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メアリー・スーには屈しない  作者: 氷雨 ユータ
FILE 04 曖妹明鏡

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全能なりし完全少女

「創太、お帰り~」

 半ば強引にパシられた俺を出迎えたのは、この世で最も疎むべき少女。夏という季節が開放的にさせているのか、いつにもましてベタベタくっついてきて鬱陶しい。こっちはそんなつもりなんて無いのに胸とか股とかに触れようものなら話がややこしくなるので、お願いだから近づかないで欲しい。こいつを好きになった覚えなど無い。こういうコミュニケーションは彼氏にやってくれ。

 口に出してないので当然だが、メアリに俺の想いは届かない。俺の腕を取って、控えめな胸で挟んでくる―――控えめ過ぎて挟めていない。空花くらい豊かに育ってからやれと言いたいが、こういう指摘はまるで俺がメアリの胸を意識しているみたいで癪に障るので、努めて無視を続ける。

「お前、追いかけられてたんじゃないのか?」

「ん? 健太君の事かな。それならほら、あそこでバテてる」

 健太、と呼ばれた信者は砂浜の上で大の字になって寝転んでいた。別グループで遊んでいた女子に砂を掛けられて見事に遊ばれている。しかし抵抗する気はないようだ。知り合いらしき男子が揶揄っていたが、その反応は鈍かった。

「……お前はバテてないのか」

「まだまだ元気いっぱいさ!」

 両手を握り、メアリは爽やかな笑顔を浮かべる。文字通り息が上がっていない。こいつの異常性にばかり目が行きがちだが、それらを抜きにしても俺は勉学と運動、二つの分野においてメアリに勝っているものなど何一つとしてないのでそれも彼女を嫌う理由の一つ……でもあった。要は安い嫉妬心だ。嫉妬するだけ無駄なのだが、俺にもプライドというものがあった。過去形なのは、つまりそういう事だ。

「で、何か用か? 意味もなく出迎えるお前じゃないだろ」

「もーすぐそういう事言うんだから! いやね、お昼ってやっぱりかき氷が食べたくなるじゃない? 創太は何のシロップが良いかなって聞きに来た!」

「シロップ? 別に好き嫌いとか無いからなんでも……」

 とは言ったものの、『なんでもいい』という返答はこの世で最も無責任な発言である。そんな事をいう奴は大抵許容範囲が狭く、配られたものに対して、愚痴を口にするのだ。何せ本当に何でもいいからそう言っているのではなく、答えるのが面倒だからふわっとした答えを言っている場合が殆どなのだから。

「……ブルーハワイで」

「オッケー!」

「そういうのって大抵用意する奴が聞いてくると思うんだが、もしかしてお前が全員分用意するのか?」

「あ、そうだよ。せっかくの夏休みなんだから、皆に楽しんでほしいじゃん!」

 屈託のない笑顔に絆されるつもりはないが、正直意外だった。こいつの事だから『〇〇がやってくれるって!』くらい言うだろうと思っていたのに、それくらいの親切心はあるらしい。少しだけ見直した。元々マイナス底をぶっちぎっているから今更微妙に上がった所でさしたる変化はないが、一応まともという事は判明しただけ収穫―――

 いや、むしろ逆だ。中途半端に常識的だと分かったら一層気味が悪くなった。それとも俺が邪険にしていたから異常に感じていただけで、受け入れてしまえば……普通の女の子…………?

