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メアリー・スーには屈しない  作者: 氷雨 ユータ
FILE 04 曖妹明鏡

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真の平和は程遠い

 ビーチに戻った時、メアリは居なかった。代わりに信者共が俺の事を探しており、こちらを見つけた瞬間、長年の友人が如き笑顔で近寄ってきた。

 怖いので逃げる。

「あ、おい! 逃げるなよ!」

「何で来るんだよ!」

「そりゃ来るに決まってるだろ? だって俺達友達じゃねえか」

 取り敢えず己の行動を振り返ってから発言をしてもらいたい。殴ったり蹴ったりしてくる奴を友達という奴はよっぽどのドMか、何処かで価値観を歪められた可哀想な人物だ。俺は親交も無い人間からの暴力を友達からのじゃれ合いとは認めない。

 数的有利は覆せず、俺は一分も経たずに拘束された。縄で身体を縛り上げられ、その上から両手首に手錠がかかる。ビーチに遊びに来ただけの奴らがどうしてこんな用意をしているのか。

「離せよ! ていうかメアリはどうしたんだよ!」

「メアリはバーベキューのコンロと食材を貰いにいったよ。暫くは戻ってこない。なあお前さ……ちょっと勘違いしてないか?」

「は? 勘違い? お前も主語が抜け落ちてて訳分かんねえよ。何だ勘違いって。お前と俺が友達だって話なら確かにそうだな」

「違えよ。お前、ちょっとメアリに優しくされたからってメアリの事好きになったんだろ?」

「んな訳ねえだろ死ねよ」

 仮にアイツが母性の塊みたいな性格になったとして、メアリがメアリである限り俺はアイツを受け入れない。拒絶し続ける。好きになるなど億に一つもあり得てたまるか。俺が嘘を吐くメリットは無いのだが、耳がメアリへの愛で詰まり切っている信者にそんな事は分からない。

「いいか? メアリは世界平和を望んでるんだ。だから癌みたいなお前にも優しいし、俺達善良な市民にも勿論優しい。お前だから優しい訳じゃないんだ。勘違いするなよ!」

「だから勘違いしてねえよ気持ち悪いな。人の話を聞けって―――ブガッ!」

 減らず口を叩いた結果、頭突きを喰らった。男は相当な石頭で、辛うじて回避はしたものの、右目が痛い。潰れていないのは奇跡かもしれない。躱し方を間違えた。せめて額で受ければ痛いにしてもマシな痛みだったろう。

「勘違いも何も無いだろっ? お前はメアリに特別な扱いを受けてた。何故か分かるか? お前みたいな奴とはメアリが居なきゃ誰とも絡みたくないからだ! 慈悲だよ慈悲。流石はメアリだよな。お前みたいな奴とも仲良くなろうとするんだから。でさ、お前はそれが情けない、申し訳ないって思わないのか? 普通の人間なら己の性格を改めて自ら歩み寄っていくんだぞ。何故それをしないんだ? 特別扱いにかまけて彼氏気取りか? きめえんだよ」

 この男からすれば正論を言っているつもりかもしれないが、何を言っているのかよく分からない。そもそも人の話もちゃんと聞けないような奴に説法する権利は無いし、そんな奴の話を真面目に聞く義務もない。が、一応反論しよう。人の話を聞かない奴等は沈黙を論破したと思いがちだ。『呆れて物が言えない』状態など考えもしない。

「確かに俺はメアリに構われてたかもな。誰とも絡みたくないってんならそれで結構。俺もお前達なんかと絡みたくねえよ。出来ればアイツともな。いいか? 情けないだとか申し訳ないだとかそういう負い目はな、嫌いな奴に抱かねえんだよ。どうして嫌いな奴に合わせなくちゃいけないんだ。俺を彼氏気取りと憤慨するが、そういうお前等は何なんだ? 俺の保護者か、それともアイツの信者か? アイツが誘ってきたから来ただけで、俺は自分の在り方を変えるつもりなんか一ミリもない。合わないもんは合わないんだから、お前達も説得しようなんて思うなよ」

