破滅の聖性
メアリの全てはこのサブタイに集約されている気がする
群痛殺人 終了です
診察室に入ると、つかささんは股を広げながら回転いすに乗り、子供みたいにゆーらゆーらと揺れて見るからに暇を持て余していた。
「―――あの」
「……ん! 来たか。まあそこに座りたまえ。何もしないから、安心して」
別に怖がっていない。彼の目前にある椅子に座り、俺達は対面する形になる。『メアリを打倒するにはどうすればいいか』。正直に話せば、その伝言自体忘れていた。いや、忘れていた訳ではないのだが、自分でも思いつかないものだから、それを先生に答えさせるのは酷だろうと思ったのだ。だから彼がうっかり忘れていても特別咎めるつもりはなかった。
「さて、あまり専門的な話をしても素人の君には分からないだろう。簡潔にいこう。前提として、『周防メアリは打倒出来る』」
「……それは、妄想とか精神論的なものじゃなくて?」
「ああ、勿論! だが手段の話ではないぞ? 少なくとも『今』『確実に』『実行できる』手段は存在しない。僕が言いたいのは……飽くまで方針だ。つまりだな、今のままの生き方では絶対倒せないから、少し生き方を変えてみようという訳さ」
かなりの間を置いて、先生はハッキリとそれを告げた。
「君の力でメアリを捕捉し続けろ。もっと彼女に寄り添え。それが必ず未来を変える」
「………………本気で言ってるんですか?」
拒絶反応。
精神が強張り、表情が引き攣る。瞬きを失敗するなんて人生で初めての経験だった。果たしてそれが人類の構造上あり得るのか、否、あり得てしまった。息が荒い。呼吸が整えられない。脈は突然己の意思に反して暴れ始めた。
「本気も本気だ。ちゃんと根拠はある! それに彼女の力そのものは科学的じゃないが、対人限定で判明した。どうして人々は彼女を無条件で好いてしまうのか、どうして絶対に正しいと信じて疑わないのか」
「……あ、あれって科学的に解明出来る変化なんですか!?」
「だから分かったのは対人限定だ。人々の変化は理屈として説明出来るが、どうしてそれが発生するのかは分からない……異能力に過程も糞もないかもしれないがね」
「………………?」
要領を得ない。つかささんも分かりやすい説明に悩んでいるらしく、吸いもしないたばこを指で遊ばせながら虚空を見つめていた。
「―――ゲームで喩えようか、ゲームは好きかい?」
「あ、一応。人並みには」
「RPGにおいて主人公は経験値を取得する事でレベルアップする。じゃあ経験値って何かな?」
「え…………っと」
経験値。俺を含めて殆どの人間はふわりとした意味でしか理解していないだろう。単純に成長の度合いを示す為の数値というのも間違いではないが、それはゲームだから成立する話で、もしそれが現実だったら?
経験値は蓄積する。俺のレベルは幾つだ?
一体幾つレベルを上げたらメアリに勝てる? 命様と夫婦契りを交わせる?
言葉というものはハッキリしていて、同時に曖昧だ。言霊から生まれた茜さんが不安定であるように、俺達はそんな不安定なものを確かに信じている。
「過去の経験から得られる値……まあリアルな感じに言うと、戦闘の反省ですかね」
「中々面白い発想だ。だけどその理屈が正しいと言える根拠はないよね。僕が言いたいのはそういう事だ。この喩えに沿うなら、『経験値が溜まるとレベルアップするのは分かるが、経験値そのものが何かは分からない』」
「はあ……」
分かるような、分からないような。何かをぼかそうとしているみたいだが、たとえ話が下手くそなんだからさっさと話せばいいものを。医者の守秘義務という奴だろうか。多分、全然違うが。
「話が逸れそうだから戻すよ。僕達のような耐性のない人間はメアリの姿や声を聞けば十中八九影響を受けてしまうだろう。だが君だけは影響を受けない。それどころか正反対に嫌悪感を募らせている」
「なんか、話してると気持ち悪いんですよアイツ! 分かってもらえないかもしれませんけど」
「科学的であろうとそうでなかろうと、物事には必ず道理がある。原因がある。君とその他の人物の相違点は外見とその力だけ。外見が違うのは普通の事だから除外するとして、その力は紛れもなく特別なものだ。現代ではごく一部の家系しか継いでいない筈の力…………神に触れるという点では、それ以上かもしれない。被害があるかないかの違いに騙されやすいが、君の力もメアリの力も大概おかしいんだよ。檜木君、一つ尋ねたいが、君はその力の全てを把握してるのかな?」
「いや……把握はしてないですよ。色々と面倒ですし」
そもそも本質でさえ茜さんに教えてもらわなければ『なんか視えてはいけないものが視える力』としか考えていなかったのだ。漫画やアニメでは特殊な力を得た人物はそれを有効利用すべく色々と実験するか、感覚的に全てを把握しているが、事実は小説よりも不便だった。
その辺りに浮いている幽霊を片っ端から視るのが単純に嫌なだけでもある。
