖妹明鏡

この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

80/195

導きの光

「…………疲れた」

「……誰のせいじゃろうな」

「命様」

「妾!? 確実にお主から先にやったよね? 何の責任も無いよね妾!」

 変な事始めるんじゃなかった。今度は楽しい疲れだが、疲れは疲れだ。合わせて二倍疲れた。今度はふざける気も起きない。俗に賢者タイムとも呼ばれかねないこの冷却期間中に諸々の問題を思い出してしまう訳だが、楽しかったので良しとしよう。

 命様の色んな所を触れたし、後悔処か思い出の一つだ。

「……………命様。ここで待てますか?」

「む。何じゃ。厠にでも行くのか?」

「違います。風呂に入るんです。今、命様と一緒に入浴するとメアリとか空花の事とかどうでも良くなって多分襲っちゃうんで。待てますか?」

「ふむ。その様な理由であれば仕方ないかのう」







 



「まあ来るんじゃけどな」

「えええええええ!?」

 湯船に入り、改めて一息を吐いたと同時に壁から命様が飛び出してきた。驚きのあまり息を吐き切ってしまい、後二秒吸うのが遅れていたらそのまま窒息していた所だ。

「何でついてきたんですか!」

「お主が首飾りを外さぬからじゃ!」

「―――あッ」

 完全に失念していた。そういう事なら俺が悪い。命様は首飾り付近にしか居られないのだ。俺が首飾りを着けたまま入浴すれば、当然着いてくるしかない訳で。この件に関して彼女を咎めるのはお門違いであり、謝るのは俺なのだが。

「でもさっきまで命様の姿は見えませんでしたけど」

「そうじゃろうそうじゃろうッ? 見えなかったじゃろう? 当然じゃな。床に潜んでいたからの」

「悪い事してる自覚あったんですね! じゃあやっぱ咎めます! 何してるんですかッ!」

「ククク♪ お主を弄るのは愉快じゃからな! しかし恥ずかしがる事もあるまい? お主の身体はとても魅力的だと思うぞ?」

「あれだけ山降りたり下ったりしてたら嫌でも筋肉つきますし、体締めてるのは命様の為ですよ。醜いものは見せたくない性質なので」

「……? では恥ずかしがる必要はあるまい。ここに居るのは妾だけじゃ。状況は水浴びの時と大差ないぞ」

「いや、それはそうなんですけど…………」

 好きな人に裸体をマジマジと見られる事の何と恥ずかしい事か。しかもどさくさに紛れて何処を見ているのだこのスケベ女神は。

 しかし、本来の姿になった命様の胸をガン見し、あまつさえ顔を埋めた(しかも着物が開けていたので、感触は全く衣服に邪魔されていなかった)俺が言えた義理ではない。回数で言えば俺の方が遥かにスケベだ。自分が良くて他人は駄目などと、そんなダブルスタンダードは許されない。理屈では理解していてもやはり恥ずかしいのだが、そこは我慢するしかあるまい。

 それに目の前で巫女服を脱がない分、命様も配慮している方だ。彼女のくびれた腰でも見て落ち着こう。

「この後はどうするつもりじゃ? 約束の刻まではまだまだ長いぞ」

「テレビでも見てたらその内過ぎるでしょう。……一番心配なのはメアリですよ。空花と待ち合わせの時間に被せる感じで事件起こされたらどうしようもないですからねこっちは」

「確信でもある言い方じゃな」

「確信というよりは只のネガティブです。杞憂だと良いんですけどね……大体杞憂にならないのが本当に悩みの種なんですけど」

 周防メアリにあり得ないは無い。

 法律を歪め、警察を無能にしている時点でそんな事は分かり切っている。この世界さえも彼女の存在に屈したのだ。立場上は高校生なだけで、実質的にメアリは全世界の頂点に居ると言っても過言ではない。

 だから考え過ぎるくらいで丁度良い。例えるなら災害の様なものだ。津波や地震の被害想定は幾らしたって良い。万が一、億が一、兆が一でも考え過ぎは無いのだ。それが自分の命を助ける事にもなるだろうから。

