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メアリー・スーには屈しない  作者: 氷雨 ユータ
FILE 04 曖妹明鏡

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俺達はここに生きている  

おかしいね。どうして昼に更新する予定だったのにこんな事になったんだろうね。



 全ての原因はパソコンの電池を切らした俺にある。

 子供に限った話でも無いが、人は満足行くまで遊んだ時クタクタになるものだ。それが悪いとは言わないし、何歳になろうと同じ現象に見舞われるなら、それはそれで羨ましいものだ。少なくとも俺みたいな奴よりは遥かに人生を謳歌している訳だから。

「はあ…………疲れた」

 果たしてこの疲労は満足故のものだろうか。答えは否だ。単純に酷い目に遭ったから俺は疲れている。海投げ然りバーベキュー然り。他の信者共とは違って、俺にはストレスばかりかかっている。同じ様になりたいとは一ミリも思わないが、今だけは信者達が羨ましい。ストレスなく生きられる事が、俺にとってどんなに羨ましい話か。

「…………疲れた」

「妾もじゃ」

 個室に戻った俺が大の字になってベッドに倒れると、同じように命様も倒れ込む。毎度毎度関わる度に怒っているから今更ああだこうだと思えないかもしれないが、人間はどんな方向性の感情であっても爆発すれば疲労が伴う。心地よい疲労と嫌な疲労の話もそういう事だ。

 楽しい感情が爆発すれば疲れるが、楽しい。

 そうでない感情が爆発すれば疲れる上に気持ち的にも疲れてしまう。

 バーベキューを挟んだから夜食はどうでも良いのだが、これから空花との約束もあるし、彼女に疲れた顔は見せられない。お風呂にでも入ってさっぱりしたい所だが、この部屋には残念ながら命様が居る。

「……命様」

「何じゃ?」

「メアリの奴、何する気なんでしょうか」

 長い事一緒に居るが、アイツの行動は読めた試しがない。殺さないとは言っていたが、如何せん常識外れな人間の言葉は額面通り受け取れない。叱ると言っていたが、本当にそれだけとは考えにくい。方法が過激であれ、一応問題そのものは解決させている(集団自殺の件も、死んだ人間はこれ以上俺に何かできないので解決したと言えばそうなる)のは悔しいが認めざるを得ない。しかしそう考えると、信者共が叱られた程度で俺への嫌がらせをやめる訳がないので、彼女に問題を解決する気があるなら常識外れの行動をする筈だ。多分。

 アイツの事は一ミリも信用していないが、何かやらかすというマイナス方面については多大なる信用を抱いている。だから不安なのだ、まともな倫理観では思いつかないような事をやらかすのではないか、と。集団自殺扇動然り、校則改変然り。

「妾にも分からぬ。分かる筈も無かろう。かつての妾とは違うのじゃからな」

「でも最初ホテルに来た時、全盛期の自分みたいだって言ってたじゃないですか」

「だからと言って分かる道理はあるまい。それにかつての妾を彷彿とさせたのは多くの信者に崇められ、視線を射止めるその在り方よ。それ以外は一つも合っておらぬ」

「そうですか…………」

 考えても仕方がないものか。いっそ見て見ぬ振りをするのも手だ。被害を被るのは信者達であり、俺はそれさえ見なければ傷一つ負わない。そうだ、心配しているのは飽くまで俺自身だ。俺に酷い事をした奴等の事を心から想う程お人好しになったつもりはない。

 メアリの異常さにばかり気を取られていたが、俺はアイツ等に全裸の写真を取られている。いつでも強請られる立場にあるのだ。何故助けなきゃならない。助けてもアイツ等は恩義なんて感じないし、仇で返すくらいは想像に難くない。

