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メアリー・スーには屈しない  作者: 氷雨 ユータ
FILE 04 曖妹明鏡

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夏の日の出会い

 メアリから渡された鍵を参考に、俺は自らの部屋を探り当てた。まだ中には入っていないが、扉だけでも俺の家より立派なせいか、入る事に躊躇いが生じている。受付に行ったのも鍵を受け取ったのもこのホテルを予約したのもアイツだ。だから『ここが自分の部屋である』という認識が持てない。

「何しておるんじゃ?」

「いやあ、その…………ここ、俺の部屋で合ってるんですよね」

「であろう? あの者が間違った鍵を渡すとは思えぬ。ほれ、早う行くのじゃ。妾は飽くまで同行の身。先に部屋を見る権利はお主にある」

「……分かりました」

 命様からの指示であれば、体が動く。ノブを回して突入すると、その部屋の広さに俺は圧倒されてしまった。

 中世の王城みたいな豪華絢爛さとは無縁だが、とにかく清潔感がある。白色の壁には傷や汚れが一つも見当たらない。テレビは俺の家にあるものより三倍は大きいし、ベッドはキングサイズだ。冷蔵庫は最新式で窓は透き通っている。硝子だから透き通っているのは当然なのだが、うちの家は曇っている。汚れのせい、或は誰かが触ったせいだ。

「おお…………」

 修学旅行にはちゃんと行った。ホテルというものを見た事が無いとは言わない。それでも感嘆せずにはいられない。俺は欲求の赴くままにベッドに飛び込んだ。ボフンと羽毛が反発し、触れる者を掴んで離さぬこの悪魔的な感触は、繊維の常識を覆したと言っても過言ではない。

「ああ…………いい~! 気持ち良すぎる……これが、これがベッドですかはあ~ん」

「気味が悪いぞ」

「ほっといてください! いや、命様も飛び込んでみてくださいよ! 俺が言いたい事分かりますから!」

「むー。じゃが……」

「何です?」

「妾の知る時代にこのようなものは無かったのじゃ。いざ触れるとなると、抵抗が……」

 成程。言いたい事は分かる。未知への恐怖は誰にだってあるものだ。俺は慣れているが、幽霊を見た事がない奴がうっかりそれを見た日には恐怖してしまうだろう。お化けは怖くない、いないなどと、口ではなんとでも言える。自分の知識が全てだと思っているからこそ、人は己の知識の許容量を超える何かに出会った時に恐怖する。

 その恐怖を克服する方法……いや、克服とはまた違うのだが。誰にでも出来る簡単な方法が一つだけ存在する。それを証明するべく、俺は大きく両手を広げて、命様を歓迎した。

「じゃあ俺に飛び込んでください」

「む…………むむ!? な、何を言っておるのじゃ?」

「おやおや、命様ともあろうものが怖いんですか? 俺はそんな情けない話を信仰していた覚えはないんですがね……」

「―――お、お主! 妾を愚弄したなッ? ええい、腹立たしい。如何に全盛から遠ざかろうとお主に舐められる程落ちぶられた覚えはないぞ! この―――馬鹿者があッ!」

 俺も命様も煽り耐性は皆無だ。ちょっと煽ってやるだけで簡単に乗せられてしまう。俺への怒りからか簡単に恐怖を忘れた命様は助走もつけず俺に飛び込んできた。現実的に考えて同い年程度の女性のダイブなど受け止められないのだが、そこは物理法則に縛られぬ神、勢いは凄まじかったが、一瞬息が詰まる程度で受け止められた。

「ぐ―――ッ!」

「ふふん! 妾を侮るからじゃ!」

「と、所で命様。ベッドの寝心地は如何ですか?」

「む、寝心地―――」

 意識が逸れたと同時に彼女の身体をベッドに離す。俺の感触を喪った命様はその刹那こそ両手を伸ばして俺を掴もうとしたが―――身体が沈んだ瞬間、その手も止まる。

「……気持ちいい」

「ですよね!」

「何じゃ、この気持ち良さは。悔しい、悔しいぞ妾は。これ程の快感を生み出すとは、人の技術とは侮れぬものじゃな…………今にも堕落してしまいそうじゃぞ!」

「人を駄目にするベッド、って奴ですね。神様も対象だったみたいですが」

「う~何と罪深い寝具じゃ……こ、こんなものが俗世にあるから妾の信者は一人も居なくなってしまったのじゃろう。きっとそうに違いない! のう、創太ッ」

「ここ隣町なんですけどッ! メアリのせいでタダみたいになってますけど、こういうホテルって庶民は泊まれませんからね! メアリのせいでタダなんですからね!」

 大事な事なので二回言った。これは持論だが、アイツに感謝してはいけないような気がする。つかささんの言う通りこれからはメアリとも積極的に関わっていくつもりだが、それと態度は別の話だ。恩着せがましくされるのも鬱陶しいし、実際に俺の利益となっていても、『お蔭』とは言わない。言いたくない。

