半直り
俺達メアリ御一行は何もビーチ全体を占領している訳ではない。飽くまで今回は遊びに来ただけであり、数はともかく団体客に過ぎない。集団から逃げるように移動すれば、当然他の観光客……ないしは宿泊客にも遭遇出来る。
捜索されると嫌なので、事前にメアリには『彼女欲しいからナンパしてくる』と言っておいた。女子信者共にはドン引きされたが、当の本人からは応援を受けたので無問題。実際ナンパとかしないし。俺には命様という心に決めた神が居るのだから。
「……んー案外見つからないものですねー」
「もしやお主の見間違いという事はあるまいな?」
「そりゃないですよ。あんな豊満な…………まあその、居れば一発で分かる身体なので。見間違える方が難しいですよ」
「ほほう。お主が目を奪われる程の乳房か」
命様は周囲を適当に見渡した。流し見で映るのは貧相な身体ばかりだろう―――流石に語弊があった。貧相とは-の事だ。平均的な身体を貧相と呼ぶには空花を基準にしなければならない。それはおかしい。身体能力、学習能力、あらゆる点においてメアリを平均と定義し基準にするようなものだ。
「居ないですよこの辺。俺の見た限りですけど」
「あれはどうじゃ?」
「もっとありましたね」
「あれはッ?」
「どう見ても二十歳超えてますね。まあ大きいですけど」
探そうとすればする程、空花が非現実的な体型をしていたかよく分かる。メアリもそこだけは適正だから、尚の事浮いている。同級生は大変だろう。思春期真っ只中にあんなもの見せつけられて。何故か美人だし。もし俺がクラスメイトだったらどんな手段を使ってでも友達になりたい所だ。
彼女と一緒に空花を探し始めて三〇分。ふと命様の姿が視界に入る。
「……あの。言い辛いんですけど、凄く必死ですね」
念の為補足しておくと、必死になるのは俺も分かる。ようやく二人目の信者が加入するかもしれないと思うと、血眼になってでも探そうとは思っている。だが命様の必死さには、別の感情も含まれている気がするのだ。もっと過激な……俗物的な。
俺の意図を汲んだかはさておき、果たして命様の返答に全て含まれていた。
「必死にもなるわ! お主に次ぐ信者だというのに…………お主を取られてしまいかねん! じゃから妾が先に見つけ出す! 何としてでも先に見つけ出し、叩き込まねばならぬ! 創太が誰の物かを!」
「あ、そういう心配ですか!? え? 俺を取られるってどういう意味です?」
「お主は既に魂の一欠片まで妾の物。それを信者に取られでもした際の妾の気持ちは最悪じゃ! ……じゃが、妾も神の端くれ。お主の年にも満たぬ子供に呪いを掛けるつもりはない」
「命様の信者にする予定なんですけど!? 呪い掛けちゃうんですかッ?」
「つもりはないと言ったであろう! じゃが……ククク。代わりに名案が浮かんでしまったぞ。子は何色にも染まるものじゃ。今からでもお主への好意を潰しておけばその危険も杞憂となろう」
「そもそもあっちは何とも思ってないと思うんですよ! ちょっと親切しただけですし、精々優しい人ぐらいですよッ」
「何じゃお主は欲張りじゃのう。妾とその者の二人に挟まれたいと申すか!」
「人の話を聞かねえ神様だな!?」
出来るだけ声は絞っているが、それでも独り言に変わりはない(普通の人に命様は視えないのだ)ので、微妙に人が注目している。お蔭で顔が見えて空花の事を探しやすいが、これ以上注目を浴びると不審人物として怪しまれる。一度深呼吸を挟み、冷静になろうと試みる。
……全く考えてもいなかったが、そうか。空花が信者になってくれれば俺は美人二人に挟まれるのか。
それはそれでありかもしれない。俺も普通の友達の一人は欲しいし、同性だから命様とも気が合うかもしれない。
空花が命様の事を認識出来るかはさておき。
「……ん?」
空花の『あ』の字も見つからない。もしかしなくてもビーチから引き揚げてしまったかと諦め始めた時、視界の中心が見慣れた人物を捉えた。