 ……人でなしになりそうだ。別の事を考えよう。

「そう言えば、清華居たじゃないですか」

「うむ。居たのう。何やら妙な雰囲気であったな」

「あ、命様もそう思いましたか? アイツ、もう帰りましたかね。それとも別のホテルに泊まってるんでしょうか」

「心配ならば、電話してみれば良かろう。妾の良く知る時代とは違い、俗世には便利な物があるではないか」

「……………」

 助けを必要ともしていないのに、電話など出来ない。俺は家族をやめた身だ。一方的に縁を切ったのだから筋は通さないといけない。彼女と話す時は助けが必要な時だけ。それが一番合理的で、お互いに傷つかず済む方法だ。

 清華は自分の罪を忘れていないだろうし、俺もまた彼女から受けた仕打ちを忘れていない。

 たった一夜の過ち処の話ではない。家族から受けた迫害は十数年にも及んでいる。それをどうして忘れられよう。忘れられる奴は罪を罪と認識出来ていないだけだ。これに加えて、妹は俺を殺しかけている。メアリに唆された形ではあるものの、実行犯は彼女だ。メアリの異常性は知っているし、俺以外が抗えないのも知っているから責めはしない。

 只、絶対に許さない。

 俺が許してしまうと、メアリは正しかったと認める様なものだ。絆されそうでも、甘やかしそうでも、これだけは忘れてはいけない。妹と仲直りすればメアリの正しさを俺が保障してしまう。それが信者にとってどれだけの信憑性となるか。

「……いや、いいです。アイツなら何とかやりますよ。俺は自分の事だけで手一杯。空花を誘わなくちゃいけないし、色々とやる事が多いんです。直近の予定でも命様と神饌を頂かなければいけませんしね」

「妾は嬉しいが、お主は大丈夫か? 散々肉やら野菜を食べていたであろう」

「腹八分目に抑えてあります。何だって嫌な奴との食事で満腹にならなくちゃいけないんですか。俺はどうせなら―――」

 疲れ切った身体を辛うじて起こし、俺の身体が命様にのしかかった。

「好きな神様の隣で満腹になりたいです」

 気だるげな瞳に確かな意思を宿し、囁く。命様は仄かに頬を染めて、嬉しそうに笑った。

「殊勝な心がけじゃな! 流石は妾の信者!」

「何か褒美とか頂けますか?」

「ふむ。褒美か? お主も中々貪欲じゃな。しかし褒美の一つも用意してやらねば神の威が問われるというもの…………じゃが、この体たらくじゃ。お主も知っての通り、今の妾は末端の神にも及ばぬ神もどきに等しい。褒美を授けようにも授けられぬ」

「じゃ、じゃあ…………せ、接吻とか……どうですか?」

 命様の動きが完全に止まった。丸くて綺麗な瞳が瞬きもせず俺を見つめ続ける。俺もまた、瞳の輝きに吸い込まれる様に見つめ続ける。瞬きせずにはいられないが、代わりに呼吸を忘れていた。

「…………接吻、とな?」

「はい。接吻」

「……妾と?」

「はい。命様と」

 全く以て理解出来ない話という前提で話すが、先程まで俺達は間違いなく疲労に頭を悩ませていた。しかしこの瞬間、この距離、この場所でだけは疲れの概念そのものを忘却した。そう言い換えてもいいくらい俺達は初心だった。

 虚空を挟んで俺達は対峙している。にも拘らず互いの鼓動が手に取る様に伝わるみたいではないか。神様に心臓があるかないかはこの際問題ではない。不可視の世界にとって感じるか否かはとても重要なのだ。俺は命様の鼓動を感じる。それで良いではないか。

「…………何故か、問おう」

「俺はメアリに初めての接吻を取られました。いつもそうですけど、ここ最近はアイツの事ばかり考えるようになってきて頭がおかしくなりそうなんです。多分原因は接吻のせいで…………このままだと、接吻恐怖症になるだろうと思った次第です」

「妾で克服したいと、つまりはそう言いたいのじゃな?」


「いえ。それは全く関係なくて、単純にキスしたいんです」


 繋がっていたと思われた話を断ち切られて、命様は困惑の色を露わにした。

「ん? え? 待って、妾、話が分からぬ。何故か問うた筈じゃ。それとは全く関係ないとは、ん? 整理出来ておらぬ。どういう事じゃッ」

「接吻したいと思ったのは、確かにそういう理由です。けど、飽くまで切っ掛けというか、それとこれとは話が別と言いますか。と、とにかく命様の初めてを貰いたいんです! せっかく格好つけたんですし、格好良いままで居させて下さいよ!」