「あり得ないな」

「何が?」

「……こっちの話だ」

 普通の女の子が相手ならこの至近距離でドキドキしない俺ではない。現に空花の時は心臓がどうにかなりそうだった。しかしメアリと零距離でくっつこうが、まともな側面を垣間見ようが、心臓は平常運転のままだ。つまり普通の女の子ではない。そもそも女の子ではない。俺の中では人間っぽい何かだ。メアリがメアリである限り、この認識が覆る事は一生無いだろう。

 しかしかき氷か……

「因みに用意自体はもうしてあるのか?」

「うん。一応ね。あ、おかわりまでは流石に面倒見られないから自分で作ってね」

「ああそれは分かってる。ていうかそろそろ離れてくれないか? 俺休憩したいんだけど」

「創太ってバテるの早いんだね!」

「最近運動してないからな。まあ、日ごろの運動不足が祟ったって奴だ」

「その割には体つきがしっかりしてるけどなー」

 命様にだらしない体型は見せられないので仕方がないのだ。それに運動不足などにでも陥った日には黄泉平山から事実上の出禁を喰らってしまう。体力的な問題で。俺は好きな人と会う為なら努力は惜しまない。特に肉体改造なんて基本中の基本ではないか。好かれる努力、という奴だ。

 肥満体型の奴は御一行の中にも少数居るが、見ての通り日陰で休んでいる。多分俺が海で泳いでいる時から居た。命様の為にもああはなりたくない。

「いいからさっさと離れろ。お前はまだまだ遊び足りないんだろ? 別に逃げやしねえから遊んで来いよ」

「うん、分かった! じゃお昼になったらかき氷一緒に食べようね!」

「ああ…………え?」

 俺、命様と食べたいんだけど。

 脳裏に浮かんだだけの言葉は彼女には届かない。メアリは俺から距離を取ると、他の女子たちに交わるようにまた海へと飛び込んでいった。

「…………はあ」

 曖昧な返事は良くない。肯定したつもりは全くないが、メアリはそう思っているだろう。仕方がないのでビーチの端に移動し、日陰になっている所に腰を下ろした。休憩する予定は全く無かったが、嘘を吐いていると分かったら何をするやら分からない。大人しく己の嘘に順じておく。

「命様」

「うむ?」

「膝枕をお願いしても宜しいですか?」

「構わぬぞッ。今用意するでな、暫し待て」

 しかし集団から距離を取れたのは幸いだった。お蔭で命様との時間を過ごせる。用意が出来たらしいので頭を横に倒すと、袴の感触が頭部に伝わり、その奥から肉付きの良い柔らかさを感じる。

「のう、創太」

「何ですか?」

「妾も俗人達が着ているものを着たいのじゃが」

「水着ですか? 無理ですよ」

「なんと! 妾には似合わぬと申すかッ!」

「そういう意味じゃありません。命様は俺以外触れないんですよ? 他の人からしたら空気みたいなもんです。空気に水着着せられないでしょ」

 水着を着られるなら俺も是非見てみたい。自称和服フェチの俺だが、だからと言ってそれ以外に興奮しないかと言われるとそんな事は無い。そこまで行くと末期症状だし、『服』に恋しているではないか。

「いや、良い方法があるぞ」

「そんなものはありません。現実を見なさい」

「あるんだよッ? ……んん、取り乱した。良いか? お主が水着を買い、それを妾に捧げれば良いのじゃ。かたちさえ貰えれば後は妾がどうにかしよう。ん? どうじゃ? お主も妾の水着を見たくはないか?」

「いやー見たいですけど…………女物の水着買うんですか……俺が」

 気が進まない。命様からのお願いであれば従うのも吝かではないが、先程も言った様に視えない人間にとって命様は空気みたいなもので、仮に彼女を同行して購入したとしても、一般人に見えるのは俺一人。流石に変態と思われるだろう。

 街中から嫌われている癖に今更好感度かと思うかもしれないが、嫌悪と蔑みは違うベクトルであり、しかもこっちは人間として嫌な方だ。嫌われ方のコンプリートなんて御免被る。

