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メアリー・スーには屈しない  作者: 氷雨 ユータ
FILE 04 曖妹明鏡

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偽気藹々

いつわきあいあい

 ビーチバレー以降はメアリも特にしたい事が無くなったらしい。彼女曰くコンセプトとしては全員が『楽しむ事』らしいので、誰に言われずとも自由行動になった。とは言っても、クラス同様集団を細分化していけばそこには派閥が生まれる。同じスポーツをやっていたり、性別が同じだったり、趣味が合っていたり……メアリさえ関知しなければ彼等は普通の人間だ。やりたいようにやる。バレーの続きをする者、海に飛び出して遊泳を始める者。泳げないからか砂遊びを行う者。パラソルの下で彼女といちゃついている者、ナンパせんと奮闘する者。

 無理やり楽しんでいる、といった様子はどの派閥にも見受けられない。俺は間違いなくアイツ等の事が嫌いで、今後好きになる事も無いと思うが、楽しそうなのは良いと思う。せっかく夏休みに入ったのだから楽しまなきゃ損だ。

 そういう訳で、俺も楽しみたいのだが。


「コラー待てー!」

「うおっ、メアリお前容赦ねえな! くそ、目くらましにならねえか! 逃げろ!」

「ちょっと創太、アンタ邪魔! どいて!」

「どけって―――お前が押してんじゃねえか!」

「あーこいつ変態だ! 私の胸どさくさに紛れて触った!」

「触ってねえ―――どわッ! 突き飛ばすんじゃねえ!」

 

 正直、この状況で楽しむのは無理がある。

 無理やり楽しんでいる様子は見受けられないと言ったが、俺は別だ。無理やり楽しんでいる。そうでもしないと夏休みが無駄になる気がしてならなかった……だからと言ってメアリ本人と集団を組むなんて思わなかったが。

 檜木創太を受け入れてくれる派閥は何処にもないから、適当に入ってハブられて、どさくさに紛れて単独行動を取れると思っていたのに、全てのプランが白紙に還ってしまった。現在の状況はメアリ本人と信者二人に俺を加えた四人組。信者二人の名前は知らないし、知る気も無い。仲良くする気なんて今後一切生まれてこないだろうから。

 因みに今はじゃれあっているだけだ。特別何か企画がある訳ではない。強いて言うなら鬼ごっこだろうか。最初は信者二人だけ(この二人は性別の壁を越えて仲が良いらしい)だったのがそこにメアリが加わって、浮きボートでくつろいでいた俺を巻き込んでの大混戦。何故追うのか、何故追われているのか、攻守交替のタイミングも判然としないままこの戦いは一時間にもわたって続いている。

 なのに少しも楽しくないのは、メアリ嫌い故だろうか。それとも俺が異常者だからであろうか。まあ常識的に考えれば交流の浅い人物からの愚痴よりかは楽しいだろう。俺自身も、どうしてこの状況が空花の愚痴を下回るのかよく分かっていない。

 …………いや。原因は薄々気付いていたりするのだが。

「謝りなさいよ、私の胸触ったでしょ!」

「知らねえよ! 誰が好きこのんで胸触ろうとするんだッ、ん?」

「あーひっどい! マジ最悪だよてめえ! 私の胸ってばCもあるのよ? 大きければいいって訳じゃないけど、触る価値もないってのは侮辱よ!」

 本人が居ないので正直に言おう。俺が愚痴を楽しく感じていたのは、空花の身体が煽情的だったからだ。今でも彼女が中学生とは到底信じられない。同級生がそう言ってくれた方がまだ信憑性がある。愚痴が楽しかったのではなく、単純に眼福だっただけの話だ。珍しくメアリにも信者にも責任はない。