「…………はあ~。風呂に入ってるのに全然リラックス出来ない! アイツってばマジで最低だな!」

「休めぬならば妾が子守歌でも歌ってやろうか?」

「風呂で寝たら死にますって。嫌ですよ、ホテルの人に迷惑掛かるでしょ」

 結果論に過ぎないが、命様が来ても来なくても休めなかっただろう。俺はいつも頭を働かせている。思考停止した日など記憶の限りでは一日だけだし、あれは命様の色香に当てられて酔っていただけので、俺としてはノーカウントとしたい。

 体の力を意識的に抜いて、訳もなく天井を仰ぐ。力は抜けているが、思考の方は動いたままだ。メアリと出会ってからずっと、俺の思考は嫌悪と憎悪を糧に動き続けている。それこそ杞憂に違いないが、いつまでも動かしていると、ある日突然止まるのではないかと最近思うようになってきた。

 俺だって楽になりたい。

 馬鹿になりたい。

 メアリに屈しないのは意地なだけで、俺はこの状況を歓迎していない。しかも近頃はどんどん状況が悪化していくので、命様と出会って居なかったらどうなっていた事か。


 ―――安楽死なんて望む筈もないと思ってたんだけど。 


 つかささんの積極的安楽死に乗っかる人間の気持ちが少し分かった気がする。彼本人の思惑はさておき、今の俺みたいに心の底から疲弊した人間にとって死とは救いになり得る状態だ。死ねば楽になるかもしれない。少なくとも今よりはずっと軽いかもしれない。

 実際はどうか知らないが。

「…………そろそろあがりましょうか」

「もう良いのか? まだ少ししか浸かっておらぬではないか」

「気付いたんですよ。変に静かだとアイツの事ばかり頭を過ってきて休む処じゃないって。さっさと風呂あがって、空花さんとの待ち合わせ時間が来るまでテレビ見て暇潰した方がアイツの事も忘れられるでしょうから」

 アイツに脳みそを侵食されるくらいならたとえ内容がスッカスカで全く面白くないテレビでもそのスカスカな情報で脳を満たした方が百倍マシだ。俺は湯船から勢いよく立ち上がると、シャワーヘッドを掴み、蛇口を捻った。

「……命様。まだ居るつもりですか?」

「お主が首飾りを外さぬ限りは共に居るぞ」

「ああ…………そうでしたね」

 駄目だ。物覚えまで悪くなってきた。本気で疲れている証拠だ。これは一刻も早くテレビをつけて、メアリの事を一瞬でも忘れないといけない。命様にも協力してもらうとしよう。










 




 入浴を終えた俺が部屋に戻ると、清華がテレビを見ながら壁を背に座り込んでいた。俺の気配に気づいたのか、機械の様なぎこちなさで清華の首が動く。

「…………兄貴。疲れ取れた?」 

 前述の通り、俺は疲れている。この疲れた脳みそで目の前の状況を理解するのには偉く時間が掛かった。メアリならば経緯がどんなに複雑でも『メアリだから』で完結させられるのだが、他の人物となるとそうはいかない。まして俺の妹は決して超人ではない。

「………………は!?」

 ようやく出た第一声は明らかにキレていたが、決して怒っている訳ではない。単純に理解出来なかったのだ。妹がここに居るという事実が。

「な、ななななな、なんで―――お前! か、鍵どうしたんだよ! オートロックだろここ!」

「メアリさんの名前出したら開けてもらえたの。私、兄貴を待ってたんだ」

「いやいやいや! 待ってたんだじゃねえよ! ここ俺の部屋なんですけど! 別に助け求めてないし、帰れよ!」

「うん。帰るよ。でもその前に一つだけ教えておくね」

「あん?」



「メアリさんがその内訪ねてくると思うけど、絶対に鍵を開けちゃ駄目だよ。もし無理やり入ってきたら、隠れて。手段を選んじゃダメ。見つからない様にして」

 


 その言葉の意味は分からない。清華はそれだけ伝えると、あごに手を当てて顔を顰める俺をよそに、本当に帰ってしまった。行動原理にしてもそうだが、清華も大概意味が分からない。メアリとの相違点は不利益ではないという事くらいか。引き留めようとしたが、彼女の背中に何か悲しい物を感じて足が止まってしまった。同時に扉が閉まり、オートロックが掛かる。

「……何だったんだ」

 テレビの方へ身を翻す。付けられていたチャンネルは、俺が良く見ている番組だった。 

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
[気になる点] 決してドアを開けてはいけない... なんか聞いたことあるような...?
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