ああ、愛おしの 後編
眠いお休み
突然問いかけるようだが、周防メアリは可愛いのだろうか。
世間一般的には可愛いだろう。あんな美人は中々存在しない。というか存在して欲しくない。色々な意味で。世界にこれ以上迷惑を掛けないでくれ。アイツが一人っ子で本当に良かった。これで妹や弟、兄や姉がメアリみたいな奴だったら、俺は多分ストレスで死んでいたから。
「はい、メアリチームポイント。今、六ー〇」
「くっそおおおおお! メアリに勝てねえええ!」
「ふっふっふ。バレー部のスタメンだからって負けないよー!」
信者達は忖度をしている訳ではない。至って真面目だ。信者共の中には運動神経抜群な奴がちらほらいるし、何ならそいつらが対抗チームだ。なのに勝てない。頭のおかしい行動で忘れがちだが、メアリ本人の身体能力は人間にしては常軌を逸している。これが漫画だったら出る漫画を間違えていると言われる所だ。
「ほらほら、どうしたのー!? 私はまだまだ動けるよッ!」
「クソ! おい、マジで勝ちに行くぞ!」
「いいねーそういうの。私も燃えてきたかも~!」
バレーというゲームの性質上、余程の運動音痴でもない限り、不要な人材というのは居ない。それがお遊びのバレーならば猶更だ。しかしこのビーチバレー、メアリチームは彼女以外必要ないだろう。メアリの反応速度は明らかに人間ではない。タイミング、角度、速度などの要因が一致すればプロだってボールを落とすだろうに、彼女にはそういった事が一切ない。何故か取れてしまう。審判の立ち位置を獲得した俺から見ても、訳が分からない。
「十ー〇。なあメアリッ。お前以外の奴全員向こう側に回してもいいんじゃないか? ちょっとこれだと面白みに欠けるぞ」
「え、そうかな?」
「対戦の醍醐味は接戦だろうが。無双して気持ちいいのはお前だけだからな」
無双が悪いとは言っていない。自分がやるとなれば早く終わるに越した事はないのだ。しかし傍観者の視点から見た時、無双はあまり気分の良いものではない。緊迫感皆無だ。五秒から十秒くらいで点数が入り続けるサッカーなんて面白くもないだろう。あれは数分の攻防の末に、針の糸を通すように一点を入れるから盛り上がるのだ。
「みんなはどう思う? 接戦って面白いかな?」
「メアリと接戦するって事なんだから…………」
「全員居た方が……」
「いいわよねえ?」
話は直ぐに纏まったが、やはり勝負は見えているので、俺はあらかじめメアリ側に二一と書いて、その場から離れた。試合を見ている内に気付いたが、メアリも含めて夢中になっているので、誰も俺の事を見ていないのだ。審判を見ないのは当たり前だが、最初から勝敗の分かり切った審判などに意味は無い。役目を放棄して、一足先に自由時間に入る。
この周辺はメアリの手によって占領されている。集団から一番遠いテントに入り、横たわった。
「…………あ~! 疲れたああああああ!」
嫌いな奴と無理に仲良くなろうなんて無謀だ。彼女は何もしていないし、俺も何もしていない。それでも無性にイラつく。アイツの存在そのものが俺の機嫌を損ねてしまう。
「命様~。今は誰も見てませんし、話しかけても―――あれ?」
気配がない。そう言えば首飾りも無い。テントから顔を出して先程俺が座っていた位置を見遣ると、命様は興味深そうにビーチバレーを観戦していた。試合の行方は案の定一方的だったが、それでも人数が増えた分、少しは接戦ぽくなっている。
多ければいいという訳でもないが、バレーを知らぬ神様が盛り上がるには十分だった。
「…………まあ、いいか。命様が楽しそうなら、それで」
不可視の存在はメアリの影響を決して受けない。悪影響が無いのなら放置安定だ。俺は疲れた。疲れすぎた。メアリの水着なんて見ても全く興奮しない。女性として認識出来ていないので当たり前だ。一般客と思わしき男性達はメアリを見てハッスルしているので、多分メアリが関わると俺という人間は枯れてしまうのだろう。
ヒヤッ。
「うい゛ぃぃッ?」
意識外からの冷気に怯む。驚いて仰け反ろうとしたが、テントに阻まれてそれが出来ない。こんな事をしそうな存在と言えば真っ先に茜さんが浮かぶが、彼女は俺達の町で生まれた怪異なので、隣町には移動出来ない。
振り返った俺を出迎えたのは、赤のクロスホルタービキニに包まれた豊満な双丘……もとい、座り込んだ女性だった。
「や、おにーさん。また会ったね。はいこれ、さっきのお礼♪」
「………………え、ああ。自販機の…………?」
「そそ! もう一度会いたいなって思ってたんだけど、本当に会えちゃったね。ちょっとびっくり。こうして再会したのも何かの縁だしさ、おにーさんの名前教えてよ♪」
「…………檜木創太ですけど」
「私は水鏡空花だよッ。おにーさん年上なんだしさ、敬語なんて使わなくていいよ……あ、私は使わないと駄目か……!」
「―――いや、気にしなくていいよ。敬われるような存在じゃないし」
「そう言ってくれると楽かもッ。所でお兄さんは何してるの?」
「そっちのビーチバレーが終わるまでの暇潰し。何もしてないと言えばしてない」
「合コンか何か?」
「誘われただけ。俺はやむを得ない事情で参加してるだけだ。だから一ミリも楽しくない。そっちこそ何してるんだ? 友達と遊びに来たのか?」
「ん~まあそんなとこ。でもあっちは彼氏とイイ感じにいちゃついてて、蚊帳の外なんだよね~」
「はあ……そりゃまた大変だな」
出来るだけ意識しない様にしているが、俺が年上という事は空花はどう見積もっても中学生程度の年齢になる。それは俺にとって、メアリの存在と同じくらい認めたくない現実だった。年齢的には異性として意識してはいけないのだが、そのあまりにも成熟しきった身体は恋愛経験皆無な俺にとって猛毒だ。命様の本来の姿を見た時もそうだったが、そういうグラマラスな身体を間近に見せつけられると、俺は己を理性を殴りつけなくてはいけなくなる。
FかG…………くらいか?