「なら、経験値の話に戻る訳じゃないが、同じ事が言えるのではないかな? 君はその力を全て知っている訳じゃない。メアリの能力と切り離して考えるのはナンセンスだ。全く違う地域都市時代に生まれたならともかく、同年代で、しかも友人にまでなってるんだからさ」
「…………」
メアリを打倒出来るなら、どんな事でもする覚悟だ。それが絢乃さんに対する弔いでもある。だがそれはそれとして単純に嫌だ。気が進まない。メアリとこれまで以上に交流するなど反吐が出る。それならまだつかささんの人体解剖論でも聞いていた方が遥かにマシだ
「一番いいのは、恋仲になって、実際に身体を重ねてしまう事だが……」
「冗談じゃない! 頭おかしいんですか先生!? マジで何されたってそんな事しませんよ! 殺された方がいいですよそれなら!」
「言うと思った。だが戦争において何より勝敗を分けるのは軍力ではなく情報だ。情報が全てを制すると言っても過言ではない。君はメアリの何を知っている? 知っていても精々スリーサイズでは?」
「知りませんよそんなの!」
スタイルはいいが、それはスレンダーという意味であって、グラマラスという意味ではない。知っていても精々このくらいか。
「ならば何も知らないね。正体不明を正体不明のまま打倒するなんて土台無理な話だ。神話なんか良く見てみるといい。怪物と相対する英雄は大概弱点を突いているじゃないか」
「それはそうですけど……」
「恋仲は言い過ぎたが、メアリの家に行くというのも一つの手じゃないか? どうせこれから仲良くしなきゃいけないんだ、打倒の為にはね」
つかささんは何も間違った事は言っていない。それでも、納得出来ないものは納得出来ないのだ。単純にメアリと仲良くしなきゃいけない事にも納得いっていないが、少なからずそれ以外にも原因はある。
「―――つかさ先生。さっきから打倒だとか根拠だとか方針だとかぼかしてますけど、先生は一体何を見てそう思ったんですか?」
彼を信じていない訳ではないが、単純に嘘が下手なのだと思う。そう露骨に隠されると、気にするなという方が無理だ。つかさ先生は犯罪医者だが医者は医者。確たる証拠や根拠もなしにアドバイスするとは考えにくい。
つまり彼は俺の与り知らぬ所で何かを見たのだ。メアリともっと関係を深めた方が良いとアドバイスするくらいには、確かなものを。いつの間にか彼女の力の理屈、そして経験値の定義に話がすり替わっていたが(反応した俺も悪いが)これだけは聞かなければならない。
「……やれやれ。困ったな。どうしても教えなきゃいけないのかね」
「知りたいんですッ」
「そうかー。うん、仕方ないな―――何、大した話じゃないよ。君は彼女、そして彼女の信者から酷い目に遭わされたって話を僕にしたね」
「アイツ本人は無性に俺をイラつかせる以外何もしてませんけどね」
「そっちじゃない。君を中心に色々と面倒事を起こしたんだろう? とにかく君に構って構って、必ず君を巻き込んで何かしてたって意味だ」
「あ、そっち―――そうですね。大変な目に遭いましたよ。過去形ならまだ良いんですけどね……」
それがまだ続いている、むしろ悪化しているのが、俺にとって一番の面倒だ。こんなに嫌っているんだからさっさと離れてくれればいいのに、どうして俺ばかり…………
…………俺ばかり?
「『彼女』の協力者に話を聞いた。そして君の話と照らし合わせた。すると驚きの事実が判明したじゃないか。周防メアリ、彼女は君が関わらない時は優等生以外の何物でもないんだ。おかしな行動なんてしないし、誰か友人を連れて好き放題もしない。君が関わっている時、巻き込める時にのみ、彼女は豹変する。君の知る周防メアリだ。君の視てきた彼女は、我々正常人―――今となっては異常者の観点から見れば、最も悪質な側面なんだよ」
「……………」
驚きと納得が同時に来ると、人は黙り込んでしまう。そう言われれば、確かにそうかもしれない。俺はいつも酷い目に遭っているが、逆に俺以外が酷い目に遭ったという話は聞いた事がない。普通に考えれば『酷い目』という認識が何処にもないからだろうが…………そうだったのか。
「彼女は法を犯せる。尊厳を躙れる。生物を支配出来る。認識を歪める。それは間違いないだろう。だが君が関わらない限りはしない。ほら、君も言ったじゃないか。本気で姿を眩まそうとすると、人海戦術で必ず見つけ出してくるって」
「あ…………ああ」
「理由が分からないどころか、まだまだきっかけに過ぎない。しかし彼女は如何なる理由か君を求めている。分かりやすく言い換えようか。君が傍に居る限りメアリは必ずアクションを起こす。だから傍に居ればと言ったんだ。彼女の影響を受けないのは君だけだし、『普通』の皮を剥がせるのもまた、君しか居ないんだ」
なんかpvがあれなのでせっかくだから連続更新します。みていっとっと。
次回file 曖妹明鏡