「つくづくお前って奴はメアリに救われてる。創太、お前、メアリが居なかったらとっくに死んでるぜ? 言っとくけど俺ってば喧嘩超強いからな。お前みたいにイキってる奴はボコボコにしたくなんだよ」

「そうか。暇な奴だな。嫌いな俺の為に自分の人生台無しにするとか暇人過ぎて涙が出そうだ。殺せるもんなら殺してみろよ」

「てめ―――ッ! ぶっ殺す!」

 止めに入る者は居なかった。或はこれ程の信者の凶行は他でもない教祖しか止められないかもしれない。信者共が作り上げた円陣の中で、俺は碌に身動きが取れないまま蛸殴りにされた。命様は止めようとしたが、神様は俺以外に触る事が出来ない。止める力のない神様にとって、目の前で繰り広げられる凶行は決して手が出せない理不尽だった。

 海パンもひったくられ、俺は生まれたままの姿で砂浜に蹲る。それが面白おかしかったか、信者達はこぞって携帯を取り出し、写真撮影を始めた。長い間信者共のリンチに晒されてきた俺だが、こんな目に遭ったのは初めてだ。遂に男性としての尊厳まで踏み躙られる様になったと思うと、悲しくて涙が出てくる。

「ちょっとこいつ泣いてるんですけど……きっも」

「股間潰した方が良いんじゃない? こんな汚いもんぶら下げてよく生きて来たよねー」

「砂浜で全裸になる変態はっけーんってSNSにあげてもいいんだぞ? おい創太。生きてるよな? 死んでる筈ないだろ。なあ」

「………………満足か?」

「あ?」

「鬱憤晴らせて満足かって聞いてんだよ。メアリの名前が無きゃ何も出来ねえくせに、イキってんのはてめえだろうが……メアリは。ああ、確かに完璧だよ。アイツにボロッカス言われても俺は否定出来ねえよ。だがてめえらはどうなんだ? 男も女も関係ねえ。脳みそ蕩けさせて考える事やめてメアリが正しいの一点張り。人間として終わってるお前らに俺をボロッカス言う権利はねえんだよ―――ゴミクズがよ!」



「「「「「「――――――!」」」」」」



 結局、何事もゼロから生まれるなんてあり得ない。こいつらが晴らしたと思われる鬱憤は単純に俺が引き受けた。そのせいで今度は俺の鬱憤が爆発した。軽蔑を込めた瞳で全員を睨みつけると、それが信者共の逆鱗に触れた。女性が俺の股間を思い切り蹴り上げる。

「――――――ッ!!!? ぁぁぁ……………ッ!! ヵ…………!」

 刹那の瞬間、息が止まる。体の中心にデカい杭を打ち込まれた様な衝撃。全ての血液が反転し、逆流し、決壊。脳の信号は乱反射して、本能が警鐘を鳴らした。サッカーボールを蹴る時みたいに振り抜かれた一撃は時に鈍器にも匹敵する。局部に残る痛みが俺の身体から汗を拭き出させた。痛みのあまり反射的に両手が股間へあてがわれようとするが、手錠と縄が邪魔をして叶わない。痛みを和らげる術を封じられた状態で、俺は最上級の激痛を味わったのだ。

「おい、皆。こいつ海に放り込むぞ」

「え、それは大丈夫なのか? 人を殺しちゃ駄目ってメアリも言ってただろ」

「死なねえよどうせ。只、一回痛い目に遭わないと分からないみたいだからな。協力しろよ」

「私はやるわ。こいつには廊下ですれ違ったとき幾度となく痴漢されたもの」

「わ、私もやる! コイツ、いつも私の机にラブレター入れてきて気持ち悪いの!」

 人が喋れなくなっているのを良い事に、罪を作り放題だ。当初は否定意見もあったが、最終的には満場一致で、俺は海に放り出される事になった。彼等は死なないだろうと言っていたが、両手の動かない状態で海に放り出される恐怖をまるで理解していない。今まで死ななかったのは運が良かっただけで、俺は間違っても不死者ではない。死ぬ時は死ぬ。