目測でバストサイズを測れる程変態ではないが、最低でもそのくらいはある。どう少なく見積もってもFだが、俺の顔が半ば以上も埋まる事を考えるとそれ以上あるかもしれない。良く分からない。いずれにしても中学生にあり得ていいスタイルじゃない。まあ胸の大きさだけで語るなら単純に太ってしまえばいいのかもしれないが……胸から下は細い上に煽情的なのだから信じられない。メアリの胸から下を切断して持ってきたようではないか。真面目に考察すると、メアリの方が一回り細いが。
「おにーさんおにーさんッ」
確かに空花の顔にはどことない幼さが見えない事もない。だが中学生かと言われると首を傾げる。童顔なだけで成人しているのではないだろうか。いや、成人していたとしてもこのスタイルの良さはお目にかかれない。本当に中学生だというのなら幸音さんや清華の様な慎ましい体型を見せてもらいたいものだ。発育にも限度があろう。
「おにーさんったら」
「ん?」
「さっきから胸見過ぎなんですけどー? 私の胸、そんなに見たいの?」
「え…………! い、いや? 見てないぞ、俺は……うん。全然見てない。マジで見てないよ」
「おにーさん嘘吐くの下手すぎ……別にみてもいいけどさ、少しだけ話に付き合ってくれない? あっちのバレーが終わったら勝手に切り上げていいからさ。私も満足したら戻るし」
「話って…………俺みたいに見ず知らずの他人よりかは、携帯でメッセージアプリ使って誰かと会話してた方が建設的だと思うんだけど」
「見ず知らずの他人って酷くなーい? おにーさんは私の恩人だよ? それにもし他人だったとしても、他人だからこそ話せることってあるのよ!」
「へえ、例えば?」
「愚痴」
いっそ清々しいくらいに即答された事で、かえって言葉に詰まった。それこそ、良く分からない。他人に愚痴を吐くなど迷惑行為でしかない訳で。他人にすれば『何故俺に言うんだ』とフラストレーションを溜める要因になるだろう。
「……愚痴?」
「そう、愚痴! 友達の輪がなまじっか大きいとさ、私がその人だけに話したつもりでも、その人は広めちゃうかもしれないでしょ? 喧嘩も面倒だしねー。おにーさん何もしてないんでしょ? だったらいいじゃん!」
飲み物もあるし、と空花。因みにバレーの方は接戦ぽさが真に迫ってきた。一点入るのにすら偉く時間がかかっている。それこそ接戦には違いないのだろうが、そこに至るまでに刻まれた絶望的な点差が台無しにしているので真そのものとは言えそうにない。
―――ま、いいかなあ。
大嫌いな奴と一緒に過ごすだけでも俺にとっては多大な疲労。唯一その疲労を癒してくれる神様も、今はバレーの試合に夢中。となれば断る理由もあるまい。終わったら勝手に切り上げていいらしいし、聞くだけは聞こう。
……後で胸をガン見してた事をダシに強請られたら嫌だし。
「分かった。聞くよ」
「せんきゅ~! おにーさんって話が分かる人だね!」
「あんなクソ試合見てるよりは楽しいだろうし。ただお互い勘違いされたくないでしょ? テントに入ってくれ」
「おっけー! でも中に入って大丈夫? バレーの試合終わったか分からないんじゃない?」
「あれだけ大人数で騒いでたら絶対大丈夫だよ」
俺は空花の手を掴み、テント内部へと誘った。ここだけ見れば、完全にナンパが成功した男であるが、実態が中学生なので、翻って犯罪者にしか見えまい。
メアリさんはとても楽しそうにバレーをしている。彼女の事が好きな人達と一緒に、ワイワイと盛り上がっている。でもその中に、兄貴の姿はない。
「……兄貴、本当に誘いに乗ったのかな?」
彼の性格から鑑みると、まず断るだろうと私は思う。けれど何か心境の変化があったのかもしれない。現に、自宅には居なかった。梧医院にも居なかった。つかさ先生も行方を知らないみたいだった。
―――私に出来る償いは一つだけ。
それは言うまでもないが、兄貴を助ける事だ。でも、その助け方が分からない。私には今勝算があるけれど。その生かし方が全く分からない。どう動けば兄貴を助けられるのか。何を考えれば仲直り出来るのか。
つかさ先生に言われた言葉を想起する。
『大事なのは観察する事さ。分からないものを分からないまま相手にするより、分かってから相手にした方が断然良いに決まってる。テスト勉強だって範囲を知らないよりは知っていた方が勉強も捗るじゃないか』
観察。
何を?
兄貴とメアリさんだ。
その中で私は、兄貴の助けになるべく動くのだ。気持ちをはやらせてはいけない。メアリさんは兄貴が関わると必ずアクションを起こすらしいから。まずはそのアクションからメアリさんの目的を探らないと。
―――え、兄貴居るよね?
上から見渡すだけでは見つからない……という事は、建物かテントの中か。探さないと。兄貴がメアリさんの誘いに乗ったなら、きっと何か狙いがある筈。それの助けを出来れば……!
ランキングってすごいんだね。