 言ったとしてもそれは感謝ではなく皮肉の意味合いで用いているだろう。

「さて、着替えますか」

「海で泳ぐのじゃったか。ふんどしは用意しておるのか?」

「価値観が古いです! 今は水着っていう専用の服があるので……この時代にふんどしなんてつけてたら、ヤバい奴扱いされますよ」

「何じゃとッ? ふんどしは卑猥なものではないぞッ!」

「昔とは違うんですよ! ……本音を言えば命様の水着姿を見たかったりするんですけど、神様用のビキニなんて売ってませんからね。残念です」

「びきにとは何じゃ?」

「ああそれは…………ビーチに行けば分かりますよ。クラスの奴等も何人か着てくるでしょうしね」

 集合は一時間後。女性はいざ知らず、男子共に今着替えるメリットはあるのだろうか。それよりも俺にはやる事がありそうなものだ。例えば神饌探しとか。

「……そう言えばこの勾玉って命様も触れますよね。じゃあ命様が持ってたら移動制限がなくなるんじゃ?」

「それは無理じゃ。以前も言ったが、妾は神体に縛られておる。その勾玉は神体の一部でな、それを身に付けている者を疑似的に神体としているからこうして移動出来るのじゃ。妾は確かに触れる。じゃがその場から一歩も動けなくなる。境内は例外じゃ」

「……そうですか」

 少し悩んだ末、俺は首飾りを外し、ベッドに寝転がる命様にアンダースローで投げ渡した。

「む?」

「神饌を買ってきます。夜になったら一緒に食べましょう」

「何故妾を連れて行かぬ」

「刺激が欲しいでしょう? せっかく隣町まで来たんですから、一風変わった神饌をご提供出来るかもしれませんよ」

 命様の双眸がきらりと光る。

「ほほう! そこまで言うのじゃから、絶対に入手するのじゃぞ?」

 部屋を出る直前、「絶対じゃぞ~!」という後押しが俺の背中を押し込み、廊下へと出した。大事な事なので二回言ったのだろう。今更だが、つくづく欲求には従順な神様だ。










 



「ふう~」

 命様の相手は疲れる。幾ら好きな相手と言えども、やはり会話が存在する以上、疲労が生まれるのは必然だ。尤もネガティブな疲労とは言い難く、どう考えてもポジティブな疲労だ。疲れるが、もっとしたい。もっと浸っていない。そんな気分。趣味に没頭する人間の気持ちが少し分かったような気がする。俺は命様に夢中なのだ。

 一階のエントランスを通り過ぎて、無事に外へ。誰も俺に絡んでこない。集合は一時間後だから、大多数が部屋で時間を潰す選択をするのも不思議ではない。がっついた奴は既にビーチへ赴きナンパや誘惑をしていそうなので、いずれにしても俺に絡もうという物好きは居ないだろう。俺がメアリ嫌いである事は隣町の人にはバレていない。このまま何事もなく終われば良いが。

「…………喉乾いたな」

 ホテルにも売店はあるが、あそこに喉の渇きを満たすものはない。軽く周囲を見渡すと、道路を渡った先に自販機を見つけた。だが同時に、見知らぬ女性が自販機の底を覗いているのも発見した。「……小銭漁り?」

 女性の身なりは綺麗だ。マキシ丈の白いワンピースには汚れもしわも見当たらない。相当気を使っている証拠だ。小銭漁りなどしそうもない清潔さを目の当たりにして、俺は自らの汚さを恥じた。そして同時に助けようという気持ちが沸き上がった。女性は恐らく困っている。でなければあんな風に自販機の下を探す筈がない。

 車の少ない時を見図り、向こう側に横断。女性を無視する人々を軽蔑する様に、俺は場違いに大きな声をあげた。

「何かお困りですか?」

 女性が振り返る。女性はサングラスを掛けていたが、俺を認識するや、申し訳なさそうに額にかけた。

「おにーさん、誰? 見た所年上だけど」

「俺は……まあ。いや、それはどうでもいいでしょう。何か困ってたんじゃないんですか?」

「あ、うん。困ってるよ。自販機で飲み物買おうとしてたんだけど、うっかり下に落としちゃってさ~あっはっは。いや~私ってほんと馬鹿やらかしちゃったよねー!」

「ああ。宜しければお取りしましょうか」

「―――マジ? いいの?」

 良いも何も、俺はこの女性に対して下劣な発想をしてしまったのだ。本人は知らないだろうが、これは贖罪のつもりである。躊躇もなくしゃがむと、手を伸ばせば直ぐに届く場所に二百円が落ちていた。女性でも届きそうだが……まあ。服を汚したくなかったのだろう。

 素早く地面から掠め取り、掌で軽く汚れを落とす。

「はい、これですよね?」

「うわ~マジで取ってくれたんだ! せんきゅ♪」

 言葉の軽さとは裏腹に女性はしっかりと頭を下げて、お礼をしてきた。やはり親切は良い。何だか自分が善人である、正常である自信が持てる。

「じゃ、俺はこれで失礼しますから」

「うん。ほんっとにありがと~!」

 完全に気まずさの問題だが、この自販機は使えない。別の自販機を探そう。  

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