「―――考えておきます」

「買う気無いなお主ッ! 少しでも神通力が戻ればお主の思考を改竄し、己の意思で買わせてやるのじゃが……」

「いや、それはもう俺の意思じゃねえ! ………………あ!」

 命様の言葉を聞き、俺は自らの過ちを自覚した。膝枕で緩んでいた気が一瞬で引き締まり、微睡みに引きずられた瞼が弾かれたように開かれる。一番驚いたのは命様だった。

「ど、どうしたのじゃッ!」

「いや、信者ですよ……信者。信者が増えれば、命様も力を取り戻すんですよね?」

「うむ。じゃがお主を除けば他の者はメアリに傾倒しておるではないか。妾も流石に理解したぞ。間近で見れば猶更な……」

「いや、いたんですよ一人だけ! 理由は良く分かりませんけど、俺と同じでメアリの影響を受けてない……いや、受けない奴がッ」

「何じゃと!? それは真かッ?」

 嘘を吐くメリットはない。過剰に頷くと、命様は口を手で覆って、信じられないという風に頭を振った。無理もない。メアリの異常さを片鱗とはいえ間近で見たのだ。今更例外が赦されるなどとは考えてもいなかっただろう。俺もそうだ。例外なんて不可視の存在以外にないと思っていた。

「…………創太」

「は、はい?」

「でかしたぞお主~! ほんっとうに良くやってくれたのう! 流石は妾の敬虔なる信者じゃッ! それこそ信仰の為せる業に違いあるまいて! して、その者の名は?」


「水鏡空花、ですけど」


「……………………む、水鏡とな」

 手放しに俺を褒め、あれだけはしゃいでいた筈の命様が一瞬で鎮静した。その原因は空花の苗字『水鏡』にある。特別変な苗字とは思えないのだが、何がそこまで気に障ったのだろうか。それとも水鏡という名字は昔の命様と浅からぬ縁でもあったのか。

「命様?」

「―――何じゃ?」

「水鏡って、長年続いてる家系だったりするんですか?」

「そうじゃのう。既に血は絶えていると思っておったが、これも何かの縁かのう。じゃがそれとこれとは話が別じゃ。メアリの力がどのような物かは分からぬが、どんな血筋を引いておろうとも人の子じゃ。関係は無いじゃろう。その程度で防げる力ならば、お主を苦しめたりは出来ぬ筈じゃからな」

 確かに。メアリの力には抗体も糞もない。あれは自然界に存在する毒とは違うから、これからも作られる機会には恵まれないだろう。つかささんは何か掴んだらしいが、それでも対策は出来ないみたいだし(意識遮断は対策と呼ぶには姑息すぎる)

「よし、創太。妾は決めたぞ。お主の次はその空花とやらを信者にする。そういう訳じゃから今すぐ連れて来るのじゃ!」

「え? ちょっと急すぎないですか?」

「この機を逃せば二度と会えぬかもしれぬ。宗家でも分家でもこの際どちらでも良い。見つけ出して交渉じゃ。メアリの影響を除けば、あやつらは特定の宗教を信仰してはおらぬ」

 それは殆ど全ての人間に言える事だと思うが、彼女が探せというのなら仕方がない。巻き込みたくはなかったが、これも命様の為だ。この判断は文字通り神様の言う通りだが、責任は俺が全面的に背負わなければならない。もう二度と絢乃さんみたいな悲劇は起こさせない。指一本信者共には触れさせない。

「……こういう時、茜さんが居れば便利なんですけどね」

「全くじゃが、酷な話じゃ。後で遭っても責めてやるなよ」

「責めませんよ」

 俺の力は飽くまで形を与える力。本質を書き換える力ではない。怪異は何処まで行っても怪異であり、全国的な怪異―――花子さんでもない限り、隣町への移動は出来ない。ただでさえ俺の住む町は霊が多いのか知らないが独特な怪談ばかりで変わっているのだ。だからこそメアリが住んでいるのだが…………

「―――頑張って探してみましょうか」





 

 




 

 

 

メアリとはキスしたけど命様とは…………

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― 新着の感想 ―
[良い点] え、黒幕の妹が味方につくの?!(小並感)
[気になる点] かき氷一生に食べようね!」 かき氷を一生食べるて… [一言] メアリ視点だと恋愛ゲームみたいな感じなのかな…
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