「そこまで言ってねえだろ!」

「じゃあ触ったんだ? この変態!」

 この手の話は俺、もしくは男性に逃げ道が無さ過ぎると思う。触ったら変態扱い、触らなきゃ侮辱。じゃあどうすればいいのだ。

 俺が弁明をせんと頭を悩ませている間に信者の女性は接近。俺の顎を掌底で突きあげて水面に叩き落とした。

「ガボ―――ッ!」

「死ね! 胸触っといて謝らない様な奴はここで溺れ死ね! ちょっと健太! 手伝って! こいつマジ変態だから!」

「わりい! 俺はメアリを捕まえなきゃなんねえんだ。一人でやってくれ!」

「メアリと……じゃあ仕方ないか」

「ガボボ! ゴボボブガガガッ!」

「あーあー何も聞こえない何も分からない! 嫌がる女性の胸を触る奴なんざ死ねばいいのよ!」

 それが不当な怒りだったとしても、感情が正確である限り、そこには力が伴う。メアリでもない女性の力に抗うなど簡単な筈なのに、これが中々難しい。叩き落とされた際に鼻から水が入ったせいで喉の辺りが痒い。意思に反して身体はパニックを起こし、一秒でも早くと空気を欲している。

「ガボボボボ! グガガバガガッ!」

 ほんの僅かに意識が揺らぐ。それは紛れも無い死の足音であり、俺がこの世で最も嫌いな足音だ。本能的な危機感から俺は頭部を抑え込む彼女の腕を逆に引っ張り、水底へ。力が緩んだ所で水面より顔を上げ、呼吸を整えるよりも素早く全力で逃走する。

「―――ブハッ! 逃げんじゃねえ!」

「シャレじゃ済まねえんだよ逃げて何が悪い! 人殺しをせずに済んだんだからむしろ感謝しろよなッ」

「黙れ変態ッ。私の胸触った癖に! この痴漢常習者が」

「触ってねえつってんだろ! この痴漢冤罪常習犯が!」

「創太ってばちゃんと打ち解けられてるじゃん! 良かったね、友達が出来てッ。ね? 友達と遊ぶのって楽しいでしょ?」


「楽しくねえ!」


「楽しいわッ!」

 

 息をするように殺しにかかってくる奴を俺は友達とは呼ばない。つかささんは本物の犯罪者だが、それでも基本的に殺人はしない主義であるから、付き合いとしては至って良好だ。こんなパチモンとは違う。

「あ、メアリ見つけた!」

「ふふ、捕まえてみなよ!」

 オリンピック選手でさえ、メアリを捕まえる事は出来まい。彼女は神の寵愛を受けているのだ。水に愛されていない道理はあるまい。メアリが泳ぐと水は活き活きと動き出し、その身体を先へ先へと送り出す。水の揺らぎでしかない波は、メアリの為とあれば形を変えてその身体を運ぶ。無機物さえも、その異常な魅力の前では都合の良い舞台に過ぎない。何事においても主人公を成功させる、三流の舞台になり果てる。

「ああ、こら! 砂浜に逃げるの反則よッ? 戻りなさい!」

「殺されるの嫌だから戻らねえよ!」

「あ、創太。丁度いいタイミングだからお使い頼んでもいい?」

「パシるな。断る」

「海の家の人に、後二時間ぐらいしたら行きますって伝えてきて! 頼んだよー!」

 そうして半ば一方的に用事を押し付けて、メアリは再び海中に潜ってしまった。彼女を追い回す信者は不思議そうに周囲を見渡していたが、常識に縛られていては絶対に追いつけまい。既にメアリは二百メートル以上先の所に移動している。身体能力という次元を超越した運動神経だ。

「…………仕方ねえな」

 お使いを引き受ける気は無かったのだが、一方的に押し付けられると、メアリが相手とてすっぽかしづらい。海の家に行って伝言するだけの事に事件も糞も無いだろうという甘い見立てもあり、俺は渋々集団から離れ、一人海の家に向かうのだった。