「あ、ああんッ?」
水着は着ていない。服も制服のままだ。こういう場所でも無ければ場違いとすら感じず、見逃していただろう。それも問題ないと言えば無いのだが、どうして彼女がここに居るのか。反射的に足を止めると命様も停止。俺の視線から逆算し、足の止まった理由を発見する。
このビーチで水着の一つも着ていない人物は目立つだろうに、他の人達は気にも留めていなかった。
「…………」
無視するべきか、否か。しかし彼女もまた俺の事を見つめており、退くに退けない。
「………………お前、もしかして追って来たのか? 俺を」
「…………うん。兄貴を追ってきた」
檜木清華は愁いを帯びた瞳を細め、寂しそうに微笑んだ。
檜木清華。俺の妹だった女性。
一方的に絶交状態だが、血縁上は現在も妹である。体育祭の時に俺の存在を信者共に教えたらしいから結局元には戻らなかったのか、と密かに落胆していたのだが。そう言えば久しぶりに彼女の姿をちゃんと見た気がする。
体育祭以降、俺は一度も清華の姿を見た事が無い。単純に出会う機会が無かったとは言っても、ちゃんと家には帰ったし、風呂にも入った。何処かで顔を見るタイミング程度は幾らでもあった。なのに出会えなかった。
両親に変化はないし、冷蔵庫の予定表に何か特別な行動が記されている訳でもない。ほんの少しだけ、ほんのちょっぴり心配していたが、元気そうで何よりだ。
―――いや、元気そうか?
泣きそうになっている人間を見て明るいとは言わないように、妹もまたどこかネガティブな雰囲気を纏っている。俺と絶交した事が彼女にとってそこまでのダメージになったのだろうか。自業自得だが、それが原因ではないような気もする。
「……何しに来た。お前とは口も利かないつもりだったんだけど、利いたものは仕方ないから尋ねてやる」
「兄貴の事、ずっと見てたよ。何か困ってるなら私も協力する」
「―――何が目的だ。メアリにまた何か吹き込まれたか?」
「ううん。メアリさんは私の事なんて覚えてないよ。これは私が勝手にしたいって思っただけ」
清華は身を翻し、ザッザッと砂浜を歩いていく。
「おい、協力してくれなんて言ってないぞ!」
「兄貴は私と会話しなくてもいいよ。誰を探してるかだけ教えてくれれば、私が絶対に見つけ出すからさ」
俺は命様と顔を見合わせて反応を窺ったが、俺達兄弟の亀裂など些細な事と見た命様は『協力してくれるならしてもらえ』と言わんばかりに顎で俺を促している。確かにそうなのだが、亀裂の入った関係のままきちんとした約束が出来るとは思えない。かなり悩んだつもりだが、その末に俺はポツリと呟いた。
「水鏡空花。ボンキュッボンの中学生だ」
「分かった。じゃあね」
清華は人混みの中へと姿を消していった。これが仲直りのきっかけになるとは本人も思っていないだろう。一体どういう風の吹き回しなのかとても気になる。まあ口は聞かないが。
「…………創太。気が付いたか?」
「え……ああ、清華の事ですか。気づきましたよ勿論。正気に戻ったんでしょうか。アイツらしくも無い陰気さですね。本当は関わって欲しいとすら思ってないんですけど、アイツに捜索を任せて良いなら俺達は帰りましょうか。メアリにはナンパと理由つけたはいいものの、流石にそろそろ戻らないと現実的におかしいでしょうし」
「む? 特別おかしいとは思わぬぞ。女子を口で堕とそうとするならば時間を要するのは道理であろう」
「そうじゃありませんよ。俺は喋りが上手くないし、世間一般で考えたらナンパなんぞしても絶対に成功しないタイプなんです。だから早めに帰らないと怪しまれるんですよ。適当に落ち込んだフリでもしながらね」
「難儀じゃのう」
「それは普通に生きていても言える事なので今更ですよ。さ、行きましょうか」
命様の手を恋人繫ぎで引きながら、俺は御一行との合流を果たした。
ミュースな耳としっぽにかけて! マイリマシュ!