 俺は命様とのコミュニケーションを何かに付属させたくない。彼女とのやり取りはそれそのままであるべきだ。対策とか克服とかどうでもいい。俺はキスしたいからする。命様の事が好きだからしたい。

 理由なんてぶっちゃけ、幾らでも後付け出来る。仮にあの時ファースト・キスを奪われなかったとしても、俺は同じ様に求めていただろうから。

「…………ククク♪ そうか、要領を得たぞ。お主は妾を手籠めにしたいんじゃな? 疲れておると申した割には、また随分と元気な頼みじゃのう」

 虚空を挟んでいるのは俺にこれ以上密着する勇気が無かったからでもあるが、命様が後頭部を抑え込んできた事で二人は急接近。互いの吐息が交わるくらいの近距離で、命様は妖しい声で呟いた。 「神を掌握したいと願うその不遜、本当にお主は愛いのう……! やはり誰にも渡しとうない。お主の家族にさえ、な」

「………………で、では?」

「うむ。考えておこう。じゃが今は駄目じゃ。妾も疲れておるからな。それにそう言った色事は望月の日に行った方が幸せであろう? 妾もお主も」

 ああ、脳が蕩けてしまう。

 一言一言が耳から脳へ伝わる度に神経が破壊されていく。普段はその明るさと何処か幼い精神性で忘れがちだが、本来の姿に戻っていない今でさえ、彼女の外見年齢は俺と同程度―――つまりは高校一年生だ。人間的に考えても、そのくらいの年齢になれば色気の一つや二つ出るのは至極当然。

 加えて彼女の本来の姿は色香に愛されたと言わんばかりの美貌であり、俺はそれに当てられた結果理性が低下し、命様の胸に顔を埋めるという幸せな行動に出てしまった。

 元々が元々なのだから、多少力が落ちた所で同世代(人間比較)よりも色気が強いなど自明の理。ましてこんな状況でしかも疲労していては、普段耐えている俺も我慢が効かない。

「―――命様!」

「ん――――――むぎゅ!?」

 吐息と言わず体温が交わるくらい彼女を抱きしめると、俺の顔は徐に彼女の首筋へ。そして有無を言わさずに接吻をした。

「う。うひゃひゃひゃひゃひゃひゃ! お、お主。ま、まひゃひゃひゃひゃ! な、舐めるの禁止! やめ、くすぐったい! くすぐっひゃひゃひゃひゃ! こ、こらやめい! やめるのじゃ~!」

 やられっぱなしは性に合わないのか、命様も俺の脇に手を入れて擽り始める。首筋を舐めていた俺も、それに笑ってしまい、動きを止められた。

「あ、ちょ! それああああああ! やめて! 反則ですよ! ターン制守ってください! ズルいですって!」

「喧しい! 妾の首筋を舌で愛撫したのはお主が初めてじゃぞこの愚か者が! 疲れなど知った事か! お主にやり返さねば気が済まぬ!」

「あははははははは! 悪かったですって! わるかあははははは! 離してくださいって! 逃げれなああははははははは!」

 そう、逃げられない。俺達はベッドで幾度となく転がりながら激しく攻守を入れ替わらせていた。どっちがどっちかというのは最早頭で考えてはいけない。それくらい目まぐるしく状況は変化している。

「く……クク……くひゃひゃひゃひゃひゃひゃ! お主という奴はひゃひゃ…………おのれえ、許さぬぞ!」

「とか言いつつ逃げないでくださいよ―――ってフェイント!? いつの間にそんな高等あははははは! ―――人が喋ってるんですけど!」

 さて、ここで敢えてもう一度言おう。


 感情が爆発すると、人は疲れる。



 疲れを忘れた奴らの末路は、大概碌でもないものだ。

  

命様とのイチャイチャです。お納め下さい。

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