「特に何も起きないだろうし、別に従った訳じゃない。俺は断じてアイツの言いなりになんかなってない」

 そう自分に言い聞かせながら海の家を覗くと、既にかなりの客が入っている。メアリは恐らく予約を入れているのだろうが、予約席として予め取られているスペースは皆無。あれだけの人数をどうやってこの家に収容…………いや、招き入れる気なのだろうか。


「ん? どうかしたかい?」


 不安気に窓を覗く俺に声を掛けてきたのは、恰幅の良い壮年の男性だ。前にエプロンを着ており、エプロンには店名が刺繍されている。バイトの姿は見えないので、店主で間違いない。

「あ、済みません。周防メアリさんからの伝言なんですけど。後二時間ぐらいしたら行くそうで……いや、来るんですかね。この場合」

「おお、そうか! いやあメアリちゃんの様な心優しき完璧な若者がウチを利用してくれるとは嬉しいねえ! 俺は前からあの子を知ってるんだけどね? いやあ彼女は凄いよ! 破裂した水道管を知識なしで治したそうじゃないか! 車にひかれかけた子供を助けたって話は勿論知ってるよね? あれには続きがあって、彼女は街中歩いて交通事故防止について呼びかけたそうなんだ。そしたら、びっくりだ! その日一日交通事故が一件も起きなかったそうじゃないか! 君、あれは奇跡の少女だよ。素晴らしい! いやはや。息子が丁度メアリちゃんと同い年くらいでねえ。彼女を作るなら、ああいう子にしてもらいたいものだが…………」

「あの、俺もう行くんで―――」

「おおそうか! うん、伝言ありがとう! メアリちゃんによろしく伝えておいてくれ!」

 鼻歌を唄いながら上機嫌に戻る店主。

 つかささんの言葉が、フラッシュバックする。


『周防メアリ、彼女は君が関わらない時は優等生以外の何物でもないんだ。おかしな行動なんてしないし、誰か友人を連れて好き放題もしない。君が関わっている時、巻き込める時にのみ、彼女は豹変する。君の知る周防メアリだ。君の視てきた彼女は、我々正常人―――今となっては異常者の観点から見れば、最も悪質な側面なんだよ』


 最も悪質な側面―――

 人には誰しもそんな側面があるものだが、どうして彼女は俺にだけ悪質なのだろう、言い換えればそこには悪意が生じていて―――考えを整理しよう。

 俺は今まで、俺こそがメアリの完全を不完全たらしめていると思っていた。だがもし―――アイツが意図的に俺の前で不完全になっていたとしたら?


 …………いや、悪意とはマイナスな感情だ。


 それこそ俺の顔を見たくない時に使うべきで、やたらめったら構ってくる事実と矛盾する。では何故? 真実に辿り着くにはまだ情報が足りないのか?

 結論を焦り過ぎているのかもしれないが、どうか無理もない事だと理解してほしい。空花の存在を知ってしまったせいで、『俺だけが影響を受けない』という前提が崩壊したのだ。すると今まで進めていた考察もいきなりひっくり返る可能性がある。振り出しに戻るのは誰だって怖い。特に俺は―――失敗したくない。打倒メアリに失敗は許されない。

 協力者の一人でも欲しいが、流石に贅沢な悩みだ。そもそも、空花を巻き込みたくないと考えたのも俺なのだから、とんだダブルスタンダードである。所詮は俺も人間という訳だ―――


 完璧であり、不完全でもある。


 ―――現人神みたいなものだと思っていたが、そう考えるとメアリもまた人間なのだろうか。


 俺は海パンのポケットに手を突っ込み、溜息を吐いた。

「何も分かんねえ…………」






 六日は休みなので更新頑張ります。

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― 新着の感想 ―
[気になる点] 交通事故防止は一日だけだったのね... まあ永遠になくす義理はないだろうけどさ。 [一言] 妹が仲間になりたそうにこちらをみている ってありますかね?
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