「創太!」

 命様が傍に居るなら、まあ確実に死ぬとは言い切れない。公衆の面前で身体が勝手に動くのはおかしいが、海中ならわざわざ確認する奴も居ない。だから命様次第だ。彼女が泳げるなら俺は助かるだろうし、泳げないなら助からない。それと普段の命様が俺を動かせる力を持っているかどうか、という問題もある。

 想像したくも無いが、万が一この首飾りが俺の身体から離れたら終わりだ。命様は俺から離れざるを得ない。バレーを見たいが為に勝手に奪ったりと好き放題されていた首飾りだが、あれは彼女の行動制限を緩和し、同時に縛ってもいる。

 バレーの試合が終わり、俺と合流した時に飛び込んできたが、あれは俺に首飾りを渡してから飛び込んでいるので無問題。俺をご神体と見立てる事でその周囲を神社―――活動範囲にしているからだ。只のアクセサリと思われ信者共から没収される事は無かったが、だからと言って無くならない保障は無い。放り出された角度が最悪だったら外れてしまう可能性は十分にある。

「ほいじゃ行くぞー! いっせーの―――」

 

「皆! ふざけ過ぎだよ! それ以上やっちゃ駄目!」


 あまりにも都合の良すぎるタイミングで、メアリが帰ってきた。


 信者達は驚きのあまり放り出す事を忘れ、足元に俺を叩きつけた。メアリがバーベキューセット一式を海に投げ出すと、半ば自動的にセットが組み上がる。その間に俺の身体を縛り付けていた手錠と縄が外され、後一歩の所で解放された。

「もう、私が居ない時に暇だからって遊んじゃ駄目だよー。しかもやりすぎ。創太だって全然楽しそうにしてないじゃん! 今回の旅行は皆で楽しまなきゃって言ったでしょ?」

「―――分かってるよ、メアリ。冗談だって! 俺達なりのちょっとした悪ふざけだよ! まあでも少しやり過ぎたのは認める。ごめんな、親友!」

「海に飛び込もうとする勇気、かっこよかったよ~!」

「……素敵だけど。海パン、履いて」

 コイツら…………

 身ぐるみ剥いだのはコイツらなのに、どうして『落ちてたから拾った』みたいな顔が出来るのだろう。それと突っ込むまいとは思っていたが、掌返しが尋常ではない。さっきまで散々貶し、あまつさえ局部を蹴ってきた奴等の言う台詞とは思えない。いつもの事だが、今度ばかりは気味が悪かった。

 局部の痛みは、未だに残り続けている。あれだけ思い切り蹴られたのだ。痣の一つくらいあっても不思議ではなさそうだ。帰ってから見れば良いので、今は見ない。

「羽目を外すのは結構だけど、迷惑だけは掛けちゃ駄目だからね? じゃ、バーベキュー始めよっか! お肉もお野菜もぜーんぶ貰って来たから安心して食べてね!」


「「「「「「おおおおおおおおおおー!」」」」」」


 俺への怒りなど忘れて、信者達はコンロの前に群がっていく。

「創太……大丈夫か。お主」

「………………アイツ。見計らってるんですかね」

「む?」

「これは初めてですけど。こういう流れは何度かあるんです。タイミング良すぎるんですよいつもいつも。もしかして一種のマッチポンプですかね」

「そんな事はどうでも良かろう! 妾はお主が心配じゃ!」

「有難うございます、心配してくれて。でも……ああいや、大丈夫じゃないですね。肩を貸してください。一応バーベキューには参加しませんと、面倒ですから」

 痛い。  

 





  

   

  

   

 

 命様がこれだけで荒ぶる神になりそう。

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― 新着の感想 ―
[一言] 殺される寸前で救うとかひどいマッチポンプだ、手が滑って本当に死んだらどうするつもりだ、と思ったが。 ・死んでも生き返せる ・金的とか子供作れなくなる。主人公いれば子供もいらない? そして …
[一言] 一人の人間によってどんなに狂気に染まったことでも正当化されてしまうところがなんとなく「アビゲイル・ウィリアムズ」の魔女裁判みたいだなぁと感じる
[良い点] 俺的過去1胸糞悪い回だった。 が、続きが気になるのと、このイライラがスカッとする回が来ることを信じてブクマ残留。 しゃくしゃしゃんがんばえ〜
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